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第46話:遠征の決意
翌朝。 リビングには、いつも通りの穏やかな空気が流れていた。 リリが淹れてくれたコーヒーを飲みながら、俺はテーブルの向かいに座る彼女の様子を観察していた。
「……ジン様? 私の顔に何かついていますか?」
リリがカップを置き、不思議そうに小首をかしげる。 その笑顔は可愛い。だが、俺の目は誤魔化せない。 目の下の僅かなクマ。そして、時折見せる遠くを見るような虚ろな視線。 昨晩の悪夢の影響が、まだ残っている。
「リリ。昨日の夜、うなされていたな」
俺が単刀直入に切り出すと、リリの肩がビクリと跳ねた。
「え、あ……その……。ご迷惑をおかけしましたか? うるさくしてしまって……」
「迷惑じゃない。心配しているんだ」
俺はカップを置いた。
「『ヤマト』……そう言っていたぞ」
その単語が出た瞬間、リリの瞳が大きく揺らぎ、血の気が引いた。 持っていたスプーンが手から滑り落ち、カチャンと高い音を立ててソーサーにぶつかる。 彼女はハッとしてそれを拾おうとしたが、震える指先は空を切るばかりだった。
「……っ、す、すみません……」
リリは俯き、自分の膝の上で拳を握りしめた。 唇を噛み、何かを言おうとして、言葉を飲み込む。 その横顔には、触れてはいけない傷口を暴かれたような、怯えと痛みが混じっていた。 俺は急かさず、彼女が口を開くのを待った。
「……覚えて、いないんです」
長い沈黙の後、リリが搾り出すように言った。声は震えていた。
「夢の中で……炎が見えました。知らない場所、知らない言葉……でも、とても懐かしくて、悲しくて……。目が覚めると、胸が締め付けられるように苦しくて……」
彼女は自分の胸元をギュッと掴んだ。 そこには、生まれつきの呪い――マイナス999万の不運という、逃れられない刻印が刻まれている。
「リリ。お前のその体質、そして銀髪赤目という容姿。それらが単なる偶然ではないとしたら?」
俺は仮説を口にした。 この国では珍しい色彩だが、世界は広い。 もし彼女が、何らかの意図を持って「作られた」存在だとしたら? あるいは、特定の地域の血を色濃く引いているとしたら?
「ヤマトというのは、東方の果てにある島国の名だと言われている。独自の文化と、強力な呪術を持つ国だ」
「東方……」
「お前の不運(呪い)を解く鍵が、そこにあるかもしれない」
俺の言葉に、リリが顔を上げる。 呪いを解く。 それは彼女にとって、夢物語のような希望だ。 だが同時に、彼女の瞳には恐怖の色も浮かんでいた。
「でも……遠いです。ここから東方へ行くには、いくつもの国を越え、海を渡らなければなりません。そんな長い旅に、ジン様を巻き込むわけには……」
「巻き込む?」
俺は鼻で笑った。
「勘違いするな。俺が行きたいんだ」
「え?」
「王都での生活も悪くないが、少し飽きてきたところでな。それに、東方には未知の魔導具や、珍しい食材があるらしい。軍師としての知見を広げるには絶好の機会だ」
嘘ではない。だが、本音の全てでもない。 もし彼女の呪いが解ければ、俺の『確率操作』に必要な膨大な「燃料」は失われる。俺は最強の能力を失い、ただの人間になるかもしれない。 だが、そんなことは些細な問題だ。目の前の少女が、悪夢に怯えず笑えるようになるなら、安い代償だ。
俺はリリの手を取り、強く握った。
「それに、俺はお前の『不運』を燃料にして生きている。その供給源(お前)が壊れたり、不調になったりするのは困るんだよ。手入れだと思って付き合え」
俺らしい、捻くれた言い回し。 だが、リリにはそれが一番響くと知っている。
「……ジン様は、本当に……」
リリの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。 それは悲しみの涙ではなく、安堵と感謝の涙だった。
「ズルいです。そんな言い方されたら、断れないじゃないですか」 「断らせる気なんてないさ」
俺はニヤリと笑い、彼女の頭をポンと撫でた。 足元では、話を聞いていたラクが「みゅう!(さんせい!)」と元気に跳ねた。
「よし、決まりだ。善は急げと言うしな」
俺は立ち上がった。 まずは旅の準備だ。足の手配、物資の調達、そしてギルドへの長期休暇の申請。 やることは山積みだ。
「行くぞ、リリ。まずはギルドだ。ミライに挨拶してくる」 「はい! どこまでも、お供します!」
リリが涙を拭い、満面の笑みで立ち上がる。 その表情からは、先ほどまでの陰りは消え失せていた。
王都を離れ、未知なる東方へ。 それは、俺たちにとって新たな冒険の始まりであり、リリの運命を覆すための戦いの始まりでもあった。
「……ジン様? 私の顔に何かついていますか?」
リリがカップを置き、不思議そうに小首をかしげる。 その笑顔は可愛い。だが、俺の目は誤魔化せない。 目の下の僅かなクマ。そして、時折見せる遠くを見るような虚ろな視線。 昨晩の悪夢の影響が、まだ残っている。
「リリ。昨日の夜、うなされていたな」
俺が単刀直入に切り出すと、リリの肩がビクリと跳ねた。
「え、あ……その……。ご迷惑をおかけしましたか? うるさくしてしまって……」
「迷惑じゃない。心配しているんだ」
俺はカップを置いた。
「『ヤマト』……そう言っていたぞ」
その単語が出た瞬間、リリの瞳が大きく揺らぎ、血の気が引いた。 持っていたスプーンが手から滑り落ち、カチャンと高い音を立ててソーサーにぶつかる。 彼女はハッとしてそれを拾おうとしたが、震える指先は空を切るばかりだった。
「……っ、す、すみません……」
リリは俯き、自分の膝の上で拳を握りしめた。 唇を噛み、何かを言おうとして、言葉を飲み込む。 その横顔には、触れてはいけない傷口を暴かれたような、怯えと痛みが混じっていた。 俺は急かさず、彼女が口を開くのを待った。
「……覚えて、いないんです」
長い沈黙の後、リリが搾り出すように言った。声は震えていた。
「夢の中で……炎が見えました。知らない場所、知らない言葉……でも、とても懐かしくて、悲しくて……。目が覚めると、胸が締め付けられるように苦しくて……」
彼女は自分の胸元をギュッと掴んだ。 そこには、生まれつきの呪い――マイナス999万の不運という、逃れられない刻印が刻まれている。
「リリ。お前のその体質、そして銀髪赤目という容姿。それらが単なる偶然ではないとしたら?」
俺は仮説を口にした。 この国では珍しい色彩だが、世界は広い。 もし彼女が、何らかの意図を持って「作られた」存在だとしたら? あるいは、特定の地域の血を色濃く引いているとしたら?
「ヤマトというのは、東方の果てにある島国の名だと言われている。独自の文化と、強力な呪術を持つ国だ」
「東方……」
「お前の不運(呪い)を解く鍵が、そこにあるかもしれない」
俺の言葉に、リリが顔を上げる。 呪いを解く。 それは彼女にとって、夢物語のような希望だ。 だが同時に、彼女の瞳には恐怖の色も浮かんでいた。
「でも……遠いです。ここから東方へ行くには、いくつもの国を越え、海を渡らなければなりません。そんな長い旅に、ジン様を巻き込むわけには……」
「巻き込む?」
俺は鼻で笑った。
「勘違いするな。俺が行きたいんだ」
「え?」
「王都での生活も悪くないが、少し飽きてきたところでな。それに、東方には未知の魔導具や、珍しい食材があるらしい。軍師としての知見を広げるには絶好の機会だ」
嘘ではない。だが、本音の全てでもない。 もし彼女の呪いが解ければ、俺の『確率操作』に必要な膨大な「燃料」は失われる。俺は最強の能力を失い、ただの人間になるかもしれない。 だが、そんなことは些細な問題だ。目の前の少女が、悪夢に怯えず笑えるようになるなら、安い代償だ。
俺はリリの手を取り、強く握った。
「それに、俺はお前の『不運』を燃料にして生きている。その供給源(お前)が壊れたり、不調になったりするのは困るんだよ。手入れだと思って付き合え」
俺らしい、捻くれた言い回し。 だが、リリにはそれが一番響くと知っている。
「……ジン様は、本当に……」
リリの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。 それは悲しみの涙ではなく、安堵と感謝の涙だった。
「ズルいです。そんな言い方されたら、断れないじゃないですか」 「断らせる気なんてないさ」
俺はニヤリと笑い、彼女の頭をポンと撫でた。 足元では、話を聞いていたラクが「みゅう!(さんせい!)」と元気に跳ねた。
「よし、決まりだ。善は急げと言うしな」
俺は立ち上がった。 まずは旅の準備だ。足の手配、物資の調達、そしてギルドへの長期休暇の申請。 やることは山積みだ。
「行くぞ、リリ。まずはギルドだ。ミライに挨拶してくる」 「はい! どこまでも、お供します!」
リリが涙を拭い、満面の笑みで立ち上がる。 その表情からは、先ほどまでの陰りは消え失せていた。
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