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第74話:世界の敵
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天使の追撃を振り切ってから数日。俺たちは人目を避け、深い森を抜けた先にある辺境の宿場町に立ち寄っていた。『殲滅馬車』は目立ちすぎるため、森の奥に隠し、偽装魔法でカモフラージュしてある。
「……おいおい、マジかよ」
町の広場、その掲示板の前でグレンが素っ頓狂な声を上げた。俺も帽子を目深に被り直し、その掲示物を見る。
そこには、見覚えのある顔がズラリと並んでいた。俺、リリ、グレン、カエデ、ヴォルグ、そしてティア。特徴を完璧に捉えた、写真のように精巧な似顔絵だ。
【神敵指定】
【罪状:天理への反逆、世界秩序の破壊】
【生死問わず。発見次第、即時通報せよ】
賞金額は、国家予算並みの桁が並んでいる。
「神敵、ねぇ……。俺たち、悪魔か何かになったのか?」
「似たようなものだろ。神様に喧嘩を売ったんだ」
俺はため息をついた。予想はしていたが、対応が早い。天の意志を受けた教会や各国が、一斉に俺たちを指名手配したのだ。この町にも、既に衛兵や賞金稼ぎの目が光っている。
「……嘘です」
ティアが手配書の前で立ち尽くし、震える声で呟いた。その顔は蒼白だ。無理もない。彼女は敬虔な信徒であり、聖女を目指していた身なのだから。
「私が……神敵……? 教会から、破門されたということですか……?」
彼女の目からポロポロと涙がこぼれ落ちる。自分の信じてきた組織から、存在を否定されたショックは計り知れないだろう。
「ティア。お前はここに残ってもいいんだぞ」
俺は声をかけた。
「今ならまだ、脅されて同行していたと言えば――」
「い、嫌です!」
ティアが涙を拭い、強く首を振った。
「ジン様たちは悪くありません! 魔王を倒して、私を助けてくれた恩人です! それが『悪』だなんて……そんなの絶対におかしいです!」
彼女は杖を握りしめ、手配書を睨みつけた。
「きっと何かの間違いです。教会の上層部が、偽の情報に踊らされているに違いありません! ……そうです、誤解なんです!」
ティアの中で、ポジティブ(かつ都合の良い)な結論が出たらしい。
「誤解を解くには、本部へ行って説明しなきゃいけません。でも、ここで捕まって問答無用で処刑されたら、真実を伝えることもできませんよね?」
「……まあ、そうなるな」
「なら、まずはこの場を切り抜けるのが最優先です! 私にお任せください!」
ティアが吹っ切れたような顔で前に出る。彼女なりの正義感と、現状打破への意志。動機は立派だ。……結果が伴うかは別として。
「聖女候補生の必修科目、『情報隠蔽(シークレット・ベール)』です! この魔法を手配書にかければ、人々の認識を阻害して、私たちの顔がわからなくなるはずです!」
「……本当か?」
「はい! これくらいなら初級魔法ですから、失敗しません! 一時的に身を隠して、その間に教会の誤解を解きに行くんです!」
ティアの「失敗しません」ほど信用できない言葉はこの世にない。だが、現状では他に手がないのも事実だ。俺は渋々ながら許可を出した。
「やってみろ。ただし、少しでも変な挙動をしたら即座に中止だ」
「はいっ! いきます……『聖なる霧よ、真実を覆い隠せ』!」
ティアが小声で詠唱し、杖先を掲示板に向ける。淡い光が手配書を包み込んだ。 魔力制御は完璧に見える。……お? 今回はまともか?
その時。通りすがりの野良猫が、ティアの足元を横切った。
「わっ!?」
ティアが驚いて杖を振るう。その拍子に、魔法の構成式がガクンとズレた。彼女の特性『確率の乱高下』が発動し、術式に致命的なノイズが混入する。
バチッ!!
光が弾け、手配書に吸い込まれた。
「……やったか?」
俺たちは恐る恐る掲示板を確認した。そこにあったのは――
「ぶっ!!」
グレンが噴き出した。カエデが口元を押さえて震え出す。
手配書の似顔絵が、劇的に変化していた。俺の顔は、目が点になり、鼻が豚のように上を向いた落書きのような顔に。リリは、何故かヒゲが生えたダンディな紳士に。 グレンに至っては、筋肉ムキムキの赤ん坊のような姿になっている。他のメンバーも推して知るべしだ。
「……ティア」
「は、はい……」
「これは『認識阻害』なのか?」
「そ、その……結果的に、本人とは認識されないものになったかと……」
ティアが冷や汗を流しながら言い訳する。確かに、こんなふざけた顔の人間は存在しない。だが、問題はそこじゃない。
「おい見ろよ、あの手配書」
「なんだあの顔、ふざけてんのか?」
「新手のモンスターか?」
町の人々が集まってきて、手配書を指差して笑っている。そこへ、見回りの衛兵がやってきた。手には、本部の発行した(まだ書き換わっていないはずの)手配書の写しを持っている。
「ご苦労。不審者はいないか……ん?」
衛兵が掲示板の手配書と、自分の持っている手配書を見比べる。そして、首を傾げた。
「……あれ? 俺の持ってる手配書も、こんな顔だっけ?」
見ると、衛兵の手元の手配書も、同じ「落書き顔」に変化していた。どうやらティアの暴走した魔法は、この町にある手配書だけでなく、因果律を辿って「世界中の手配書」を同時に書き換えてしまったらしい。ある意味、神の奇跡(呪い)だ。
「あわわわ……! ど、どうしましょう! 教会の公式文書を改ざんしてしまいましたぁ……!」
ティアが頭を抱えてパニックになる。誤解を解くどころか、教会に対する特大の侮辱行為(落書き)を上乗せしてしまった。これでは弁解の余地もない。
「こりゃ酷いな。こんな奴らがいるわけねぇだろ」
「上層部の書き損じか?」
衛兵たちは呆れて、手配書をゴミ箱に捨ててしまった。そして、すぐ横に立っている俺たち(もちろん実物は美形揃いだ)を一瞥し、
「そこの観光客、邪魔だぞ。道を開けろ」
と、素通りしていった。
「……」
俺たちは顔を見合わせた。危機は去った。だが、何か大切なもの(威厳とかシリアスさとか)が失われた気がする。
「うぅ……もう聖女に戻れないかもしれません……」
ティアがしくしくと泣き崩れる。リリが静かに短剣を抜きかけたが、俺はそれを止めた。
「……まあ、結果オーライだ。誰も俺たちを『神敵』だとは思わないだろうな」
世界中にばら撒かれた、俺たちのマヌケな似顔絵。今頃、世界各地で賞金稼ぎたちが「こんな顔の奴いねぇよ!」と手配書を叩きつけているに違いない。天理の包囲網は、たった一人のドジっ子のせいで、初手から大混乱に陥っていた。
「行くぞ。買い出しを済ませて、さっさとずらかる」
俺は疲労感を覚えながら歩き出した。ティアの頭の上には「罪悪感」という重い空気が乗っかっているようだが、まあ、生きていれば挽回のチャンスもあるだろう。たぶん。
背後で、グレンが「俺の似顔絵、ちょっと可愛かったな」と満更でもなさそうに言っているのを聞き流しながら、俺たちは平和な宿場町を後にした。
「……おいおい、マジかよ」
町の広場、その掲示板の前でグレンが素っ頓狂な声を上げた。俺も帽子を目深に被り直し、その掲示物を見る。
そこには、見覚えのある顔がズラリと並んでいた。俺、リリ、グレン、カエデ、ヴォルグ、そしてティア。特徴を完璧に捉えた、写真のように精巧な似顔絵だ。
【神敵指定】
【罪状:天理への反逆、世界秩序の破壊】
【生死問わず。発見次第、即時通報せよ】
賞金額は、国家予算並みの桁が並んでいる。
「神敵、ねぇ……。俺たち、悪魔か何かになったのか?」
「似たようなものだろ。神様に喧嘩を売ったんだ」
俺はため息をついた。予想はしていたが、対応が早い。天の意志を受けた教会や各国が、一斉に俺たちを指名手配したのだ。この町にも、既に衛兵や賞金稼ぎの目が光っている。
「……嘘です」
ティアが手配書の前で立ち尽くし、震える声で呟いた。その顔は蒼白だ。無理もない。彼女は敬虔な信徒であり、聖女を目指していた身なのだから。
「私が……神敵……? 教会から、破門されたということですか……?」
彼女の目からポロポロと涙がこぼれ落ちる。自分の信じてきた組織から、存在を否定されたショックは計り知れないだろう。
「ティア。お前はここに残ってもいいんだぞ」
俺は声をかけた。
「今ならまだ、脅されて同行していたと言えば――」
「い、嫌です!」
ティアが涙を拭い、強く首を振った。
「ジン様たちは悪くありません! 魔王を倒して、私を助けてくれた恩人です! それが『悪』だなんて……そんなの絶対におかしいです!」
彼女は杖を握りしめ、手配書を睨みつけた。
「きっと何かの間違いです。教会の上層部が、偽の情報に踊らされているに違いありません! ……そうです、誤解なんです!」
ティアの中で、ポジティブ(かつ都合の良い)な結論が出たらしい。
「誤解を解くには、本部へ行って説明しなきゃいけません。でも、ここで捕まって問答無用で処刑されたら、真実を伝えることもできませんよね?」
「……まあ、そうなるな」
「なら、まずはこの場を切り抜けるのが最優先です! 私にお任せください!」
ティアが吹っ切れたような顔で前に出る。彼女なりの正義感と、現状打破への意志。動機は立派だ。……結果が伴うかは別として。
「聖女候補生の必修科目、『情報隠蔽(シークレット・ベール)』です! この魔法を手配書にかければ、人々の認識を阻害して、私たちの顔がわからなくなるはずです!」
「……本当か?」
「はい! これくらいなら初級魔法ですから、失敗しません! 一時的に身を隠して、その間に教会の誤解を解きに行くんです!」
ティアの「失敗しません」ほど信用できない言葉はこの世にない。だが、現状では他に手がないのも事実だ。俺は渋々ながら許可を出した。
「やってみろ。ただし、少しでも変な挙動をしたら即座に中止だ」
「はいっ! いきます……『聖なる霧よ、真実を覆い隠せ』!」
ティアが小声で詠唱し、杖先を掲示板に向ける。淡い光が手配書を包み込んだ。 魔力制御は完璧に見える。……お? 今回はまともか?
その時。通りすがりの野良猫が、ティアの足元を横切った。
「わっ!?」
ティアが驚いて杖を振るう。その拍子に、魔法の構成式がガクンとズレた。彼女の特性『確率の乱高下』が発動し、術式に致命的なノイズが混入する。
バチッ!!
光が弾け、手配書に吸い込まれた。
「……やったか?」
俺たちは恐る恐る掲示板を確認した。そこにあったのは――
「ぶっ!!」
グレンが噴き出した。カエデが口元を押さえて震え出す。
手配書の似顔絵が、劇的に変化していた。俺の顔は、目が点になり、鼻が豚のように上を向いた落書きのような顔に。リリは、何故かヒゲが生えたダンディな紳士に。 グレンに至っては、筋肉ムキムキの赤ん坊のような姿になっている。他のメンバーも推して知るべしだ。
「……ティア」
「は、はい……」
「これは『認識阻害』なのか?」
「そ、その……結果的に、本人とは認識されないものになったかと……」
ティアが冷や汗を流しながら言い訳する。確かに、こんなふざけた顔の人間は存在しない。だが、問題はそこじゃない。
「おい見ろよ、あの手配書」
「なんだあの顔、ふざけてんのか?」
「新手のモンスターか?」
町の人々が集まってきて、手配書を指差して笑っている。そこへ、見回りの衛兵がやってきた。手には、本部の発行した(まだ書き換わっていないはずの)手配書の写しを持っている。
「ご苦労。不審者はいないか……ん?」
衛兵が掲示板の手配書と、自分の持っている手配書を見比べる。そして、首を傾げた。
「……あれ? 俺の持ってる手配書も、こんな顔だっけ?」
見ると、衛兵の手元の手配書も、同じ「落書き顔」に変化していた。どうやらティアの暴走した魔法は、この町にある手配書だけでなく、因果律を辿って「世界中の手配書」を同時に書き換えてしまったらしい。ある意味、神の奇跡(呪い)だ。
「あわわわ……! ど、どうしましょう! 教会の公式文書を改ざんしてしまいましたぁ……!」
ティアが頭を抱えてパニックになる。誤解を解くどころか、教会に対する特大の侮辱行為(落書き)を上乗せしてしまった。これでは弁解の余地もない。
「こりゃ酷いな。こんな奴らがいるわけねぇだろ」
「上層部の書き損じか?」
衛兵たちは呆れて、手配書をゴミ箱に捨ててしまった。そして、すぐ横に立っている俺たち(もちろん実物は美形揃いだ)を一瞥し、
「そこの観光客、邪魔だぞ。道を開けろ」
と、素通りしていった。
「……」
俺たちは顔を見合わせた。危機は去った。だが、何か大切なもの(威厳とかシリアスさとか)が失われた気がする。
「うぅ……もう聖女に戻れないかもしれません……」
ティアがしくしくと泣き崩れる。リリが静かに短剣を抜きかけたが、俺はそれを止めた。
「……まあ、結果オーライだ。誰も俺たちを『神敵』だとは思わないだろうな」
世界中にばら撒かれた、俺たちのマヌケな似顔絵。今頃、世界各地で賞金稼ぎたちが「こんな顔の奴いねぇよ!」と手配書を叩きつけているに違いない。天理の包囲網は、たった一人のドジっ子のせいで、初手から大混乱に陥っていた。
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俺は疲労感を覚えながら歩き出した。ティアの頭の上には「罪悪感」という重い空気が乗っかっているようだが、まあ、生きていれば挽回のチャンスもあるだろう。たぶん。
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