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第84話:砂塵の迷宮と恋の迷路
オアシスでの休息を終え、俺たちは再び東を目指して荒野を走っていた。 目的地である『天空の塔』までは、広大な砂漠地帯『渇きの海』を抜けなければならない。
「……おい、ヴォルグ。景色が変わらねえぞ」
出発から数時間。 窓の外はずっと同じような赤茶けた岩と砂の風景が続いている。 さらに、先程から視界を遮るほどの猛烈な砂嵐が吹き荒れ、方向感覚すら怪しくなってきた。
「おかしいな。コンパスがグルグル回ってやがる。魔力レーダーも反応なしだ」
ヴォルグが計器を叩く。 どうやら、ただの砂嵐ではないらしい。
「ジン様。……魔力の流れが澱んでいます。結界、あるいは迷宮(ラビリンス)の類かと」
リリが窓の外を睨み据える。 『渇きの海』に現れるという伝説の蜃気楼、『砂塵の迷宮』か。 迷い込んだ者の「心の隙」を突き、幻影を見せて永遠に彷徨わせるという天然の要害だ。
「厄介だな。ヴォルグ、一度停車しろ。エンジンを休ませつつ、状況を確認する」
俺たちは馬車を止め、全員で砂嵐の中へと降り立った。 視界は数メートルもない。はぐれれば一巻の終わりだ。
「うぅ……砂が目に入りますぅ……」
「皆、離れるなよ。お互いの姿が見える範囲で行動しろ」
俺が指示を出した、その瞬間だった。 突風が吹き荒れ、砂煙が俺たちの間を分断するように壁を作った。
「――ッ!? ジン様!」
「リリ!」
伸ばした手が空を切る。 視界が砂色に染まり、仲間たちの気配がかき消された。
◇
気がつくと、俺は一人で砂漠の中に立っていた。 いや、正確には一人ではない。
「みゅ~」
懐からラクが顔を出した。こいつだけは絶対に離れないらしい。
「……はぐれたか。まあ、リリなら自力で戻ってくるだろうが」
問題は他の連中だ。 特に、精神的に隙がありそうな――
◇
一方、カエデは砂嵐の中で孤立していた。
「グレン殿!? ジン殿!? ……くっ、不覚」
カエデは刀の柄に手をかけ、周囲を警戒する。 その時、霧の向こうから人影が現れた。 巨大な体躯。赤い髪。大剣を背負った男。
「グレン殿か! 無事であったか!」
カエデが安堵して駆け寄る。 だが、振り返ったグレンの様子がどこかおかしかった。 いつもの野性味あふれる表情ではなく、妙に整った、キザな笑みを浮かべているのだ。
「やあ、カエデ。探したぜ、俺の子猫ちゃん」
「……は?」
カエデが足を止める。 グレン(?)が近づき、カエデの手を取って跪いた。
「心配させて悪かったな。さあ、俺の胸に飛び込んでこい。これからは俺が、一生お前を守ってやる」
「な、ななな……ッ!?」
カエデの顔が沸騰する。 グレンが、あの大雑把でデリカシーのないグレンが、まるで物語の王子様のようなセリフを吐いている。 ありえない。ありえないが――それはカエデが心の奥底で、ほんの少しだけ夢見ていたシチュエーションでもあった。
「あ、あの……グレン殿……? 熱でもあるのか……?」
「熱いのは俺のハートさ。……愛してるぜ、カエデ」
グレン(?)が顔を近づけてくる。 カエデは混乱し、抵抗することもできずにその場に固まってしまった。 唇が触れる、その直前。
ドゴォォォォンッ!!!
横合いから飛んできた岩塊が、グレン(?)の顔面を直撃した。 王子様グレンは「ぶべラッ!?」という情けない声を上げて吹き飛び、砂となって霧散した。
「あーん? なんだ今の気色悪い偽物は」
砂煙の中から現れたのは、本物のグレンだった。 鼻をほじりながら、不機嫌そうに大剣を担いでいる。
「ようカエデ、無事か? 変なモンに絡まれてたみたいだが」
「グ、グレン殿……!」
カエデは我に返り、そして安堵と共に力が抜けて座り込んだ。 目の前にいるのは、いつものガサツで、ぶっきらぼうな男。 だが、その背中は何よりも頼もしく、安心できる。
「……やはり、貴殿はそうでなくてはな」
「あ? なんだよ」
「なんでもない。……行くぞ、野蛮人」
カエデは立ち上がり、少しだけ嬉しそうにグレンの隣に並んだ。
◇
その頃、ティアとヴォルグもまた、幻影に襲われていた。
「おお! ここには伝説の超金属が山ほどあるぞぉ!」
「わぁ! ここは天国ですか!? 誰も私を怒らないし、転ばないし、完璧な世界ですぅ!」
ヴォルグはヒヒイロカネの山に埋もれ、ティアはお花畑で蝶々と戯れている。 欲望丸出しの幻覚だ。 だが。
「……ん? 待てよ。簡単に手に入りすぎてつまらねえな」
ヴォルグが急に冷めた顔をした。
「爆発もねえ、試行錯誤もねえ。こんな完成された世界に、俺の職人魂が燃えるかよッ!」
ドカーン! ヴォルグが自前の爆弾で幻覚の山を吹き飛ばした。
「ふぇ? ……あ、蝶々さんだ。えいっ」
ティアが蝶を捕まえようとして、何もないところでつまずいた。 ズザーッ! 彼女は派手に転び、その勢いで幻覚の発生源となっていた『蜃気楼の水晶』を頭突きで粉砕した。
パリーンッ!!
水晶が砕け散ると同時に、周囲の空間にも蜘蛛の巣状の亀裂が走った。 美しいお花畑も、ヒヒイロカネの山も、ガラス細工のように音を立てて崩れ落ちていく。 幻覚の迷宮が、たった一つのドジによって物理的に粉砕された瞬間だった。
「あだだ……。あれ? お花畑が消えちゃいました」
◇
幻覚が晴れ、砂嵐が急速に収まっていく。 視界が開けると、そこには全員が無事に(?)集まっていた。
「……終わったようだな」
俺はリリと合流していた。 リリは俺の腕に抱きつき、周囲を警戒している。 彼女にも幻覚が見えたはずだが、一瞬で切り捨てたらしい。
「私には、ジン様以外の幻など必要ありませんから」
「そうか」
俺たちは再び馬車に乗り込んだ。 カエデはグレンの後ろ姿を見つめながら、少しだけ顔を赤らめている。 ティアは「またタンコブが増えましたぁ……」と泣いている。
砂塵の迷宮を抜け、俺たちは先へ進む。 それぞれの想いと、深まる絆を乗せて。
「……おい、ヴォルグ。景色が変わらねえぞ」
出発から数時間。 窓の外はずっと同じような赤茶けた岩と砂の風景が続いている。 さらに、先程から視界を遮るほどの猛烈な砂嵐が吹き荒れ、方向感覚すら怪しくなってきた。
「おかしいな。コンパスがグルグル回ってやがる。魔力レーダーも反応なしだ」
ヴォルグが計器を叩く。 どうやら、ただの砂嵐ではないらしい。
「ジン様。……魔力の流れが澱んでいます。結界、あるいは迷宮(ラビリンス)の類かと」
リリが窓の外を睨み据える。 『渇きの海』に現れるという伝説の蜃気楼、『砂塵の迷宮』か。 迷い込んだ者の「心の隙」を突き、幻影を見せて永遠に彷徨わせるという天然の要害だ。
「厄介だな。ヴォルグ、一度停車しろ。エンジンを休ませつつ、状況を確認する」
俺たちは馬車を止め、全員で砂嵐の中へと降り立った。 視界は数メートルもない。はぐれれば一巻の終わりだ。
「うぅ……砂が目に入りますぅ……」
「皆、離れるなよ。お互いの姿が見える範囲で行動しろ」
俺が指示を出した、その瞬間だった。 突風が吹き荒れ、砂煙が俺たちの間を分断するように壁を作った。
「――ッ!? ジン様!」
「リリ!」
伸ばした手が空を切る。 視界が砂色に染まり、仲間たちの気配がかき消された。
◇
気がつくと、俺は一人で砂漠の中に立っていた。 いや、正確には一人ではない。
「みゅ~」
懐からラクが顔を出した。こいつだけは絶対に離れないらしい。
「……はぐれたか。まあ、リリなら自力で戻ってくるだろうが」
問題は他の連中だ。 特に、精神的に隙がありそうな――
◇
一方、カエデは砂嵐の中で孤立していた。
「グレン殿!? ジン殿!? ……くっ、不覚」
カエデは刀の柄に手をかけ、周囲を警戒する。 その時、霧の向こうから人影が現れた。 巨大な体躯。赤い髪。大剣を背負った男。
「グレン殿か! 無事であったか!」
カエデが安堵して駆け寄る。 だが、振り返ったグレンの様子がどこかおかしかった。 いつもの野性味あふれる表情ではなく、妙に整った、キザな笑みを浮かべているのだ。
「やあ、カエデ。探したぜ、俺の子猫ちゃん」
「……は?」
カエデが足を止める。 グレン(?)が近づき、カエデの手を取って跪いた。
「心配させて悪かったな。さあ、俺の胸に飛び込んでこい。これからは俺が、一生お前を守ってやる」
「な、ななな……ッ!?」
カエデの顔が沸騰する。 グレンが、あの大雑把でデリカシーのないグレンが、まるで物語の王子様のようなセリフを吐いている。 ありえない。ありえないが――それはカエデが心の奥底で、ほんの少しだけ夢見ていたシチュエーションでもあった。
「あ、あの……グレン殿……? 熱でもあるのか……?」
「熱いのは俺のハートさ。……愛してるぜ、カエデ」
グレン(?)が顔を近づけてくる。 カエデは混乱し、抵抗することもできずにその場に固まってしまった。 唇が触れる、その直前。
ドゴォォォォンッ!!!
横合いから飛んできた岩塊が、グレン(?)の顔面を直撃した。 王子様グレンは「ぶべラッ!?」という情けない声を上げて吹き飛び、砂となって霧散した。
「あーん? なんだ今の気色悪い偽物は」
砂煙の中から現れたのは、本物のグレンだった。 鼻をほじりながら、不機嫌そうに大剣を担いでいる。
「ようカエデ、無事か? 変なモンに絡まれてたみたいだが」
「グ、グレン殿……!」
カエデは我に返り、そして安堵と共に力が抜けて座り込んだ。 目の前にいるのは、いつものガサツで、ぶっきらぼうな男。 だが、その背中は何よりも頼もしく、安心できる。
「……やはり、貴殿はそうでなくてはな」
「あ? なんだよ」
「なんでもない。……行くぞ、野蛮人」
カエデは立ち上がり、少しだけ嬉しそうにグレンの隣に並んだ。
◇
その頃、ティアとヴォルグもまた、幻影に襲われていた。
「おお! ここには伝説の超金属が山ほどあるぞぉ!」
「わぁ! ここは天国ですか!? 誰も私を怒らないし、転ばないし、完璧な世界ですぅ!」
ヴォルグはヒヒイロカネの山に埋もれ、ティアはお花畑で蝶々と戯れている。 欲望丸出しの幻覚だ。 だが。
「……ん? 待てよ。簡単に手に入りすぎてつまらねえな」
ヴォルグが急に冷めた顔をした。
「爆発もねえ、試行錯誤もねえ。こんな完成された世界に、俺の職人魂が燃えるかよッ!」
ドカーン! ヴォルグが自前の爆弾で幻覚の山を吹き飛ばした。
「ふぇ? ……あ、蝶々さんだ。えいっ」
ティアが蝶を捕まえようとして、何もないところでつまずいた。 ズザーッ! 彼女は派手に転び、その勢いで幻覚の発生源となっていた『蜃気楼の水晶』を頭突きで粉砕した。
パリーンッ!!
水晶が砕け散ると同時に、周囲の空間にも蜘蛛の巣状の亀裂が走った。 美しいお花畑も、ヒヒイロカネの山も、ガラス細工のように音を立てて崩れ落ちていく。 幻覚の迷宮が、たった一つのドジによって物理的に粉砕された瞬間だった。
「あだだ……。あれ? お花畑が消えちゃいました」
◇
幻覚が晴れ、砂嵐が急速に収まっていく。 視界が開けると、そこには全員が無事に(?)集まっていた。
「……終わったようだな」
俺はリリと合流していた。 リリは俺の腕に抱きつき、周囲を警戒している。 彼女にも幻覚が見えたはずだが、一瞬で切り捨てたらしい。
「私には、ジン様以外の幻など必要ありませんから」
「そうか」
俺たちは再び馬車に乗り込んだ。 カエデはグレンの後ろ姿を見つめながら、少しだけ顔を赤らめている。 ティアは「またタンコブが増えましたぁ……」と泣いている。
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