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第105話:過去の幻影
背後から響いていた爆発音と怒号が、分厚い扉を隔てて遠ざかった。 ここから先は、俺一人だ。 いや、正確には俺と、腕の中の繭(リリとラク)だけだ。
天空城の中枢エリアは、下の階層とは空気が違っていた。 壁も床も、純白の光で構成されているかのように淡く発光し、足音が吸い込まれるように響かない。 無音の世界。 そこに、俺の呼吸音だけが大きく聞こえる。
「……趣味の悪い内装だ」
俺は悪態をつきながら歩を進めた。 物理的なトラップはない。天使の迎撃もない。 だが、肌にまとわりつくような不快な粘り気が、空間そのものに充満していた。
ズズッ……。
視界が歪んだ。 白い通路が陽炎のように揺らぎ、景色が変貌していく。 俺が立っていたのは、天空城の回廊ではなかった。
「ここは……」
豪奢な装飾が施された、高級酒場の個室。 テーブルには手つかずの料理と、高級ワイン。 そして、俺の正面に座っているのは、整った顔立ちの金髪の男――かつての勇者、アルスだった。
『おい、ジン。単刀直入に言うが、お前クビな』
アルスが冷笑を浮かべて言う。 周囲には、聖女マリア、剣聖ガイル、大魔導士カレア。 かつての仲間たちが、俺を嘲るように見ている。
『お前がいると運気が下がるんだよ』
『地味で、役に立たなくて、陰気な寄生虫』
『ここがお前の限界だ』
罵倒の言葉が、矢のように突き刺さる。 これは、俺の記憶だ。 俺が全てを失い、絶望と怒りを抱えて路地裏へと転がり落ちた、あの日。
『お前は一人だ』 『誰もお前など必要としていない』
『お前が守ろうとしたものは、すべて壊れる』
アルスの声が変質し、天理の無機質な声と重なる。 幻影たちが一斉に俺を指差した。
『諦めろ。運命には逆らえない』
精神干渉。 過去のトラウマを呼び起こし、心を折ろうとする防衛システムか。 並の人間なら、この絶望感に押しつぶされて発狂するだろう。自分の無力さを突きつけられ、足を止めてしまうだろう。
だが。
「……くだらない」
俺は鼻で笑った。 足を止めるどころか、幻影のアルスに向かって歩き出し、その顔面を容赦なく踏み抜いた。
パリンッ。
幻影がガラスのように砕け散る。
「いつの話をしているんだ? そんな過去は、とっくにゴミ箱行きだ」
俺は繭を抱え直した。 腕の中に、確かな重みと温もりがある。
「俺は一人じゃない」
振り返れば、そこには誰もいない。 だが、俺には聞こえる。 遥か後方、この城の入り口で戦っている仲間たちの咆哮が。
グレンの馬鹿でかい笑い声。 カエデの凛とした気合。 ティアの情けない悲鳴と、それでも立ち上がる音。 ヴォルグの狂った爆破音。 そして、空から道を切り開いてくれたリエルの高笑い。
「俺には、背中を預けられる最高の馬鹿どもがいる」
そして、腕の中には、俺を信じて全てを委ねてくれた最愛のパートナーがいる。
「俺が必要とされていないだと? 笑わせるな。俺はこいつらにとって、なくてはならない『軍師』だ」
俺が断言した瞬間、周囲の景色に亀裂が走った。 酒場の幻影が崩れ落ち、元の白い回廊が姿を現す。 精神攻撃が、俺の自我(エゴ)に耐えきれずに自壊したのだ。
『警告。対象の精神汚染、失敗。自我強度が想定値を逸脱』
空間にノイズ交じりのアナウンスが流れる。
「学習しろよ、天理(かみさま)。俺は性格が悪いんだ」
俺はモノクルを指で押し上げた。
「過去の傷を舐め合うような趣味はない。俺が見ているのは、自分たちが勝ち取る未来だけだ」
俺は瓦礫となった幻影を踏み越え、再び歩き出した。 回廊の先、巨大な扉がそびえ立っている。 そこから漏れ出る圧倒的なプレッシャー。
いよいよだ。 この扉の向こうに、全ての元凶――この世界の『神』が待っている。
「行くぞ、リリ。ラク」
俺は繭に囁きかけ、扉に手をかけた。 迷いはない。 俺たちの旅の終着点は、もう目の前だ。
天空城の中枢エリアは、下の階層とは空気が違っていた。 壁も床も、純白の光で構成されているかのように淡く発光し、足音が吸い込まれるように響かない。 無音の世界。 そこに、俺の呼吸音だけが大きく聞こえる。
「……趣味の悪い内装だ」
俺は悪態をつきながら歩を進めた。 物理的なトラップはない。天使の迎撃もない。 だが、肌にまとわりつくような不快な粘り気が、空間そのものに充満していた。
ズズッ……。
視界が歪んだ。 白い通路が陽炎のように揺らぎ、景色が変貌していく。 俺が立っていたのは、天空城の回廊ではなかった。
「ここは……」
豪奢な装飾が施された、高級酒場の個室。 テーブルには手つかずの料理と、高級ワイン。 そして、俺の正面に座っているのは、整った顔立ちの金髪の男――かつての勇者、アルスだった。
『おい、ジン。単刀直入に言うが、お前クビな』
アルスが冷笑を浮かべて言う。 周囲には、聖女マリア、剣聖ガイル、大魔導士カレア。 かつての仲間たちが、俺を嘲るように見ている。
『お前がいると運気が下がるんだよ』
『地味で、役に立たなくて、陰気な寄生虫』
『ここがお前の限界だ』
罵倒の言葉が、矢のように突き刺さる。 これは、俺の記憶だ。 俺が全てを失い、絶望と怒りを抱えて路地裏へと転がり落ちた、あの日。
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『お前が守ろうとしたものは、すべて壊れる』
アルスの声が変質し、天理の無機質な声と重なる。 幻影たちが一斉に俺を指差した。
『諦めろ。運命には逆らえない』
精神干渉。 過去のトラウマを呼び起こし、心を折ろうとする防衛システムか。 並の人間なら、この絶望感に押しつぶされて発狂するだろう。自分の無力さを突きつけられ、足を止めてしまうだろう。
だが。
「……くだらない」
俺は鼻で笑った。 足を止めるどころか、幻影のアルスに向かって歩き出し、その顔面を容赦なく踏み抜いた。
パリンッ。
幻影がガラスのように砕け散る。
「いつの話をしているんだ? そんな過去は、とっくにゴミ箱行きだ」
俺は繭を抱え直した。 腕の中に、確かな重みと温もりがある。
「俺は一人じゃない」
振り返れば、そこには誰もいない。 だが、俺には聞こえる。 遥か後方、この城の入り口で戦っている仲間たちの咆哮が。
グレンの馬鹿でかい笑い声。 カエデの凛とした気合。 ティアの情けない悲鳴と、それでも立ち上がる音。 ヴォルグの狂った爆破音。 そして、空から道を切り開いてくれたリエルの高笑い。
「俺には、背中を預けられる最高の馬鹿どもがいる」
そして、腕の中には、俺を信じて全てを委ねてくれた最愛のパートナーがいる。
「俺が必要とされていないだと? 笑わせるな。俺はこいつらにとって、なくてはならない『軍師』だ」
俺が断言した瞬間、周囲の景色に亀裂が走った。 酒場の幻影が崩れ落ち、元の白い回廊が姿を現す。 精神攻撃が、俺の自我(エゴ)に耐えきれずに自壊したのだ。
『警告。対象の精神汚染、失敗。自我強度が想定値を逸脱』
空間にノイズ交じりのアナウンスが流れる。
「学習しろよ、天理(かみさま)。俺は性格が悪いんだ」
俺はモノクルを指で押し上げた。
「過去の傷を舐め合うような趣味はない。俺が見ているのは、自分たちが勝ち取る未来だけだ」
俺は瓦礫となった幻影を踏み越え、再び歩き出した。 回廊の先、巨大な扉がそびえ立っている。 そこから漏れ出る圧倒的なプレッシャー。
いよいよだ。 この扉の向こうに、全ての元凶――この世界の『神』が待っている。
「行くぞ、リリ。ラク」
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