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第106話:裁定者デウス
巨大な扉を押し開けた先。 そこに広がっていたのは、視界を埋め尽くす「白」だった。 天井も、壁も、床もない。 あるのは、無限に広がる光の空間と、その中心に浮かぶ一つの『座』だけ。
「……ここが、天の頂か」
俺は繭を抱えたまま、光の床を踏みしめた。 一歩進むたびに、波紋のように光が広がる。 静かだ。 下層での激戦が嘘のように、ここには音がない。風もない。 あるのは、圧倒的なまでの「圧」だけだ。
『……此処まで辿り着くとは。異端なる者よ』
声が降ってきた。 それは男の声でも、女の声でもない。 数千、数万の声が重なり合ったような、荘厳な響き。
空間の中央、玉座のような場所に、光の粒子が集束していく。 やがてそれは、一人の巨人の形を成した。 純白の法衣を纏い、顔には目も鼻も口もない、のっぺらぼうの仮面。 背中には、世界を覆うほど巨大な十二枚の光翼が揺らめいている。
『我は裁定者デウス』
巨人が腕を広げ、名乗りを上げた。
『この世界の理(ことわり)を敷き、管理する、歴史の導き手である』
「随分と待たせてくれたな。おかげで散々な旅だったぞ」
俺は軽口を叩いてみせたが、内心では冷や汗が止まらなかった。 【解析のモノクル】が機能しない。 ステータスが表示されるはずのウィンドウには、『測定不可』『理解不能』『神域』という警告文字が羅列されているだけだ。 勝てるのか? こんな規格外の存在に。
『我は問う。なぜ抗う』
デウスが仮面を傾けた。
『天理は絶対であり、円環は慈悲である。 穢れを器(リリ)に集め、勇者がそれを砕く。その循環こそが、この世界を永劫に存続させる唯一の道。 貴様らがしたことは、その救済を拒絶し、世界を滅びへと導く暴挙に過ぎない』
「救済、ねぇ……」
俺は鼻で笑った。
「誰か一人の犠牲の上に成り立つ平和なんざ、救済とは言わない。それはただの『先送り』だ」
俺は腕の中の繭を強く抱きしめた。 この中には、世界のために造られ、捨てられ、それでも懸命に生きた少女がいる。 彼女の痛みを、絶望を、慈悲などという言葉で片付けられてたまるか。
「それに、俺は性格が悪くてな。用意された筋書き通りに動くのが大嫌いなんだよ」
『……理解不能』
デウスの声が、僅かに温度を下げた。
『個の感情で、全の理を否定するか。……愚かしい。極めて愚かしい』
デウスが右手を掲げる。 その掌に、太陽ごとき輝きが生まれた。
『貴様は歪みだ。世界に不要なノイズだ。 故に、ここで断つ。その穢れた器と共に、虚無へと還れ』
輝きが閃光となり、俺に向かって放たれた。 速い。 光速そのものだ。回避など不可能。
「くっ……!」
俺は反射的に【確率操作】を発動しようとした。 だが。
『無駄だ。我の前では、確率などという意味のない概念は存在しない』
デウスが指を振るう。 それだけで、俺の術式が霧散した。 確率への干渉を弾かれたのではない。 「攻撃が命中する」という結果が、因果の彼方で既に『確定』されているのだ。
【権能:運命固定】。 0%だろうが100%だろうが関係ない。 神が決めたことが、そのまま現実になる。
「しまっ――」
光が俺を飲み込む。 熱も痛みもない。ただ、存在が削り取られていく喪失感だけがある。 繭を守ろうとした腕が、光の中で崩れていく。
(……ここまで、か)
俺の意識が白く染まる。 リリを救うどころか、俺自身が消される。 圧倒的な神の力の前に、人の知恵など無力だったのか。
――いいえ。
その時。 俺の意識の底で、凛とした声が響いた。 同時に、後方の扉が爆砕された。
「させませんわよッ!!!」
ドゴォォォンッ!!
黄金の光線が、俺を飲み込んでいた神の光を横から弾き飛ばした。 煙の中から飛び込んできたのは、ボロボロになったドレスを翻す、カジノの女王。
「リ、リエル!?」
「遅くなって悪いわね! エレベーターがなかったから、階段を駆け上がってきたのよ!」
リエルが肩で息をしながら、不敵に笑う。 さらに、彼女の背後から仲間たちが次々と雪崩れ込んでくる。
「へっ、神様との謁見だろ? 俺たちも混ぜろよ!」
グレンが大剣を構え、カエデが並び立つ。
「未知のテクノロジーの塊だァ! 分解させろォ!」
ヴォルグが涎を垂らしてガトリングを向ける。
「ジ、ジン様! ご無事ですかぁ!?」
ティアが転びながら駆け寄ってくる。
全員、満身創痍だ。 だが、その瞳は死んでいない。
『……増援か。無意味なことを』
デウスが冷徹に見下ろす。 神対、人とその仲間たち。 絶望的な戦力差は変わらない。 だが、俺の中に消えかけていた炎が、再び熱く燃え上がった。
「……いいや、無意味じゃない」
俺は立ち上がり、繭をグレンに預けた。 そして、モノクルを正し、神を見据える。
「教えてやるよ、デウス。確定した運命を覆すのが、俺たち『人間』の特権だってことをな!」
総力戦だ。 確率の向こう側を掴み取るための、最後の戦いが幕を開けた。
「……ここが、天の頂か」
俺は繭を抱えたまま、光の床を踏みしめた。 一歩進むたびに、波紋のように光が広がる。 静かだ。 下層での激戦が嘘のように、ここには音がない。風もない。 あるのは、圧倒的なまでの「圧」だけだ。
『……此処まで辿り着くとは。異端なる者よ』
声が降ってきた。 それは男の声でも、女の声でもない。 数千、数万の声が重なり合ったような、荘厳な響き。
空間の中央、玉座のような場所に、光の粒子が集束していく。 やがてそれは、一人の巨人の形を成した。 純白の法衣を纏い、顔には目も鼻も口もない、のっぺらぼうの仮面。 背中には、世界を覆うほど巨大な十二枚の光翼が揺らめいている。
『我は裁定者デウス』
巨人が腕を広げ、名乗りを上げた。
『この世界の理(ことわり)を敷き、管理する、歴史の導き手である』
「随分と待たせてくれたな。おかげで散々な旅だったぞ」
俺は軽口を叩いてみせたが、内心では冷や汗が止まらなかった。 【解析のモノクル】が機能しない。 ステータスが表示されるはずのウィンドウには、『測定不可』『理解不能』『神域』という警告文字が羅列されているだけだ。 勝てるのか? こんな規格外の存在に。
『我は問う。なぜ抗う』
デウスが仮面を傾けた。
『天理は絶対であり、円環は慈悲である。 穢れを器(リリ)に集め、勇者がそれを砕く。その循環こそが、この世界を永劫に存続させる唯一の道。 貴様らがしたことは、その救済を拒絶し、世界を滅びへと導く暴挙に過ぎない』
「救済、ねぇ……」
俺は鼻で笑った。
「誰か一人の犠牲の上に成り立つ平和なんざ、救済とは言わない。それはただの『先送り』だ」
俺は腕の中の繭を強く抱きしめた。 この中には、世界のために造られ、捨てられ、それでも懸命に生きた少女がいる。 彼女の痛みを、絶望を、慈悲などという言葉で片付けられてたまるか。
「それに、俺は性格が悪くてな。用意された筋書き通りに動くのが大嫌いなんだよ」
『……理解不能』
デウスの声が、僅かに温度を下げた。
『個の感情で、全の理を否定するか。……愚かしい。極めて愚かしい』
デウスが右手を掲げる。 その掌に、太陽ごとき輝きが生まれた。
『貴様は歪みだ。世界に不要なノイズだ。 故に、ここで断つ。その穢れた器と共に、虚無へと還れ』
輝きが閃光となり、俺に向かって放たれた。 速い。 光速そのものだ。回避など不可能。
「くっ……!」
俺は反射的に【確率操作】を発動しようとした。 だが。
『無駄だ。我の前では、確率などという意味のない概念は存在しない』
デウスが指を振るう。 それだけで、俺の術式が霧散した。 確率への干渉を弾かれたのではない。 「攻撃が命中する」という結果が、因果の彼方で既に『確定』されているのだ。
【権能:運命固定】。 0%だろうが100%だろうが関係ない。 神が決めたことが、そのまま現実になる。
「しまっ――」
光が俺を飲み込む。 熱も痛みもない。ただ、存在が削り取られていく喪失感だけがある。 繭を守ろうとした腕が、光の中で崩れていく。
(……ここまで、か)
俺の意識が白く染まる。 リリを救うどころか、俺自身が消される。 圧倒的な神の力の前に、人の知恵など無力だったのか。
――いいえ。
その時。 俺の意識の底で、凛とした声が響いた。 同時に、後方の扉が爆砕された。
「させませんわよッ!!!」
ドゴォォォンッ!!
黄金の光線が、俺を飲み込んでいた神の光を横から弾き飛ばした。 煙の中から飛び込んできたのは、ボロボロになったドレスを翻す、カジノの女王。
「リ、リエル!?」
「遅くなって悪いわね! エレベーターがなかったから、階段を駆け上がってきたのよ!」
リエルが肩で息をしながら、不敵に笑う。 さらに、彼女の背後から仲間たちが次々と雪崩れ込んでくる。
「へっ、神様との謁見だろ? 俺たちも混ぜろよ!」
グレンが大剣を構え、カエデが並び立つ。
「未知のテクノロジーの塊だァ! 分解させろォ!」
ヴォルグが涎を垂らしてガトリングを向ける。
「ジ、ジン様! ご無事ですかぁ!?」
ティアが転びながら駆け寄ってくる。
全員、満身創痍だ。 だが、その瞳は死んでいない。
『……増援か。無意味なことを』
デウスが冷徹に見下ろす。 神対、人とその仲間たち。 絶望的な戦力差は変わらない。 だが、俺の中に消えかけていた炎が、再び熱く燃え上がった。
「……いいや、無意味じゃない」
俺は立ち上がり、繭をグレンに預けた。 そして、モノクルを正し、神を見据える。
「教えてやるよ、デウス。確定した運命を覆すのが、俺たち『人間』の特権だってことをな!」
総力戦だ。 確率の向こう側を掴み取るための、最後の戦いが幕を開けた。
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