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第128話:それぞれの報酬
熱狂的なパレードを終え、王城に到着した俺たちは、そのまま貴賓室へと通された。 そこで待っていたのは、泥と埃にまみれた旅装束を脱ぎ捨て、英雄に相応しい正装へと着替えるための慌ただしい時間だった。
「うぅ……苦しいですぅ……。お腹周りがキツイですぅ……」
「我慢しろティア。聖女が平服で式典に出るわけにはいかんだろう」
侍女たちに囲まれ、コルセットを締め上げられるティアの悲鳴が聞こえる。 隣の部屋では、グレンが「袖が入らねえ!」と叫び、ヴォルグが「なんで俺がこんなヒラヒラした服を!」と暴れているようだ。
俺もまた、慣れない礼服に袖を通し、鏡の前でため息をついていた。 首元を締め付けるタイ。動きにくいジャケット。 戦闘服(ローブ)の方がよほど落ち着く。
「……似合っていますよ、ジン様」
不意に、背後から鈴を転がすような声がした。 振り返った俺は、言葉を失った。
そこには、純白のドレスを纏ったリリが立っていた。 いつもは下ろしている銀髪を華やかに結い上げ、薄く化粧を施している。 その姿は、かつての「薄幸の美少女」の面影を残しつつも、一国の姫君としての気品と、愛される女性特有の輝きに満ちていた。 正直、直視できないほど美しい。
「……どう、でしょうか?」
リリが恥ずかしそうにスカートの裾を摘む。
「……ああ。最高だ。見違えたよ」
「えへへ。ジン様のために、一番可愛い私でいたいですから」
リリがはにかむ。 その笑顔を見て、俺の緊張(と窮屈さへの不満)が少しだけ解けた。
「さあ、行きましょう。皆さんが待っています」
リリが俺の腕に手を添える。 俺たちは腕を組み、大広間へと続く長い廊下を歩き出した。 重厚な扉の向こうから、どよめきと音楽が漏れ聞こえてくる。
ぎぃぃ、と扉が開く。 その先には、眩い光の世界が広がっていた。
◇
王城の大広間は、これ以上ないほどの輝きに満ちていた。 煌びやかなシャンデリア、集まった貴族や高官たち、そしてテーブルに並ぶ豪華な料理の数々。 世界の危機を救った英雄たちを称えるための、国を挙げての祝賀会だ。
「……肩が凝るな」
俺は慣れない正装の襟元を引っ張りながら、グラスを傾けた。 隣に立つリリのドレス姿に、会場中の視線が釘付けになっているのを感じる。 かつて「歩く災害」として忌避されていた少女は、今や誰もが羨む「救国の乙女」となっていた。
「ジン様、とっても素敵ですよ」
「お前ほどじゃないさ。……誰もが振り返ってるぞ」
俺が囁くと、リリは嬉しそうに俺の腕を抱きしめ直した。
「さて、主役たちの登場といきましょうか」
壇上に立ったのは、真新しい総裁の制服を纏ったミライだった。 彼女はギルドの支部長代理から、異例の昇進でギルド総裁――全冒険者のトップに就任したのだ。 ミライが俺たちを手招きする。
「まずは、ヴォルグ殿」
呼ばれたヴォルグが、不機嫌そうに前に出る。正装が窮屈なのだろう、今にも引き裂きそうだ。
「貴方の技術は世界を救いました。国は貴方を王立魔導研究所の最高顧問として招きたいと考えています。予算は無制限、地位も名誉も思いのままです」
破格の待遇だ。 だが、ヴォルグは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「けっ、お断りだ。王立だか何だか知らねえが、安全基準だの倫理規定だのでガチガチの研究所なんて、俺には鳥籠と一緒だ。俺は俺の工房で、好き勝手に爆発させてぇんだよ!」
会場がざわつくが、ミライは苦笑して頷いた。
「……承知しました。では、特別研究費としての資金援助と、爆発許可証(制限付き)を授与します」 「ヒャハ! わかってんじゃねえか!」
ヴォルグが金袋を受け取り、ガッツポーズをする。
「続いて、グレン殿、カエデ殿」
二人が並んで前に出る。 大柄なグレンと、凛としたカエデ。並ぶと意外とお似合いの二人だ。
「お二人には、王都の一等地に広大な土地と、道場の設立資金を用意しました。これからの世界の守り手として、後進の育成をお願いできますか?」
「おうよ! 俺様の最強筋肉理論を広めてやるぜ!」
「うむ。武の心を忘れぬ若者を育てよう。……二人でな」
グレンとカエデが顔を見合わせて笑う。 どうやら、二人の第二の人生(セカンドライフ)は安泰のようだ。
「そして、ティア殿」
「は、はいぃっ!」
ティアが裏返った声で返事をして、自分のドレスの裾を踏んで転びそうになる。 会場から温かい笑いが漏れる。
「貴女の献身と奇跡は、教会の教えそのものでした。教会本部は貴女の『破門』を取り消し、正式に『聖女』として認定することを決定しました」
「ほ、本当ですか!? 私なんかが……!」
「ええ。これからは世界中を巡り、その奇跡(ドジ)で人々を笑顔にしてください」
ティアが感極まって泣き崩れる。 まあ、彼女が行く先々で何かが起こるだろうが、それが結果的に誰かを救うなら、それもまた聖女の形なのかもしれない。
「そして最後に、今回の最大の功労者……ジン殿、リリ殿」
ミライが最も改まった声色で、俺たちを呼んだ。 会場の空気が張り詰める。 世界を救った英雄。その筆頭に対する報酬だ。誰もが固唾を呑んで見守っている。
「国からは、お二人に『救国卿』の爵位と、王都近郊の領地を授与したいとの申し出がありました。如何でしょうか?」
爵位に領地。 貴族の仲間入りだ。一生遊んで暮らせるだけの地位と権力。 普通の冒険者なら泣いて喜ぶだろう。
だが。
「……断る」
俺は即答した。 会場がどよめく。
「爵位なんて窮屈な首輪は御免だ。領地経営なんて面倒事もな。俺たちは冒険者だ。自由に生きさせてもらう」
「ふふっ、そうおっしゃると思いました」
ミライは予想通りと言わんばかりに笑った。
「では、ギルドからは『SSランク冒険者』への昇格と、特別報奨金として金貨一万枚。そして……現在お住まいの『白亜邸』の土地建物の無償譲渡、および永続的な免税特権をご用意しました」
「……ほう」
俺は口元を緩めた。 金と家、そして税金の免除。 実に実用的で、俺の好みを理解している。
「悪くない条件だ。受け取ろう」
「ありがとうございます!」
リリも嬉しそうに頭を下げる。 これで、あの家は正真正銘、俺たちの城になったわけだ。
最後に、リエルが前に進み出た。 彼女は報酬を受け取る立場ではないが、ミライが頭を下げる。
「リエル様。貴女の船の犠牲がなければ、勝利はありませんでした。国として、損害の補填を……」
「いらないわよ、そんなはした金」
リエルは扇子で一蹴した。
「私の船は、私がまた稼いで作り直すわ。カジノの売り上げが落ちて、少しは刺激的な経営再建ができそうだしね」
彼女は不敵に笑い、そして俺の方へと歩いてきた。 真っ直ぐに俺を見つめ、不敵な笑みを浮かべる。
「ジン。私への報酬は、貴方が払うのよ?」
「……何をだ?」
「貸しがあるでしょ? 船一隻分の働きと、命がけのサポート。……体で返してもらうわ」
リエルが俺の胸板に手を這わせる。 会場の空気が凍りついた。
「ちょ、ちょっと! 離れてください!」
リリが慌てて俺とリエルの間に割って入る。 リエルは悪戯っぽく笑って、リリの頬をつついた。
「冗談よ。……今はね」
彼女は俺の耳元に顔を寄せ、囁いた。
「私は諦めないわよ。ビジネスパートナーとして、そして……いつか貴方がフリーになった時の予約者として、最前列をキープさせてもらうわ」
リエルはウィンクを残し、颯爽と会場を後にした。 最後まで、嵐のような女王様だ。
「むぅ……。ジン様、油断も隙もありませんね」
「まったくだ」
俺はリリの肩を抱き寄せた。 それぞれの道が決まっていく。 戦いは終わり、新しい日常が始まろうとしている。
「ジン様。……私たちも、帰りましょうか」
「ああ。帰ろう」
俺たちは拍手に見送られながら、王城を後にした。 目指すは、俺たちの城。 『嘆きの白亜邸』改め、『幸福の白亜邸』へ。
「うぅ……苦しいですぅ……。お腹周りがキツイですぅ……」
「我慢しろティア。聖女が平服で式典に出るわけにはいかんだろう」
侍女たちに囲まれ、コルセットを締め上げられるティアの悲鳴が聞こえる。 隣の部屋では、グレンが「袖が入らねえ!」と叫び、ヴォルグが「なんで俺がこんなヒラヒラした服を!」と暴れているようだ。
俺もまた、慣れない礼服に袖を通し、鏡の前でため息をついていた。 首元を締め付けるタイ。動きにくいジャケット。 戦闘服(ローブ)の方がよほど落ち着く。
「……似合っていますよ、ジン様」
不意に、背後から鈴を転がすような声がした。 振り返った俺は、言葉を失った。
そこには、純白のドレスを纏ったリリが立っていた。 いつもは下ろしている銀髪を華やかに結い上げ、薄く化粧を施している。 その姿は、かつての「薄幸の美少女」の面影を残しつつも、一国の姫君としての気品と、愛される女性特有の輝きに満ちていた。 正直、直視できないほど美しい。
「……どう、でしょうか?」
リリが恥ずかしそうにスカートの裾を摘む。
「……ああ。最高だ。見違えたよ」
「えへへ。ジン様のために、一番可愛い私でいたいですから」
リリがはにかむ。 その笑顔を見て、俺の緊張(と窮屈さへの不満)が少しだけ解けた。
「さあ、行きましょう。皆さんが待っています」
リリが俺の腕に手を添える。 俺たちは腕を組み、大広間へと続く長い廊下を歩き出した。 重厚な扉の向こうから、どよめきと音楽が漏れ聞こえてくる。
ぎぃぃ、と扉が開く。 その先には、眩い光の世界が広がっていた。
◇
王城の大広間は、これ以上ないほどの輝きに満ちていた。 煌びやかなシャンデリア、集まった貴族や高官たち、そしてテーブルに並ぶ豪華な料理の数々。 世界の危機を救った英雄たちを称えるための、国を挙げての祝賀会だ。
「……肩が凝るな」
俺は慣れない正装の襟元を引っ張りながら、グラスを傾けた。 隣に立つリリのドレス姿に、会場中の視線が釘付けになっているのを感じる。 かつて「歩く災害」として忌避されていた少女は、今や誰もが羨む「救国の乙女」となっていた。
「ジン様、とっても素敵ですよ」
「お前ほどじゃないさ。……誰もが振り返ってるぞ」
俺が囁くと、リリは嬉しそうに俺の腕を抱きしめ直した。
「さて、主役たちの登場といきましょうか」
壇上に立ったのは、真新しい総裁の制服を纏ったミライだった。 彼女はギルドの支部長代理から、異例の昇進でギルド総裁――全冒険者のトップに就任したのだ。 ミライが俺たちを手招きする。
「まずは、ヴォルグ殿」
呼ばれたヴォルグが、不機嫌そうに前に出る。正装が窮屈なのだろう、今にも引き裂きそうだ。
「貴方の技術は世界を救いました。国は貴方を王立魔導研究所の最高顧問として招きたいと考えています。予算は無制限、地位も名誉も思いのままです」
破格の待遇だ。 だが、ヴォルグは鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
「けっ、お断りだ。王立だか何だか知らねえが、安全基準だの倫理規定だのでガチガチの研究所なんて、俺には鳥籠と一緒だ。俺は俺の工房で、好き勝手に爆発させてぇんだよ!」
会場がざわつくが、ミライは苦笑して頷いた。
「……承知しました。では、特別研究費としての資金援助と、爆発許可証(制限付き)を授与します」 「ヒャハ! わかってんじゃねえか!」
ヴォルグが金袋を受け取り、ガッツポーズをする。
「続いて、グレン殿、カエデ殿」
二人が並んで前に出る。 大柄なグレンと、凛としたカエデ。並ぶと意外とお似合いの二人だ。
「お二人には、王都の一等地に広大な土地と、道場の設立資金を用意しました。これからの世界の守り手として、後進の育成をお願いできますか?」
「おうよ! 俺様の最強筋肉理論を広めてやるぜ!」
「うむ。武の心を忘れぬ若者を育てよう。……二人でな」
グレンとカエデが顔を見合わせて笑う。 どうやら、二人の第二の人生(セカンドライフ)は安泰のようだ。
「そして、ティア殿」
「は、はいぃっ!」
ティアが裏返った声で返事をして、自分のドレスの裾を踏んで転びそうになる。 会場から温かい笑いが漏れる。
「貴女の献身と奇跡は、教会の教えそのものでした。教会本部は貴女の『破門』を取り消し、正式に『聖女』として認定することを決定しました」
「ほ、本当ですか!? 私なんかが……!」
「ええ。これからは世界中を巡り、その奇跡(ドジ)で人々を笑顔にしてください」
ティアが感極まって泣き崩れる。 まあ、彼女が行く先々で何かが起こるだろうが、それが結果的に誰かを救うなら、それもまた聖女の形なのかもしれない。
「そして最後に、今回の最大の功労者……ジン殿、リリ殿」
ミライが最も改まった声色で、俺たちを呼んだ。 会場の空気が張り詰める。 世界を救った英雄。その筆頭に対する報酬だ。誰もが固唾を呑んで見守っている。
「国からは、お二人に『救国卿』の爵位と、王都近郊の領地を授与したいとの申し出がありました。如何でしょうか?」
爵位に領地。 貴族の仲間入りだ。一生遊んで暮らせるだけの地位と権力。 普通の冒険者なら泣いて喜ぶだろう。
だが。
「……断る」
俺は即答した。 会場がどよめく。
「爵位なんて窮屈な首輪は御免だ。領地経営なんて面倒事もな。俺たちは冒険者だ。自由に生きさせてもらう」
「ふふっ、そうおっしゃると思いました」
ミライは予想通りと言わんばかりに笑った。
「では、ギルドからは『SSランク冒険者』への昇格と、特別報奨金として金貨一万枚。そして……現在お住まいの『白亜邸』の土地建物の無償譲渡、および永続的な免税特権をご用意しました」
「……ほう」
俺は口元を緩めた。 金と家、そして税金の免除。 実に実用的で、俺の好みを理解している。
「悪くない条件だ。受け取ろう」
「ありがとうございます!」
リリも嬉しそうに頭を下げる。 これで、あの家は正真正銘、俺たちの城になったわけだ。
最後に、リエルが前に進み出た。 彼女は報酬を受け取る立場ではないが、ミライが頭を下げる。
「リエル様。貴女の船の犠牲がなければ、勝利はありませんでした。国として、損害の補填を……」
「いらないわよ、そんなはした金」
リエルは扇子で一蹴した。
「私の船は、私がまた稼いで作り直すわ。カジノの売り上げが落ちて、少しは刺激的な経営再建ができそうだしね」
彼女は不敵に笑い、そして俺の方へと歩いてきた。 真っ直ぐに俺を見つめ、不敵な笑みを浮かべる。
「ジン。私への報酬は、貴方が払うのよ?」
「……何をだ?」
「貸しがあるでしょ? 船一隻分の働きと、命がけのサポート。……体で返してもらうわ」
リエルが俺の胸板に手を這わせる。 会場の空気が凍りついた。
「ちょ、ちょっと! 離れてください!」
リリが慌てて俺とリエルの間に割って入る。 リエルは悪戯っぽく笑って、リリの頬をつついた。
「冗談よ。……今はね」
彼女は俺の耳元に顔を寄せ、囁いた。
「私は諦めないわよ。ビジネスパートナーとして、そして……いつか貴方がフリーになった時の予約者として、最前列をキープさせてもらうわ」
リエルはウィンクを残し、颯爽と会場を後にした。 最後まで、嵐のような女王様だ。
「むぅ……。ジン様、油断も隙もありませんね」
「まったくだ」
俺はリリの肩を抱き寄せた。 それぞれの道が決まっていく。 戦いは終わり、新しい日常が始まろうとしている。
「ジン様。……私たちも、帰りましょうか」
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