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第130話:新たな世界
天理が消滅してから数週間。 世界は、かつてないほどの混乱と、それを上回る活気に包まれていた。
王都の広場では、多くの冒険者たちが自分たちのギルドカードを見せ合っていた。 かつて彼らの能力を数値化し、ランク付けしていたそのカードは、今やただの身分証明書となっていた。 レベルも、スキルも、ステータスも表示されない。ただの名前と所属だけが記された金属板。
「おい、やっぱり何も見えねえな」
「ああ。昨日までは『剣術Lv.3』って書いてあったのによ」
若い剣士が苦笑する。 だが、その顔に悲壮感はない。彼は腰の剣を抜き、素振りを始めた。
「でもよ、剣の振り方は体が覚えてるんだ。スキルが消えても、俺が積み上げてきた修練が消えたわけじゃねえ」
「違いない。……これからは、『レベル』じゃなくて『腕前』で評価される時代だ。燃えるじゃねえか」
与えられた力(ギフト)ではなく、自ら獲得した技術。 それが価値を持つ世界へと変貌しつつあるのだ。
魔法に関しても同様だった。 これまではスキル名を唱えれば自動的に発動していた魔法が、発動しなくなったり、威力が不安定になったりしている。 代わりに重要視され始めたのが、「魔力制御」や「術式理解」といった基礎的な学問だ。
「ええっ!? ファイアボールって、こんなに複雑な魔力操作が必要だったんですか!?」
「今まではシステムが代行してくれていたのじゃよ。ほれ、基礎からやり直しじゃ」
魔導学園では、老魔導師が生徒たちに熱心に指導している。 便利さは失われたかもしれない。だが、人々は「知る喜び」と「成長する実感」を取り戻し始めていた。
◇
王城の一室。 俺は山積みになった書類の塔に埋もれていた。
「……ミライ。これはどういうことだ」
「どうもこうもありません。新政府への陳情書、および復興計画案の決裁書類です」
ギルド総裁の制服を着たミライが、涼しい顔でさらに書類を追加してくる。
「俺は隠居した身だと言ったはずだが?」
「『深淵の軍師』としての知恵は、国の共有財産です。働いてください、救国卿(辞退済み)」
ミライは容赦ない。 天理という管理システムを失った世界は、今まさに新しいルールを模索している最中だ。 物流、経済、治安維持。あらゆる分野で再構築が必要とされており、その設計図を引く補佐役として、俺がこき使われているわけだ。
「はぁ……。まあ、俺たちが壊した世界だ。責任くらいは取るさ」
俺は羽ペンを走らせ、次々と指示を書き込んでいく。 スキルによる補正はない。 だが、軍師としての経験と知識、そして計算能力は俺自身のものだ。何の問題もない。
「それにしても、順応が早いな」
俺は窓の外、復興が進む王都の街並みを見下ろした。 混乱はあったが、暴動や略奪は起きていない。人々は互いに助け合い、前を向いている。
「ええ。皆、気づいていたのかもしれませんね」
ミライが俺の隣に立ち、同じ景色を見る。
「自分たちの運命が、どこか他人の手で動かされているような違和感に。……だからこそ、その糸が切れた今、自分の足で歩けることが嬉しいのでしょう」
「自由には責任が伴うがな」
「それでも、操り人形よりはずっとマシです」
ミライが力強く頷く。 彼女もまた、この新しい世界を牽引するリーダーの一人だ。
◇
夕方。 仕事を終えた俺が屋敷に戻ると、庭から賑やかな声が聞こえてきた。
「そこだッ! 踏み込みが甘いぞ!」
「くっ……! もう一本!」
グレンとカエデが、木剣で打ち合っている。 スキルもステータスもない、純粋な剣技と体術の応酬。 汗を流す二人の表情は、以前よりも生き生きとして見えた。
「お帰りなさい、ジン様」
縁側で彼らを見守っていたリリが、俺に気づいて駆け寄ってくる。 その手には、冷たい麦茶が握られていた。
「お疲れ様です。ミライさんに絞られましたか?」
「ああ。骨の髄までな」
俺は麦茶を受け取り、一気に飲み干した。 美味い。 リリが入れてくれたお茶は、どんな高級酒よりも体に染みる。
「平和ですね」
「そうだな」
俺たちは並んで庭を眺めた。 グレンたちが笑い合い、ヴォルグが離れで何かを爆発させ(平和か?)、ティアが遊びに来て転んでいる。 そして、足元ではラクが日向ぼっこをしている。
何もかもが変わった世界。 だが、ここにある「居場所」だけは変わらない。 いや、自分たちの手で勝ち取ったからこそ、より強く、確かなものになった。
「ジン様。明日は何処へ行きますか?」
「そうだな……。たまには仕事抜きで、ピクニックでも行くか」
「はい! お弁当、いっぱい作りますね!」
リリが嬉しそうに俺の腕に抱きつく。 その体温は、確かにそこにあった。
不運も、スキルも、運命の強制力もない。 あるのは、俺たちが選び、積み上げていく「これから」だけ。 それはきっと、どんな物語よりも素晴らしいものになるだろう。
新たな世界での生活は、まだ始まったばかりだ。
王都の広場では、多くの冒険者たちが自分たちのギルドカードを見せ合っていた。 かつて彼らの能力を数値化し、ランク付けしていたそのカードは、今やただの身分証明書となっていた。 レベルも、スキルも、ステータスも表示されない。ただの名前と所属だけが記された金属板。
「おい、やっぱり何も見えねえな」
「ああ。昨日までは『剣術Lv.3』って書いてあったのによ」
若い剣士が苦笑する。 だが、その顔に悲壮感はない。彼は腰の剣を抜き、素振りを始めた。
「でもよ、剣の振り方は体が覚えてるんだ。スキルが消えても、俺が積み上げてきた修練が消えたわけじゃねえ」
「違いない。……これからは、『レベル』じゃなくて『腕前』で評価される時代だ。燃えるじゃねえか」
与えられた力(ギフト)ではなく、自ら獲得した技術。 それが価値を持つ世界へと変貌しつつあるのだ。
魔法に関しても同様だった。 これまではスキル名を唱えれば自動的に発動していた魔法が、発動しなくなったり、威力が不安定になったりしている。 代わりに重要視され始めたのが、「魔力制御」や「術式理解」といった基礎的な学問だ。
「ええっ!? ファイアボールって、こんなに複雑な魔力操作が必要だったんですか!?」
「今まではシステムが代行してくれていたのじゃよ。ほれ、基礎からやり直しじゃ」
魔導学園では、老魔導師が生徒たちに熱心に指導している。 便利さは失われたかもしれない。だが、人々は「知る喜び」と「成長する実感」を取り戻し始めていた。
◇
王城の一室。 俺は山積みになった書類の塔に埋もれていた。
「……ミライ。これはどういうことだ」
「どうもこうもありません。新政府への陳情書、および復興計画案の決裁書類です」
ギルド総裁の制服を着たミライが、涼しい顔でさらに書類を追加してくる。
「俺は隠居した身だと言ったはずだが?」
「『深淵の軍師』としての知恵は、国の共有財産です。働いてください、救国卿(辞退済み)」
ミライは容赦ない。 天理という管理システムを失った世界は、今まさに新しいルールを模索している最中だ。 物流、経済、治安維持。あらゆる分野で再構築が必要とされており、その設計図を引く補佐役として、俺がこき使われているわけだ。
「はぁ……。まあ、俺たちが壊した世界だ。責任くらいは取るさ」
俺は羽ペンを走らせ、次々と指示を書き込んでいく。 スキルによる補正はない。 だが、軍師としての経験と知識、そして計算能力は俺自身のものだ。何の問題もない。
「それにしても、順応が早いな」
俺は窓の外、復興が進む王都の街並みを見下ろした。 混乱はあったが、暴動や略奪は起きていない。人々は互いに助け合い、前を向いている。
「ええ。皆、気づいていたのかもしれませんね」
ミライが俺の隣に立ち、同じ景色を見る。
「自分たちの運命が、どこか他人の手で動かされているような違和感に。……だからこそ、その糸が切れた今、自分の足で歩けることが嬉しいのでしょう」
「自由には責任が伴うがな」
「それでも、操り人形よりはずっとマシです」
ミライが力強く頷く。 彼女もまた、この新しい世界を牽引するリーダーの一人だ。
◇
夕方。 仕事を終えた俺が屋敷に戻ると、庭から賑やかな声が聞こえてきた。
「そこだッ! 踏み込みが甘いぞ!」
「くっ……! もう一本!」
グレンとカエデが、木剣で打ち合っている。 スキルもステータスもない、純粋な剣技と体術の応酬。 汗を流す二人の表情は、以前よりも生き生きとして見えた。
「お帰りなさい、ジン様」
縁側で彼らを見守っていたリリが、俺に気づいて駆け寄ってくる。 その手には、冷たい麦茶が握られていた。
「お疲れ様です。ミライさんに絞られましたか?」
「ああ。骨の髄までな」
俺は麦茶を受け取り、一気に飲み干した。 美味い。 リリが入れてくれたお茶は、どんな高級酒よりも体に染みる。
「平和ですね」
「そうだな」
俺たちは並んで庭を眺めた。 グレンたちが笑い合い、ヴォルグが離れで何かを爆発させ(平和か?)、ティアが遊びに来て転んでいる。 そして、足元ではラクが日向ぼっこをしている。
何もかもが変わった世界。 だが、ここにある「居場所」だけは変わらない。 いや、自分たちの手で勝ち取ったからこそ、より強く、確かなものになった。
「ジン様。明日は何処へ行きますか?」
「そうだな……。たまには仕事抜きで、ピクニックでも行くか」
「はい! お弁当、いっぱい作りますね!」
リリが嬉しそうに俺の腕に抱きつく。 その体温は、確かにそこにあった。
不運も、スキルも、運命の強制力もない。 あるのは、俺たちが選び、積み上げていく「これから」だけ。 それはきっと、どんな物語よりも素晴らしいものになるだろう。
新たな世界での生活は、まだ始まったばかりだ。
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