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時価1000万

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 アオイは金が好きだ。「趣味、料理」は真っ赤な嘘である。確かに夜中3時に思い立って寸銅でスパイスからカレーを作る、みたいなことはたまにしていたが、基本的には全部ウーバーだ。それすら面倒な時は塩を舐めていた。公式プロフィールは所詮公式プロフィールなのである。
 実際のアオイの趣味といえば貯金だし、好きなものは金。預金通帳は紙で欲しいタイプ。アオイは自分を売って金を得ているので、アオイに高値をつける、金を落とす人――元の世界ではファンのことだ――が好きだった。
 したがって、アオイの中であの美しい男が「上手くいけば理想の客になりそうなよく分からない人」から「僕にめちゃくちゃお金を使ってくれる最高の人」に変わったのも当然のことだった。

 あれからおよそ1ヶ月。主に男のおかげでちょっと他にない変わったデビューを飾ったアオイは、この短期間で娼館のナンバースリーにまで上り詰めていた。売り上げの大半は言うまでもなくあの美しい男だ。アオイに貢いで資産の3分の1を失ったとまことしやかに囁かれている。
 真偽はともかく、そんな噂が流れても納得してしまうほど男は娼館に通いつめていた。だいたい3日に1度の頻度で来店する男に、アオイはニコニコと出迎え、ノヴァを筆頭に多くの男娼たちは恐怖に戦いた。曰く、怖いしキモイ。
 しかし借金を返済しきったらキッパリハッキリ足を洗うつもりであるアオイに男の事情は関係ない。とにかく体を売る危機から脱せられればそれでいいのだ。今アオイが一生懸命考えているのは、どうすれば売り上げが上がるかという事と、利息の計算と、借金返済のペースだけだった。

「この調子でいけば完済まで3ヶ月……できるのか? でも、できなくてもやらないと……」
「やらないと、何? 寝言?」

 談話室に足を踏み入れるや否や飛んできた笑いを含んだ声にアオイは眉を寄せた。声のした方へ顔を向け、低い声で唸る。

「人が感傷に浸ってる時に茶々入れんでください、ノヴァさん」
「おはよう、アオイ」
「おはようございます、エトさん」
「起きて早々感傷に浸るって何? アンタそういう時期だっけ?」
「アオイくらいの年齢ならそんなもんじゃない?」

 と、エト。声音は至って真面目なものだが、ソファの背から出した顔には隠しきれない笑いが浮かんでいる。アオイは「ちょっと!」と声を張り上げた。

「あはは、ごめんね? ほら、今日もたくさんきてるよ」

 エトが指した先を見る。ソファの横に置かれたサイドテーブルの上には、乗り切れないほどの大小様々な箱が山のように積まれていた。

「はあ……」

 頭をかきながら、アオイはこの一月の間ですっかり定位置になった一人掛けのソファに座った。


 談話室は男娼が自室以外で唯一寛げる場所だ。
 サロンがある娼館とは別に建てられた男娼の居住スペースにそれはある。全部で5つあるのだが、そのうちの一室、アオイがいるこの部屋は、全体は赤とオレンジでまとめられ、棚や本棚といった家具は黒を基調とした重厚なもので揃えられた上品だがどこか温かみのある空間になっていた。そこまでの広くはないが、大きな窓によって狭さは感じられない作りになっている。入ってすぐ左手には大きな暖炉と、その前に長椅子が一脚あった。他にも座り心地が良いソファが二脚、部屋の中央と隅に配置されていた。壁には本棚が埋め込まれており、客から贈られたものや、男娼が自ら買った多種多様な本が並べられ、地面にはふかふかの赤い絨毯が敷かれている。

 サロンとは異なり、5つある談話室はどこを使ってもいいことになっていた。売り上げは変動が激しく、談話室には私物を置く男娼も多いからだ。とはいえ売り上げ上位と下位の男娼の間に一線が引かれているのも事実である。ここ数年の上位2名の名前――エトとノヴァのことだ――が変わっていないことから、結果的に一番日当たりがよく、一番小さなこの談話室は彼ら専用の部屋と化していた。それを聞いたアオイはこう思った。ちょうどいいや。デビュー2日目から平然と最奥のサロンに居座ったアオイに怖いものはない。後にそれを聞いたノヴァは「ふざけんな」と吐き捨てている。
 
 談話室には客からの贈り物が届く。中身を確認するのは男娼の仕事だ。靴を脱いで膝を抱え、大きく息を吐くとすかさず「うるさい」とノヴァの厳しいの声が飛んできた。膝の間に顔を埋めながら、アオイは呻いた。

「だってこの量ですよ? 今日こそ呪われたらどうしようとか思わないんですか?」

 男娼個人宛の贈り物が談話室に届く理由である。たとえ呪われても誰かが居る談話室なら早めに発見できるというわけだ。二次予防じゃなくて一次予防を徹底してくれ、とアオイは心の底から思っている。
 アオイの情けない声を聞いたノヴァが面倒くさそうな顔をした。
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