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Episode1
はらぺこ淫魔、恋をする。-5
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洗濯かごはとりあえず作業台の上に置くと、ディナンが興味深そうに口を開いた。
「魔法に興味があるの?」
「それはもう!」
リオンはディナンの言葉に身を乗り出す勢いで頷いた。薬師の端くれとして魔法薬には大変興味があるし、それを抜きにしても魔法には憧れがあった。だってカッコイイもの。
「勇者レックスの伝説の聖剣とか、小さい頃は憧れて真似してたんですよ」
「ふうん」
はにかみながらリオンがそう言うと、ディナンは納得しかねる、という顔でアレがねえ、と呟いた。どこか面白くなさそうなディナンの様子に、何か不味いことでも言ってしまったかな、と不安になる。鼻筋に皴を寄せながら、ディナンが言った。
「リオンはあんなのがいいの?」
「あんなのって……勇者レックスはこの国どころか地上の伝説ですよ」
「私の方がずっと凄いよ」
歴史上の人物と張り合うような言動に、リオンは目を瞬かせた。けれどまあ、魔法使いの間では色々あるのだろう。そう自分を納得させたリオンはそうなんですね、と小さく頷いた。
「うん。リオンにはたくさん見せてあげるね」
「えっ」
そう言って悪戯っぽく微笑むディナンをうっかり直視してしまい心拍数が上がる。ぱくぱくと言葉が継げないでいると、ディナンが、ところで、と首を傾げた。
「こんな朝早くに来た私が言うのもアレだけど、朝食は食べた?」
「いえ、えっと……朝ご飯は食べないんです」
リオンの主食は他人の精気だ。朝ご飯として調達するのは簡単じゃない。それでも意地で朝食だけは食べていた時期もあったのだが、吐き戻すようになってからはその習慣もなくなってしまった。
そんなにお腹が空かないので、というリオンの言葉にディナンが顔を顰めた。
「朝ご飯は食べた方がいいと聞いたけど」
「あはは、そうですね」
笑いながら捲っていた袖をそっと戻す。見窄らしい体をこれ以上晒したくなかった。
ディナンが厳しい顔のまま言葉を続けた。
「どこかに連れて行きたいけどこの時間だと食事処はまだ開いていないだろうし……何か作るのなら待っているよ」
「そんな、大丈夫です! 本当に僕、最近はずっと食べてなくて、それでも平気で……」
リオンは慌てて首を振った。そもそも今のリオンの家に薬草以外の食べられるものは存在しないのだ。作る以前の問題である。必死なリオンの様子にひとまず引く事にしたらしいディナンが、それなら、と懐から焼き菓子を取り出した。
「ディナン様?」
「食べないよりずっといいから。ああ、毒は入ってないよ」
「それは心配してないです」
「そう? それならいいね」
よくないと思う。このディナンという男、昨日も思ったが柔和な微笑みに反して異様に押しが強い。
ディナンが差し出す焼き菓子を両の手で受け取りながらリオンは困ったな、と眉を下げた。見たところ王都の焼き菓子っぽいそれは、見た目だけなら美味しそうなのがまた厄介だった。この手の甘味は高価だから滅多に食べれないのだ。ごくん、と溜まった唾を飲み込む。期待するようなディナンの視線を言い訳に、恐る恐る包装を解いて口に入れた。
焼き菓子は口に入れるとほろほろと崩れ、優しい甘みが口いっぱいに広がった。
「おいしい」
思わず素直な感想がこぼれる。次いで、舌に感じる久しぶりの刺激にリオンは目を丸くした。
「本当? よかった」
「あのっ、これどこのお菓子か聞いてもいいですか?」
「確か最近王都にできた菓子屋のものだったと思うけど……そんなに気に入った?」
「あ、いや、そういうわけじゃないんですけど」
「気に入ったのなら取り寄せるよ」
「え、あの」
ただ久しぶりに味を感じることができたから、どこのお菓子なのか気になっただけなのだ。決して強請ったわけじゃない。何でもない顔でとんでもない提案をするディナンの気を逸らそうと、リオンはあの! と声を張り上げた。
「薬について教えるって話、僕はまだ人に教えられる程の人間じゃないのでお断りしたいんですけど!」
「うん? リオンは十分優秀だよ」
だから大丈夫、とディナン。今日一で良い笑顔だ。うっかり流されそう。
リオンは、でも、と口をもごもごと動かした。
「それは主に母さん……母のおかげで」
「私はリオンの話が聞きたいんだ」
ディナンのまっすぐな目に怯んだリオンは、耐えきれず視線を下に落とした。二人の間に沈黙が落ちる。
ディナンは明らかにリオンの言葉を待っていた。少しでも結論を出すのを引き延ばそうと、リオンは手慰みに指を絡ませながら、ずっと気になっていたことを聞くことにした。
「あの、ディナン様はどうして薬のことを知りたいんですか?」
「薬を作ることが趣味でね」
「しゅみ」
それはまたえらい趣味である。思わず顔を上げたリオンは、ポカンとした顔でディナンの言葉を繰り返した。
固まったリオンを置いて、じゃあこうしよう、とディナンが人差し指を立てた。
「リオンの仕事を手伝うのはどう?」
「き、貴族様にそんなことさせられません!」
「そう? 私、結構何でもやるよ」
薬草摘みとか、とディナン。薬作りで一番面倒でキツい作業が薬草摘みである。
「ほ、ほんとに趣味なんですね」
「ほんとに趣味だよ」
信じて欲しいな、とディナン。そういえば昨日も薬の些細な違いを言い当てていた。本当に趣味なのだろう。趣味にするには些か難しい分野だと思うのだが王都の貴族ともなれば庶民とは色々違うみたいだ。
畳みかけるようにディナンが言葉を重ねた。
「手伝わせてくれるなら、魔法も見せてあげるけど」
「まほう」
「薬草摘むの、私は魔法でやってしまうから」
リオンはいくらか逡巡し、それからゆっくりと首を縦に振った。言うまでもなく魔法が決定打になった。お願いします、と小さな声で伝えると、ディナンは満足そうな笑顔と共に、もちろん、と頷いた。
「それじゃあ、薬草摘みから手伝ってもらっても良いですか?」
「まかせて。レックスより凄いところを見せてあげる」
冗談めかしに言うディナンに思わず笑みがこぼれる。こんなことを思うのは失礼かもしれないが、レックスと張り合うディナンが可愛らしかったのだ。
ディナンが驚いたようにほんの少し目を見開いたのを見て、リオンは慌ててゴホン、とわざとらしく咳をして思考を切り替えた。
「えっと、どれくらいの広さまでなら大丈夫ですか?」
「リオンのためならこの街一帯の草木を刈ってくるよ」
つまりどんなに広くても大丈夫ということだ。多分。
リオンの口元がひくりと痙攣した。
「いや、あの、表の畑なのでそこまでの広さはないんですけど」
「遠慮しなくてもいいんだよ?」
「あはは……」
本当は裏手にある森に行きたかったのだが、さすがにそこまで甘えられない。それに、表の薬草もそろそろ摘まなきゃならない時期なので遠慮しているわけじゃないのだ。本気で残念そうにしているディナンからこっそり視線を外しながら、リオンは感情の乗らない声で、はは、ともう一度笑った。まさか本気だった? いやまさか。
「あの、僕はこのかごを置いてくるので先に出ていてください」
「ああ、待ってるね」
「すぐ行きます!」
一度置いたかごを再び持ち上げて両手で抱え込む。バタバタと二階に続く階段の途中にかごを置いて、代わりに薬草を入れるかごを引っ掴むと急いで表に向かった。
「魔法に興味があるの?」
「それはもう!」
リオンはディナンの言葉に身を乗り出す勢いで頷いた。薬師の端くれとして魔法薬には大変興味があるし、それを抜きにしても魔法には憧れがあった。だってカッコイイもの。
「勇者レックスの伝説の聖剣とか、小さい頃は憧れて真似してたんですよ」
「ふうん」
はにかみながらリオンがそう言うと、ディナンは納得しかねる、という顔でアレがねえ、と呟いた。どこか面白くなさそうなディナンの様子に、何か不味いことでも言ってしまったかな、と不安になる。鼻筋に皴を寄せながら、ディナンが言った。
「リオンはあんなのがいいの?」
「あんなのって……勇者レックスはこの国どころか地上の伝説ですよ」
「私の方がずっと凄いよ」
歴史上の人物と張り合うような言動に、リオンは目を瞬かせた。けれどまあ、魔法使いの間では色々あるのだろう。そう自分を納得させたリオンはそうなんですね、と小さく頷いた。
「うん。リオンにはたくさん見せてあげるね」
「えっ」
そう言って悪戯っぽく微笑むディナンをうっかり直視してしまい心拍数が上がる。ぱくぱくと言葉が継げないでいると、ディナンが、ところで、と首を傾げた。
「こんな朝早くに来た私が言うのもアレだけど、朝食は食べた?」
「いえ、えっと……朝ご飯は食べないんです」
リオンの主食は他人の精気だ。朝ご飯として調達するのは簡単じゃない。それでも意地で朝食だけは食べていた時期もあったのだが、吐き戻すようになってからはその習慣もなくなってしまった。
そんなにお腹が空かないので、というリオンの言葉にディナンが顔を顰めた。
「朝ご飯は食べた方がいいと聞いたけど」
「あはは、そうですね」
笑いながら捲っていた袖をそっと戻す。見窄らしい体をこれ以上晒したくなかった。
ディナンが厳しい顔のまま言葉を続けた。
「どこかに連れて行きたいけどこの時間だと食事処はまだ開いていないだろうし……何か作るのなら待っているよ」
「そんな、大丈夫です! 本当に僕、最近はずっと食べてなくて、それでも平気で……」
リオンは慌てて首を振った。そもそも今のリオンの家に薬草以外の食べられるものは存在しないのだ。作る以前の問題である。必死なリオンの様子にひとまず引く事にしたらしいディナンが、それなら、と懐から焼き菓子を取り出した。
「ディナン様?」
「食べないよりずっといいから。ああ、毒は入ってないよ」
「それは心配してないです」
「そう? それならいいね」
よくないと思う。このディナンという男、昨日も思ったが柔和な微笑みに反して異様に押しが強い。
ディナンが差し出す焼き菓子を両の手で受け取りながらリオンは困ったな、と眉を下げた。見たところ王都の焼き菓子っぽいそれは、見た目だけなら美味しそうなのがまた厄介だった。この手の甘味は高価だから滅多に食べれないのだ。ごくん、と溜まった唾を飲み込む。期待するようなディナンの視線を言い訳に、恐る恐る包装を解いて口に入れた。
焼き菓子は口に入れるとほろほろと崩れ、優しい甘みが口いっぱいに広がった。
「おいしい」
思わず素直な感想がこぼれる。次いで、舌に感じる久しぶりの刺激にリオンは目を丸くした。
「本当? よかった」
「あのっ、これどこのお菓子か聞いてもいいですか?」
「確か最近王都にできた菓子屋のものだったと思うけど……そんなに気に入った?」
「あ、いや、そういうわけじゃないんですけど」
「気に入ったのなら取り寄せるよ」
「え、あの」
ただ久しぶりに味を感じることができたから、どこのお菓子なのか気になっただけなのだ。決して強請ったわけじゃない。何でもない顔でとんでもない提案をするディナンの気を逸らそうと、リオンはあの! と声を張り上げた。
「薬について教えるって話、僕はまだ人に教えられる程の人間じゃないのでお断りしたいんですけど!」
「うん? リオンは十分優秀だよ」
だから大丈夫、とディナン。今日一で良い笑顔だ。うっかり流されそう。
リオンは、でも、と口をもごもごと動かした。
「それは主に母さん……母のおかげで」
「私はリオンの話が聞きたいんだ」
ディナンのまっすぐな目に怯んだリオンは、耐えきれず視線を下に落とした。二人の間に沈黙が落ちる。
ディナンは明らかにリオンの言葉を待っていた。少しでも結論を出すのを引き延ばそうと、リオンは手慰みに指を絡ませながら、ずっと気になっていたことを聞くことにした。
「あの、ディナン様はどうして薬のことを知りたいんですか?」
「薬を作ることが趣味でね」
「しゅみ」
それはまたえらい趣味である。思わず顔を上げたリオンは、ポカンとした顔でディナンの言葉を繰り返した。
固まったリオンを置いて、じゃあこうしよう、とディナンが人差し指を立てた。
「リオンの仕事を手伝うのはどう?」
「き、貴族様にそんなことさせられません!」
「そう? 私、結構何でもやるよ」
薬草摘みとか、とディナン。薬作りで一番面倒でキツい作業が薬草摘みである。
「ほ、ほんとに趣味なんですね」
「ほんとに趣味だよ」
信じて欲しいな、とディナン。そういえば昨日も薬の些細な違いを言い当てていた。本当に趣味なのだろう。趣味にするには些か難しい分野だと思うのだが王都の貴族ともなれば庶民とは色々違うみたいだ。
畳みかけるようにディナンが言葉を重ねた。
「手伝わせてくれるなら、魔法も見せてあげるけど」
「まほう」
「薬草摘むの、私は魔法でやってしまうから」
リオンはいくらか逡巡し、それからゆっくりと首を縦に振った。言うまでもなく魔法が決定打になった。お願いします、と小さな声で伝えると、ディナンは満足そうな笑顔と共に、もちろん、と頷いた。
「それじゃあ、薬草摘みから手伝ってもらっても良いですか?」
「まかせて。レックスより凄いところを見せてあげる」
冗談めかしに言うディナンに思わず笑みがこぼれる。こんなことを思うのは失礼かもしれないが、レックスと張り合うディナンが可愛らしかったのだ。
ディナンが驚いたようにほんの少し目を見開いたのを見て、リオンは慌ててゴホン、とわざとらしく咳をして思考を切り替えた。
「えっと、どれくらいの広さまでなら大丈夫ですか?」
「リオンのためならこの街一帯の草木を刈ってくるよ」
つまりどんなに広くても大丈夫ということだ。多分。
リオンの口元がひくりと痙攣した。
「いや、あの、表の畑なのでそこまでの広さはないんですけど」
「遠慮しなくてもいいんだよ?」
「あはは……」
本当は裏手にある森に行きたかったのだが、さすがにそこまで甘えられない。それに、表の薬草もそろそろ摘まなきゃならない時期なので遠慮しているわけじゃないのだ。本気で残念そうにしているディナンからこっそり視線を外しながら、リオンは感情の乗らない声で、はは、ともう一度笑った。まさか本気だった? いやまさか。
「あの、僕はこのかごを置いてくるので先に出ていてください」
「ああ、待ってるね」
「すぐ行きます!」
一度置いたかごを再び持ち上げて両手で抱え込む。バタバタと二階に続く階段の途中にかごを置いて、代わりに薬草を入れるかごを引っ掴むと急いで表に向かった。
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