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変態さんへのサプライズよ

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3 変態さんへのサプライズよ

「うひょーーー‼︎」
 本橋望夢のテンションは最高潮に達していた。鼻の下を存分に伸ばし、そこを鼻から出た血が滴り落ちている。
 季節は七月中旬の夏真っ盛り。目の前に広がる光景はライトブルーに輝く長方形のフィールド。その中をイルカのようにスイスイ泳ぐスクール水着姿の女子高生たち。毎年この時期に学校で行われる水泳の授業だ。水泳の授業と言えば、望夢が興奮する理由はすぐにわかるだろう。なんてったって彼は、三学年一位の、いや、この学校一の変態なのだから。
 望夢は昨日、一昨日とはうって変わって上機嫌だ。授業開始前からすでに顔がにやけていた。
 入水前の体操でだいぶ鼻の下を伸ばしていた。あのスク水姿で体を逸らしたり伸ばしたりするのがたまらない!一度でいいからあのボディーラインに触れてみたかった。
 そして体操が終わり、いよいよ水に浸かるとなったところで、望夢の興奮はマックスに達した。水に濡れることこそスク水の醍醐味だ!女子一同が入水した途端、望夢の鼻からボタボタと鼻血が滝のように溢れ出ていた。
 そして全員が着水した頃には、天に舞い上がるような気分だった。あの格好の女子が大勢水中で悶える姿は見ものだった。あの中にダイブしてみたいものだ。
「あ、せんせー!本橋が鼻血出してまーす!」
 杉山が叫ぶと、源先生は望夢にプールから上がるように指示した。男子生徒はどうせエロいこと考えてんだろといじり、女子生徒からは、きゃー!キモいー!と悲鳴が上がった。
 水の舞台から退場させられた望夢だが、そんなことはどうでも良かった。むしろ女子が観察しやすいから都合がいい。プールサイドのベンチは特等席だ。そこにはすでに女子数名が"女の事情"により陣取って見学していたのだが、鼻血タラタラの望夢が来た途端に悲鳴を上げて逃げていった。
 いや~!ほんとにいい眺めだなぁ~!
 余計に気分が高揚した望夢は、普段は見せることのない巧みな口調で実況を始めた。
「さあやって参りました!久米沢高校女子水泳大会!今回の競技者は三年A組の女子の皆さん!フォーーー‼︎一同、ピッチピチのスクール水着を着こなし、水中で荒ぶる!各々が磨き上げた自慢のボディーを見せ合い競い合い、水上のチャンピオンを目指す!優勝候補は三人。クラスのアイドル安藤かすみ!女性なら誰でも憧れるパーフェクトボディーの持ち主!そしてクラス一の豊乳の乙女、今川優!男はみんな釘付けだ!最後におっとり系の隠れ美人、堺夢花!胸は小さいがとにかく美脚!さあ!勝つのは誰だ‼︎」
「おい本橋うっせぇんだよ‼︎」
 気持ちよく実況していた望夢に一喝入れたのはヤンキー女の内藤だった。
「てめえ女子のことジロジロ見て鼻の下伸ばしてんじゃねえよ‼︎キモいんだよ‼︎」
 そう叫んだ内藤は女子勢から拍手喝采を受けた。
 望夢はムッとした。「なんだと!その体脂肪率八十パーセントの体で水着姿を披露するそっちだってなかなかキモいぞ!」
「てめえぶっ殺すぞ‼︎」内藤がキレるのは無理もない。
 怯まず望夢は挑発を続けた。「ブスは引っ込んどれ!こっちは男の本能に従って君たちを観察しているに過ぎ…ん…ん…ん…うお‼︎」
 ザッブーン‼︎
 突然望夢は何者かに押され、バランスを崩してプールに落っこちた。そして女子のみならず、男子からも盛大に笑われたのだった。
 望夢は水面から頭を突き出すと水をぷーっ!と吐き出した。「おい!今押したの誰だ⁈」
 一同はゲラゲラと笑っていて誰も名乗り出ようとはしない。望夢はイラついてもう一度尋ねようとした、そのときだった…
 笑う女子一同に一人、明らかに不審な人物が混ざり込んでいる。髪の長い女だが、水着ではなく、黒い上着に赤いスカートという出で立ち。顔は整っていてかなりの美人。周りの女子たちは望夢に気を取られて気づいていない。その人物は、望夢を小バカにするように見つめて微笑んでいる。
 望夢にはお馴染みの存在。その存在自体は謎だが、確かに存在している。あの、亜久間愛という女は。
 こんちくしょう!落としたのはあいつに違いない!いつも人の楽しみ邪魔しやがってーーー‼︎
 望夢が笑いの嵐の中で亜久間を思いっきり睨むと、彼女は煙となって姿を消した。



「うひょーーーーーー‼︎」
 片山瞳のテンションは最高潮に達していた。真っ赤な太陽。目の前に広がるのはライトブルーに輝く長方形のフィールド。まるで誰かを手招きするようにゆらゆらと揺らめく水面。今すぐそこに飛び込みたくて待ちきれなかった。
 今は3時間目。望夢のクラスが出た後の時間だ。
「瞳?どうしたの?変な声出して?」そう問いかけるのは親友の本郷玲奈。「本橋くんが鼻の下伸ばしてるときみたい!ふふふ!」
「ちょっと!やめてよ玲奈!例えるにしてももっとマシなのにしてよ!も~!」
「もっとマシなのって?」
「………ないですね。はい」
 鼻の下を伸ばしているときの望夢というのが適切かつ唯一の表現だと瞳は気づいた。
 C組の女子は今、体操が終わって、入水前のシャワーを浴びるための列を作っているのだった。男子は先に浴びており、女子とはすれ違いにぞろぞろとシャワー室から出てきたところだった。
「あたしずっと楽しみだったんだ~」瞳はこれからお世話になるライトブルーのプールに目を輝かせて言った。
「好きだよね、泳ぐの」と玲奈。
「楽しいじゃん?特にこういう暑い日のプールって!日焼けしたり、ビーチボールで遊んだり、かき氷食べたり!」
「瞳、これは授業!海水浴じゃないよ⁈」
「えへへへ!わかってるって!」
 たわいもない会話で盛り上がった後、二人はシャワーで全身を濡らした。
 そしていよいよプールに入水した。
「はー!気持ちぃ~!」瞳は歓喜の声を上げた。
「ひー!冷たいぃ~!」玲奈は悲痛の声を上げた。
 体が水の冷たさに慣れると、一旦上がり、先生に召集されて二十五メートルをクロールで何回、平泳ぎで何回泳げと指示が出た。大半はすでにやる気なさが顔に滲み出ているが、瞳は笑顔をキープしたままだ。先生の話が終わってみんなが並んだときも、瞳が先頭に立った。そして美しいフォームのクロールで泳ぎ始めた。
 クロールが終わって今度は平泳ぎでプールを横切っている際、前方にある更衣室が自然と目に入る。水泳の授業前に女子が着替える場所だ。その壁の前で、体育着を来て柄付きブラシでプールサイドをこする男子が一名いた。
 彼こそが、ほんの一カ月前に転校してきたばかりの芽傍ゆうだ。一際暗い印象で謎多き彼は学年中の人目をひく存在。冷静沈着、成績優秀で、基本独りで過ごしている不思議少年。
 ちなみに、彼は優等生だ。転校して三日目に、それは明かされた。担任の木下先生が専攻する国語の授業では、授業始めに五分間のテストをする。テスト後には前回の授業でやったテストが返されるのだが、一カ月前のある日…
「みんな、聞いて」木下は何か重大なニュースがあるとでも言いたげに言った。「転校してきたばかりの芽傍くんが、テストで満点だったの!」
 教室は拍手に包まれた。先生も生徒たちもにこやかな表情で手を打っている。
「これまでずっと片山さんがトップに立ち続けていたけど、ライバル誕生ね!」
 木下先生が瞳に追い打ちをかけると、クラスメイトはこぞって瞳を冷やかした。
「芽傍くん、負けないわよー!」瞳もノリに乗って宣戦布告した。
 みんなが盛り上がる中、事の主役である芽傍はただ一人、暗い表情で木下先生を睨みつけているのだった。
 そして次の瞬間…
「だったら何だってんだよ‼︎」
 芽傍は叫んだ。クラスメイトの声が静まり、拍手が一瞬にして止んだ。
「成績で人の良さは決まらない!というか、人の成績、勝手に公表してんじゃねえよ!」
 クラスは無音に包まれた。
 あちゃ…。瞳は不安になった。木下先生を見ると、同じく不安そうな顔をしている。先生は芽傍がみんなと仲良くたわむれるようにあんな公表をしたのだろう。しかし芽傍の反応は不振。むしろ不機嫌にさせてしまった。
 こんな感じで、芽傍ゆうは気難しく、なおかつ変わっているのだ。
 瞳はそんな彼のことが気になって仕方なかった。気になると言っても、別に恋愛感情があるというわけではなく、他の生徒たちが思っているのと同様に、謎めいているから気になるのだ。それに、なんとなく悪い人だとは思えないのである。それで何度か仲良くしようとアプローチしたことがあったが、ことごとく拒否された。芽傍の口からはっきりと、「簡単に友達とか言うな」と言われたのだ。
 誰もが芽傍を不思議がって仕方ないが、大半は話題にする程度で、瞳のように堂々と話しかける者は滅多にいない。しかし、からかったり挑発的な接し方をする者はいる。
 それは鬼頭だ。今だって、鬼頭は泳いでいる小柄な男子の頭をプールサイドから足を伸ばして踏んづけるというイタズラをやっている最中だ。まったくタチが悪い。そんな鬼頭は芽傍のこともまるで遊び道具のように扱っている。すれ違う度に絡み、言い寄り、挑発する。毎回同じのワンパターン攻撃を繰り出すのだ。そんな幼稚な鬼頭を見て、瞳は心底呆れていた。
 しかし一方で、芽傍の態度にはいつも感心してしまう。芽傍は鬼頭からどんなだる絡みをされようと、決して怯まない。それどころか正論を持っての言論攻めで対抗する。多くの者が巨漢の鬼頭を恐れておずおずと言いなりになっているというのに、芽傍は決して折れないのだ。無謀と言えば無謀なのだが、瞳はそこのところに彼の強さを感じ取っていた。
 もちろん鬼頭は彼の強さなんて感じ取らない。歯向かった者には報復する。これが鬼頭のやり方だ。実際、芽傍は鬼頭から数度暴行を受けている。鬼頭を酷く怒らせ過ぎて、保健室送りにされるほどの重症を負ったこともあった。
 今芽傍がプールサイドの清掃員として見学に回っているのは、先日も鬼頭の暴力にあって、足を負傷したからだ。プールサイドを裸足で掃除する彼の右足には包帯が巻かれているのが見て取れる。本当にこれだけ痛めつけられても鬼頭に屈しない芽傍は尊敬に値する。他に鬼頭に屈していない者としては、望夢なのだが、あれは単に馬鹿であることが功を奏しているだけだ。まあそれにしたって屈するよりはマシかもしれないが。
 泳ぎ待ちの列に並びながら、不思議少年芽傍を見つめていた瞳。だがそんな彼と目が合ってしまい、慌てて目を背けた。
 芽傍は瞳を一瞬睨むと、プールサイドを二、三度ブラシでこすり、更衣室に隣接する物置へと姿を消した。すると今度は柄の付いていないブラシを持ってきて、しゃがみ込んでゴシゴシと床をこすり始めた。
 そんな芽傍をよそ目に、瞳は海水浴気分でこの時間を過ごした。
 そのうちに、授業が終わりを迎えた。
 このとき、すでに事件が起こっていた。
「あれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼︎」
 更衣室で突然叫んだのは、大久保という女子だった。
「どうしたの⁈」「大丈夫⁈」と女子たちが集まる。
 大久保は餌にありつく豚ようにプールカバンに頭を突っ込んでガサゴソと中を探っていた。ようやくカバンから引き出したその顔は、憎しみに満ちていた。その顔で、声にも憎しみを込めてこう言った。「わ、た、し、の、し、た、ぎ、が、………ない‼︎」
「え?私の下着が無い⁈」瞳が確認のために繰り返した。
 怯える女子一同。何人かは、自分も同じ被害にあってはいないかとガサゴソ荷物を探った。
  そしてさらに三人が、口を揃えて叫んだのだった。
「「「わ、た、し、の、し、た、ぎ、が、………ない‼︎」」」



 その翌日。
「気をつけ。礼」
  三年A組の教室にて号令がかかり、源先生が話し始めた。
「みんな、大事な話だからちゃんと聞いてくれ」
 源先生といえば普段も授業中も口達者でふざけている体育教師。生徒の中にはファンが多い(下ネタが苦手な人からはだいぶ嫌われているが…)。どのクラスにも一人はいるウケ狙いで悪ふざけをするどの男子生徒よりも面白いことは確実だ。そんな源先生が、珍しく真剣な顔でホームルームを始めたものだから、みんなの顔も自然と真面目になった。実際源先生から語られた事実は、かなり深刻なものだった。
「今週から水泳の授業が始まったが、水泳の授業中に女子更衣室から下着が盗まれてるそうなんだ」
 一同はそわそわし出した。当然女子勢のざわめきは男子勢を上回っている。
「こらこら落ち着け。それが、一昨日の二年D組、昨日の三年C組、それからうちのクラスも被害にあったんだ」
「「「えー!」」」驚いたのは男子勢だった。女子一同はうちのクラスの被害をすでに知っていたらしい。さすが女子、情報が伝わるのが早い。
「だから今後は、水泳の授業中女子更衣室には須藤先生が鍵をかけることになった。ということを男子も女子も把握しておいてほしい」
 一同は頷いた。
  須藤先生というのは、体育の女子担当の女教師である。
「先生!」ここで杉山という男子が手を上げた。「監視カメラは?犯人映ってないんすか?」
「監視カメラの映像は主事さんに確認してもらったが、特に怪しい人物は映っていなかったそうなんだ」
「そうなんすか…」杉山は腕を組んだ。
「でもさ、校内ってことはさ、犯人も校内にいるんじゃないんすか?」
「そうだね!確かに」隣の女子が呼応した。「でも、誰だろー?」
 一同はあごに手を当て、うーんと唸った。そして順々にこう言った。
「きっと女好きでー、」
「いつも鼻の下伸ばしててー、」
「女に声かけまくってるような男ー」
 と推論が出て、全員の視線がある男子に集まった。
「……は?おれ⁈」望夢は目を見開き自分を指差した。
「可能性は否定できないなー」
「怪しいよね~」
「お前しかいないな」
 女子一同は真面目な表情だが男子ら一同はニヤけている。女子はこの事件について深刻に捉えているが、男子はただ楽しんでいるだけのようだ。
 ここで源先生が水を差した。「みんなよすんだ!いいか?校内に犯人がいる可能性は高い。でも、そうやって疑うのは良くないぞ。確かに本橋は女好きでスケベでバカで性犯罪者予備軍なレベルでほんとどうしようもないやつクズだが、疑う根拠はどこにもない」
 先生、こんな風にかばってもらっても嬉しくねえよ。だいたい、疑う根拠ないとか言いながら、今十分な根拠陳列しただろ?
 望夢にとっては後味最悪なまま、朝のホームルームは終了したのだった。



 久米沢高校では夏になると普通の体育の授業と水泳研修が並立して行われる。つまり水泳の授業が始まっても体育着を着てグラウンドを走り回るのだ。
 それでその日の一時間目は体育の授業だった。体を動かせるので普通の授業よりも望夢は好きだった。しかし残念なのが、この日は先生の都合により、何と宿敵鬼頭のいるクラスC組と合同になったのだ。
 内容はバスケだった。バスケといえば望夢は結構好きな競技だが、今回は対戦相手が悪い。
 鬼頭はバスケットボールを手でもてあそびながら「覚悟しろよ本橋!」と威圧した。もちろんいつもの仲間たちも勢ぞろいだ。なぜかみんな一つずつボールを持っている。
 ピー!「試合開始!」
 源先生の笛の合図とほぼ同時に、鬼頭らは望夢に一斉攻撃を与えた。五つの高速の玉が望夢目めがけて飛んでくる。望夢は急いで体をひねったが、全部はよけられなかった。五つのうち二つが望夢の胸と腹部にプロレスラーのパンチ並の衝撃を与えた。
 望夢はそのまま地面に倒れた。鬼頭らは爆笑した。
 その後も鬼頭らは容赦なく望夢を一方的に攻撃し続けた。なぜか望夢の味方チームの男子たちもも混じっている。
「おい、お前ら同じチームだろうが!」
「いやー、望夢いじめるほうが楽しくてさー」杉山がニヤニヤしながら言う。
「ざけんなー‼」
 望夢は敵チーム、味方チーム関わらず双方から的にされた。もはや集団リンチだ。
 担任兼体育の担当である源先生は何をしているのかと望夢は見たが、椅子の上で目を閉じていた。
 寝てんじゃねえよ!ちゃんと生徒のこと見てろ!
 と心の中でツッコんだそのとき、秒百50メートルの剛速球が望夢の顔面にジャストミートした。望夢が倒れると同時に鼻から血が吹き出たため、望夢は宙に赤い弧を描きながら後方にぶっ倒れた。アダルト関連以外で望夢がこれほど鼻血を出すことは滅多にない。
 鬼頭らいじめっ子グループは大笑いしたが、一緒になっていじめていた"本当は良いやつら"は心配して望夢に駆け寄った。
「大丈夫か⁈」
「保健室行った方がいんじゃね?」
 望夢は起きようとした。顔面が過去最高に痛い。鼻が潰れたのではないかと思うほどの衝撃だった。
 望夢は怒り、鼻の下を拭って血を取ると、集まる男子たちをキッと睨んだ。「今のボール誰がやった⁈」
 男子らは口々に俺ちゃう!オレ違う!と訴える。結局犯人はあぶり出せず、望夢は諦めて保健室に向かうことにした。
「俺たち助けたから許してくれるよな?」後ろで杉山が冗談めかしに言うと周りは笑った。
 許すわけがない!
 望夢は寝ている源先生に近づくと頭を思いっきりぶっ叩いた。源先生は飛び起きた。
「怪我したので保健室行ってきます」
「お⁈…おう。行ってらっしゃい」
 行ってらっしゃいじゃねえ!ぶっ飛ばすぞこのクソ教師‼︎てめえがちゃんと見てりゃこうはならなかったんだぞ‼︎
 望夢はは小声で悪態をつきながら校舎へと向かった。
 ぼんやりしながら保健室にたどり着き、ノックして中に入ると、担当のおばさん先生が座っていた。何年何組、どんな怪我かを伝え、望夢は手当てをしてもらった。鼻血は止まるまで鼻を摘んで待つように言われ、頭の痛みについてはいくつか質問を受けてから衝撃による一時的な痛みと判断されたため、痛みが治まるまでゆっくりしていなさいと告げられた。
 二十分もすると鼻血も痛みも和らぎ、望夢は保健室を出た。
 そのとき望夢は別の痛みを感じた。
「あー腹痛え」
 急に腹痛が襲ってきた。たださっきの事故とは関係のない単なる便秘だろう。困ったなぁ…
 そうだ!ちょうどいい。トイレに行こう。授業中だとトイレに行きたいとは言いづらいが、保健室へ行った流れでならバレない。そう考え、望夢はトイレに駆け込んだ。
 トイレの個室でうーんと踏ん張りながらうーんと考えていると、さらに良い事を思いついた。授業に戻ったらまたあいつらに襲われる。そうに決まってる。なら、このまま授業終わりまで時間を潰そう!あいつらは自分がトイレにいるとは知らない。保健室にいると思っている。戻るのが遅くなっても、傷の手当てに時間がかかったとしか思われない。
 そうして望夢は授業終わり五分前までトイレの個室で過ごしたのだった。



 時は戻って朝八時二十分、場所は変わって三年C組の教室。
 瞳が教室に入るとすでにほとんどのクラスメイトは来ており、親友の玲奈もすでにいた。
「おはよう!」瞳は玲奈に元気よく挨拶すると、玲奈も「おはよう!」と返した。
 ここで芽傍が教室に入ってきた。
「おはよう!」瞳はは彼にも挨拶したが、芽傍はしかとして座席に向かった。
 瞳は不満そうな顔をした。
「相変わらず気難しいね」
 玲奈は呟きながらプールカバンをあさった。C組の一時間目は体育だが、男子はグラウンドで球技、女子は水泳で別れることになっている。
 玲奈はガサゴソとカバンをあさると、中から明らかにスクール水着ではない物を持ち上げた。
 それを見た瞳は驚愕した。「え⁈ビキニ⁈玲奈ビキニで授業受けるの⁈」
「違うからー!」玲奈は笑った。「ほら、これ、ビキニじゃないでしょ?」
 よく見るとそれは普通の下着だった。「あ、なんだ。そっか!予備の下着ね?」
「そうそう」
 玲奈はプールカバンから出した予備の下着をスクールカバンに移した。これで盗難にあっても教室に戻れば下着を装着できるというわけだ。
「でもさ、びっくりだよね?うちの学校に下着泥棒がいるなんてさ!」瞳は椅子ではなく机の上に座って言った。
「ねー。早く捕まってほしいね」
「ね!てゆーかさ、あたしたちで捕まえちゃう⁈」瞳はさらっと提案した。
「え⁈」玲奈は動揺した。「無理でしょ?」
「可能性はあるでしょ?犯人は女好きの人でしょ?だったら絞れるんじゃない?学校内の変態男子と変態教師を片っ端から尋問して…」
「や、やめてよ瞳!それ以上言うのはよそうか!」玲奈は苦笑した。「それに、やったのが変態丸出しの男とは限らないじゃん?一見そうは見えないけど、実は隠してる人とかさ」
「あー!いわゆる、むっつりスケベってやつですな!」瞳は悪巧みでも思いついたようにニヤニヤして言った。
 その顔を見た玲奈は苦笑しながら「今の瞳の顔が変態っぽい」と指摘。
「あ、ごめん」即座にいつものかわいい顔に戻した。
「あとさ、校内に犯人がいるとは決まったわけじゃないし…ね?」と玲奈は続けた。
「あ、そっか!そうだね!」瞳は早まったのが少し恥ずかしかった。
 続いて瞳はなぜかそばを通りかかった芽傍に声をかけた。「ねえ!芽傍くんは例の事件、どう思う⁈犯人とかわかったりしない?芽傍くんって探偵っぽいよね~」
 いつも通り、テンションが高いのは瞳ばかりで、芽傍はちっとも関心を示さず真顔のままだ。
 芽傍は瞳と目を合わせるのが嫌なのか、顔を逸らすと、「僕は探偵じゃないし、興味ないね」と冷たく呟いて教室の扉に向かった。
「えー!つまんないのー!」瞳は芽傍の後ろ姿に向かってつぶやいた。
 ここで男子の会話が瞳の耳に入った。
「生徒が犯人だとしたらさ、やっぱり怪しいのは本橋だよな!」
 それは神谷という男子だった。鬼頭らいじめっ子グループの一人だ。その発言に男子らは口々に俺もそう思うとつぶやいた。
 その様子を芽傍も見ていた。
 瞳は割って入った。「ちょっと!望夢はそんなやつじゃないよー!バカなやつだけど、そこまでバカじゃない」
「はー?あいつしかいねえよ?なあ?ほら」
 神谷が同意を求めると、周りにいた男子たちは全員うんうんと頷いた。
「あたしは違うと思うなー」と瞳は反論。
「なに片山?あいつじゃないって根拠でもあんのかよ?それとももしかして、本橋のこと好きなのか?」
 男子らは、ふー!っと歓声を上げた。瞳の頭に何かカチンと来るものがあった。
 次の瞬間、瞳は神谷を締め上げていた。
「だれがあんなバカ野郎好きなもんか‼︎もういっぺん言ってみろオラァーーー‼︎」
 神谷が必死で謝ること十数秒、瞳はようやく離してやった。
 神谷が瞳に怯えて教室を出て行くと、他の男子たちも後に続いた。
「瞳、早く行こうよ?着替える時間なくなっちゃうよ?」玲奈はプールカバンを片手に掛けて言った。
 そう言えば、もう教室には瞳と玲奈しか女子はおらず、男子数名はすでにワイシャツを脱ぎ始めていた。プールの時間は、教室は男子更衣室になるのだ。
「あ!そうだね!」
 瞳も急いでプールセットを準備すると、二人揃って外の女子更衣室に向かった。
 望夢が集団リンチの被害にあっているちょうどその頃、瞳は快く水中を泳いでいた。
「はぁー!気持ちぃー!」
 瞳は水中で泳ぐと空を飛んでいる気分になれるのだ。青い空間で体が浮いている。手で掻いたり、足で蹴ったりすると、自由自在に動き回れる。呼吸は自由とは言えないが、それ以外は空を飛んでいる感覚とよく似ている。そのあまりの心地良さに、瞳は下着泥棒のことをすっかり忘れていた。
 しかし皮肉なことに、優しくて努力家でキュートな瞳に、なぜか天罰が下ったのだった。
 更衣室に戻った瞳は着替えようと自分の荷物を探った。
「…⁇」ゴソゴソとカバンの中を何度もかき回したり中の物を出したりした。そして気づいた。
「ない‼︎」瞳は叫んだ。
「どうしたの⁈」玲奈は尋ねた。玲奈だけでなく、女子の視線が集中していた。
「ない…」瞳は震え声でつぶやいた。「あたしの下着がない‼︎」



 二時間目が終わり、望夢は廊下を歩いていると、あることに気づいた。周りから奇異な視線を送られている。いつも変な目で見られているのは知ってるが、いつもとは違う趣旨を感じる。みんなの視線がいつもより鋭い。特に女子からの視線は特別冷たかった。
 おかしいのは視線だけではなかった。みんな望夢から遠ざかっている。試しに集まる女子グループに近づいてみたが、女子たちは望夢を睨んで足早に去ってしまった。いつもはもっとキャーキャー言いながら逃げていくのに、なぜだろう?望夢は立ち止まって考えた。
 その瞬間、望夢は背中に蹴りを入れられ、廊下に突っ伏した。笑い声がとどろく後方に振り返ると、やはり鬼頭らが廊下に広がって立っていた。
「調子はどうだい犯罪者くん?」と鬼頭。
「は?」望夢は首を傾げた。
「わかんねえのかよ?例の下着泥棒、お前なんじゃねーか?」
 望夢はムッとして立ち上がった。「はー⁈おれは関係ねーよ!」
「ほんとかねー?」鬼頭はあしらった。周りの男子たちも次々と望夢をののしった。
「とか言ってよ、本当はお前が犯人だったりすんじゃねえのか?」望夢は鬼頭に言い返した。
「なんだと!このぉー‼︎」
 鬼頭は望夢に飛びかかった。そのまま取っ組み合いに発展した。周囲に人だかりができるほど二人はやり合った。
 その最中に望夢は鬼頭に蹴りを入れようとして飛びかかったが、よけられてしまい、後ろにいた女子生徒の腹部に蹴りが命中してしまった。
「あ‼︎」
 その場にいた誰もが息を呑んだ。次の瞬間、蹴りを受けた女子生徒は腹部を押さえ、床にがっくりと座り込んで泣き出した。周りの女子が駆け寄る。被害者を優しく慰ると、望夢に目を思いっ切り睨んだ。
「さいてー」
「マジなんなの本橋」
「ほんと女に害しかないよね」
 望夢が散々批難されているところに、先生がやってきた。望夢の担任の源先生だった。「一体何があったんだ⁈」
 源先生は群衆の中央に立つ望夢を見た。望夢は見回してさっきまでそこにいたはずの鬼頭を探したが、当人はすでに群衆の中に混じっていた。しまった!やられた!
 そうこうするうちに、望夢は女子に告げ口され、一人で罪を負うことになった。
「まったく本橋は!」源先生は言い放った。「罰として今日は居残りして反省文を書け!」
「えーーーー‼」
「えーじゃない!」
 その後望夢は散々言い訳したが、結局聞いてもらえなかった。



「ちっ!なんでおれが‼」望夢は反省文をチンタラ書きながら机をガンと殴った。
 まったく今日は災難続きだ。下着泥棒扱いされるし居残りさせられるし。
 思えばここ最近災難ばかり起こっている。あの女、亜久間に会ってからというもの、災難ばかりな気がする。
 望夢は作文を書くのに飽きて(と言っても元からやる気はなかったが)、ベランダに出てみた。グラウンドで瞳がテニスをやっている。テニス部なのだ。瞳は望夢が居残りしていることを聞いており、ベランダに望夢がいるのに気がつくと、皮肉を込めたウィンクを送った。望夢はしかとした。
 ちっ。トイレでも行こっと。
 望夢は別に便意を感じていたわけではなかったが、とにかく作文を書く手を止めたかったので、トイレを口実に教室を出た。
 トイレは廊下を曲がった先にある。望夢は時間を稼ぐために、わざと小さい歩幅で、ノロノロと歩いてゆっくりと向かっていった。
 ようやく曲がり角に差し掛かり、曲がろうとしたそのとき、真正面に何者かが現れた。
 あっ!と言う間もなく望夢はその人物と出会い頭に正面衝突!おでことおでこを見事に打ち付け合った。
「ふがっ!」
 望夢は豚のような声を上げて、痛みの余り壁にもたれてしゃがみ込んだ。相手はぶつかった拍子に後ろに倒れた。衝撃が走ったおでこを抑えながら相手の正体を確認すると、誰だか知らないが、体格のいい大柄な男だとはわかった。
 あっぶねえ‼︎と望夢は思った。もう少しで見知らぬ男と接吻するところだったぜ!犠牲になったおでこはヒビでも入ったんじゃないかと思うほど痛むが、ファーストキスを見知らぬ男に奪われるよりはマシだった。ぶつかったのが美少女だったなら話は別だが。
 ぶつかった相手は屈んでおでこを抑えている。
「いってーな!気をつけろ‼︎」
 望夢は咎めたが、相手はすぐに立ち上がると持っている物を隠すようにそそくさと走り出した。
 その男は妙な格好をしていた。この夏真っ盛りという季節なのにニット帽を被り、サングラスとマスクをしている。服は上下灰色のジャージだ。手には袋を抱えている。
 きっと来校者だろう。そう思って望夢は立ち上がり、トイレに入ろうとした。
 しかし歩き出そうとした望夢の目に、ある物が止まった。男が抱える袋。そこから飛び出す水色の物体…
 それは女性の下着だ。
!袋から出ているのはほんの一部分だが、ありとあらゆる女性の下着を拝見してきた望夢にはわかった。つまり…‼︎
 例の下着泥棒に違いない‼︎
「おいお前‼︎」そう確信した次の瞬間、望夢は叫んでいた。
 男はチラと振り返ったがそれはほんの一瞬で、即座に走り出した。
「待てこらー‼︎てめえのせいでさんざんな目にあったんだぞ覚悟しろ‼︎」
 望夢は怒りを吐露しながた必死で追いかけた。その必死さと言うと、町中で見かけた綺麗なお姉さんを追いかける速さに等しい。つまり、かなり速い。
 男は抱え持つ袋から無作為に一つつかみ取ると、後ろに放り投げた。ピンク色のブラジャーが宙を舞ってこちらに向かってきた。
「あっ!」望夢は叫ぶと思わずそのブラジャーに飛びついた。
 よっしゃあ‼︎ピンクのブラジャーゲットォォォ‼︎
 ………って違う‼︎やられた!30ポイントのダメージ!………ダメだ!誘惑に負けるな‼︎
 望夢はブラジャーを投げ捨てると再び男の後を追った。
 また男に追いつくと、男はまたまた下着を召喚した。今度は白いパンツがこちらに向かって飛んで来た。
「そりゃあ!」望夢はそれに飛びついた。
 よっしゃあ!パンティーゲットォォォ‼︎しかも大好きなシローーー‼︎
 ………って、またやっちまった‼︎50ポイントのダメージ!………ダメダメ!早くしないと逃げられてしまう。ライフゲージは残り20ポイント。もう失敗は許されない!
 望夢は全速前進し、再び距離を縮めた。男は次々と下着を放ってくる。望夢は飛び交う下着流星群の誘惑に堪えて懸命に走り、とうとう男に追い着いた。そしてー
「くらえー!スーパーアルティメットファイナルテックボンバーキィィィック‼」
 と名前だけやたらカッコつけた至って普通の飛び蹴りをお見舞いした。
 必殺技は見事男に命中した!
 しかし、男は前につんのめっただけですぐに体勢を整えると、階段へ続く廊下の奥へ姿を消した。
 一方の望夢は、飛び蹴りの反動で床に激突し、頭を打った。すると、体育の授業での痛みが蘇り、そのままうずくまってしまった。望夢に20ポイントのダメージ!ライフゲージはゼロになった。
  こうして追跡は困難となり、望夢は下着泥棒を捕まえ損なった。
 数十秒後。望夢は立ち上がると、散らかった下着を拾い集めた。そして職員室へと向かったのだった。



 その翌朝。
「またまた大ニュースだ!」教室に入ると先生は号令もなしに一同に叫んだ。「昨日の午後六時頃、本橋が下着窃盗犯と格闘したそうだ」
「「「えー!」」」と一同、驚愕。
「…だそうだが、残念ながら取り逃がしたそうだ」
「「「あーーー…」」」と一同、落胆。
「だが、重要な目撃証言を得た。サングラスにマスク、それにニット帽を被った上下ジャージ姿の大柄な男だそうだ。そうだろ本橋?」
「ああ。まーちがいない!」望夢は得意顔で言った。
「大柄な男。ってことは、犯人は生徒じゃないってこと?」
 杉山がそう言うと、一同は昨日と同様、あごに手を当ててうーんと唸った。そして口々にこう言った。
「学校にいるジャージ姿で…」
「よくマスクとサングラスをしてて…」
「大柄な男って…」
「源先生⁈」一同は口揃えて言った。
「な、なんてことを‼︎」源先生は椅子からずり落ちた。
 源先生は体育教師なので基本ジャージ姿。体格もいい。暑い日にはサングラスを装着している。ときどき予防のためかマスクをしていることもあるのだ。まさに犯人像にぴったりだ。
「みんな、ちげーよ」望夢が立ち上がった。「源先生ではないよ。多分どの先生でもない。あんな先生見たことねえもん」
「じゃあ、誰だと思うんだよ?」と杉山。
「いやそれはわかんねえけど」
「じゃあ、大柄な生徒の可能性もあるってことか?」
 杉山の意見に、一同はそわそわし出した。
「はいそこまで!犯人探しは先生たちに任せなさい。これだけでも十分な手がかりだ。でかしたぞ本橋!」源先生は望夢を褒めて犯人探しを遮断した。これ以上疑いをかけて空気が悪くなるのはごめんだ。それと、自分が疑われるのも。
「先生、警察には連絡しないんすか?」根元という女子が尋ねた。
「警察ってなると色々面倒だろ?だからできれば警察には連絡したくないんだ。学校側で出来る限りのことはやってみるつもりだ!」
 一同は納得することにした。
「何か連絡のある人は?いない?じゃあ終了!」
 そう言って最後はしっかり号令をかけて終了した。
 望夢は満足そうに微笑んで教室中に聞こえる声でこう言い放った。
「ま、てなわけで、おれの疑いは晴れましたとさ!少しはおれのこと見直したかな?あ、謝罪とか別にいらないよ?ちゃんとわかって反省してくれてんならね⁈この本橋望夢、やるときはやる男なのだ!がっはははは!」
 クラス中から呆れた目を向けられていたが、望夢は部下を従属させた王様にでもなったように鼻高だった。望夢に疑いをかけた数人の生徒たちは不快で顔を存分にしかめている。その様子がまた、望夢にとっては愉快極まりない。久々にいい気分だ!
 いい気になった望夢は、従者たちに頭を下げられながらレッドカーペットの上を歩く王様気分で、教室の真ん中を突っ切って後ろのロッカーに向かった。そして勉強道具を取り出そうと自分のロッカーの扉を開いた。
 すると…‼︎
 ボロボロボロボロボロ‼︎
 中から何かが大量に溢れ出てきた。一番驚いたのは望夢だが、クラスメイトたちも驚いてそこに視線を向けた。
 白や黒、ピンクなどなど、色鮮やかな物の山が望夢を下敷きにしている。それを見た女子たちがキャーキャー悲鳴を上げた。
 望夢は頭を左右に振って顔に乗ったその物体を落っことした。次に上半身を起こして、自分の身に降りかかっ物の正体に気づいた。
 望夢が下敷きになっていたのは女性の下着だった。大量の下着が、望夢のロッカーに押し込められていたのだ!
 ヒョエーーー‼︎
 自分は今大量の下着の下敷きになっている。最高だ!まるで天国だ!と、望夢は一時の快楽を味わった。
 一人の女子が恐る恐る近づいて、ある下着を持ち上げた。「……これ、あたしの…」
 クラスに不穏な空気が流れた。一同の視線が望夢に注がれた。
 杉山が戸惑った顔で望夢のもとに近づき、恐る恐る尋ねた。「どういうことだよ、望夢?」
  望夢の快楽はすぐに消え失せ、代わりに落胆と緊迫感に襲われた。望夢はようやく自分の置かれた状況の重大さを知った。…なぜ自分のロッカーに大量の女性の下着が⁈
「なんでお前のロッカーにこんなものが入ってんだよ⁈」杉山は問い詰めた。
「…わかんねえ…わかんねえよ!」望夢は悔しさのあまり拳を握り締めた。「わかんねえけど、おれは下着なんか盗んでねえぞ!それにおれは昨日犯人を捕まえかけたんだぞ?」
「って言うのも、嘘だったりして」と言ったのは小坂井という男子だった。「犯人とやりあったフリして、責任を免れようって計略だったりして?」
「小坂井!おまえ…」
「そう言やよ!お前昨日の体育のとき、保健室行っただろ⁈ずいぶん帰り遅かったけど、何でだ⁈おい⁈何でだよ⁈」と新井という男子が荒い口調で尋ねた。
「その間に女子更衣室にお邪魔してたとか?」杉山が疑いの目を向けて言う。
 望夢は一瞬口ごもって、正直に言った。「それは、トイレについでに行ってて…」
 クラスメイトたちの不安な表情は変わらなかった。トイレに行ってたという言い訳はありきたり過ぎて誰でもできる。納得するはずがない。
「みんなやめろ!」まだ教卓の前にいた源先生が止めに入った。「本橋、どういうことだ?」
 望夢は首を振った。「違う!おれはやってない!先生、違います!おれは…おれは…」
 どんなに考えても言い訳できない。やっていないと証明できる根拠はなかった。"学年一の変態"という称号が(もともと名誉な称号ではないが)さらに自分を追い詰めている。望夢は初めて自分の普段の行為に責任を感じたのだった。悔しくてたまらない。
 案の定、容疑者本橋望夢は女性下着窃盗の容疑で職員室に連行されたのだった。



 一時間目の授業が始まったその頃…
 望夢は、職員室の校長先生の机の前に立たされていた。その横には源先生がついさっき目撃した光景を校長に説明している。この校長と謁見するのはこれで二度目だ。
「なんと…」校長先生は溜め息をつくようにつぶやいた。
 源先生は望夢に顔を向けた。「本橋、どういうことなのか、説明してくれ。お前の口から詳しく聞きたい」
 望夢はさりげなく深呼吸をすると、緊張をこらえ、なんとか釈明しようとした。「昨日のことは話した通りです。犯人を捕まえようとしましたが、逃げられました。そのときに落ちた下着を回収しましたが、そのまま職員室に行ってすべて引き取ってもらいました。本当です。わかっていることはそれだけです。なぜロッカーに下着が入っていたのかは、わかりません」
 望夢にとってはシンプルかつ精一杯の釈明だった。これだけ望夢が真剣に発言して訴える姿は珍しい。
 しかし校長は不満顔である。「本橋くん、君は、本当にやっていないのかい?」校長は立ち上がると、威圧するように望夢にぐいと顔を近づけて言った。
「はい。信じられないのでしたら、監視カメラの映像を見ればわかると思います!」望夢は威圧に耐えて言った。
「今主事さんがカメラの映像を見ているところだ」
 校長がそう言ったちょうどそのとき、禿げた中年の主事さんが、腰に付けた鍵束をジャラジャラ鳴らして向かってきた。二人の間に立ち止まると、校長先生に一礼して次のように語った。
「監視カメラを確認しました。彼は一時間目の体育の授業中、保健室に行って、そのあとトイレに入りました」
 望夢は胸を撫で下ろした。これで罪が晴れる…。
 と思ったのだが…
 主事さんは次のように続けた。「しかし、トイレに入ってからは長くて、授業終わりにやっと出てきました」
「と、言うと?」校長は一瞬望夢を見てまた主事さんに目線を戻した。
 嫌な予感…。
「はい。当然トイレの中にはカメラはありません。そしてプールの女子更衣室の前にもカメラは設置してありません。盗撮になっちゃいますからね。んで、一階のトイレは学校の南側、女子更衣室はさらに南側にあります」
「つまり、トイレの窓から外に出ればカメラに撮らえられず女子更衣室に行けるというわけですな」導ける推論を校長が代わって言述べた。
 そういうことですというように、主事さんは残念そうに頷いた。
 がーん‼︎望夢の目が凍りついた。当然監視カメラには犯罪を犯す自分の姿は映っていなかった。だってやっていないのだから。確かにしょっちゅう体育の女子更衣室を覗いてはいるけど、今回の盗難事件については自分は本当に無実である。それなのに、まさか監視カメラが自分にかけられた罪を裏付けることになるとは‼︎
「なるほど…」校長はあごをさすった。「報告どうも」
 主事さんは会釈するとまた鍵束をジャラジャラと鳴らしながら職員室から出ていった。
「おれ…やってないです!本当です‼︎仮にその通りにできたとしても、更衣室の鍵は開けられません‼︎」望夢は必死で訴えた。
 校長はうんと頷いた。「確かに鍵のことはわからない。単に担当の先生が鍵を閉め忘れたとかかもしれないし。…だけどね、君の名前は何度も耳にしたことがあるよ?女子を追い回したとか、女子更衣室を覗いたとか?」
 ギクッ!望夢は背筋に冷水をかけられたような寒気を感じた。まさか、校長の耳にまで入っていたなんて。
「あ…あの…それは……噂と言いますか、都市伝説と言いますか、何かの間違いかと…」望夢はどうにかごまかそうとした。しかし否定する根拠はどこにもない。完全な言い訳である。認めざるを得ない。
「結構」校長は再び腰を降ろした。そして源先生の方を向いた。「どっちみち、この生徒に対してそんな噂が出回っているのも問題です。親に連絡しましょう」
 ガーン!
 望夢は地獄に引きずりこまれるような思いをした。またか。また親父に殴られる。また母ちゃんに二時間くらい説教される。最悪だ。交際詐欺に続いて免罪なんて、おれの人生、いったいどうなってるんだ?
「来なさい」校長は立ち上げると言った。「校長室で君の親を待とう」



「えーーー‼」
 制服泥棒が望夢だと聞いて一番驚いたのは瞳だった。「どうして望夢が真犯人なわけ?」
「ロッカーから下着が出てきたんだって。職員室に呼び出されたらしいの」玲奈が説明した。
 瞳は教室から飛び出した。いや、勝手に体が動いていた。真相を確かめなければ。あの望夢が、いくらバカだって窃盗なんてするはずがない。そう思う気持ちが彼女を動かしていた。
 ところが、職員室目指して奔走する瞳の前に望夢は自分から姿を現したのだ。走ってこちらに向かってきている。
「望夢!どういうこと?あんたじゃないよね?違うよね?」
「うっせーな!おれじゃねえよ!」望夢は瞳の横をすり抜けながら否定した。
 瞳は走って隣についた。「どうしたの?職員室に呼び出されたんじゃなかったの?」
「職員室どころか校長室までお邪魔したぜ!トイレ行くって言って出てきた。犯人に思い当たるやつがいてな」
 思い当たる人?望夢は別の人物を疑っているのか?
「それって、誰なの?」
 瞳が尋ねたちょうどそのとき、望夢はその人物の名を叫んだ。
「おい鬼頭!」
 廊下を伸びしながら歩いていた鬼頭は後ろから大急ぎで迫ってくる望夢に振り向いた。「これはこれは犯罪者の本橋くんじゃないか。なんか用かよ?」
「ふざけるな!おれのロッカーに制服入れたのお前だろ?」望夢は単刀直入に疑惑をぶつけた。
「なに⁈」
「とぼけてもムダだ。そんなことするやつお前以外にいないだろ?犯人はお前だな⁈」
 鬼頭の眉が釣り上がり、戦闘モードに切り替わった。「なにデタラメ言ってんだ⁈お前こそ、目撃者装って犯人は大柄な男だとか言ってよ、おれに罪をなすりつける気かよ!」
「装ってなんかねえよ!おれは無実だ!さっさと認めたらどうなんだ⁈自分がやったって‼︎」
「俺だって無実だぞこの野郎‼︎」
 二人は睨み合った。おでこから閃光が出て二人の間でぶつかっているのが瞳には見えた。
 そのとき、睨み合う二人の目下に、芽傍が現れた。二人が睨み合っていたのは階段の踊り場。そこへ芽傍が下の階から上がってきたのだ。
 望夢と鬼頭はお互いに向けていた視線を同時に芽傍へ向けた。
「ちっ!またお前かよ!」と鬼頭。「本橋が現れたと思ったら、いつもお前も来やがる!」
 この三人、何かと鉢合わせることが多いなぁ、と瞳は思った。
 芽傍の姿を見た望夢に新たな疑惑が浮かび上がった。
「…お前か?」
「…⁇」芽傍は無言で望夢を見つめ返した。
「お前がやったのか⁈お前がおれのロッカーに下着を入れたのか⁈」
 芽傍はふんと鼻を鳴らした。「なぜ僕がそんなことをしないといけない?」
「嫌がらせのつもりだろ⁈何かとおれを悪く言いやがって!そうだ!おれを陥れたんだ!そうだろ⁈」
 芽傍は望夢を思いっ切り睨みつけた。
「望夢!やめなよ!」瞳は芽傍を庇った。
 そのときだった。
「こら!そこ!なにやってるんだ⁈」源先生が階段を駆け上がってきた。「本橋、お前校長室にいるんじゃなかったのか?大人しく校長室に戻るんだ!早く‼︎」
 望夢はしばらく芽傍と鬼頭を交互に睨むと、源先生付き添いのもと、しぶしぶ校長室に戻ったのだった。



 およそ一時間後。
 校長室にて、偉そうに腰かける校長。そのそばに立たされる望夢。その隣に担任の源先生。そして小さなテーブルを挟んだ茶色いソファには、望夢の母。おまけに親父。望夢が校長室に呼び出されたと聞いて、会社からぶっ飛んできたのだ。
「この度は息子がご迷惑お掛けして申し訳ありません」母が丁寧に頭を下げると、親父もそれに従って渋い表情の顔を下げた。
 校長はいえいえと首を振ると、ここに至った経緯を説明した。母と親父は校長の話を重苦しい表情で聞いていた。
 話がひと段落したところで、親父が身を乗り出した。望夢は殴られる覚悟をした。しかしなんと、珍しく親父は望夢の擁護に回ったのだ。
「望夢が泥棒だなんて、信じられませんよ!小さい頃から見てたけど、こいつは人のものなんて盗むようなやつじゃないですよ!」
 望夢は感動した。いつも殴ってばかりいる父親は、いざとなれば自分を信じてくれるのを初めて知った。
 それから五分間、親父は望夢の小さい頃のどうでもいいエピソードを語ったのち…
「とにかく望夢は人の物を取ったりしません!過去にそんなことがあったとすれば、部屋に置いてた俺のエロ本を勝手に見てたことくらいです!そうだろ?」
「おう!…って、親父!」望夢は腰を抜かしそうになった。せっかく良い感じだったのに、何余計なこと言ってんだよ‼︎校長に向かってエロ本はないだろ!大人向けの本とか教育的に不適切な本とか、言葉を濁せよ!
「あなた、もういいでしょ?」母がたしなめた。
 親父は無視して続けた。「望夢が下着泥棒だなんて!しかも連続で!そんなのありえません!先生!断じて申し上げます!望夢は連続で犯罪を犯したりしません!しても一回です。なあ、望夢⁈」
「おう!って、親父!」そこはやってないって言えよ!回数の問題じゃねえだろ!
 さらに親父は続けた。「それからもう一つ申し上げます!望夢は女性に興味はあっても、女性の下着にはまるで興味ありません!なあ、望夢⁈」
「おう!って、親父!」下着にも興味あるし!
 まったくみっともない光景だった。下着窃盗の疑惑をかけられる息子と、学校へ来て担任と校長に息子の性癖を語る父親とは、恥ずかしい親子である。母はおでこに両手を当てながらこりゃダメだというようにうな垂れた。
 校長は奇妙キテレツな父親には突っ込まず、しばらく考えながら望夢と父親とを交互に見ると、ふんと鼻を鳴らして結論を口にした。「とりあえず、事の真相が判明するまで、息子さんには自宅謹慎を申し上げます」
 親父はため息をつき、母はまたうな垂れた。望夢は無言で目線を落としたままだった。



 望夢の自宅謹慎の話はあっという間に学年中に広がった。
 もちろん瞳の耳にも入った。
 瞳は思い詰めたような表情でベランダに出て見下ろした。ちょうど本橋一家が玄関から出て校門に向かうところだった。それを確認した瞳は、教室を駆け出し、急いで外に出て本橋一家の後を追った。そして校門を出ようとしている本橋一家を視界に捉えると20メートルほど離れた位置で立ち止まって叫んだ。
「望夢ー!」
「?…あ」望夢は立ち止まって振り返った。
 瞳は笑顔を作るとこう叫んだ。「あたしはあんたが犯人じゃないってわかってるからー!」
 望夢は一瞬頭が真っ白になって言葉が出なかった。数秒してやっと返す言葉を思いついた。「信用してくれるのか⁈」
 普段はじれったいと思うことがほとんどだが、いざとなればいいやつ。いい友達を持ったな、と思った。
「いや」瞳は首を振った。「信用してるわけじゃなくて、あんたがあたしの下着盗むはずないって思うから」
 そう言って瞳はニコッと笑った。
「……」期待して損したが、言っていることはもっともだ。望夢は顔を思いっきりしかめてやった。
 望夢の両親が瞳に笑いかけると瞳も笑顔で軽く会釈して校舎に走って戻っていった。
 その後ろ姿を見つめながら母は呟いた。「瞳ちゃんってほんと良い子ね。かわいいし」
「お前に笑いかけてくれる女の子なんて、瞳ちゃんくらいじゃねえか?」と親父も皮肉な一言。
「うるせぇ!早く帰ろうぜ!」望夢は両親を追い越して校門を抜けた。



 それから一週間経っても、望夢が学校に姿を現すことはなかった。
 大半の女子からすれば望夢が消えたことは幸いなことだ。居てもメリットは無く、むしろ迷惑だからだ。理由は何度も述べてきた、女を追っかけ回すふしだらな性格故である。望夢一人が居なくなったことで、学年の女子全体の笑顔が増したように感じ取れなくもない。
 結局、教員と両親を除けば、望夢の身を一番心配しているのは瞳かもしれない。と言っても、瞳は幼馴染の姿を見なくなって寂しいというよりも、この事件の犯人が気になって仕方ないのである。
 放課後の教室で、瞳は窓辺に両手で頬杖をついて空を見つめ、考えていた。正直、性格的に望夢が疑われるのは無理もないと認めている。だが、望夢が下着を盗むとしたって、間違っても自分の下着を盗むはずはないと確信している。瞳とは幼稚園からの仲で、望夢は自分に一度も色目をつかったことはない。学年の女子で美貌を持つ者で、言い寄られていないのはおそらく自分だけだ。だとしたら真犯人は誰だ⁇望夢に勝る変態がこの学校にいるのだろうか?いや、望夢と同じくらい変態かそれ以下でも、心が悪に染まっていれば犯罪に手を染める可能性は十分にある。そう考えると余計犯人探しは難しくなる。探偵を雇わないと事件は解決しなそうだ。
 こうなったら…!
 瞳はゴンと窓を閉めた。こうなったら自分が探偵になって、犯人を突き止めてやる!
 そう決意した瞳は、学校から出ると、帰り際に東急ハンズへと立ち寄った。



 翌日の朝。
 学校の敷地内の端にそびえ立つ桜の木のふもとに玲奈は立っていた。なぜここに立っているのかと言えば、親友の瞳からホームルーム前にここへ来てほしいと昨晩メールで伝えられたからだ。何やらサプライズがあるんだとか?
 さて、どんなサプライズだろう?誕生日はまだ先だしお祝い事は特にない。おめでとうのサプライズではないのはほぼ確定だ。では、瞳の方に何か喜ばしい出来事でもあったのだろうか?
「いないじゃん…」指定の場所に来たのに瞳の姿は見当たらない。しかし親友である玲奈はもう慣れていた。瞳は待ち合わせの際、いつも数分遅刻するのだ。だから今回もそうに違いない。…と思ったが…
「いるよー!」桜の木が喋ったのだ。
「ひょえっ!」玲奈はびっくりして飛び退いた。
 クスクス!と桜の木から笑い声がした。その声は木の上の方から聞こえる。どうやら瞳は珍しく集合時間より早くに待ち合わせ場所に来て、桜の木の上に隠れているらしい。
 いったい何を企んでいるのだろうか?
 玲奈はえへんと一つ咳払いをして、こう問いた。「桜の木さーん、クスクス笑って、いったい何を企んでいるのですかー?」
 するとまた木の上からクスクスと笑い声がした。それからわざと低くした女の声がこう言った。「良いだろう!見せて差し上げよう!私の今の姿を!」
 今の姿⁇どういうことだ?瞳は何か化け物にでもなってしまったのだろうか?それとも木の精?
 何が現れるのかとワクワクしている玲奈の前に、瞳は「トヤァ!」と叫びながら舞い降りてきた。そして片膝と両手を地面についてかっこよく着地した。
 その姿を見た玲奈は仰天した。瞳は探偵の衣装を身に着けていたのだ。探偵と言って誰もが思い浮かべる定番のインバネスコートを制服の上からまとっている。頭には探偵帽子、手には虫眼鏡。ただパイプは口に咥えていない。それがあれば完璧だった。
「瞳、どうしたの⁈」玲奈は動揺を隠せなかった。
「これ?いいでしょう!ハンズで買ったの!」
 ハンズかよ…。って、知りたいのはそっちではなくて!「何で探偵の格好してるの⁈」
「それはね!下着泥棒の真犯人を捕まえるためよ!」瞳は腕を組んでキメ顔をしながら言った。
 さすが!かわいい娘は何を着ても似合うな。ほんとに瞳には心底感心するわ。こんな難事件と対面してもオシャレにキメて笑顔で解決!「って!わざわざそんな格好する必要あるの⁈」
「だってこの方が雰囲気出ていいじゃん?」と言って瞳はニコッとウィンク。「学園もののミステリー小説とかドラマにあるみたいに、『放課後の学校で巻き起こる難事件を見事解決!』してみたいの!」
「…そ、そう」学園ものの高校生探偵は探偵服を着てない。と玲奈は思ったが、これ以上はツッコまないことにした。楽しそうで何よりだ。それはいいとして…
「どうやって犯人を突き止めるの?」
「さーあ⁇どうしようね?」
 ノープランかよ!それなのにそんな格好しちゃってよ!玲奈は呆れてガクッとズッコケてしまった。
「何も考え無しにその服買ったんだ!」
「いやいや!」瞳は右手前に出して人差し指を左右に揺らした。「一応考えてはあるわよ。聴き込み調査よ!」
「聴き込み?」
「うん!犯人は何度か犯行を続けてたんでしょ?だったら誰かしら目撃者がいるはずよ!詳しく話を聞けば、望夢じゃない別の犯人像が浮かび上がるかも!」瞳は虫眼鏡を当てて右目を大きくした。
「そう、かもね」
「でしょ?だから、二人でこの事件、解決しようよ?ね!」
「え?二人で?」
「うん!もちろん手伝ってくれるでしょ⁈」
「え…?」
「え?」
 しばし見つめ合う二人。
「ねー、おーねーがーい!」瞳は玲奈に抱きついた。「一人で探偵ごっこはしたくないの!」
 ごっこって!遊びかよ!てか自分で勝手に始めたくせに…。
「はー!しょうがないなー。いいよ」玲奈はしぶしぶ承諾した。
「やった!じゃあ玲奈も服…」
「ただし‼︎ワトソンの衣装は着ないから!」
「はーい」瞳は取り出そうとしてつかんだ服を放した。
 やっぱり用意してたのね…。玲奈は苦笑した。
「それじゃあ!」瞳はかがめていた腰をグイと引き伸ばすと言った。「調査は今日の放課後から!二人で力を合わせて、絶対に犯人見つけようね!」
「…お、おー!…」
 こうして、瞳と玲奈の素人探偵コンビが結成されたのだった。



 そしてその日の放課後、探偵服を身につけた瞳といつも通りの制服姿の玲奈は、放課後の探偵活動に乗り出した。
「下着泥棒の被害に遭ったのは二年D組。まずはそこから調査しましょ!」
 瞳に言われるがままに玲奈が連れて来られたのは、言うまでもなく二年D組の教室だ。中を覗くと、ホームルームを終えた生徒たちが教室を出ようとワチャワチャ騒いでいるところだ。帰宅部の者は学校から出て帰路に入り、正式な部に属する者は各々の部室へと向かう。補習や居残りの生徒はどこか指定された監禁場所へと移る。その間際の光景だ。
 瞳は教室から出てきた女子生徒に声をかけた。
「あ!瞳先輩!」
 どうやらその子は瞳と同じテニス部に所属する後輩のようだ。探偵服を着た瞳に一瞬驚くと、「どうかしましたか?」と動揺しながら尋ねた。瞳はその後輩に主旨を説明して、下着泥棒の被害に遭った生徒と話をさせてくれないかと頼んだ。
 後輩が教室に向かって「えりなちゃ~ん!」と叫んだ数秒後、そのえりなちゃんがひょこっと教室から顔を出した。
「吉川恵里菜です。片山先輩、何か御用ですか⁇」
 瞳の名前を知っている。この娘もテニス部の娘か、と思いきや…
「あたしの名前知ってるの?」と瞳は目を丸くした。
「はい!有名なので!」恵里菜ちゃんはにっこりした。
「有名って⁈どんな風に⁇」
「可愛くて頭がいいと有名ですよ!」
「ヤダァ~!そんな大袈裟よ~!」瞳は顔を赤らめて頬に両手を当てた。
 わざとらしいぞ。このナルシストめ。玲奈は内心そう思ったが、真顔を貫いた。
「実はね、」瞳は即座に真剣な顔に切り替えて探偵業務に早戻り。「訊くのも失礼だけど、このクラスで下着泥棒の被害があったそうで、その第一人者があなたらしいけど、そうなの?」
「はい、そうですよ?」恵里菜ちゃんは何の躊躇もなく答えた。
「そのときの事について聞きたいんだけど、協力してくれる?」瞳はポケットから手帳とペンを取り出してメモの準備をした。
「え?犯人は捕まったんじゃないんですか?三年A組のもとは…」
「ちがーーーう‼︎あいつは犯人じゃなーーーい‼︎真犯人を見つけたくて、それで調査してるの!ねえ?協力してくれない⁈」
「あー!そういうことでしたか!すみません!いいですよ!」恵里菜ちゃんは笑顔で頷いた。
「ありがとう。じゃあ、そのとき、あなたは何をしてたの?事件が起こったとき」
「水泳の授業だったので泳いでましたよ」
「…あ、はい。そうね」
 大丈夫かよ瞳⁇玲奈は心配した。
「じゃあ、授業中に、大変‼︎自分の下着が盗まれてるー‼︎って感じはした?」
「してません。エスパーじゃないので」
「……そうだよね。じゃあ、犯人に思い当たる人物とかって、いる?」
「やっぱり三年A組のもとは…」
「ちがーーーうってば‼︎」
「すみません!じゃあ、いません」
 玲奈はこのとき確信した。瞳、聴き込みヘタ過ぎ!
「もー!瞳!しっかりしてよ!もっとさ、怪しい人物を目撃しなかったかとか、そういう質問しないわけ⁈」玲奈は思わず不満を吐いた。
「あ!あー!なるほど!じゃあ、授業中に怪しい人物を見かけなかった?女子更衣室の辺りで」
「んー…泳ぐのに夢中で、見てませんね…。すみません」
 恵里菜ちゃんは申し訳なさそうに頭を下げた。
 他に質問するようなことは思い当たらず、二人はお礼を言って教室の前から離れた。
「もー!瞳さ、探偵やるならもっとちゃんとしてよね?後輩がかわいそうだよ!」
「大丈夫!今度は後輩じゃなくて同期に聴き込みだから!」
 そういう問題ではない。
 二人が次にやってきたのは、三年C組、我がクラスである。自分たちのクラスなので、二人はためらうことなく教室に踏み入れた。ただ、瞳の格好がやけに物騒なので、皆の目をひいてしまう。瞳は気にする様子はなく、それどころかウィンクでお返ししたが、玲奈は一緒にいるのが恥ずかしくたまらなかった。
 瞳はある女子生徒のもとに近寄った。このクラスで最初に下着盗難に気づいたヤンキー女、大久保だ。大久保は椅子にだらしなく腰掛けて股を大きく開くという女子力皆無の状態で放課後の教室に居座っていた。
「なに片山?ハロウィンまではまだ先だよ?」大久保は瞳を見るなり冗談を言って笑った。
 瞳はにこりとしただけで、本題に入った。「手伝ってほしいの。例の下着泥棒の件について」
「手伝うって⁇あんま面倒なことは嫌だよ?」
「質問に答えるだけでいいから」瞳はメモ帳をスタンバイした。「犯行が行われた当時、大久保さんはどこで何をやってた?」
「は?水泳の授業だったから泳いでたに決まってんじゃん。瞳と同じよ?」
「…そうね。じゃあ、自分の下着が盗まれたとき、大変‼︎私の下着が盗まれてるー‼︎きゃー‼︎って感じてた?」
「は?あたしゃエスパーじゃないんだから!それにもしそう感じてたら一目散に現場行くわ!」
「……そうだよね」
 玲奈は呆れた。ダメだこりゃ…。同じことを繰り返してるじゃないか!
「じゃあ、授業中に怪しい人物とか見なかった?」
「見てない。見てたらとっくに言ってるよ。てゆーかさ、あの事件の犯人って、もとは…」
「ちがうっつーの‼︎」
 結局、何の成果も得られないまま、大久保への聴き込みを終えたのだった。



 それから3年A組の被害者にも聴き込みをしたが、どうせ本橋が犯人でしょ?で一蹴され、何も収穫が無かった。
「どうすんのよー?もう帰りたいー!」
 校舎の裏口の段差に座り込みながら、玲奈は自販機で買った桃ジュースを両手で握り締めながら呟いた。
「何言ってんの?まだ調査は出だしじゃん」その隣に座る瞳がたしなめた。
「出だしから思いっきり滑ってんじゃん!」玲奈はジュースをすすった。「出だしって言うなら、次はどこに聴き込みするの?」
「どこだろ?あたしが知ってる被害クラスは二年D組と三年C組、A組だけだし」
「え…。出だしで積んでんじゃん!」玲奈はゴクゴクとジュースを飲み干すとガツンとコンクリートの段差の上に置いた。
「あー!名探偵って難しいなー!」瞳は脚を投げ出して叫んだ。
 瞳がヘタ過ぎるんだよ…。玲奈はもう一度飲み干した缶をつかむと最後の一滴まで吸おうと口を付けた。
 しばらく二人でのんびりしていた。しかし瞳は一向に案を出さない。これでは進展しない。そう見かねた玲奈は自身の考えを話してみることにした。
「あのさ、前も話したけどさ、犯人は女好きの男とは限らないんじゃないかな?普段は隠してるむっつりスケベな人かも知れないし、女の愉快犯ってのも考えられるんじゃない?」
「でも、望夢の目撃証言が正しいとするなら、犯人は大柄な男らしいから、女ってことはないんじゃないかな?」
「だから、男みたいに体がガッツリした女」玲奈はムキムキのポーズをして見せた。
「あー!確かに!だとすれば………陸上部の女子、B組の荒田さんは⁈」
 荒田美穂。陸上部の女子部員のエースで、確かに体型はガッツリしている。運動神経も男顔負けのレベルだ。
「荒田さんって、あー見えて結構イタズラ好きって噂だよね!それにレズって噂もあるから、そういうことやりかねないかも⁈だから、犯人は荒田さんの可能性…が…⁈」
 大声でデリカシーのない推論を発していた瞳は背後に寒気を感じた。玲奈の顔も硬直している。
 恐る恐る振り返ると、そこにいたのは……
「んおおおお‼︎誰がイタズラ好きだと⁈誰がレズだ⁈誰が犯人だ⁈覚悟しろーーー片山ーーー‼︎」
「「ぎゃー‼︎」」
 現れたのはまさかの荒田張本人。陸上部のユニフォームを着ている。後ろには同じように体格の良いユニフォーム姿の女子が立ち並んでいた。部活中なのだろう。それはともかく…
 二人は体力抜群俊足の体育会系女子と鬼ごっこをする羽目になった。グラウンドを走り回るのでは確実に不利だ。すかさず校舎に飛び込むと、校内をぐるぐる駆け巡ること約十分、ようやく荒田が校舎の裏の外の部室に戻る姿を窓から確認できた。
「はー!間一髪だったね…」玲奈はぜいぜいしながら呟いた。
「ほんと…。探偵って、命懸けなんだね」
 ドラマや小説で描かれている探偵は命懸けだろう。だが、どうして放課後の校内を駆け巡る素人の探偵がここまで逃げ回らなければならないのか。玲奈はわからないのとうんざりなのとで首を捻った。
「さてと!じゃ、調査再開!…お!」
 呼吸がやっと整い、顔を上げた瞳の目に映ったのは、『職員室』と書かれた札だった。
 ここで瞳は次の策を思いついて「わかった!」と手に拳を打ち付け、こう言った。「職員室で体育の源先生に話聞いてみよう!あの人は望夢の担任でもあるから、きっと協力してくれるはず!」
「なるほどね」
 玲奈は正直、先生に直接聴き込むのはどうかと思ったが、何も進展が無いよりはマシだと考えて、賛同することにした。
 コンコン!
 瞳がノックすると、都合の良いことに源先生が出てきた。
「お、片山と本郷か。ん?何だその格好は⁈」
 予想はしていたがやはりツッコまれた。この格好は明らかに校則違反だ。注意されるのは当然である。
「片山演劇部だったのか?違うよな?じゃあ何で?え?探偵⁈………ふーん。ま、かわいいから良いとしよう!」
 おいおい!そこは教師として注意しなきゃだろ!噂通り、この教師、女好きらしい。
「それで、先生にいくつか質問したいんです」瞳は本題に入った。「事件の犯人が本橋っていうのがどうも納得いかなくて。それで被害に遭った人たちに聴き込み調査をしていたんです。でも全然成果がなくて。先生なら何かいい情報知らないかなと思って」
「ふむ。なるほどな」源先生は腕を組んでしばし考える仕草。そしてこう言った。「本橋を心配するのはわかるが、これは立派な事件。犯罪だ。迂闊に人に聴き込みしたりするのは、よくないぞ?」
 ごもっともだ。この注意喚起に対して異論はない。でも、服装については注意しないのにそれは注意するのね。
「は、すみません」瞳はおずおずと頭を下げた。玲奈も、一応行動を共にしていたということで、揃って頭を下げた。
「いや、いいんだ。片山は噂に聞いていた通り、友達想いなんだなー。かわいいし」と言って源先生は若干嫌らしい目を瞳に向けた。
 瞳は「えへっ」と照れるそぶり。
 あなたは本当に噂に聞いていた女好きなんだなー。と玲奈は冷たい目を源先生に向けた。
「よし!ここだけの話だ!」源先生は声を潜めて言った。「こういう話は口外しちゃいかんのだが、言っても問題ないだろうから、特別に教えてやろう。本橋が疑われているのには、ちゃんと訳があってな」
 それから源先生は二人に、校長と望夢、それに主事さんを加えて交わされた話の内容を語って聞かせた。望夢が授業中に保健室からトイレに行ったこと、トイレの中から女子更衣室にかけて監視カメラが無いことを。
「なるほどー」瞳と玲奈は声を揃えて呟いた。
「そういうわけだ。だから、本橋の罪を晴らすには、この説を否定するか、もっと有力な犯人候補の人物を見つけることしかない」
「そうですね。どうもありがとうございました!」
「いいえ。あ、わかってると思うが、今話したことは他の生徒には話さないように。じゃあ、直ぐに帰りなさい」
 これだけ重要な話を聞いて、当然瞳は帰る気にはなれない。一方の玲奈は、もう帰りたくて仕方ないのだが。
「あたし、犯人わかったかも!」
「えーもういいよー!」玲奈は弱音を吐いた。「もう帰ろうよー!いいじゃん本橋くんが犯人でー!」
「こら、失礼よ!ねえ聞いて!犯人はきっと、校長先生じゃない?」
「え⁈どうして⁇」
「だって、あの話から察するに、望夢のこと嫌ってたっぽいし、望夢が犯行可能って説を出したのも、校長先生みたいだし」
「あー。確かに。一理あるね。でもさ、証拠無くない?」
「そう。そうだと言える確たる証拠があればね…」
 瞳は溜め息をついて俯いた。なかなか進展しない。学校の長である校長を疑うという行為自体許されざることだ。あの校長が厳しいというのは教師生徒誰もがご存知だが、女好きだという噂は聞いたことがない。一方の望夢は、本橋と言えば女好きと解釈されるほど変態としての知名度が高い。これでは望夢の無実を証明するのは難しい。
「あ、あの人!」玲奈は突然グラウンドを指差した。
 その先を見ると、先ほど源先生の話に登場した主事さんの姿があった。箒でグラウンドを掃除している。
「あ!これはチャンス!主事さんにも聴き込みしよう!」
「え、ちょ…」
 玲奈が躊躇して呼び止める前に、瞳は走り出してグラウンドへと向かっていた。さっき迂闊に聴き込みするなって言われたばかりなのに。
「すみませーん!」瞳は叫んだ。
 五十過ぎのおじさんは箒を持つ手を止めて、こちらに向かってくる探偵と女子生徒に目をやった。「なんだいどうかしたのかい?君はこの学校の名探偵かな?」
「はい!あの、ちょっと事件についてお聞きしたくて!」
「事件?」
「はい!下着泥棒の」
「あ、あー!あの事件ね!」
「そうです!主事さんはよく校内を掃除したり見回りしたり、それに監視カメラも管理しているそうなので、何か怪しい人物とか見てないかなと思いまして」
  主事のおじさんは残念そうに首を振った。「すでに先生たちにも報告した通り、カメラに怪しい人物は映っていなかった。犯行があった時刻に本橋くんの無実を証明する映像も残っていない。私から言えるのはそれだけだ。すまないね…」
 そうですか、と瞳は落胆の表情。
「あ、でも、そう言えば…」主事さんは思い出すように宙を見つめるとこう切り出した。「C組のクラスで事件が起こる前の時間、校舎の裏側を掃除していたんだけど、そう言えば怪しい人物を見たよ」
「怪しい人物ですか⁈それってどんなのです⁈」
「男子生徒だったな。制服姿の。女子更衣室の裏に消えたんだよ。そのときは、授業中だしあんなところに男子がいるはずはないと思ったんだ。水着姿の男子ならまだしも、制服姿の男子が女子更衣室のそばにいるわけない。気のせいだろうってね」
「そうですか…。その男子の見た目って覚えてます?」
「いやー、覚えてないな。あ、でも、頭の高さが学校の策より30センチくらい低かったから、身長は170より低いって考えていいな」
  170センチ弱。望夢の身長は167センチであるから、一致する。
「そうですか。貴重な情報を、どうもありがとうございます!」
「いえいえ。私の方でも色々考えてみるし、もう一度カメラの映像を見直してみるよ。もしお友達が無実なら、身の潔白を証明できるように、最善を尽くすんで」
「はい!ありがとうございます!」瞳は深く頭を下げてお辞儀した。
  玲奈も感謝の意を込めて深々と頭を下げた。



 主事さんに別れを告げると、瞳はある場所へと向かっていった。すでに次の行動が決まっているようだ。
「瞳、どこ行くの?」
「女子更衣室!あそこに行けば何か手掛かりがつかめるかもって、今気づいたの!」
 そう言えばそうだ。現場の調査をまだしていなかった。主事さんの親切に触発されたのか、優柔不断だった瞳がようやく探偵らしい判断を下すようになった。そうなると、玲奈も自然とやる気が湧いてきた。
 二人は校舎の裏の南側に向かった。その先にお目当の女子更衣室がある。
 二人が女子更衣室の20メートルほど前に差し掛かると、瞳が小さく「あっ!」と声を上げて立ち止まった。
「どうしたの?」
 玲奈も立ち止まって更衣室の方に目を凝らした。
 そこいたもの…
 制服姿の男。男子生徒だ。学校の策より三十センチくらい低い位置に頭がある。
 二人は後退して校舎の陰に隠れた。
「もしや、犯人⁈」瞳は玲奈が思ったことを代弁した。
「…どうかな?」
 その男子は女子更衣室をジロジロ見ていた。更衣室の回りを回ったり、背伸びして屋根の上を見上げたりしている。
「怪し過ぎる…」瞳は呟いた。
 その男子が校舎の方に近づいて遠目から女子更衣室を眺めているとき、二人はその姿をはっきりと確認し、驚愕した。
 なんと芽傍ゆうだったのだ!
「どういうこと?」玲奈が声を潜めてささやいた。
「そー、ゆー、ことー」瞳はすべてわかったとでも言うように呟いた。
「何がそーゆーことーなの⁇どういうことなの⁈」
  瞳は確信した。芽傍は水泳の授業中、見学という名目でプールサイドの掃除を任されていた。その際、何度か更衣室に隣接する物置のような場所からモップやらブラシやらを取り出していたのだ。物置から更衣室に行き来でき扉があるとするなら、彼に犯行は可能である。それに芽傍の身長は望夢と同じくらいだ。主事さんの発言と一致する。つまり…
「芽傍くんが、この事件の犯人…」
 瞳の独り言のような呟きを聞いて、玲奈は驚きのあまり空いた口が塞がらなかった。
「まさかの⁈え⁈まさかの結末じゃん!それ確定⁈」
「うーん…」
 確定かと言うとそうではない。実際、更衣室と物置を行き来する扉があることを確かめなければそうとは言い切れない。でも、そんな扉、あったかな?いや、無かったような。いや、あったかも…
「はっ‼︎」玲奈が悲鳴を上げた。
「なに⁈どうした…‼︎」
 聞く前に瞳は状況を察知した。
 芽傍が二人の前に立っていたのだ。しゃがみ込む二人を見下ろし、ものすごい形相で睨みつけている。
「きゃーーーーーー‼︎」
 玲奈は叫んで逃げ去った。
「あ‼︎ちょっと‼︎」瞳は呼び止めたが、玲奈は校舎の反対側へと姿を消してしまった。
 瞳はゆっくりと芽傍に顔を向けた。
 二人は睨みあった。そのまま5秒、10秒と沈黙が続いた。
 瞳は一呼吸入れると、勇気を振り絞って沈黙を破った。「芽傍くん、どういうこと?」
 芽傍は瞳を睨みつけたままで答えない。
「今、何してたの?」
「……………」やはり芽傍は答えない。
「答えられないの?……じゃあ、やっぱり、あなたがはんに…」
「勝手に決めるつけるな!」
 突然叫ぶ芽傍に瞳は怯んだ。
「馬鹿げた探偵ごっこはやめたらどうだ?」
 瞳は顔をしかめた。「馬鹿げたって…遊びでやってるわけじゃないもん!」決して怒っているわけではないが、自然と口調が強くなってしまった。
「そんな格好で遊びじゃないと言えるのか?」
「格好は確かに遊んでるけど、でもね、あたしは望夢のために本気で犯人見つけたいの!そのために校内駆け回ったんだから!」
 駆け回ったうちのほとんどは荒田に追いかけられてのことだけど。
 しかし芽傍特有の意味深な返しがきた。「犯人を見つけるんじゃなくて、罪をなすりつけられる人間を探してたんじゃないのか?」
「…え?」
「本橋の普段の行動を考えれば、疑われるのは当然だ。だからみんな本橋に罪をなすりつけた。そしてお前はそれが納得いかなくて、他の人間に罪をなすりつけようとしてる。結局周りの奴らと変わらないじゃないか?違うか?」
「………」
 瞳は言い返せなかった。正論である。いくら望夢が友達で、その身の潔白を証明しようとしても、あの人この人と疑いをかけていては、望夢の被った不快感を他人にも負わせているだけだ。そう、望夢を犯罪者に仕立て上げた人たちと自分も同罪である。
 本当に芽傍は鋭い。人とは異な目を持っている。瞳は改めてそう感じた。
「…そうだね。良くないよね、こんなの…」
 瞳は被っていた探偵帽子を地面に投げ捨てた。
「でも、あたしほんとに望夢のこと助けたいの。このままじゃ可哀想…」
 悲しそうな目でそう語る瞳を、芽傍は無言で見つめていた。
 そのとき。
「おい!何やってるんだ⁈」
 瞳の背後、芽傍の目線の先に、ジャージ姿の男が慌てた様子で走ってきた。その後ろからはスーツ姿の女性。源先生と二人の担任の木下先生だ。
「なんだ片山か。まだ帰ってなかったのか?こんなところで何してるんだ?」
「時間も遅いし、用が無いならもう帰らないと駄目よ?」
「すみません」瞳は頭を下げた。「先生たちは、どうしてここに?」
「ああ、さっき悲鳴が聞こえたからな。片山、お前か?」と源先生。
 木下先生も頷いた。「いきなりだったから、びっくりして、二人で急いでここに向かったの」
 その悲鳴は間違いなく玲奈のものだ。
「悲鳴?あ、はい、あの…ムシ!虫です!凄い勢いで顔に飛んできて!」
 瞳は誤魔化した。玲奈が芽傍を見て悲鳴を上げたと言えば、当然芽傍が問い詰められる。そして芽傍が女子更衣室の傍で妙な行動をしていたからと言えば、ちょっと待った!となるのは確実。だから嘘をついたのだ。
 芽傍は犯人ではない。今では直感的にそう感じ取っていた。
「なんだ、それくらいで悲鳴上げるな。びっくりするだろ」
「ほんと。びっくりしたじゃないの」
 瞳は「すみません」とぎこちなく謝った。
「で?まだ探偵活動をやってたのか?」源先生は呆れ顔で言った。
「探偵活動?そう言えば、その格好気になってたのよね」木下先生は瞳の格好をまじまじと見た。
「はい。本橋くんが心配で。先生!望夢を助けて下さい!お願いします」
 木下先生は申し訳なさそうな目を瞳に向けた。「先生もどうにかしたいけど、本橋くんがやってないって証拠もないし…」
 源先生は隣でうんうんと頷いた。
「警察に言って詳しく調べてもらえば犯人わかるんじゃないですか?」瞳はさらに願い出た。
「そうだが、できれば警察には言いたくないんだ。もし本橋が真犯人だった場合、警察になると一生性犯罪者として名前が残ってしまうんだ。本橋の威信のためなんだ」源先生が答えた。
「そんな…。望夢はやってません!だって…」
「何が威信だ‼︎」
 突然響いた瞳の言葉を遮る怒号。その声の主は、芽傍だった。
 芽傍は前に進み出て二人の教師と真正面から対峙した。「本橋じゃなくて、学校の威信なんだろ?警察沙汰になったら学校の名に傷がつくから!そのために生徒一人に罪を背負わせてるだけじゃないか!」
 瞳と教師二人は無言で芽傍を見つめた。三人ともノーリアクションだが内心では驚きを隠せない。あの物静かな芽傍ゆうが突然怒鳴ったのだから無理もない。
「芽傍くん…」
 木下先生は何か言いかけたが、芽傍はさらに続けて遮った。「本橋がやった証拠はないとか、あいつの威信がどうとか言ってるけど、結局あいつがやったってあんたらも決めつけてんだろ⁈」
「なんてこと言うんだ!」源先生が対抗した。「そんなわけないだろ!」
「だったら、何で本橋をかばってやらなかったんだ⁈なんであいつを大人しく家に帰らせた⁈」
 二人の教師は言い返さず、ただ芽傍を見つめていた。
 二人の返事がないと認めると、芽傍は踵を返してさっさと歩いていき、校舎の角を曲がって姿を消した。
 瞳は二人の先生と共に、芽傍の後ろ姿が見えなくなるまで見つめていた。芽傍の姿が隠れると、瞳は先生二人に向き直り、「失礼します。さようなら」と挨拶し、芽傍の後を追いかけた。
 芽傍の言っていたことはもっともだと瞳は思った。そしてますます彼のことが気にかかった。芽傍ゆう…いったい何者なのだろう?きっと彼が普段物静かで冷たいのには何か理由がある。さっきの発言から考えても、根っからの悪い人だとは思えない…。
 瞳は校舎の玄関前で芽傍に追いついて「待って!」と叫んだ。そして前方に回り込んで言った。
「さっきは疑ってごめんなさい!」
 芽傍は呆れたように宙を睨むと、「別に」とだけ言った。
 瞳は許してもらえてる気はしなかったが、とりあえず訊きたいことを尋ねた。「芽傍くん、望夢のこと疑ってないの?」
「いや、疑われるのは当然だ。あいつの普段の行いを見ればな。僕はただ、学校側の対応が気に入らないんだ」
「そうなんだ…」ツンデレかな?と瞳は思った。「じゃあ、先生たちを説得し続けるの?」
「教師ってのは強情だから。説得しても無駄だ」
 瞳はその発言には何とも思えずこう返した。「じゃあどうする?教育委員会に訴える?それとも…放っておくの?」
 瞳はとにかく望夢の罪を晴らしたくて芽傍の考えを聞き出そうとした。芽傍なら頭が切れるから、良い案があるのかもしれない。
「いや」芽傍はぼそりと言った。「やるとしたら、真犯人を捕まえるしかない…」
 瞳は目を見開いた。「犯人捕まえてくれるの⁈望夢のこと助けてくれる⁈」
 芽傍は瞳から目を逸らすと、何かを思い出すように玄関の扉の窓ガラスを見つめてこう言った。「…あいつのことは好きじゃない。でも、あいつと同じ目にあった人を過去に……見た…。だから放っておくのは嫌なんだ…」
 瞳の目が輝いた。「じゃあ犯人探すの手伝ってくれる⁈」
 瞳はすでに驚いていたが、芽傍はさらに驚くべきことを言った。「犯人はもうわかってる」
「え⁈ほんと⁈誰なの⁈」
 芽傍は瞳に小声で犯人を伝えた。
 瞳は目を見開き口をぽかーんと開けた。「へー!どうやってわかったの⁈犯人わかってんのなら先生たちに言おうよ⁈」
「いや…証拠がない。だから現行を抑えるんだ」
 瞳は首を傾げた。証拠がないのなら、どうやって犯人がわかったのだろう?それを訊こうとしたが、後々わかるだろうし、現行を抑えるに越したことはない。
 そう考えて瞳は尋ねた。「どうするの?」
 ここで芽傍は目を瞳から逸らし、宙に泳がせた。そして顔を赤らめ、そのまま口ごもってしまった。
「ねえ⁇ちょっと⁈どうしたの⁈」瞳はハラハラしながら尋ねた。
 そして次の発言で芽傍が口をつぐんだ訳がはっきりわかった。
「下着を……貸してくれ…」
 瞳は芽傍よりもさらに顔を赤らめた。頭の中でその言葉が何度も何度もリピートされる。あの芽傍が…下着を貸してくれだと⁈
 瞳は芽傍から後ずさって壁にもたれかかるように膝から崩れた。そして芽傍を見ずにこう語りだした。「ダメよ芽傍くん!下着はね、決して安易に男の子に見られてはいけないものなの。そう!勝負下着という名のものがあるくらい、女の子にとって下着は単なるプライベートゾーンを隠すための物じゃなくて、ファッションであり、異性の気を引くツールでもあるの。だから安易に貸してなんて言っちゃ…」
「じゃあお前に用はない」芽傍は瞳のスピーチをシカトしてきっぱりそう返すと、とっとと歩いた。
「ちょちょちょ!待って!」瞳は慌てて追いかけた。せっかく芽傍が協力してくれると言っているのに、これでは棒に振るってしまう。
 瞳はまたも芽傍の前に回り込んで目をまっすぐ見つめ、尋ねた。「ほんとにそれが必要?」
 芽傍は瞳を見つめ返して小さくこう呟いた。「…それが一番確実だ」
 瞳はしばらく芽傍を見つめて考えた。



 それから時間が経ち、学校は真っ暗になった。廊下の壁掛け時計は七時半を過ぎている。当然この時間では大半の生徒は下校している。いるとすれば主事さん、面談をしていた先生と生徒、着替えが遅れた運動部の生徒くらいだ。ほとんどの教室は電気が消えており、施錠されている。
 そんな真っ暗な校舎内を、スタスタと歩く者がいた。その人物は廊下の電気を点けることなく、まだ明かりの灯っている教室から漏れる光を頼りに廊下を徘徊している。
 校舎の裏側に面する廊下を通りかかったとき、あることに気づいた。校舎の南に位置する建物、水泳のための女子更衣室や道具が備えてある小さな倉庫だ。そこの明かりが点いている。誰かいるのだろうか?
 それはおかしい。こんな時間にプールに入る生徒はいないだろうし、職員がこんな時間にあの場所にいるのも考えにくい。きっと今日最後の水泳の授業後に、部屋を出た人が消灯し忘れたのだろう。その可能性が高い。
 どっちみち、あの場所に行く必要がある。誰かが潜んでいるか確かめるために。そうでなくとも、点けっぱなしの電灯を消すために。
 その者は階段を降りて一階に降り、外に出て、例の建物へと向かった。
 目的の建物の扉の前に立つと、ドアノブを引いた。しかし鍵がかかっており、開かない。
  そこでその者は胸ポケットからジャラジャラと鍵束を出すと、その内の一つを鍵穴に差し込んで回した。
 ガチャ…。
 キーーーー。
 ゆっくりと開いたドアの向こうから、禿げ頭の主事さんはひょっこりと顔を覗かせた。
「誰かいるんですか?」
 狭い空間に向かって尋ねたが、返事はない。やはり誰もいなかった。ただの消し忘れらしい。
 主事さんはそれだけ確認すると、電気を消そうとした。そのとき…「おや?」
 テーブルの上に置いてある"ある物"に気がついた。主事のおじさんはテーブルの上に鍵束を置くと、テーブルに近づき、その"ある物"を持ち上げた。
 女性の下着。さらに言えば、ブラジャーだ。
 主事さんはそのブラジャーを持ち上げて顔に当て、音をたてて匂いを嗅いだ。
「へへへ。こんなところに忘れていったのは誰かな?」
 そして満足気に笑うと、それを胸の内ポケットに押し込んだ。
 その途端、バタンと大きな音をたてて掃除用具入れが勢いよく開き、ジャージ姿の女子生徒が姿を現した。腕を組み、ものすごい怒りの形相で主事さんを睨みつけている。それを合図に扉の向こうから男子生徒も姿を現した。
「そこまでだ。現行犯だ」芽傍は言った。
「それ、あたしのなんですが?」瞳も怒り口調で続いた。
 主事さんは焦った様子で2人を交互に見て、誤魔化すように笑うとこう弁明した。「…いやー困るね~。私は誰かが置いていった下着を預ろうと思ったんだよ?こんな物を教室に置いていくわけにはいかんだろ?」
「じゃあ、どうして匂いを嗅いだんですか⁈」瞳はぴしゃりと言った。
「…いや…その…そう見えただけだろう?見間違えだ!ほら!君のなら持って帰りなさい」と言って内ポケットから下着を取り出し、瞳に差し出した。
「近づかないで‼︎変態‼︎」瞳は差し出された手をピシッと引っ叩いた。主事さんは「うっ」とうめいて下着を落っことした。
「もう言い訳はやめたらどうです?」芽傍は前に進み出た。「先生は監視カメラに怪しい人間は映ってなかったらしいと言っていたが、それはあなたの報告ですよね?カメラの映像を管理しているあなたなら、ニセの報告が出来るはず。それにあなたは鍵も持っていた」芽傍は置いてある鍵束を指差した。「主事ということで、あなたはこの学校にある合鍵をすべて持っている。そうですよね?だからここに鍵が掛かっていても中に入れた。さらにあなたは、彼女に、女子更衣室のそばで身長170センチくらいの男子を見かけたと言ったそうだが、それは嘘。彼女が犯人探しをしているのを良い事に、まるで思い出したかのように偽の目撃情報を提供した。そうじゃありませんか?」
 名探偵のように推論を述べる芽傍を前にして、主事のおじさんは逃れられなかった。…そう、言論では。
 主事のおっさんは芽傍を押しのけ、教室の外に逃げ出した。
 壁に背中を打ち、尻もちを付いた芽傍は足を抑えて呻いた。鬼頭にやられていた足がまだ回復し切っていないのだ。
「大丈夫⁈」瞳は芽傍に駆け寄った。
「構うな!あいつを追え!」
 芽傍が強い口調で言ったので、瞳は頷いてその通りにした。
 真っ暗な夜の学校内を駆ける中年男。そしてそれを追いかける女子生徒。さらに遅れて追いかける男子生徒。夜の逃走劇が展開された。
 犯罪者は何度も階段を降りたり上がったりしてなんとか二人を捲こうとする。二人は必死で追いかける。
 芽傍の足が正常であれば、すぐに追いつけるはずなのに!こうなったら自分でやるしかない‼︎瞳の表情はいつになく怒りに燃えていた。
 …あの男、絶対に捕まえてやる‼︎
 瞳は猛スピードで男に迫ると男に飛び蹴りをお見舞いしようと宙に舞った。
「おりゃーーー‼︎」
 下着泥棒はとっさにに振り向くと、瞳の足を掴んで押しのけた。
「きゃっ‼︎」
 押しのけられた瞳は走ってきた芽傍と衝突してしまった。
「いてて…。ごめんね芽傍くん!」
「平気。大丈夫か?」
「え?…うん!早く追おう!」瞳は芽傍に初めて気遣ってもらって動揺しながら、立ち上がった。
 二人と犯人との距離はだいぶ伸びてしまっていた。もう追跡は無理か⁈
 と思われたそのとき!
「どわっ‼︎」男は鈍いうめき声を漏らすと勢いよく床に倒れ、胸と顔面を強打した。
 二人は男に駆け寄った。倒れた男の後ろには何者かの足が突き出ていた。
「玲奈、ありがとう!」瞳は笑顔で言った。
 親友の玲奈が、教室からひょっこりと姿を現した。かなりのドヤ顔だ。「いいえ。お安い御用よ!」
 こうして三人の活躍により、下着泥棒を捕らえるのに成功したのであった。



 翌朝。
 本橋家のインターホンが鳴った。望夢は寝巻きのまま階段を降りて玄関を開けた。外には瞳が立っていた。
「おはよう!良かったね!」瞳はニコッと微笑みかけた。
 望夢はぼんやりとした様子でただ「…おう」と頷いた。
 望夢は着替えて朝食を済まし、カバンを背負って玄関を出ようとした。
 そこで思い出した。プールカバンを忘れるところだった。
 望夢は階段を駆け上がって自分の部屋に入り、プールカバンをつかむと回れ右して部屋を出ようとした。
「…うわ‼︎」
 振り返った望夢の目の前に亜久間が立っていた。望夢はチッと舌打ちした。
「なんだよ?急に現れんなし!」
「良かったわね、お友達に助けてもらえて」亜久間は笑顔で言った。「これで少しは懲りたんじゃない?」
「懲りたって?」
「わからないの?異性を追いかけることよ!そのせいで疑われたんでしょ?わかってる?」
 望夢はイラッとしたが認めるしかなかった。「はい。そうです」
 亜久間はニヤリとした。「なら良かったわ。苦労して細工した甲斐があった」
「細工⁇」
「ええ。すべて私が仕組んだの」亜久間はさらにニヤッとして言った。
 望夢は胃がムカムカした。あれだけ感じていた怒りの矛先を向けるべき相手がようやくわかった。「お前の仕業だったのか⁈おれのロッカーに下着突っ込んだは⁈」
 亜久間はイエスの意で笑って見せた。「それだけじゃないわ。あなたが保健室に行くようにボールをぶつけたし、トイレに行くように腹痛にさせたし、周りのみんながあなたを疑うように仕向けたし。瞳ちゃんを除いてね。忙しかったわ」
 望夢は眉の上がピクン!ピクン!と痙攣するのを感じた。そして気づけば拳を握り締めていた。
「おまえぇぇぇ‼︎お前のせいでどんだけ悲惨な目にあったと思ってるんだ‼︎」
 そう言って思いっ切り殴りかかったが、亜久間の体をすり抜けて壁を殴った。「いてててて!」
「ふふふ!私を憎むのは構わないわ。でも、お友達にはちゃんと感謝するのよ?じゃあ、行ってらっしゃい!」と言って亜久間は煙となって消えてしまった。
 望夢はイライラしていたが、ぶつける相手がいないので、我慢して瞳と学校へ向かった。
 電車内で瞳は昨晩あった出来事を事細かく説明し、望夢は適当に相槌を打っていた。
「大変だったんだから!犯人をおびき出したんだけどさ、そいつがね、あたしの下着の匂い嗅いだんだよ?」
「…下着⁇」相変わらずそういった言葉にだけは反応する。
「そうだけど?」
「ブラジャー?パンツ?」
「…ぶ、ブラジャーだけど」
「……お前、ノーブラだったのかよ‼︎」つまらなそうに相槌を打っていた望夢は大笑いした。
「ちょ!声がデカい‼︎この変態が‼︎」瞳は望夢の肩を軽く殴った。「言わないでよ‼︎」
「ははは!………ありがとな」
「え?」瞳はうんと頷いた。「あたしもだけど、実は芽傍くんのお陰なの」
「あいつか…」
「うん!全部芽傍くんの計画だったから!これをきっかけに仲良くできるといいね!」
「はっ⁈別にそんなつもりねーし!」
「えー感謝しなよ?芽傍くんがいなきゃ解決できなかったんだから」
「……」
 ここで電車が止まり、二人は降りて学校に向かった。
 瞳は話を続けた。「仲良くならないにしてもさ、ちゃんとお礼言いなよ?」
「ちぇ!めんどくせーな!」
「まったく~」
 そんな話をしながら歩いていると、校門に差し掛かったとき、ちょうど芽傍と鉢合わせた。
「あ、芽傍くん!おはよう!」瞳は笑顔で手を振った。
 芽傍は立ち止まると二人を見た。望夢と芽傍はしばし睨み合った。
 瞳は望夢の背中をポンと押して促した。望夢はめんどくさい思いながらも、モゴモゴと口を動かした。
「……あの…さ……ぁり…」
「…別にお前のためじゃないからな」芽傍は望夢の言葉を遮った。「偶然犯人がわかったから捕まえただけだ」
 それだけ言うと芽傍はとっとと歩いて校舎に向かった。
「おい?…ったく!なんだよあいつ!」望夢は顔しかめると、瞳を置いて歩き出した。
「まったく。二人とも相変わらずね!」瞳はクスッと笑った。
 ところで、疑問が一つ。芽傍はどうして証拠もなく犯人がわかったのだろう?あの時点ではまだ推測の域だったのか?それにしては確信していたような様子だったが…。
 その事は本人に訊いてみないとわからないが、事件は無事に解決したのだ。終わり良ければ、すべて良しだ。
 瞳は、距離を空けて歩く望夢と芽傍の背中を嬉しそうに見つめながら、校舎に向かって歩いていった。

 そんな三人を、どこかで見下ろす者たちがいた。
「また随分と派手にやったな」時間の番人アジェは感心とも呆れとも取れる言い方をした。
「でも、無事解決してハッピーエンドですね!さすがです亜久間様!」記憶の番人メモリーはウキウキと喜んだ。
 亜久間はニヤリとした。「まあね。私にかかればこんなもんよ」
「んで、次はどうすればいいんだ、俺たち」アジェが尋ねた。
「そうね…。もう少し待っててちょうだい。次も私一人で間に合うから。また必要なときに声かけるわ」
「了解しました!」メモリーが元気よく敬礼した。「待ってますね!いつでも力をお貸しします!」
「あまり待たせるなよ。待つのは嫌いだ」アジェは関心なさそうにぼやいた。
 亜久間はふふっと笑って、また望夢を見下ろした。「望夢、まだまだこれからよ。もっと痛ぶってあげるから、しっかり着いて来なさいね」
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