公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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いつか見た夢の世界で

手放し難いもの


およそ10日程度の日々を、私はとても穏やかに過ごす事が出来た。 
生徒会も王太子のパートナーとしての訓練も無く、ただひたすらに商店や領地の事に専念していられた。 
もっとも、他の令嬢からしたら日々の学園生活で私物を隠されたり、陰口を叩かれたり、教室に閉じ込められたりだなんてされたら、とても『穏やか』だなんて評価できないと思うけれど。
我ながら、なんとも図太い神経になったものだと思う。 それとも、達観か諦観かでもしているのだろうか。
そもそも、そうした嫌がらせ行為に関してはある程度の対策を講じていたわけで、心構えができていたというのもある。 流石に、教室に閉じ込められた時は驚いたし多少狼狽えたけれど、常に側にいるアルダレートが扉を蹴破って脱出する事で一応の解決はしたので特に問題は無かったし。
とにかく私的評価として、学園生活は普段通りに悪意を振り撒かれながらも恙無く送れ、私生活も以前の3割り増しくらい絡んでくるようになったマルコ以外には大きな変化も無く過ごせている。
私が立ち上げた商店も、ある程度は軌道に乗ってきて売り上げも少しずつ伸びてきているし、私の後任育成も順調に進んでいるため今後は私がいなくともそう易々と崩れる事は無いだろう。 
領地の視察と報告は、ジークのパートナーとして立つ令嬢としてユースクリフ公爵家の恥とならないよう自らの研鑽のために時間を使えと言う公爵からのお達しで、その役目をマルコに譲る事となった。
こうして、少しずつの変化を伴いながら、私の日々は過ぎていった。 
負っていたものが少しずつ背から落ちていって、後はもう既に両の手に抱える程度しか残っていない私の大事なものだけになっていった。
そして、それらはきっと……。


「今日のお勉強はお昼までにして、その後にみんなでピクニックに行きましょう」

そう提案したのは、いつものようにワイリーが勉強に飽きてブーたれ始めた頃だった。
本当は午前の勉強が終わった後にでも提案しようと思っていたのだけれど、あまりにもワイリーのやる気が無くてどうしようもなかったので、何か楽しみでもと思って、今言ってみる事にした。

「お昼ご飯はちゃんとたくさん用意してきたから。 この前の王都の時みたいな崩れたのじゃなくて、ちゃんとした綺麗なサンドイッチを作ってきたの。 今日は天気もいいし、ここから少し歩いた場所に小さな空き地があるから、そこでみんなで食べましょう」

「マジで!? いくいく、べんきょうおわりだー!」

私の提案に、一番早く反応したのはワイリーだった。 
今日も相変わらず勉強に飽きていた彼には、私の遊びの提案はとても魅力的なものらしくて、とてもはしゃいでいる。 計画通りである。

「ワイリー、ラナさんのはなしきいてた? おひるからだよ。 まだおべんきょうがはじまってからぜんぜんじかんたってないよ」

「だってよー、またラナ姉のごはんたべれるんだぞ。 みためはぐちゃぐちゃだけどラナ姉のごはんってうめーもんなー」

「グチャグチャだったのはワイリーがラナさんのうでごとブンブンふりまわしたせいでしょ、きょうはそんなことしないでよね。 それはそうと、いまはべんきょうのじかんなんだから、ワイリーはダイとアンをみならってしゅうちゅうしなさい」

子供達の中ではエルマとワイリーに続いて年上でありながら子供達みんなのお姉ちゃん的ポジションであるヤーラが、2人で和気藹々と勉強に勤しんでいるダイとアンを指差してワイリーを叱る。
するとワイリーは渋々といった様子で教科書に向き直ると「うーうー」と呻きながら問題を解き始めた。 
いくら勉強嫌いのワイリーでも、年下に負けるのは嫌らしい。 ヤーラの実にお姉ちゃんらしい弟分の扱い方に、私は内心で舌を巻いた。 
……それと同時に、マルコもこのくらい可愛げがある弟だったらなぁ、なんて父親の血しか繋がっていない自らの弟に望むにはあり得ない事なんかも考えながら、問題を解けずに唸っているワイリーに、一つずつ解き方を教えていくのだった。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「おーいラナ姉ぇ~、こっちこっち!」

「こーら、ワイリー君。 走る時はちゃんと前見て、転ぶわよ!」

苦手な勉強から解放されてこれからピクニックに向かうという事でワイリーはとても上機嫌な様子で、後ろを手を繋いで歩く私とエルマの方を振り向いて走っていく。
とても微笑ましいのだけれど、同時に危なっかしくもあるから気を付けるよう注意もするのだけれどその想いや届かず、

「へーきへーき! ……あぎゃっ!!」

言ったそばからワイリーは小石にでも躓いたのか、派手に手をワタワタと振り回しながら転けた。
その様子に、だから転ぶと言ったのにと呆れながら、私はエルマと手を繋いだままワイリーの元へと向かって行く。

「いってぇー!」

「もう、だから言ったでしょう……あー、お膝擦りむいちゃってるし。 念のためにガーゼとか色々持ってきておいて正解だったわ」

「ラナさん、わたしがやる。 ついでに、ワイリーもそろそろおちついたほうがいいってピュー姉がいってたから、おせっきょうもする」

今日は昼から用事があって出掛けているピューラの心配通りはしゃぎすぎなワイリーに、エルマはガーゼと消毒液を手にしてにじり寄る。 その表情は、実に分かりやすいプンスカ顔だった。

「うん、お願いねエルマちゃん。 私は先に行って、場所をとっておいてくれてるはずのヤーラちゃん達と一緒に昼食の準備をしているから、ワイリー君の手当てが終わったら2人で一緒に来てね。 もちろん、また転ばないように気を付けて」

そう言ってからワイリーと、ワイリーの怪我の手当てをするエルマを尻目に、1人で最近になって舗装されたばかりの道を歩く。
エルマとワイリーを2人きりにするなんてちょっとした気を利かせてみたけれど、これで少しでも2人の距離が近付けばそれはとても喜ばしい。 エルマの恋心は、是非とも成就してほしいもの。
そんな普段の私では考えられないような甘い思考に自分でもだいぶ浮き立っていると思うけれど、それは仕方がない事。 だって、これから孤児院のみんなとピクニックなのだから。
きっと楽しい時間になるだろうと期待に胸を高鳴らせ、ヤーラとダイとアンが先に行って敷き物なんかの準備をしてくれているだろう空き地へと歩を進める。
領地の視察で色々な場所を歩き回って見つけた、隆起した地面の少し高い所にある小さな空き地。 領民達にさえ忘れられたのか雑草が生い茂っているけれど、高い場所にあるだけあって遮蔽物が無く、心地良い風と暖かな陽が差す、個人的には絶好の休憩スポットだった。
普段ならば一人で訪れるお気に入りのスポットに、今回は小さな先客が3人もいる。

「ラナさんきた……あれ、ワイリーとエルマは?」

「それがね、来る途中でワイリーが転んで膝を擦りむいちゃって。 エルマちゃんが手当てしてくれてるから、そのうち2人でやって来ると思うよ」

「そっか。 じゃあ、さきにおひるのじゅんびしちゃおう。 ほら、ダイとアンもてつだって」

「「はーい」」

相変わらずのお姉ちゃん気質なヤーラに、とても素直なダイとアン、それに私の4人で持ってきたお皿やコップを並べてエルマとワイリーを待つ。
やがて暇を持て余したアンに誘われて、ピューラから教わったという手遊びを教えてもらって遊んだ。 他にも、澄んだ青空に流れる雲が何に見えるか言い合ってみたり、しりとりをしたり、ただお話に興じたり。

「おーい、みんなー!」

色々な遊びに興じているうちに、ワイリーの声が聞こえてきた。
視線をやれば、そこには手を繋いで歩いてくる2人の姿があって、ワイリーはいつも通りにやんちゃで元気な変わりの無い様子だったけれど、エルマの方は俯き、頬を朱に染めていた。
何か、2人の仲に進展でもあったのか、それともただワイリーと手を繋いでいる事への緊張からか。 それは分からないけれど、私のお節介が功を奏したのならば良かった。

「さて。 みんな揃った事だし、お昼食べちゃいましょう」

「おれもうはらへったー!」

「はいはい。 ほら、お祈りをしてからね」

早く食べたいと騒ぐワイリーを嗜めて、みんなで食前の祈りを行う。 
これから頂く生への感謝を伝える言葉。 
これまで何度も一緒に言ってきたからこそ、私の口からも自然と紡がれていく。 それが普通で、ラナとして子供達と触れ合う中での当たり前だった。
けれど、今の私はそんな当たり前を噛み締めながら「今が心の底から幸せな時間なんだなぁ」と、そう思った。
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