公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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辿り至ったこの世界で

情か、道理か

ジークは語った。
アリステル王家が隠してきた原罪と、それによる犠牲者や災害、そしてこれまで続けてきた贖罪の話を。

「この幽閉棟の裏には、これまで王族の罪によって犠牲となった者達が眠っている。 ……つい最近まで、君も其処に眠る犠牲者の一人となるところだったんだ」

ジークの指差す部屋の奥、抵抗感がどうと言っていられるわけも無く、歩み寄って鉄格子の嵌められた窓から外を見下ろせば、そこには幾つもの墓石が並んでいた。 
それらに刻まれた名前までは見えないけれど、並ぶ数は十や二十では利かない。 
もっと多く、そして、それだけの人数の誰かが眠っているのだ。
そして、眠る者は皆、王家に連なる血筋の者。
長いアリステルの歴史の中で、臣籍降下によって貴族達の中にも浸透していったが故に、ほんの僅かにでも王家の血が流れているというだけでも生贄と成り得たと言う。
……色情魔の王が、ほんの戯れとして蒔いた種であっても、である。
罪無き者を罪人とし、生贄とし、そうして此処に在る墓石の数だけの死を積み重ねるに至ったそれこそ、王家の罪科。

「その中に、私も……」

「王家の先祖が遺した罪に巻き込んでしまい、すまないと思っている。 だが、その呪いも今後は起きないだろう。 これは、君のおかげなんだよ、エリーナ嬢」

「私の……?」

それはなぜ、と問う。
そして返ってきたのは、より核心へ至るお話。
此度の場が設けられた大元の理由、あの謎の発光現象に関わる話である。
王家は、長らく呪いを宿していた。
それは、王家の血を引く誰か一人が死するその時まで目覚めぬまま、長い眠りに囚われるというもの。
眠り、されど目覚めず、ただ枯れるように衰弱していくのだ。
そして、今代は私がその呪いに罹った。
本来ならば、歴代の通りに死ぬまで目覚めず、やがて呪いの被害者が埋葬される墓所にて眠る筈であった。
けれど、呪いは消えて、私は解放された。
ジーク曰く、それは私が特殊な存在であったから。
王家が背負う原罪の被害者である王妃様。
私が、先に読んだ禁書にあった、その神秘の王妃様の生まれ変わりのような存在だったから、そして王妃様自身が手助けして下さったからこそ、呪いも怨嗟も未練も、全てを断ち切れたのだと。
ジークは、その一部始終を目撃したと言う。
呪いに罹った私を救う手立てを探して、遂には呪いの根源たる聖霊とやらの織り成す庭園にまで至って、王妃様と一緒に全てを終わらせたのだと。

「さっきの光も、その時に見た事がある。 あれは、王妃陛下が『彼ら』と呼んでいた、古い文献でも僅かしか語られていない聖霊という存在が放つ光によく似ていたよ」

ジークより語られたのは、荒唐無稽で俄かには信じられないような、実に摩訶不思議で理解し難い御伽噺のような話であった。
けれど、幽閉棟よりの眼下に無数に並ぶ墓石、年に一度此処に王族が幽閉されるという習慣、何より、物理法則を無視した謎の発光現象と、生命の道理を捻じ曲げたような若芽の急成長という要素が、その御伽噺に現実味をもって受肉させていく。
故に、ジークの話に対する私の所感は『まともに取り合うに足らない妄言』と、本来ならば切り捨ててもいい内容であるにも関わらず『可能性は否定出来ない』といった風に落ち着いた。
そして、そう判断すれば後は単純である。

「もし、本当に殿下の仰るような事があったとして、なぜわざわざその話を私にして下さるのでしょうか。 殿下もまた、アリステルの王族でしょうに」

ジークの伝えようとしている言葉の意味、秘匿とされる王家の秘密を教えて下さった理由、勧められて読んだ禁書の記録に、不確定と言えども神秘の王妃様と『同じ』ような私が置かれている立場。
それだけの要素が揃えば、如何に私が記憶を損ない零落した存在であったとしても流石に気付く。
ーーー私が、王族のみが憶えている価値を持つ者であるのなら、それを保有する事は国益となるのだと。

「俺に、君を利用するような気は無い。 それに、俺がこれまで見聞きした全ては陛下にも話していない。 ……もっとも、気付いていてもおかしくはないだろうけどな。 それに、王城内部の出来事ならば、陛下の耳に入らない筈がない。 それが特異な事なら、尚の事な」

けれど、ジークは私の事をそのように扱う気は無いと言う。 
そして、それは信じられる。 もしもジークがその気であれば、私に真実を告げる口を噤み続け、いつまでも理由を付けて王城に縛り付ける事だって出来ただろうから。
状況から判断するなら、ジークの言葉はまだ信じられる。
でも、それはあくまでもジークだけの話。
陛下が如何なさるのかは分からない。

「なら、私はこれから王城に召し上げられるのでしょうか? それも、時間の問題だと?」

「いや、陛下がそのようにお考えになるかはまだ分からない。 あの方も、呪いによって大切な人を亡くされた一人だから、愚を犯す事はしないと思うが……」

呪いのせいで大切な人を亡くし、心に疵を抱えているならば。 
ジークは、そう希望的に語る。
けれど、本当はジークだって分かっているだろう。 情が心にあろうとも、道理がそれに背く場合だってあるのだという事を。
私、というよりもこの身に宿る特異性がどれだけの価値を持ち、王族がどれだけ重要視しているかは分からないけれど、少なくとも過ちをずっと昔から悔い続けてきた彼らの信仰心は相当のものだろう。 
そして、此度は長年の懺悔が実を成し呪いは解けたという。
そこにきて、禁書とされる過去の記録にある神秘の王妃様がもたらした奇蹟と似たような現象を起こした人物が現れたなら、情はともかく、道理に沿うなら手に入れたいと考えるのが自然だろう。 なにせ、かつてのアリステルにて繁栄の礎となった奇蹟なのだから。
情を胸の内に押し込め、利に走るには充分な理由である。
そして、そうなればきっとまた、私は貴族の世界に縛られる事となるのだろう。 
それは………嫌だな。

「……君がそれを望まないのなら、最悪の展開にならないよう俺が陛下に口添えする。 もしも陛下がエリーナ嬢を強引に手の内に囲い込もうとしても、俺が止める。 だから、どうか安心していてほしい」

私の心中を察してか、ジークはそのように協力の意を示してくれた。
確かに、王太子であるジークの言葉であれば陛下でも耳を傾ける。 少なくとも、平民同然の私が抗議の声をあげるよりも効果的だろう。
けれど同時に、やはり腑に落ちない。

「ありがとうございます。 ……でも、殿下。 なぜ貴方は、こんなにも私に良くして下さるのですか?」

以前、2人きりで市井にお忍びで出掛けた時にも尋ねた疑問が、自然と再び溢れ出た。
以前は、ジークの事情と彼の誠意が理由であると返答されて、私はそれで納得が出来た。 ただジークは善い人なのだと、受け入れた。
でも、事ここに至ってはやはりおかしい。
王太子である人物が、むざむざと利となり得る可能性を自ら手放し、あまつさえ自らの利にならない行いでさえ率先して力になろうと手を差し伸べる。
そしてそれは、道理には沿わない。

「私には、もう殿下にお返し出来るようなものなど何も持っておりませんのに」

利あればこそ、貴族は手を組む。
そこに情を差し挟むような事はまるで無く、しかしそれこそが正しく合理的な癒着だと私は思う。
少なくとも、そうする事でこれまで保たれてきた秩序はあったのだから。 

「殿下は、私に何を望まれているのですか?」

けれど、ジークの行いはその道理からは遠く離れた『無償の献身』と呼ぶべきもので、だからこそ利得優先の思想を持つ貴族社会で育った私には、実に不可解に感じられた。
ジークは、善い人なのであろう。
けれど、ただ善いだけでもないのだろう。
彼とて貴族社会で育ち、そして今尚その頂点に座す王族の王太子であるのだから。
けれど、ジークは胸の内を明かさない。
ただ、以前には語らなかった彼の本音を、此度は聞かせてくれた。

「俺がエリーナ嬢に望む事は無い。 だけど、以前は格好付けて言わなかったが……俺にだって、打算的な所ぐらいあって、そのためにやっている事なんだ。 だから、エリーナ嬢が見返りとか、そんな事を考えなくたっていい。 全部、俺がエリーナ嬢のために、それ以上に俺が好機を逃さないためにしている事なんだから」

「好機、ですか? それは、どのようなものかお尋ねになっても構いませんか?」

「………いや、恥ずかしいから遠慮してくれ。 流石に、今はな…」

ジークの望みと本心を問えば、返ってきたのは彼のこれまでの行いにも打算があっての事だという答え。
それも、ジークが恥ずかしがって誤魔化すような、そんな狙いがあっての事だと。

「まあ、いつか君が一人暮らしを始めて、俺を招いてくれたらその時に伝えよう。 勿論、その時が来るよう俺も力を尽くすつもりだ」

「……。 はい、わかりました。 では、その時が来るのを心待ちにしておりますね」

……仔細詳らかに明かされた、とは言い難い。
分かった事と言えば、彼自身も何か打算を抱えている事と、それを彼自身が恥ずべきものと認識しているという事。
でも、ただそれだけで、私の中の不可解さは払拭された。
やはり、ジークは善い人であると。
打算程度を恥と思える良識のある、善い人なのだと。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「……最後に、墓所を見てもよいでしょうか? 少し気になる場所があって」

話を終え幽閉棟を出てすぐ、ジークに尋ねる。
幽閉棟より見渡して、その墓所の一画、他とあまり変わり映えのしない筈であるたった一つの墓石が妙に気になったのだ。
そうして墓所へと立ち入って、その一画へと足を運ぶ。 
道中でジークに「どうしてここに?」と尋ねられたが、その理由は、実は私にだってまるで分からなかった。 分からないまま、気になったからというだけで墓所を訪れたのだ。
……ただ、記憶の中にうっすらとだけれど、まるでこの墓所に触発されたかのように浮かんだ記憶があった。
それは、辺り一面の花園の中で老齢の誰かが私に花の世話を教えてくれている、という内容。
知らず、まるで覚えの無い光景の筈なのに、何故だか妙に懐かしくて、そして同時に虚しくもあった。
それは、これが既に終わった事だからか、それともただの白昼夢だからか。
……これは多分、前者だ。
ならば、やはり弔うべきだろう。
さらに歩を進め、やがて辿り着いた私が気になった墓所の一画。 其処にも例に漏れず墓石が立ち、そして知らない名前が刻まれていた。
それでも、私はきっと、この方の事を知っていたのでしょう。

「貴方の事は思い出せない……のですが、きっと貴方にはとてもお世話になっていたのだと、そんな気がします。 ですから冥福の祈りと、感謝を伝えたくて」

そうして私は墓前にて跪き、両の手を組む。
知らぬ筈なのに湧き上がる、名も忘れその姿さえも朧げな『誰か』に。
ただ、感謝の情を込めて。


刹那、ふわりと吹いた風が吹いた。
それはまるで、この墓所にて眠る故人が、私の祈りに応えてくれているかのような風であった。

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