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辿り至ったこの世界で
資質
王城の、最も貴き者の書斎。
エリーナに全てを告げた後、ジークは彼女と別れると、その足で其処へと向かっていた。
その理由はと言えば、これもきっかけに違わずエリーナの事。 ジークの父であり現アリステル国王であるディーレリアが、もし万に一つでも彼女を政略的に利用するために飼い殺そうとしないよう訴えるため、説得をしに来たのである。
エリーナの一件が突然の事であったが故に、ディーレリアに対して謁見を申し出る旨の書簡を送る事もしないままに訪れてしまったが、今のジークにとっては些事であった。
何せ、大事な人に関わる事なのだから。
故に無作法かつ無礼であるものの、ジークは臆せず書斎の扉を叩いて入室した。
「失礼します、陛下。 急の事態故に先触れも無しの訪問となり、申し訳ありません」
「ああジークか。 少し待て、来客中だ」
ディーレリアはジークに一瞥もくれぬまま、少し話して客人に対して書簡を手渡すと「お前が望んだ通りにすると約束しよう。 だから、任せておけ」と言って、話はそれで終わりだと退室を促した。
客人もまた、ディーレリアから受け取った書簡にさらりと目を通すと「お心遣いに感謝いたします」と一礼して、その御前を去る。
その後に、客人はそのまま退室せずに礼節に習ってジークへと挨拶を申し上げた。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます。 先触れも無しに来訪なさるとは、火急の御用でもあったのでしょう。 お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした」
そこまでは、貴き身の上にある者同士の交流。
ジークとしても、普段であればそのまま流すか社交の端とした筈だ。 ジークはあくまで王太子であり、貴族との交流は義務でもあるのだから。
けれど、此度はその例外に当たった。
客人の名は、アルフォンス・ラナ・ユースクリフ。
エリーナの実父であり、此度彼女を捨てた人物であったのだから。
「……いや。 気にしないでくれ、ユースクリフ公爵」
それでも、ジークはその内心を悟らせまいとして、泰然と言葉を返す。
エリーナに肩入れしているジークが、アルフォンスに対して思う事はそれこそ多くある。 だが、それはあくまで私情の域を出ないものばかり。
この場においての追求には意味どころか正当性さえ存在せず、そもそも他家の事情に介入するような権利さえ彼は持っていないのだから。
故に、ジークは余計な口を挟まない。
それに、ここでアルフォンスに何を言おうと聞き入れられるとは考えていないし、そもそもエリーナ自身が貴族社会で生きる事をもう望んでいないのだから、わざわざ彼女の扱いについて話すような事もありはしない。
……もっともジークとて、一言くらいアルフォンスに対して文句を言ってやりたい衝動くらいはあるが。
しかし、それを言葉に出す訳にもいかず。
ならば、両者共に最低限の礼を終えている以上は、後は別れるのみ。
しかしその段となって、アルフォンスは更に言葉を重ねた。 それも、意外な事にエリーナに関する話でもって。
「殿下。 陛下より伺いましたが、あの娘……エリーナの面倒を見て下さっているとか。 ご迷惑をおかけしております」
「いや、迷惑という事は無い。 エリーナ嬢には世話になった事もあるし、その恩を返せるならむしろ僥倖だ。 それに、彼女と共にいるのは楽しいからな」
「そうですか……ならば、良いのです」
それだけ聞くと、エリーナに関する話にさえ眉の一つも動かさず、感情の揺らぎさえも感じさせない態度のままに、アルフォンスは再び礼をして退室していく。 その際、ディーレリアが「石頭め」と吐き捨てたが、アルフォンスはそれに対して何を言うでもなく一瞬だけ静止したかと思ったら直ぐに動き出して、そのまま去っていった。
そして、室内にはジークとディーレリアのみが残された。
すると、途端にディーレリアは衣服の首元を開けてだらんと椅子に沈み込むようにして楽な体勢を取り始めて、その様はまるでうだつの上がらないただのオジサンのようである。
この王は、なぜか2人きりになるとジークの前ではこうしてダラけ始めるのだが、もはや慣れきっているジークとしては「またか」と呆れるより他になく、故に半眼でその様を見やるより他にリアクションもない。
対して、ディーレリアはそんなジークの呆れも察しているだろうに、そのまま本題を切り出した。
「それで、報せも無しになんだ。 と、聞くまでもないか」
どうせエリーナ嬢の事だろう。
ぐでんと、煮過ぎてくたくたになった野菜のようになっているディーレリアは威厳も何もうっちゃってやる気無さげに、しかし的確にジークの用向きを言い当てる。
やはり、エリーナの事はとうに把握していたのだろう。
ジークとて、それは予想通りであったために特に驚く事も無く、そして目の前でぐだぐだだるだるとしているディーレリアに関しては「いつもの事」と切り捨てて、ディーレリアのペースに引き摺られないよう話を進める事とした。
「陛下にお伺いしたいのです。 陛下は、エリーナ嬢を政略に利用なさるおつもりなのでしょうか」
「それを聞いてどうする。 俺がその通りだと答えたら、お前はどうするつもりだ」
「陛下の意向に背いてでも、やめるように説得します。 確かにエリーナ嬢の特異性は国として魅力的に思えるでしょう。 しかし、それが諸刃の剣である事は陛下とてご存知の筈。 今のアリステルにとって、そのようなリスクを抱えてまで囲い込む必要は無いでしょう」
「ほう、そうか。 そう来るか……そうかー」
ジークの答えに、ディーレリアはうんうんと唸って、終いには「はぁーあ」と盛大に溜息まで吐いた。
「何でしょうか。 何か仰りたいのなら、はっきりと言っていただければ」
「いやな、あまりにもお前が真面目過ぎてな。 今朝はエリーナ嬢にあんなにも情熱的に腹の内を話していたくせになぁ」
「……別に、そのような事はどうでもいいでしょう」
平素より、2人きりの場では失礼な態度の多いディーレリアには慣れきっている筈のジークであったが、この時ばかりはばつが悪そうに控え目に言い返すにとどまった。
何せ、ジークとしては真剣な話をしているつもりであるのに、対するディーレリアはそんな息子に対して茶化すような言動ばかり。 挙句、血縁にある者に知られたくもほじくり返されたくもない話を出されては、動揺だってするだろう。
「別に隠さなくてもいいだろう。 それに、以前はエリーナ嬢とお前の交際を認めないと言ったが、今であればそれでも構わないと俺は思っているんだ。 何せ、エリーナ嬢は自らの有用性を示した。 実際にアリステルの益となるかは別として、その可能性があるのなら拒む事も無い。 当然、貴族籍を失くし、醜聞が未だ振るい切れていないからお前の正妃として迎えは出来ない故に、秘密裏に囲い込む形とはなるがな」
そしてディーレリアは、動揺しているジークにそのような話を持ち出した。
それはつまり、表向き不釣り合いではあるがエリーナは有用な存在であるから、非公式な関係性であれば黙認するという事。
未だ決定には至らずともいずれは公式に選ばれる事となるジークの本妻や側室とは別に、公的に明かさずとも良い立場、即ち『妾』としてエリーナを迎えてはどうかと、ディーレリアは言っているのだ。
「なっ、ふざけないで下さい! 俺は、エリーナ嬢の事をそのように扱うつもりなんて無い。 ただ彼女の望む通りにしてあげたいのです。 それに、先にも言った通り現在のアリステルにとってそうまで重要な存在でないのなら、別に囲い込む必要など無いではありませんか!」
「勘違いしないでくれ。 俺だって、強引にエリーナ嬢を囲い込んでようやく解けた呪いを再発させかねないリスクを負おうとは思っていない。 あくまで俺が言った事はお前への提案であり、それでエリーナ嬢を王城に留められるならそれが最善だというだけの話だ」
激昂するジークと、それを宥めながらも未だ姿勢の一つも正さずにいるディーレリア。
ジークは動揺も相まってディーレリアの先の発言への怒りを爆発させているが、しかしディーレリアとてエリーナに傾倒しているジークの事は理解している。 だからこその激昂であるという事も。
今も、態度こそよろしくはないが、ディーレリアはこれでもある程度は真剣にジークの話に取り合っているのだ。
それ故の、先の発言である。
「別に、エリーナ嬢の身を強制的にどうこうしようという気など俺には無い。 お前が言った通り、いくら有用性があったとしても今のアリステルにとってはそう重要視するようなものでもないからな。 だが、お前にとっては違うのだろう。 それも、政略的魂胆も無ければ付加価値にも興味は無く、エリーナ嬢自身が目的なのだからな」
だからその後押しとして選択肢を提示したのだと、ディーレリアは先の発言の真意をそのように語った。
ジークが望まない手法とて、それもまた望むものを手中に収める一手であるのだと、示したのだ。 もっともその一手が、王族でエリーナを囲うというアリステル王家にとってのメリットを含むからこその提案ではあったが。
囲えるのならばそれで良し。 無理であるならばそれでも構わない。
ディーレリアにとってのエリーナに向ける興味とは、その程度のものである。
故にこそ、選択権をジークに委ねているのだ。 ジークの方が、ディーレリアよりもエリーナの事を考え、そして想っているのだから。
ただ、その延長で全てが上手く回ればいいと、それだけの事である。
「それで、実際のところどうなんだ。 既に2人はいい関係なんじゃないかと城内でも噂になっているぞ」
「誰ですか、そのような出鱈目な事を吹聴しているのは。 それに、陛下ならば真実かどうかなんて既に分かってらっしゃるでしょう」
「ああ、勿論だ。 ちょいちょいアプローチっぽい事はしているが、まるであの娘に気付いてもらえていないのだろう。 挙句、お前もお前で直接的な事は何も言わないから進展の『し』の字もありやしない。 このままだとお前、エリーナ嬢の中でただの『良い人』だけで終わるぞ。 もっと情熱的に迫るくらいしてみたらどうだ」
「うるさいです。 ……ともかく、俺は出来る限りエリーナ嬢の望む通りにしてあげたい。 彼女のこれまでを思えば、それくらい報われても当然だと思うからです。 俺の事情なんて、二の次でいいんですよ」
「だから、それがヘタレだか奥手だかと言ってるんだよ」
「まだ言いますか!」
ガー!と文句を言うジークに、ディーレリアはニヤニヤと笑みを浮かべながらわざとらしく耳を塞ぐ仕草をして適当にあしらう。
けれどその後に、弛緩したおふざけ顔を急に真顔へと引き締めて、一呼吸。
そして「ああ、まったく」と続けた。
「お前はあれだな。 王、というより『まだ』人であるのだな」
昔の俺を見ているようだ、とディーレリアはぼそりとごちる。
それはジークに届かない程度の声量であったために訝しまれこそしたが、直後に再び表情を弛緩させて軽口を叩けばその印象も何処ぞへうっちゃられた。
「まあ、それならばエリーナ嬢の事は今後もお前に任せよう。 支援するなり囲うなり、お前の好きにすればいい。 ……ああ、だがな。 羽目を外して、あの娘を城の外に出した上で種なんか植えるなよ。 それくらいの節度は持つように」
「婚姻関係も結んでいない女性にそのような不義理を犯すわけがないでしょう! ……とにかく、エリーナ嬢の自由は約束していただけるという事でよいのですね」
「ああ。 お前も含めて、責任を果たすのなら市井に降りた後でも逢瀬くらいまでなら許してやる。 若い者同士で好きにするがいい」
「だから、エリーナ嬢とはそのような関係ではないと……いえ、もういいです。 これからはお言葉通りにさせていただきましょう。 それでは陛下、お忙しいところをありがとうございました。 これで、失礼させていただきます」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
先触れも無しに訪れた時とは真逆に礼儀正しく一礼してから去っていくジークを見送った後、今度は一人で自らの書斎に残されたディーレリアは、一つの報告書へと目を通していた。
そこに書かれているのは王城内部に潜ませている彼自身の『目』が捉えた、今朝のエリーナとジークの様子である。
そこに記載されている限りでは、2人は発光現象の後に幽閉棟へと向かい、最後には墓所を参って出てきたという。 そして、エリーナが望んで弔いに向かったのはディーレリアとしても未だに多少の関心があった人物の墓だとも、記載されていた。
「そうか。 ………そうか、叔父上もようやく逝けたか」
それは、ずっと彼自身の中に消えずに残っていた、しこりのようなものであった。
けれど、それも今となっては消え去って、後には自らの無力さに歯噛みした記憶と、悲願を叶えてくれた者への感謝の情だけが残っていた。
長年の呪いは解けた、かつての自身の悲願も叶った。
実に、喜ばしい事だ。
……しかし、それでもディーレリアは王である。
過去の悔いを濯ぎ、個人的にどれだけ喜ぼうとも、いつだって見据えるべきは先であるのだ。
故にこそ、此度は再考が必要である。 そう、ディーレリアは考えた。
王とはその心の全てを他人に悟らせないもの。
情に流されず、個と周に惑わされず、数字と時勢の示す合理に則って、的確に、時には冷徹に政を回す者。
故にこそ、鉄の心が王には求められる。
非合理と情は、あくまで『人』に戻れる一時にこそ許される権利でしかなく、そのように分別を付けられる貴く青き冷血こそ、王に必要な資質であるのだから。
……故にこそ、アレには酷だろうなぁ。
報告書を眺めながら、ディーレリアはそう、独り零した。
エリーナに全てを告げた後、ジークは彼女と別れると、その足で其処へと向かっていた。
その理由はと言えば、これもきっかけに違わずエリーナの事。 ジークの父であり現アリステル国王であるディーレリアが、もし万に一つでも彼女を政略的に利用するために飼い殺そうとしないよう訴えるため、説得をしに来たのである。
エリーナの一件が突然の事であったが故に、ディーレリアに対して謁見を申し出る旨の書簡を送る事もしないままに訪れてしまったが、今のジークにとっては些事であった。
何せ、大事な人に関わる事なのだから。
故に無作法かつ無礼であるものの、ジークは臆せず書斎の扉を叩いて入室した。
「失礼します、陛下。 急の事態故に先触れも無しの訪問となり、申し訳ありません」
「ああジークか。 少し待て、来客中だ」
ディーレリアはジークに一瞥もくれぬまま、少し話して客人に対して書簡を手渡すと「お前が望んだ通りにすると約束しよう。 だから、任せておけ」と言って、話はそれで終わりだと退室を促した。
客人もまた、ディーレリアから受け取った書簡にさらりと目を通すと「お心遣いに感謝いたします」と一礼して、その御前を去る。
その後に、客人はそのまま退室せずに礼節に習ってジークへと挨拶を申し上げた。
「王太子殿下にご挨拶申し上げます。 先触れも無しに来訪なさるとは、火急の御用でもあったのでしょう。 お待たせしてしまい、申し訳ございませんでした」
そこまでは、貴き身の上にある者同士の交流。
ジークとしても、普段であればそのまま流すか社交の端とした筈だ。 ジークはあくまで王太子であり、貴族との交流は義務でもあるのだから。
けれど、此度はその例外に当たった。
客人の名は、アルフォンス・ラナ・ユースクリフ。
エリーナの実父であり、此度彼女を捨てた人物であったのだから。
「……いや。 気にしないでくれ、ユースクリフ公爵」
それでも、ジークはその内心を悟らせまいとして、泰然と言葉を返す。
エリーナに肩入れしているジークが、アルフォンスに対して思う事はそれこそ多くある。 だが、それはあくまで私情の域を出ないものばかり。
この場においての追求には意味どころか正当性さえ存在せず、そもそも他家の事情に介入するような権利さえ彼は持っていないのだから。
故に、ジークは余計な口を挟まない。
それに、ここでアルフォンスに何を言おうと聞き入れられるとは考えていないし、そもそもエリーナ自身が貴族社会で生きる事をもう望んでいないのだから、わざわざ彼女の扱いについて話すような事もありはしない。
……もっともジークとて、一言くらいアルフォンスに対して文句を言ってやりたい衝動くらいはあるが。
しかし、それを言葉に出す訳にもいかず。
ならば、両者共に最低限の礼を終えている以上は、後は別れるのみ。
しかしその段となって、アルフォンスは更に言葉を重ねた。 それも、意外な事にエリーナに関する話でもって。
「殿下。 陛下より伺いましたが、あの娘……エリーナの面倒を見て下さっているとか。 ご迷惑をおかけしております」
「いや、迷惑という事は無い。 エリーナ嬢には世話になった事もあるし、その恩を返せるならむしろ僥倖だ。 それに、彼女と共にいるのは楽しいからな」
「そうですか……ならば、良いのです」
それだけ聞くと、エリーナに関する話にさえ眉の一つも動かさず、感情の揺らぎさえも感じさせない態度のままに、アルフォンスは再び礼をして退室していく。 その際、ディーレリアが「石頭め」と吐き捨てたが、アルフォンスはそれに対して何を言うでもなく一瞬だけ静止したかと思ったら直ぐに動き出して、そのまま去っていった。
そして、室内にはジークとディーレリアのみが残された。
すると、途端にディーレリアは衣服の首元を開けてだらんと椅子に沈み込むようにして楽な体勢を取り始めて、その様はまるでうだつの上がらないただのオジサンのようである。
この王は、なぜか2人きりになるとジークの前ではこうしてダラけ始めるのだが、もはや慣れきっているジークとしては「またか」と呆れるより他になく、故に半眼でその様を見やるより他にリアクションもない。
対して、ディーレリアはそんなジークの呆れも察しているだろうに、そのまま本題を切り出した。
「それで、報せも無しになんだ。 と、聞くまでもないか」
どうせエリーナ嬢の事だろう。
ぐでんと、煮過ぎてくたくたになった野菜のようになっているディーレリアは威厳も何もうっちゃってやる気無さげに、しかし的確にジークの用向きを言い当てる。
やはり、エリーナの事はとうに把握していたのだろう。
ジークとて、それは予想通りであったために特に驚く事も無く、そして目の前でぐだぐだだるだるとしているディーレリアに関しては「いつもの事」と切り捨てて、ディーレリアのペースに引き摺られないよう話を進める事とした。
「陛下にお伺いしたいのです。 陛下は、エリーナ嬢を政略に利用なさるおつもりなのでしょうか」
「それを聞いてどうする。 俺がその通りだと答えたら、お前はどうするつもりだ」
「陛下の意向に背いてでも、やめるように説得します。 確かにエリーナ嬢の特異性は国として魅力的に思えるでしょう。 しかし、それが諸刃の剣である事は陛下とてご存知の筈。 今のアリステルにとって、そのようなリスクを抱えてまで囲い込む必要は無いでしょう」
「ほう、そうか。 そう来るか……そうかー」
ジークの答えに、ディーレリアはうんうんと唸って、終いには「はぁーあ」と盛大に溜息まで吐いた。
「何でしょうか。 何か仰りたいのなら、はっきりと言っていただければ」
「いやな、あまりにもお前が真面目過ぎてな。 今朝はエリーナ嬢にあんなにも情熱的に腹の内を話していたくせになぁ」
「……別に、そのような事はどうでもいいでしょう」
平素より、2人きりの場では失礼な態度の多いディーレリアには慣れきっている筈のジークであったが、この時ばかりはばつが悪そうに控え目に言い返すにとどまった。
何せ、ジークとしては真剣な話をしているつもりであるのに、対するディーレリアはそんな息子に対して茶化すような言動ばかり。 挙句、血縁にある者に知られたくもほじくり返されたくもない話を出されては、動揺だってするだろう。
「別に隠さなくてもいいだろう。 それに、以前はエリーナ嬢とお前の交際を認めないと言ったが、今であればそれでも構わないと俺は思っているんだ。 何せ、エリーナ嬢は自らの有用性を示した。 実際にアリステルの益となるかは別として、その可能性があるのなら拒む事も無い。 当然、貴族籍を失くし、醜聞が未だ振るい切れていないからお前の正妃として迎えは出来ない故に、秘密裏に囲い込む形とはなるがな」
そしてディーレリアは、動揺しているジークにそのような話を持ち出した。
それはつまり、表向き不釣り合いではあるがエリーナは有用な存在であるから、非公式な関係性であれば黙認するという事。
未だ決定には至らずともいずれは公式に選ばれる事となるジークの本妻や側室とは別に、公的に明かさずとも良い立場、即ち『妾』としてエリーナを迎えてはどうかと、ディーレリアは言っているのだ。
「なっ、ふざけないで下さい! 俺は、エリーナ嬢の事をそのように扱うつもりなんて無い。 ただ彼女の望む通りにしてあげたいのです。 それに、先にも言った通り現在のアリステルにとってそうまで重要な存在でないのなら、別に囲い込む必要など無いではありませんか!」
「勘違いしないでくれ。 俺だって、強引にエリーナ嬢を囲い込んでようやく解けた呪いを再発させかねないリスクを負おうとは思っていない。 あくまで俺が言った事はお前への提案であり、それでエリーナ嬢を王城に留められるならそれが最善だというだけの話だ」
激昂するジークと、それを宥めながらも未だ姿勢の一つも正さずにいるディーレリア。
ジークは動揺も相まってディーレリアの先の発言への怒りを爆発させているが、しかしディーレリアとてエリーナに傾倒しているジークの事は理解している。 だからこその激昂であるという事も。
今も、態度こそよろしくはないが、ディーレリアはこれでもある程度は真剣にジークの話に取り合っているのだ。
それ故の、先の発言である。
「別に、エリーナ嬢の身を強制的にどうこうしようという気など俺には無い。 お前が言った通り、いくら有用性があったとしても今のアリステルにとってはそう重要視するようなものでもないからな。 だが、お前にとっては違うのだろう。 それも、政略的魂胆も無ければ付加価値にも興味は無く、エリーナ嬢自身が目的なのだからな」
だからその後押しとして選択肢を提示したのだと、ディーレリアは先の発言の真意をそのように語った。
ジークが望まない手法とて、それもまた望むものを手中に収める一手であるのだと、示したのだ。 もっともその一手が、王族でエリーナを囲うというアリステル王家にとってのメリットを含むからこその提案ではあったが。
囲えるのならばそれで良し。 無理であるならばそれでも構わない。
ディーレリアにとってのエリーナに向ける興味とは、その程度のものである。
故にこそ、選択権をジークに委ねているのだ。 ジークの方が、ディーレリアよりもエリーナの事を考え、そして想っているのだから。
ただ、その延長で全てが上手く回ればいいと、それだけの事である。
「それで、実際のところどうなんだ。 既に2人はいい関係なんじゃないかと城内でも噂になっているぞ」
「誰ですか、そのような出鱈目な事を吹聴しているのは。 それに、陛下ならば真実かどうかなんて既に分かってらっしゃるでしょう」
「ああ、勿論だ。 ちょいちょいアプローチっぽい事はしているが、まるであの娘に気付いてもらえていないのだろう。 挙句、お前もお前で直接的な事は何も言わないから進展の『し』の字もありやしない。 このままだとお前、エリーナ嬢の中でただの『良い人』だけで終わるぞ。 もっと情熱的に迫るくらいしてみたらどうだ」
「うるさいです。 ……ともかく、俺は出来る限りエリーナ嬢の望む通りにしてあげたい。 彼女のこれまでを思えば、それくらい報われても当然だと思うからです。 俺の事情なんて、二の次でいいんですよ」
「だから、それがヘタレだか奥手だかと言ってるんだよ」
「まだ言いますか!」
ガー!と文句を言うジークに、ディーレリアはニヤニヤと笑みを浮かべながらわざとらしく耳を塞ぐ仕草をして適当にあしらう。
けれどその後に、弛緩したおふざけ顔を急に真顔へと引き締めて、一呼吸。
そして「ああ、まったく」と続けた。
「お前はあれだな。 王、というより『まだ』人であるのだな」
昔の俺を見ているようだ、とディーレリアはぼそりとごちる。
それはジークに届かない程度の声量であったために訝しまれこそしたが、直後に再び表情を弛緩させて軽口を叩けばその印象も何処ぞへうっちゃられた。
「まあ、それならばエリーナ嬢の事は今後もお前に任せよう。 支援するなり囲うなり、お前の好きにすればいい。 ……ああ、だがな。 羽目を外して、あの娘を城の外に出した上で種なんか植えるなよ。 それくらいの節度は持つように」
「婚姻関係も結んでいない女性にそのような不義理を犯すわけがないでしょう! ……とにかく、エリーナ嬢の自由は約束していただけるという事でよいのですね」
「ああ。 お前も含めて、責任を果たすのなら市井に降りた後でも逢瀬くらいまでなら許してやる。 若い者同士で好きにするがいい」
「だから、エリーナ嬢とはそのような関係ではないと……いえ、もういいです。 これからはお言葉通りにさせていただきましょう。 それでは陛下、お忙しいところをありがとうございました。 これで、失礼させていただきます」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
先触れも無しに訪れた時とは真逆に礼儀正しく一礼してから去っていくジークを見送った後、今度は一人で自らの書斎に残されたディーレリアは、一つの報告書へと目を通していた。
そこに書かれているのは王城内部に潜ませている彼自身の『目』が捉えた、今朝のエリーナとジークの様子である。
そこに記載されている限りでは、2人は発光現象の後に幽閉棟へと向かい、最後には墓所を参って出てきたという。 そして、エリーナが望んで弔いに向かったのはディーレリアとしても未だに多少の関心があった人物の墓だとも、記載されていた。
「そうか。 ………そうか、叔父上もようやく逝けたか」
それは、ずっと彼自身の中に消えずに残っていた、しこりのようなものであった。
けれど、それも今となっては消え去って、後には自らの無力さに歯噛みした記憶と、悲願を叶えてくれた者への感謝の情だけが残っていた。
長年の呪いは解けた、かつての自身の悲願も叶った。
実に、喜ばしい事だ。
……しかし、それでもディーレリアは王である。
過去の悔いを濯ぎ、個人的にどれだけ喜ぼうとも、いつだって見据えるべきは先であるのだ。
故にこそ、此度は再考が必要である。 そう、ディーレリアは考えた。
王とはその心の全てを他人に悟らせないもの。
情に流されず、個と周に惑わされず、数字と時勢の示す合理に則って、的確に、時には冷徹に政を回す者。
故にこそ、鉄の心が王には求められる。
非合理と情は、あくまで『人』に戻れる一時にこそ許される権利でしかなく、そのように分別を付けられる貴く青き冷血こそ、王に必要な資質であるのだから。
……故にこそ、アレには酷だろうなぁ。
報告書を眺めながら、ディーレリアはそう、独り零した。
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(本作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載中です)
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