公爵令嬢の辿る道

ヤマナ

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辿り至ったこの世界で

新居のお茶会

これまでお世話になってきた王城から出て行く日まで、既に1週間をきった。
一部の購入してから入荷が遅れた家具の新居への搬入とユースクリフ公爵家から籍を抜かれた時の手切れ金を預けておくための預金口座開設に時間を取られてはいるものの、私の新生活に向けての準備は残りそれだけ。
そして今日は、残りの家具がようやく搬入されるとの知らせがきたので、その見届けのために新居へと来ていた。

「なんだかワクワクしますね! 初お披露目ですよ! お姉様の、新居!!」  

「ワクワクも何も、普通の家でしかないわよ。 それに今日は、業者さんが家具の運び入れをしているのを見ているだけだし。 楽しい事なんて別に何も無いの」

「けれどエリーナ嬢だって、キリエル嬢の言う事が分からないでもないだろう。 何事も、新しいものというのは心躍るものだからな」

「まあ、それはそうですけれど…。 それでもサリーのは行き過ぎです。 言ってる側からサリー、ご近所迷惑になるから静かにしてちょうたい!」

そうして注意してすぐにはしゃぎ始めたサリーを宥めつつ、今日の最たる目的は家具搬入の立ち合いであるので、3人並んで家具が搬入されていくのを眺めていた。
立ち会いには私がいれば十分なのだけれど、この場には私と、さらにジークとサリーもいる。
なぜ2人がいるかと言えば……まあ、本当にただ私に付いてきただけだという。
まあ、普段から私の外出にはいつも同行してくれているジークは今日も例に漏れず、というだけの事ではあるだろう。 おそらくは、私の目付けも兼ねての普段からの同行であるので、この場にいるのも当然の流れであるとも言えるから、まあ、よし。
対してサリーの方はなんと、王城のお勤めを有休を取って休んでまでこの場に着いて来たのだという。
しかも、今日この場に来る前には「有休だなんて、福利厚生がしっかりしてますよね、王城」だなんてあっけらかんと語っていたりもしたのだ。
話を聞いて、曲がりなりにも王城に勤めている者としてサリーのお勤めに対する態度は如何なものかと思ったけれど、ジーク曰く「彼女はエリーナ嬢が関わらない所では普通に真面目だと聞いている」という事らしいのだ。
それはそれで、私が彼女の変態的言動の病源のようで少し複雑な気分なのだけれど…。

「もういっそ、貴方このまま王城で正式に雇ってもらいなさいよ。 その方がお給料もいいだろうし、王城勤めだなんて令嬢としての箔も付くでしょう」

「えー、嫌ですよ。 お姉様がいないのなら王城で働く意味無いし、そもそもお姉様が一人暮らしを始めたらすぐ家に帰って新しいお仕事探す予定ですから。 それに、学園も卒業して自由の身ですし、むしろキリエル男爵家を出てお姉様と同じように一人暮らしするのもいいかもしれません。 いいええ、むしろまだ間に合います! やっぱりこれから同居を」

「お断りするわ。 たまに遊びに来るくらいにしときなさい」

「お姉様が冷たいです…」

「はあ、なんなのよ…」

よよよ、だなんてしおらしくしているけれど、嘘泣きであるのなんてバレバレだ。
だって、泣き声の合間合間でチラチラと私の方を見てくるんだもの。
そんなサリーのしょうもない演技を流し、業者が私の新居に家財道具を運んでいくのを見ながら構って構ってとばかりに話しかけてきたり急に抱き着いてくるなどの奇行をとるサリーの相手をしたり、ジークにサリーを引き剥がすのを手伝ってもらったりしながら見届ける事、1時間弱。
搬入が終了したようで、私に作業の完了を報告すると業者はそのまま撤退していった。
それで、今日の外での私の用事はそれまで。
けれど、それで終わるのは味気ないだろう。

「よろしければ2人とも、私の新居に上がっていきますか? ささやかですが、お茶もお出し出来ますので」

なので、どうせならばと2人を誘ってみた。
これは、今思い立ったというよりも、サリーがわざわざ有休をとってきてまで今日の搬入立ち会いの場に着いてくると言い出した時点で考えていた事である。
私が王城から出て一人暮らしを始めた時点で、サリーも王城勤めを辞めて実家に帰るという。
そうなれば、ジークは私という一つの荷を下ろして王太子としての本業に徹する事が出来る。 つまりは、私達全員が収まるべき位置に収まるのだ。
そして、それはある種の壁でもあって、全てが枠の中に収まってしまえば以降は交わらないだろう。
いや、サリーは平然と壁を越えて私の所に来そう、というか入り浸りそうだけれど。
……まあ、そうなればこれまでお世話になったジークやサリーにお返しなんて出来そうにないし。 どうせならばこの機会にと、さやかさながらお礼として2人を新しい我が家に迎えておもてなしをしようという事である。

「ええっ! 入ってもよろしいので!? ではではお姉様、寝室とかお邪魔して新品のお布団にダイブしてみてもいいでしょうか?」

「やっぱり今日はお開きかしらね」

「そんな殺生な……!」

落胆するサリーに「冗談よ。 でもさっき言ったような事を本当にしたら出禁にするから」と言って、是非の応など無しに答えの分かっているサリーから目線を外してジークはどうするのかとそちらに視線を向ければ、彼は口元を押さえて声を出さないように笑っていた。

「殿下? 何を笑っているのでしょう?」

「いやぁ、2人が仲良くしてる間には入りづらくてね。 そうしたら相変わらず漫才を始めてるのが可笑しくて。 見ている分には面白いから、俺は別に続けてもらっても構わないぞ」

「いえ、面白がってないで、この子の暴走を止めるのを手伝って下さいませ。 ……もう、早く中に入ってください。 ずっと外で騒いでいては、ご近所の方々に迷惑をかけてしまいますから」

「ああ、すまない。 お邪魔するよ」

「失礼しまーす!」

そうして2人を中へと招き、まずは新居の紹介から。
物件としての内容は、狭いながらも機能的な棚の備え付けられたキッチンと小さなリビング、そして寝室と、洗濯物を干せる程度の広さのある庭のある小さな一軒家。 手狭という事も無く、むしろ人1人が暮らす上では掃除も楽に済ませられそうなくらい手頃な広さで、徒歩十数分で商店街にアクセス出来る立地という好条件の物件だ。
家賃も、まあ条件の良い物件だけあって少々高くはあるが、昼間は外で働いて、夜中に写本の内職でもすれば問題は無い範囲である。

「日の当たりもいいし、綺麗で雰囲気の良い家じゃないか」

「はい、それが気に入りましたの。 それに、実はこの家は中古物件だったのですけれど、業者の方に依頼してクリーニングもしていただいていますから」

「それは良いですね! 中古だなんて、知らない人間の痕跡でお姉様が煩わされるだなんて考えられませんから」

「はいはい。 それではお茶を淹れますから、2人は座って待っていてください」

相変わらず着眼点がズレているどころかピンポイントが過ぎてむしろ外れているサリーの言葉は軽く流して、お茶の準備をする。
その際、取り出した茶葉の銘柄を見て、ほんの少しだけ笑みが溢れた。

「どうしたんだ、エリーナ嬢? 何か面白い事でも?」

「ああ、いえ。 この茶葉、公爵家にいた頃によく飲んでいた物と同じで。 あの子が気を利かせてくれたのでしょう」

「あの子……ああ、マルコか」

「ええ、実は今置いてある茶葉やお菓子はマルコにお願いして用意してもらっていたのです。 今日は、その本人が用事があるから来れないらしいのですけれど、そのうち機会があれば、あの子も交えてお茶をしたいですね」

実は、初めてマルコの真意を聞かされてからというもの、日はまちまちであるが私の元に訪ねてくるようになったのだ。
マルコの方に用向けなんかは特に無く、ただお茶をしながら雑談を交える程度の交流である。 けれどマルコは、それ自体が目的であるのだと言っていた。
曰く、読み慣れない娯楽小説を読み漁って『姉弟』という関係性を勉強して来て、実践し、それで1日でも早く私に家族として、弟として認めてもらいたいのだとか。
本当、変な所で真面目な子である。
そして、ある程度長く話していれば、かつてあの子が私に対して抱いていた感情は完全な敵意であって、悪意なんかではないという事はすぐに分かった。 そもそも、あの子の目的は攻勢ではなく守勢に寄ったものであったのだから。
だから、いかに威圧的な態度で敵意を向けられようと、私に対する害意が無かった時点でその真意を察せていればと、今となっては思う。
もしもそれが出来ていれば、今とは違う結末を迎えられただろうから。
けれど、誤解も解けた今、あの子から歩み寄ってくれているおかげもあって、少しずつだけれどマルコと仲良くなれているように思う。
今は、そのうち普通の姉弟のようになれるようにと願うばかりだ。

「ささ、どうぞ。 私が好きだった紅茶です。 なんで好きだったのかは、よく覚えていないのですけれど」

「いえいえ、美味しければなんだって良いのだとサリーは思いますよ! さらにお姉様が淹れて下さった紅茶なら、例え傷んだ茶葉であったとしても飲みますとも」

「その怖いくらいの覚悟は本当にやめてね」

サリーなら本当にやりかねないなと、思わず真顔で突っ込んでしまった。
だって、今までの奇行が奇行なのだもの。
サリーは「冗談ですよ冗談」なんて言うけれども、今までの自分の行いを思い返してみなさいという話である。
しかも、ジークはまた楽しげに笑いながら私とサリーのやり取りを傍観しているし。
全くもう………などと思いながらも、それは王城での普段のやり取りとそう変わらないようなお話の群れであるのだと、ふと思った。
それはもうすぐ失われる、些細な幸福である。
それを、ほんの少しだけ惜しみながら、けれども自覚したその想いを表に出さぬようにと普段通りに振る舞って、おそらく二度と訪れないこの時を、私は噛み締めるのであった。
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