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元気になったディアナは、随分と父親から絞られた。
まだ快復していないと聞いていたが、病気の片鱗も感じさせない力強い説教だった。
ディルク曰く、ディアナが領地へ帰ってきてから怖ろしい勢いで元気になったのだと言う。
正直、素直に喜べないディアナであった。
「来月の花逢祭だが、ディルクと一緒に警備の責任者をしなさい」
説教ついでに仕事も言い付けられた。
二年とは言え帝都で警邏をしていたディアナの知識を、ディルクへ教えろという事らしい。
どのルートで、どれだけの頻度で巡回するか。
臨時の詰め所をどの場所へ配置するか。
ディアナは会場周辺の地図を頭から引っ張り出す。
数日で原案を作成し、あとは現場で赴いて詳細を詰めていく流れだとディルクと話はしてある。
フォルスト領に私兵はおらず、各街や村へ設置してある――軍人ではなく街の人間で構成されている――警邏隊があるだけだ。
祭の時期は領都の警邏隊だけでなく、他の街からも応援に来て貰っている。
人間の振り分けも必要だなと考えながらディアナは祭りの為に飾り付けられていく街を見回っていた。
来客があったのは、忙しくしていれば苦い思い出は薄まっていくとばかりに働いていた時のことだった。
街へ出ていたディアナは屋敷へと呼び戻された。
「シア姉さん、お久しぶりです」
同じ女性という括りなのに、小柄な自分とは違う、長身で凛々しい従姉にディアナは目を細めた。
大将付き副官として活躍するアリシアは忙しい身だ。
現に今もきっちりと軍服を身に纏っている。
仕事の合間に転移魔法で来たのだろう。
「久しぶりね。怪我の具合はどう?」
「姉さんに治して頂いたんですよ。すっかり回復しました。その節はありがとうございました」
父親に説教を受けた時に、アリシアが治療してくれたことを聞いていた。
手紙で御礼を伝えていたがディアナがアリシアへ会うのは治療の時以来だ。
二人で話したことがあると言われ、ディアナはサロンから使用人を下がらせた。
「退役の手続きを終えたわ」
「お手数をおかけしました。父はかなり怒ってたので仕方ないんですけど残念です」
「娘が死にかけたんだから当たり前ね。実は叔父様には黙っているのだけど、クライバー中将が血まみれの貴女を私の所へ連れて来たのよ」
「クライバー、中将が。もしかして女だって」
「治療の時にディアの服を脱がせたから知っているわ。一刻を争う状況だったから隠す事が出来なかった」
ああ、と呟いてディアナは俯いた。
あの綺麗なヘーゼルの瞳に、嘘を付いていた自分はどう映っただろう。
そもそもラルフはディルクには目を掛けていたが、ディアナとしては何も思う所はないかもしれない。
ラルフが知っているのは軍人のディルクだ。
胸が痛くなる。
「貴女の結婚相手を探しているって叔父様から聞いたんだけど」
「はい。私から父へ領内で探して貰うようお願いしています」
ディアナの父は、娘へ淑女になれとは言わなかった。
軍人になることは反対したが、男装して馬へ乗ることを反対したことはない。
領地のために働く事も認めてくれている。
他家へ嫁げと無理強いされることもない。
娘の希望は出来る限り叶えようと動いてくれる良き父親だ。
「ねぇ、ディア。もしクライバー中将と結婚できるとしたら?彼は子爵家の三男だから家を継ぐことを考えなくていい相手でしょう」
「……シア姉さん。クライバー中将の軍での役職を考えれば、帝都を離れることは無理だとお分かりのはずです。商会も持っているし。それに、私はじゃじゃ馬ですから」
「私の、私的な意見なのだけど」
アリシアはそっとディアナから視線を外して、窓の方へ顔を向けた。
大きな窓からはこじんまりとした庭が見える。
「うちの父親も大概だけれど、フォルストの叔父様も父親としてはとても優しい人だと思うの。当主の反対がないのなら、悩まず進んだ方がいい。意固地になっては駄目よ。逃げて上手くいくこともあるけれど、遠回りするから」
ディアナは微苦笑を浮かべているアリシアの横顔を眺める。
大将付き副官アリシア・ベティーヌの時には絶対に見せない顔だ。
今の話は、先日アリシアと婚約したシグルドの事なのだと分かった。
6年もの間、上司と部下という関係だった二人が、突然の婚約に至った経緯をディアナは知らない。
父親から少しだけ――シグルドがベティーヌ家へ婚姻を願いに行ってアリシアの父から殴られた――と聞いているが、もっと色々な事があったのだろう。
「じゃじゃ馬ならじゃじゃ馬らしく胸を張って生きたらいいわ」
アリシアは来月の花逢祭にも顔を見せると約束して帰って行った。
完璧な人間などいない。
アリシアだって、悩んで選択して生きてきた。
だからこそディアナの背中を押すような言葉を掛けたのだ。
ディアナは窓へと近寄る。
サクランボの木を見れば、花は未だ硬い蕾に覆われていた。
※
花逢祭の準備に追われながら、ディルクとディアナは父親から帝都での用事を言付かった。
アリシアとシグルドの婚約を祝うパーティーを身内でするのだと言われ、二人は帝都へ出て来ていた。
帝都にはフォルストの別邸があり、今回はディルクと一緒に出席するため、ディアナはその屋敷で何年振りかのドレスへ着替える。
その窮屈さに眩暈がしそうだった。
「ディルもコルセット締めてみたらいいのよ」
涼しい顔をしているディルクを見て、つい愚痴が漏れる。
「ぶつくさ言わない。シア姉さんのお祝いなんだから、笑顔でいてよね」
「はいはい」
パーティーはファーレンハイト家の屋敷で行われるということで、二人は初めて足を踏み入れた。
フォルストは伯爵家であるが、天と地ほども違う空間にただ驚いた。
給仕をしている使用人の服でさえ、かなり上等な生地を使っている。
「ひぃ、この絵って国宝級じゃないの?絵画に疎い私でも名前知ってる画家だわ」
「筆頭公爵家だからね。うちとは雲泥の差だ」
「ディルってば何でそんなに冷静なのよ」
「僕だっていずれは社交もしなくちゃいけないし。まぁ、伯母さんもいるから大丈夫じゃない?」
「変な所で肝が据わってるわね」
小声でそんな会話を交わしつつ周りを観察していると、今日の主役が姿を現した。
身内だけということもあり改まった挨拶はなく、会場をゆっくりと回る様だった。
アリシアとシグルドは互いの色を身に付けており仲の良さは遠目からでも分かる。
ディアナはアリシアの柔らかな表情を見て、少し羨ましくなった。
軍では鬼教官と呼ばれる程の冷徹さを持ちながら、私事ではひとりの女性として幸せになっている。
どちらも手に入れたのは、もちろんアリシアが努力して掴んだからだ。
そして、ディアナは何ひとつ手に入れられなかったものでもある。
思わず唇を噛み締めた。
「ディア、気分でも悪い?」
「うん……コルセットがきつくて。シア姉さまに挨拶したら帰りたい」
「分かった」
双子のためか相手の事が良く分かる。
ディルクは少し苦しそうなディアナへ何も言わずに頷いた。
身内だけとはいえ、知らない顔も多い。
ましてディアナとディルクは、入れ替わっていた為、ここ二年は社交を一切していない。
何となく顔を見た事のある相手と当たり障りのない会話をしながら、先に伯母への挨拶を済ませたディアナは、ディルクに断ってから会場を抜けて庭へ出た。
アリシアとシグルドは、彼の旧友に捕まって話し込んでいる。
しばらく挨拶するのは難しいと踏んで抜け出した。
飲み物を持って来れば良かったと思いながら、会場へ戻るのが億劫で、設置されているベンチへ座る。
会場は少し暑かったので通り抜ける風が心地良い。
肩の力を抜いたディアナだったが、人の気配が近付いてくるのを察して立ち上がった。
屋敷の使用人ならいいが、酔っ払いなら面倒だ。
けれど、現れた人物を見てディアナは身体を強張らせた。
「ディルク、いやディアナ嬢、か」
「クライバー中将」
ラルフはいつも降ろしている前髪を半分ほど後ろへ流し、パーティー用の正装をしている。
黒い細身のズボンは彼の足の長さを強調していた。
一瞬、見惚れたディアナは我に返ると、ドレスでありながら軍人の最敬礼をした。
「先日は命を助けて頂き、有難うございました」
「助けたのは副官殿だよ」
「中将がすぐに連れて行って下さったので助かったと、ベティーヌ副官から伺いました」
左胸へ拳を当て深く頭を下げたまま、ディアナは続ける。
「助けて頂いた御礼をお伝えすることなく退役して申し訳ございませんでした。中将が私の性別をご存じだと聞いて、連絡することを躊躇ったんです」
「謝らないで。君が元気でいるなら、それでいいんだ」
「ですが」
「ディアナ嬢が女性だって気付かなかった。私の目は節穴だ」
肩を軽く押されてディアナは顔を上げる。
薄暗い空間であるが、その近い距離に目を逸らすことが出来なかった。
ヘーゼルの瞳の中に、戸惑う自分の姿が映っていた。
「あ、の、中将?」
「ディアっ!」
そんな二人の間に割って入ったのは、ディルクであった。
「ラルフ・クライバー中将ですね」
「驚いた。恰好が全く違うのにディルクが二人いるようだ……本当の、というのは語弊があるかもしれないが、君がディルク・フォルスト伯爵令息かな?」
「ええ、はじめまして。軍では妹がお世話になりました」
過去形を使われ、ラルフの口元が微かに引き攣った。
「申し訳ないのですが、今からシア姉さんの所に挨拶へ行くので失礼します」
顔はにこやかだが、ディルクの目は笑っていない。
剣呑な光を帯びた瞳でラルフを見据える。
ディアナは絶対にしない顔だ。
「ディア、シア姉さんが待ってる」
「あ、でも」
「挨拶をしたら帰るんだろ?行くよ」
半ば強引に会場へと連れ戻されたディアナは後ろ髪を引かれる思いだった。
会わないはずだった。
会えば未練を思い出す。
溢れだした想いから目を背け、ディアナは振り返らずに会場へ戻った。
まだ快復していないと聞いていたが、病気の片鱗も感じさせない力強い説教だった。
ディルク曰く、ディアナが領地へ帰ってきてから怖ろしい勢いで元気になったのだと言う。
正直、素直に喜べないディアナであった。
「来月の花逢祭だが、ディルクと一緒に警備の責任者をしなさい」
説教ついでに仕事も言い付けられた。
二年とは言え帝都で警邏をしていたディアナの知識を、ディルクへ教えろという事らしい。
どのルートで、どれだけの頻度で巡回するか。
臨時の詰め所をどの場所へ配置するか。
ディアナは会場周辺の地図を頭から引っ張り出す。
数日で原案を作成し、あとは現場で赴いて詳細を詰めていく流れだとディルクと話はしてある。
フォルスト領に私兵はおらず、各街や村へ設置してある――軍人ではなく街の人間で構成されている――警邏隊があるだけだ。
祭の時期は領都の警邏隊だけでなく、他の街からも応援に来て貰っている。
人間の振り分けも必要だなと考えながらディアナは祭りの為に飾り付けられていく街を見回っていた。
来客があったのは、忙しくしていれば苦い思い出は薄まっていくとばかりに働いていた時のことだった。
街へ出ていたディアナは屋敷へと呼び戻された。
「シア姉さん、お久しぶりです」
同じ女性という括りなのに、小柄な自分とは違う、長身で凛々しい従姉にディアナは目を細めた。
大将付き副官として活躍するアリシアは忙しい身だ。
現に今もきっちりと軍服を身に纏っている。
仕事の合間に転移魔法で来たのだろう。
「久しぶりね。怪我の具合はどう?」
「姉さんに治して頂いたんですよ。すっかり回復しました。その節はありがとうございました」
父親に説教を受けた時に、アリシアが治療してくれたことを聞いていた。
手紙で御礼を伝えていたがディアナがアリシアへ会うのは治療の時以来だ。
二人で話したことがあると言われ、ディアナはサロンから使用人を下がらせた。
「退役の手続きを終えたわ」
「お手数をおかけしました。父はかなり怒ってたので仕方ないんですけど残念です」
「娘が死にかけたんだから当たり前ね。実は叔父様には黙っているのだけど、クライバー中将が血まみれの貴女を私の所へ連れて来たのよ」
「クライバー、中将が。もしかして女だって」
「治療の時にディアの服を脱がせたから知っているわ。一刻を争う状況だったから隠す事が出来なかった」
ああ、と呟いてディアナは俯いた。
あの綺麗なヘーゼルの瞳に、嘘を付いていた自分はどう映っただろう。
そもそもラルフはディルクには目を掛けていたが、ディアナとしては何も思う所はないかもしれない。
ラルフが知っているのは軍人のディルクだ。
胸が痛くなる。
「貴女の結婚相手を探しているって叔父様から聞いたんだけど」
「はい。私から父へ領内で探して貰うようお願いしています」
ディアナの父は、娘へ淑女になれとは言わなかった。
軍人になることは反対したが、男装して馬へ乗ることを反対したことはない。
領地のために働く事も認めてくれている。
他家へ嫁げと無理強いされることもない。
娘の希望は出来る限り叶えようと動いてくれる良き父親だ。
「ねぇ、ディア。もしクライバー中将と結婚できるとしたら?彼は子爵家の三男だから家を継ぐことを考えなくていい相手でしょう」
「……シア姉さん。クライバー中将の軍での役職を考えれば、帝都を離れることは無理だとお分かりのはずです。商会も持っているし。それに、私はじゃじゃ馬ですから」
「私の、私的な意見なのだけど」
アリシアはそっとディアナから視線を外して、窓の方へ顔を向けた。
大きな窓からはこじんまりとした庭が見える。
「うちの父親も大概だけれど、フォルストの叔父様も父親としてはとても優しい人だと思うの。当主の反対がないのなら、悩まず進んだ方がいい。意固地になっては駄目よ。逃げて上手くいくこともあるけれど、遠回りするから」
ディアナは微苦笑を浮かべているアリシアの横顔を眺める。
大将付き副官アリシア・ベティーヌの時には絶対に見せない顔だ。
今の話は、先日アリシアと婚約したシグルドの事なのだと分かった。
6年もの間、上司と部下という関係だった二人が、突然の婚約に至った経緯をディアナは知らない。
父親から少しだけ――シグルドがベティーヌ家へ婚姻を願いに行ってアリシアの父から殴られた――と聞いているが、もっと色々な事があったのだろう。
「じゃじゃ馬ならじゃじゃ馬らしく胸を張って生きたらいいわ」
アリシアは来月の花逢祭にも顔を見せると約束して帰って行った。
完璧な人間などいない。
アリシアだって、悩んで選択して生きてきた。
だからこそディアナの背中を押すような言葉を掛けたのだ。
ディアナは窓へと近寄る。
サクランボの木を見れば、花は未だ硬い蕾に覆われていた。
※
花逢祭の準備に追われながら、ディルクとディアナは父親から帝都での用事を言付かった。
アリシアとシグルドの婚約を祝うパーティーを身内でするのだと言われ、二人は帝都へ出て来ていた。
帝都にはフォルストの別邸があり、今回はディルクと一緒に出席するため、ディアナはその屋敷で何年振りかのドレスへ着替える。
その窮屈さに眩暈がしそうだった。
「ディルもコルセット締めてみたらいいのよ」
涼しい顔をしているディルクを見て、つい愚痴が漏れる。
「ぶつくさ言わない。シア姉さんのお祝いなんだから、笑顔でいてよね」
「はいはい」
パーティーはファーレンハイト家の屋敷で行われるということで、二人は初めて足を踏み入れた。
フォルストは伯爵家であるが、天と地ほども違う空間にただ驚いた。
給仕をしている使用人の服でさえ、かなり上等な生地を使っている。
「ひぃ、この絵って国宝級じゃないの?絵画に疎い私でも名前知ってる画家だわ」
「筆頭公爵家だからね。うちとは雲泥の差だ」
「ディルってば何でそんなに冷静なのよ」
「僕だっていずれは社交もしなくちゃいけないし。まぁ、伯母さんもいるから大丈夫じゃない?」
「変な所で肝が据わってるわね」
小声でそんな会話を交わしつつ周りを観察していると、今日の主役が姿を現した。
身内だけということもあり改まった挨拶はなく、会場をゆっくりと回る様だった。
アリシアとシグルドは互いの色を身に付けており仲の良さは遠目からでも分かる。
ディアナはアリシアの柔らかな表情を見て、少し羨ましくなった。
軍では鬼教官と呼ばれる程の冷徹さを持ちながら、私事ではひとりの女性として幸せになっている。
どちらも手に入れたのは、もちろんアリシアが努力して掴んだからだ。
そして、ディアナは何ひとつ手に入れられなかったものでもある。
思わず唇を噛み締めた。
「ディア、気分でも悪い?」
「うん……コルセットがきつくて。シア姉さまに挨拶したら帰りたい」
「分かった」
双子のためか相手の事が良く分かる。
ディルクは少し苦しそうなディアナへ何も言わずに頷いた。
身内だけとはいえ、知らない顔も多い。
ましてディアナとディルクは、入れ替わっていた為、ここ二年は社交を一切していない。
何となく顔を見た事のある相手と当たり障りのない会話をしながら、先に伯母への挨拶を済ませたディアナは、ディルクに断ってから会場を抜けて庭へ出た。
アリシアとシグルドは、彼の旧友に捕まって話し込んでいる。
しばらく挨拶するのは難しいと踏んで抜け出した。
飲み物を持って来れば良かったと思いながら、会場へ戻るのが億劫で、設置されているベンチへ座る。
会場は少し暑かったので通り抜ける風が心地良い。
肩の力を抜いたディアナだったが、人の気配が近付いてくるのを察して立ち上がった。
屋敷の使用人ならいいが、酔っ払いなら面倒だ。
けれど、現れた人物を見てディアナは身体を強張らせた。
「ディルク、いやディアナ嬢、か」
「クライバー中将」
ラルフはいつも降ろしている前髪を半分ほど後ろへ流し、パーティー用の正装をしている。
黒い細身のズボンは彼の足の長さを強調していた。
一瞬、見惚れたディアナは我に返ると、ドレスでありながら軍人の最敬礼をした。
「先日は命を助けて頂き、有難うございました」
「助けたのは副官殿だよ」
「中将がすぐに連れて行って下さったので助かったと、ベティーヌ副官から伺いました」
左胸へ拳を当て深く頭を下げたまま、ディアナは続ける。
「助けて頂いた御礼をお伝えすることなく退役して申し訳ございませんでした。中将が私の性別をご存じだと聞いて、連絡することを躊躇ったんです」
「謝らないで。君が元気でいるなら、それでいいんだ」
「ですが」
「ディアナ嬢が女性だって気付かなかった。私の目は節穴だ」
肩を軽く押されてディアナは顔を上げる。
薄暗い空間であるが、その近い距離に目を逸らすことが出来なかった。
ヘーゼルの瞳の中に、戸惑う自分の姿が映っていた。
「あ、の、中将?」
「ディアっ!」
そんな二人の間に割って入ったのは、ディルクであった。
「ラルフ・クライバー中将ですね」
「驚いた。恰好が全く違うのにディルクが二人いるようだ……本当の、というのは語弊があるかもしれないが、君がディルク・フォルスト伯爵令息かな?」
「ええ、はじめまして。軍では妹がお世話になりました」
過去形を使われ、ラルフの口元が微かに引き攣った。
「申し訳ないのですが、今からシア姉さんの所に挨拶へ行くので失礼します」
顔はにこやかだが、ディルクの目は笑っていない。
剣呑な光を帯びた瞳でラルフを見据える。
ディアナは絶対にしない顔だ。
「ディア、シア姉さんが待ってる」
「あ、でも」
「挨拶をしたら帰るんだろ?行くよ」
半ば強引に会場へと連れ戻されたディアナは後ろ髪を引かれる思いだった。
会わないはずだった。
会えば未練を思い出す。
溢れだした想いから目を背け、ディアナは振り返らずに会場へ戻った。
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