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第1話
しおりを挟む長年、連れ添った夫――和彦さんが亡くなった。
葬儀や初七日を、あわただしく終えて随分経つ。
……なのに、私はいまだ、泣けないでいる。
和彦さん。
私のこと、愛していましたか……?
結局それを、一度も聞けないまま、あなたと別れてしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
私は、高校を卒業して、父が社長の会社で気楽なお茶くみをしていた。良い人と結婚するまでの繋ぎのような、腰かけの仕事だった。
そこで、和彦さんと出会った。
今で言うなら、セクハラ、パワハラ、なんでもある時代だった気がする。男尊女卑がいけないなんて、そんな思想も根付いてなかった。
そんな中で、和彦さんだけは、違った。
優しい人だったんだと思う。
お茶を淹れると、ありがとうと言ってくれた。優しい言葉で話す人。余計なこと、嫌なことは言わない人。
私は、すぐに、和彦さんを、好きになった。
父が、そんな私の気持ちに気づいたらしかった。
父には私しか子供が居なかったから、努力家で仕事の出来る和彦さんを、婿養子にしようと考えたらしい。
私は、事前に父に聞かされて、内心とても嬉しくて喜びながら、そのお話を受けた。お見合いをする話が決まった。
でも、ひとつ、気になることがあった。
父の会社には、一人、すごく仕事が出来る女の人がいた。あの時代には珍しく、大学を出ていて、男の人と肩を並べて働いているすごい人だった。
多分、和彦さんは、彼女が好きだった。仲も良くて、信頼しあってる感じがした。
澤村さん、というとても綺麗な人だった。
あんな素敵な人がいつも隣にいるんだから、お見合いを断られるかもしれない。
そう思ったけれど。
和彦さんは私とお見合いした後、私と結婚することを選んでくれた。
――嬉しかった。
でも、複雑でもあった。
和彦さんは、出世する道を、選んだのかも。和彦さんのお母さんが病気で臥せっていたから、そのこともあったのかな。
私は、普通の見た目だし、高卒で、職業は家事手伝い。社会のことなんか何も分からなかった。
和彦さんが澤村さんのような人を好きだったのなら、私が選ばれた理由は、私自身のことじゃない。そう思っていた。
――でもね。
それでも良いと、思ってしまったの。
和彦さんのことが、本当に好きだった。
一緒に居られることが、ほんとうに、幸せだった。
結婚してすぐに、和彦さんのお母さんと同居して、看病した。したこともない看病で、大変だったけれど、和彦さんが優しい人なのが分かる、穏やかな人だった。
いつも、ありがとうと言ってくれるところ、和彦さんと似ていて。……お母さんが優しいから和彦さんもそうなんだと思ったら、会ったばかりのお母さんのことも好きになった。
一生懸命看病したけれど、一年ほどで亡くなってしまった。
私があんなに声を上げて泣いたのは、多分あの時が初めてだった。昔から大人しい子だったみたいで、大声で泣くようなことも無かったみたい。父と母が驚いていたのを覚えている。私があんまりに泣いてるから、和彦さんは、あまり泣けなかったのかもしれないと、あとで恥ずかしくなって反省もした。
お母さんが亡くなってから、二人の暮らしが始まった。
朝起きて、和彦さんのご飯を作って一緒に食べる。
いってらっしゃい、と送り出す。
和彦さんの服を洗濯して、和彦さんと暮らす家を綺麗にする。
和彦さんのワイシャツにアイロンをかける。それからまた、和彦さんの食べたいものを考えて買い物をして、夕飯を作って、おかえりなさいと迎える。
それだけで、幸せだった。
和彦さんは無口な人だったけれど、触れ方は優しくて、纏う空気は、穏やかだった。
幸い、私たちは子供に恵まれて、ちゃんと普通の家族になっていった。
長い年月を共に過ごして、子供たちが巣立って、また二人に戻った。
定年を過ぎて、息子に引き継ぎ、和彦さんは仕事を辞めた。
少しゆっくりしてから何か趣味でも始めようかと、そんな話をしていたある時。和彦さんの机に、旅行のパンフレットが置いてあって――もしかして、二人で旅行に行けるかなと、年甲斐もなく、わくわくしていた。
そんなある日。体調を崩して病院にいったら、かなり進行した病気が判明して……和彦さんは、三ヶ月ほどで逝ってしまった。
◇ ◇ ◇ ◇
後書きです。
◇ ◇ ◇ ◇
第1話。
お読みいただいてありがとうございます。
ほっこり・じんわり大賞に参加させて頂いています。
およみいただくこと、ブクマや投票(7/1~31まで)や感想などいろいろが応援になるそうです。
ラストまで、いまのところ13000文字位。
最終的な修正をしながら、更新していきます。
思いついてから二年ほどかかってやっと書けたお話です。
短いお話ですが、
もし、楽しんで頂けたら、
応援よろしくお願いします(*'ω'*)
悠里
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