「虹色のなみだ」

星井 悠里

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第3話

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「……え?」

 私は、先が見える一本道を歩いていたのに。
 ふ、と目の前に、突然、洋館が現れたような感覚だけど。

 いやだ。ぼうっとしすぎ……? それにしても……。
 見上げると、とても、雰囲気があって見惚れる。

 白い石造りの外壁は、ところどころに蔦が這っている。
 一階建てに見えるけれど、とても高さがある屋根は、一瞬、教会のようにも見えた。でも十字架のようなものは見えない。
 
 喫茶店、かしら……?

 窓ガラスからは中は見えない。
 建物の正面、私の目の前にあるドアは、なんだか見慣れない紋章のような飾りが彫られていた。


 なんだか不思議。お店、よね……?

 吸い込まれるように近づいて、おそるおそるそのドアを開けた。
 足を半歩踏み入れた瞬間、空気が変わった気がした。まるで、違う世界に入り込んだような、そんな感覚。

 雰囲気のある、長髪のハンサムな男の人が、ようこそ、と微笑んだ。
 黒いシャツに黒のズボン。不思議な模様の銀色のピアスが揺れていて、とても目を引く。

 店主さんかな、と思いながら、少し会釈をする。

「こんにちは……?」

 躊躇いがちに声を出した時、足元で何かが動いた。きゃ!と声が漏れたと同時に、黒猫だったと気づいて、口元を押さえた。
 黒猫は、じっと私を、見つめてくる。その瞳がきらりと金色に光った気がして、じっと見つめ返していると、ふい、と視線を逸らされてしまった。

「何かお飲み物はいかがですか?」
「……あ、じゃあ……コーヒー、を」
「お好きな席に、どうぞ」

 外だけでなく、内装も、とても素敵で雰囲気がある。

 アンティークな木製のテーブルは、つやを帯びている。

 窓にはステンドグラス。外は見えない。
 赤や青、紫の光で、昼間とは思えない。

 中も、教会のようなイメージだけど、でもやっぱり何かが違う。神聖なものは感じる気がして、何となく奥まで入れず、入口に近い席に腰かけた。周りを見渡していると、店主らしい彼がコーヒーが運んできてくれた。

 金の縁取りのある素敵なカップとお砂糖やミルクを置いて、彼は店の奥に歩いて行った。

 とても高価そう。ミルクを淹れてかきまぜ、そっとカップを手に取る。
 いただきます、と一口すすったコーヒーはとてもおいしかった。

 ……いつのまにこんなお店ができたんだろう?
 ぼうっとして歩いてるから、気づかなかったのかしら……。この道、最近も通ったのに。

 考えながら、お店の中を見回す。
 最近できたというには、新しい雰囲気はまるでない。むしろ、ずっと前からあるお店みたい。

 黒猫が少し離れたところからこっちを見ている。
 飲食店で黒猫。いいのかしらとよぎるけれど、このお店にはぴったりな気がする。

 コーヒーを飲み終えて、カップを置いた私のもとに来た彼に「おいしかったです」と伝えた。彼は微笑むと、私を見つめた。

「失礼ですが――ずいぶん、悩んだご様子で歩いていましたね」
「え……いやだ、見えちゃいましたか……?」

 いやだ、恥ずかしい……。
 そんな、知らない人からも分かるくらいなんて。

 あれ、でもこの窓、外は見えないけど……あ、見える窓もあるのかしら? 
 そんなふうに自分の中で疑問を整理していると、彼は、私に静かに向き直った。

 彼のピアスが、ステンドグラスの青い光で、きらりと光った。

「突然なんですが――思い出すと、辛い記憶や切ない思いがあるのではないですか?」

 どうしてそんなことが分かるのか、と思いかけて、ふふ、と笑ってしまった。

 誰にだってきっと、そういう記憶はある。それを言ってるのね。
 とくに、私、悩んだ顔で歩いてたみたいだし。

 ……からかわれているのかしら……。

「それがあったら、どうするのですか?」

 そう聞いてみると、彼は、にっこりと微笑んだ。

「私に、買い取らせて頂けませんか?」
「買い取る……?」

 首を傾げる私に、彼はまた、とても優雅に微笑んだ。


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