3 / 11
第3話
しおりを挟む
「……え?」
私は、先が見える一本道を歩いていたのに。
ふ、と目の前に、突然、洋館が現れたような感覚だけど。
いやだ。ぼうっとしすぎ……? それにしても……。
見上げると、とても、雰囲気があって見惚れる。
白い石造りの外壁は、ところどころに蔦が這っている。
一階建てに見えるけれど、とても高さがある屋根は、一瞬、教会のようにも見えた。でも十字架のようなものは見えない。
喫茶店、かしら……?
窓ガラスからは中は見えない。
建物の正面、私の目の前にあるドアは、なんだか見慣れない紋章のような飾りが彫られていた。
なんだか不思議。お店、よね……?
吸い込まれるように近づいて、おそるおそるそのドアを開けた。
足を半歩踏み入れた瞬間、空気が変わった気がした。まるで、違う世界に入り込んだような、そんな感覚。
雰囲気のある、長髪のハンサムな男の人が、ようこそ、と微笑んだ。
黒いシャツに黒のズボン。不思議な模様の銀色のピアスが揺れていて、とても目を引く。
店主さんかな、と思いながら、少し会釈をする。
「こんにちは……?」
躊躇いがちに声を出した時、足元で何かが動いた。きゃ!と声が漏れたと同時に、黒猫だったと気づいて、口元を押さえた。
黒猫は、じっと私を、見つめてくる。その瞳がきらりと金色に光った気がして、じっと見つめ返していると、ふい、と視線を逸らされてしまった。
「何かお飲み物はいかがですか?」
「……あ、じゃあ……コーヒー、を」
「お好きな席に、どうぞ」
外だけでなく、内装も、とても素敵で雰囲気がある。
アンティークな木製のテーブルは、つやを帯びている。
窓にはステンドグラス。外は見えない。
赤や青、紫の光で、昼間とは思えない。
中も、教会のようなイメージだけど、でもやっぱり何かが違う。神聖なものは感じる気がして、何となく奥まで入れず、入口に近い席に腰かけた。周りを見渡していると、店主らしい彼がコーヒーが運んできてくれた。
金の縁取りのある素敵なカップとお砂糖やミルクを置いて、彼は店の奥に歩いて行った。
とても高価そう。ミルクを淹れてかきまぜ、そっとカップを手に取る。
いただきます、と一口すすったコーヒーはとてもおいしかった。
……いつのまにこんなお店ができたんだろう?
ぼうっとして歩いてるから、気づかなかったのかしら……。この道、最近も通ったのに。
考えながら、お店の中を見回す。
最近できたというには、新しい雰囲気はまるでない。むしろ、ずっと前からあるお店みたい。
黒猫が少し離れたところからこっちを見ている。
飲食店で黒猫。いいのかしらとよぎるけれど、このお店にはぴったりな気がする。
コーヒーを飲み終えて、カップを置いた私のもとに来た彼に「おいしかったです」と伝えた。彼は微笑むと、私を見つめた。
「失礼ですが――ずいぶん、悩んだご様子で歩いていましたね」
「え……いやだ、見えちゃいましたか……?」
いやだ、恥ずかしい……。
そんな、知らない人からも分かるくらいなんて。
あれ、でもこの窓、外は見えないけど……あ、見える窓もあるのかしら?
そんなふうに自分の中で疑問を整理していると、彼は、私に静かに向き直った。
彼のピアスが、ステンドグラスの青い光で、きらりと光った。
「突然なんですが――思い出すと、辛い記憶や切ない思いがあるのではないですか?」
どうしてそんなことが分かるのか、と思いかけて、ふふ、と笑ってしまった。
誰にだってきっと、そういう記憶はある。それを言ってるのね。
とくに、私、悩んだ顔で歩いてたみたいだし。
……からかわれているのかしら……。
「それがあったら、どうするのですか?」
そう聞いてみると、彼は、にっこりと微笑んだ。
「私に、買い取らせて頂けませんか?」
「買い取る……?」
首を傾げる私に、彼はまた、とても優雅に微笑んだ。
私は、先が見える一本道を歩いていたのに。
ふ、と目の前に、突然、洋館が現れたような感覚だけど。
いやだ。ぼうっとしすぎ……? それにしても……。
見上げると、とても、雰囲気があって見惚れる。
白い石造りの外壁は、ところどころに蔦が這っている。
一階建てに見えるけれど、とても高さがある屋根は、一瞬、教会のようにも見えた。でも十字架のようなものは見えない。
喫茶店、かしら……?
窓ガラスからは中は見えない。
建物の正面、私の目の前にあるドアは、なんだか見慣れない紋章のような飾りが彫られていた。
なんだか不思議。お店、よね……?
吸い込まれるように近づいて、おそるおそるそのドアを開けた。
足を半歩踏み入れた瞬間、空気が変わった気がした。まるで、違う世界に入り込んだような、そんな感覚。
雰囲気のある、長髪のハンサムな男の人が、ようこそ、と微笑んだ。
黒いシャツに黒のズボン。不思議な模様の銀色のピアスが揺れていて、とても目を引く。
店主さんかな、と思いながら、少し会釈をする。
「こんにちは……?」
躊躇いがちに声を出した時、足元で何かが動いた。きゃ!と声が漏れたと同時に、黒猫だったと気づいて、口元を押さえた。
黒猫は、じっと私を、見つめてくる。その瞳がきらりと金色に光った気がして、じっと見つめ返していると、ふい、と視線を逸らされてしまった。
「何かお飲み物はいかがですか?」
「……あ、じゃあ……コーヒー、を」
「お好きな席に、どうぞ」
外だけでなく、内装も、とても素敵で雰囲気がある。
アンティークな木製のテーブルは、つやを帯びている。
窓にはステンドグラス。外は見えない。
赤や青、紫の光で、昼間とは思えない。
中も、教会のようなイメージだけど、でもやっぱり何かが違う。神聖なものは感じる気がして、何となく奥まで入れず、入口に近い席に腰かけた。周りを見渡していると、店主らしい彼がコーヒーが運んできてくれた。
金の縁取りのある素敵なカップとお砂糖やミルクを置いて、彼は店の奥に歩いて行った。
とても高価そう。ミルクを淹れてかきまぜ、そっとカップを手に取る。
いただきます、と一口すすったコーヒーはとてもおいしかった。
……いつのまにこんなお店ができたんだろう?
ぼうっとして歩いてるから、気づかなかったのかしら……。この道、最近も通ったのに。
考えながら、お店の中を見回す。
最近できたというには、新しい雰囲気はまるでない。むしろ、ずっと前からあるお店みたい。
黒猫が少し離れたところからこっちを見ている。
飲食店で黒猫。いいのかしらとよぎるけれど、このお店にはぴったりな気がする。
コーヒーを飲み終えて、カップを置いた私のもとに来た彼に「おいしかったです」と伝えた。彼は微笑むと、私を見つめた。
「失礼ですが――ずいぶん、悩んだご様子で歩いていましたね」
「え……いやだ、見えちゃいましたか……?」
いやだ、恥ずかしい……。
そんな、知らない人からも分かるくらいなんて。
あれ、でもこの窓、外は見えないけど……あ、見える窓もあるのかしら?
そんなふうに自分の中で疑問を整理していると、彼は、私に静かに向き直った。
彼のピアスが、ステンドグラスの青い光で、きらりと光った。
「突然なんですが――思い出すと、辛い記憶や切ない思いがあるのではないですか?」
どうしてそんなことが分かるのか、と思いかけて、ふふ、と笑ってしまった。
誰にだってきっと、そういう記憶はある。それを言ってるのね。
とくに、私、悩んだ顔で歩いてたみたいだし。
……からかわれているのかしら……。
「それがあったら、どうするのですか?」
そう聞いてみると、彼は、にっこりと微笑んだ。
「私に、買い取らせて頂けませんか?」
「買い取る……?」
首を傾げる私に、彼はまた、とても優雅に微笑んだ。
227
あなたにおすすめの小説
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
老聖女の政略結婚
那珂田かな
ファンタジー
エルダリス前国王の長女として生まれ、半世紀ものあいだ「聖女」として太陽神ソレイユに仕えてきたセラ。
六十歳となり、ついに若き姪へと聖女の座を譲り、静かな余生を送るはずだった。
しかし式典後、甥である皇太子から持ち込まれたのは――二十歳の隣国王との政略結婚の話。
相手は内乱終結直後のカルディア王、エドモンド。王家の威信回復と政権安定のため、彼には強力な後ろ盾が必要だという。
子も産めない年齢の自分がなぜ王妃に? 迷いと不安、そして少しの笑いを胸に、セラは決断する。
穏やかな余生か、嵐の老後か――
四十歳差の政略婚から始まる、波乱の日々が幕を開ける。
〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です
ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」
「では、契約結婚といたしましょう」
そうして今の夫と結婚したシドローネ。
夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。
彼には愛するひとがいる。
それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる