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50.オレの世界に
しおりを挟む楠さんも食べるか聞いたけど、まだ仕事が色々あるから、と帰っていった。
瑛士さんにはしばらく仕事をしていてもらって、オレは夕飯作り。仕上げの時だけ少し手伝ってもらった。
テーブルで向かい合わせで、一緒にごはん。
瑛士さんは、いつもめちゃくちゃ美味しいって言ってくれるので、本当、うれしいかも。
「凛太、総菜屋さんとか出したら、売れると思うなぁ。その時は、出資するからね」
楽しそうにそんな風に言ってくる。「あれ、オレ、医者……?」と笑いながら聞くと。
「医者と総菜屋のオーナー兼業とか。――凛太が指導だけして店は誰かに任せるとか」
「本気ですか?」
「そうしたいくらい」
そんな風に言って、おいしそうに食べてくれる瑛士さんを見つめる。
子供の頃、ちゃんと座ってなくておばあちゃんに怒られてたとか言うけど――姿勢も良いし、お箸の持ち方も綺麗。指がとっても綺麗だから、お茶碗を持つ手とかも、綺麗。大きくて、男っぽくて、カッコいい。この人、細部まで、とっても綺麗だな。
いいなあ。見てて嬉しくなるくらい、おいしそうに食べてくれる。
「きんぴら、おいしい」
「オレも好きなんです。適当に作ったらちょっと味ちがってて、これは、もう一回レシピ確認して覚えたものなので」
「そのレシピ、本になってたりするのかな?」
「どうなんでしようね、教室はプリントでやってたみたいで。しかも、手書きなんですよ、野菜とかの切り方とかも、手書きで。可愛いんです。だから母さんも、オレに引き継いでくれたと思うんですけど」
「いつか、凛太、そこら辺改良して、レシピまとめて、本にするなら――出版、全力で後押ししてあげるね」
「どうしてもオレを料理の方に進めようとしてますか?」
「――それだけおいしいなーってこと。あとあれだよね」
「?」
「凛太が楽しそうに作ってるのが、可愛いから、余計おいしい気がする」
「――」
口に入ってたものを、とりあえず飲み込んでから、オレは、瑛士さんを見つめた。
「瑛士さん、あの」
「ん?」
「……可愛いって、言ってくれるのは嬉しい……ような気はするんですけど……」
「ような気はする……」
そこだけ繰り返して、クスクス笑う瑛士さん。
「瑛士さんは言いなれてるのかもですけど、オレは、可愛いって言われること自体あんまり記憶にないくらいなので――」
「うん?」
「言われるたび、少し、動揺するんです。あと、撫でてくれるのも――おんなじ感じです」
「動揺……」
瑛士さんは、ん、と少し考えて。
「でも、可愛いって言った時も、撫でる時も――凛太、ふわふわした顔するから」
「……ふわふわってなんですか??」
「ん……嬉しそうな顔?」
「……嬉しいっていうか、多分、どっちかというと、どうしていいかわからない顔です」
そうなの? と瑛士さんは、オレを見つめ返して、ちょっと笑う。
「あと、人前で可愛いとか言われると……なんかその人、可愛いねって返さなきゃいけない感じになっちゃいますし……」
「――」
「ちょっとご迷惑かなって……」
言いなれてると思う人に、わざわざこんなことを言うのも、なんかほんとに、そこまで思って言ってないよ、みたいな感じに思われるかもしれなくて、ほんと、自意識過剰みたいな感じがして恥ずかしいけど。瑛士さんと出会ってからの日々。何度も同じことを思ってきたので、頑張って伝えてみた。
「――んー……」
箸を置いた瑛士さんが、オレが言い終わるまで、じっと聞いていてくれたのだけれど。
「あのさ」
「――?」
「オレ、そんなに、可愛いは言いなれてないよ」
「――」
「凛太、なんか勘違いしてる」
え。……言いなれてない?? いや、そんなはずは。
「だって、瑛士さん、オレにすら、流れるように言うから、もう口癖なんじゃないかと……」
え、という顔でじっと見られるから、少し声のトーンを落として、「そう思って……」と続けた。
「だって可愛いから」
瑛士さんは、なんだか、けろっとした顔でそう言い放ち、オレを見つめた。
「オレ、こういったらなんなんだけど……ほんとただでさえモテるのに、可愛いなんて言ったらもう、口説いてると思われて、最悪な訳。――だから、意識して言わないようにしてきた」
「――そう……なんですか?」
――んん? じゃあなんで、オレにはあんなに言うんだろう。
楠さんだって、何回言うんだって、言ってたし。
「それに、凛太に思うほど、他の人に可愛いなんて思ってないし」
「――」
「オレが、他の人にも可愛い言いなれてるから、口癖みたいに言ってると思ってたの?」
心外すぎるんだけど、と、腕を組んで、オレをちょっと睨んでくる。
――言いなれてないなら。
何でオレには言うのかな。
……口説いてると思われて最悪って言ってるのに。
あ。オレは契約結婚相手だし。 ――だから、口説くわけないっていうのが前提にあるから、言っちゃうのかな?
瑛士さんにも口説いてるつもりがまったくないから、年下の大学生、可愛い、みたいな。ふむふむ、なるほど。そっか。
「凛太が困るなら、他の人に同意求めるのはちょっと減らそうかな……」
「減らすんですか? なくすんじゃなくて?」
「いや、自然に言っちゃいそうだから……」
――なんか……もうこの人ってば。
他の人のことも、無意識で口説いてるんじゃないのかな。だから、仕事に影響が出るくらい、モテちゃうんじゃ。
絶対そうだな。もう。
「瑛士さんは、神様の贈り物みたいに綺麗な人なんだから、あんまり、優しい顔、しちゃだめですよ。もう、立ってるだけでも、絶対モテると思いますし」
「――」
「優しい声とか、出さない方がいいですよ。優しく笑うのも。自然としちゃってるんですよ、瑛士さん。だから、契約結婚なんかしようって考えるくらい、お見合いの話とかもきちゃうんですよ」
自然と眉を寄せながらそう言ったのに。
瑛士さんは、ぷっと笑った。
「神様の贈り物みたいに綺麗、とか。殺し文句? オレ、他の奴には、優しくしない方が良い? って――嫉妬だったりする?」
楽しそうに笑いながら、そんな風に言ってくる。
「もー違います。からかわないでください」
むむむ、と膨らんで、箸を持ち直して、食事の続き。
瑛士さんもクスクス笑いながら、また食べ始めた。
しばらく二人とも無言で、食べてたけど。瑛士さんが、ふ、と笑った。
「――契約結婚、さ」
「……?」
「もっと契約的で――何の関係もなく過ごして、みたいにするつもりだったんだけど――」
「――」
「……普通に、人として――凛太、好きだからさ。絡んでもいい?」
「――それは……オレも、瑛士さん……大好きですよ?」
そう言ったら。瑛士さん、ふは、と笑い出して。
「――ここで、大好きとか、言ってくれるとこだよ」
「――あ。つい」
なんか、嬉しかったから、つい。
「そういうとこ。ほんと、可愛いと思う」
――あ。また言った。
「オレ、本当に、そんなに可愛いなんて、人に言ってきてないよ」
「……別に……言ってても、いいんですけど」
「言ってないってば」
ふ、と笑う瑛士さん。
なんだろ。この。
――またちょっと、体の奥が、疼くみたいに、痛いのは。
「食べたらもう少し仕事する。凛太も?」
「あ、はい。後二冊。ざっと読みたいです」
「ん。じゃあ食べて、片付けよ」
「はい」
なんか。瑛士さんは本当に。
キラキラで、綺麗で、言葉が優しくて、手も、指も、優しくて。でもって、なんかでっかくて、すっぽり包まれるサイズ。うーん。
なんか本当に。――オレの世界には居なかった人だ。
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