93 / 142
93.緩んでいるのかも。
しおりを挟むぼー、と海を見ながら、思いつくままに話してみる。普段、あまり人に話さないことも、なんとなく瑛士さんなら、聞いてくれるような気がした、から。
「オレね、瑛士さん。水族館も観覧車も……幸せの象徴みたいなものなんです」
「――そうなんだ」
「はい。母さん、オレが小さい頃はまだ元気で……って言っても、オレが気づいてなかっただけなのかもしれないけど……とりあえず、こういうとこにたまに連れてきてくれるくらいは、元気で―――オレ、ほんとに、好きで」
景色を遠く眺めながら、ぼんやりと昔を思い出す。
「二人で乗ってて……なんとなく、一人ずつ座るものっていう認識は、もうあったんですけど、オレ、絶対母さんの隣に座って……楽しいねって、ずっと言ってた気がします」
「――うん。凛太、お母さん、大好きだったんだね」
「……そう、ですね」
「オレも。好きだったから、分かる。寂しいよね」
「――――……そう、ですね……」
……あれ。
…………なんか。喉の奥、痛い。
こんなに、綺麗な、景色を見てるのに。
母さん、死んじゃったのも、もう結構前なのに。
意味分かんない。――――こんな、楽しいとこで、綺麗な景色見て、なんでこんな……瑛士さん、びっくりしちゃうだろうし。
急に浮かんだ切なさに困り切った時。ふと瑛士さんが動いた気がして、でも見上げられずに固まっていると、「ちょっと詰めて」と言われて、隣に、瑛士さんが座った。
え、と思わず瑛士さんを見た瞬間、たまっていた涙が零れ落ちて。
瑛士さんはちょっとびっくりした顔をしてから、ふわ、と優しく笑って――出してくれたハンカチで、オレの頬と目元に触れた。
「我慢、しなくていいのに」
涙を拭いてくれてから、オレを引き寄せて、ぎゅ、と抱き締めてくれる。
「頑張ってきたよね。凛太」
「――――……べ……つに。普通に生きてきた、だけで……」
「頑張ってきたよ。いつも頑張ってるし」
ぽんぽん、と後頭部を撫でられて、なんだか胸がきゅう、と締め付けられる。……別に。他人より頑張ってきたとか、そんな感じじゃない。
自分でも割とドライな方だって思ってたし。……母さんが亡くなって、しばらく経って、もう思い出して泣くことだって無くなってきてた。「医者になる」っていう目標のために動いて、ただ毎日を過ごしてきた。
医者になるっていうのは、確かに努力はいるかもしれないけど、そんなの皆が頑張ってることだし。Ωにしては、体の不調もほとんど無くて、快適に過ごせてる方だと思うし。
父とうまくはやれないのだって、そんな話、世にいくらでもあるだろうし。
ただ、毎日を、普通に過ごしてきただけだって。自分で思うのに。頑張ってきた、なんて言われて、どうしてこんなに……心の中、じんわり、するんだろう。戸惑っていると、瑛士さんが、少し息をついた。
「……あー……オレ、なんだか、心臓が痛いかも……」
「…………え? 心臓ですか?」
「うん……」
「え……大丈夫、ですか?」
瑛士さんの突然の申告に、何秒か固まった後、ぱ、と瑛士さんを見上げると、瑛士さんはオレを見つめ返した後、クッと笑い出した。涙は、引っ込んでいた。
「……ああ、ちがう。大丈夫、病気じゃないから。凛太が泣くと……ちょっと胸が痛くなるってこと」
そう言うと、クックッと笑い続けながら、オレの頭を引き寄せて、ぽんぽん、と撫でてくる。
胸が、痛い、か。最近オレも良くあるような……。胃なのか心臓なのか、なんか全然よく分かんないけど、とにかく体の奥の方。なんだか瑛士さんと居ると。オレの、常にほぼ一定だった情緒が、妙に乱れるような。こんな感じで泣くとか、ほんと、意味分かんない。
瑛士さんに、心配かけちゃったのかな……申し訳ないな。
そこまでちゃんと言語化して考えてはなかったけど、なんとなく――オレは、もう一人だから甘えないようにちゃんとしなきゃ、って思ってた気がする。なのに……なんか、瑛士さんが優しすぎるせいか、一緒に居ると安心して、きっとオレ、なんか色々緩んじゃってるのかもしれない。
……ちょっと、気合入れ直して。しっかりしないと。
そう思うのに。
涙はもう引いているのだけれど、瑛士さんがぽんぽんと撫で続けてくれてるのがどうしても――なんだか嬉しくて。
自分から、瑛士さんの腕から離れることもできないって。
うーん……。
ほんとに、しっかり、しないと。
そんなことを考えながら、瑛士さん越しにまた海が目に入る。太陽が光る海が綺麗なのは当たり前のことな気がするんだけれど。なんだかとても眩しく感じるのは、きっと、瑛士さんが居るからかも。そんな風に、思った。
(2025/4/11)
1,876
あなたにおすすめの小説
のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした
こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。
学内一のイケメンアルファとグループワークで一緒になったら溺愛されて嫁認定されました
こたま
BL
大学生の大野夏樹(なつき)は無自覚可愛い系オメガである。最近流行りのアクティブラーニング型講義でランダムに組まされたグループワーク。学内一のイケメンで優良物件と有名なアルファの金沢颯介(そうすけ)と一緒のグループになったら…。アルファ×オメガの溺愛BLです。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果
ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。
そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。
2023/04/06 後日談追加
親友が虎視眈々と僕を囲い込む準備をしていた
こたま
BL
西井朔空(さく)は24歳。IT企業で社会人生活を送っていた。朔空には、高校時代の親友で今も交流のある鹿島絢斗(あやと)がいる。大学時代に起業して財を成したイケメンである。賃貸マンションの配管故障のため部屋が水浸しになり使えなくなった日、絢斗に助けを求めると…美形×平凡と思っている美人の社会人ハッピーエンドBLです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる