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◇希生さんちへ
「好きな人とピアノ」*優月
しおりを挟む「ねね、玲央、早く、弾こ?」
椅子を手前に引き出しながらオレが言うと、隣で蓋を開けるのを見ていた玲央が、オレを見下ろしてクスクス笑った。
「そんな焦らなくても逃げないよ」
「分かってるけど。弾きたい」
「連弾の楽譜持ってくる。あの本棚に入ってるから。何か弾いて、聴かせて」
「あ、うん!」
玲央にそう言われて、自分の中の気持ちが、ふわぁ、と盛り上がる。
玲央が微笑みながらオレに頷いて、それから奥の本棚に向かって歩き出すのを見ながら、オレは、椅子に腰かけて、まっすぐにピアノに向かった。
すう、と深呼吸。
ゆっくりと、指を鍵盤に置いて、足をペダルに静かにかける。
「――――……」
ほんのほんの少しだけ、鍵盤を下ろすのに抵抗を感じる、弾き始めが、大好き。
そのまま、ゆっくりと指を滑らせると音が溢れて、高い音も低い音も、部屋に満ちてく。
すごく、いいピアノな気がする。音がクリアで綺麗だし、広いから音が綺麗に抜けて行って、ちょっと、感動。
静かにオレの隣に戻ってきた玲央に気づいて、弾きながら見上げる。
目が合うと、ふふ、と自然と笑みがこぼれた。
そっと、玲央が鍵盤に手を伸ばしてきて、合わせて弾いてくる。
有名な曲だから知ってるのは分かるけど……同じ音を重ねてくる訳じゃなくて、少し違う音で、音を膨らませてくる。
ああ、なんかもう。
ほんと気持ちいい。
曲を途中でしめて、最後にポン、と好きな音を奏でた。
「優月のピアノは――――……本当に、のびのびしてるよな」
くす、と玲央が笑ってそう言う。
頭を撫でられて、ふ、と見上げる。
「なんかそれピアノの先生にもよく言われた」
「だろうな」
クスクス笑いながら、玲央が隣に腰かけた。
「玲央の重ねてくれる音が、すごい好き」
「そう? それは良かった」
玲央も嬉しそうに笑ってから、はい、と楽譜を渡される。
「どの曲がいい? 全部連弾の楽譜」
「なんでもいいなぁ……あ、玲央、連弾は二曲くらいにしてさ」
「ん?」
「玲央が一人で弾くのも、聴きたい」
「オレが一人で? コンサートみたいだな」
「うんうん。玲央のソロコンサートみたいに」
「……観客、もっと一般人の方がいいな」
玲央が苦笑いを浮かべる。
「なんで?」と聞くと、玲央はますます笑いながら。
「じいちゃんと、蒼さんと久先生って……」
「あ、緊張、とか?」
ふふ、と笑って聞くと、「緊張っていうか……何だろうな、この気持ち」と玲央が、んー、と考えてから、よく分かんねえな、と笑う。
「なあ、何で連弾じゃなくてオレだけで?」
「んー……なんとなく。玲央だけのピアノも、希生さん、聴きたいかなって思って」
「そう?」
「うん……ていうか、オレも、聴きたい」
そう言うと、ん、とオレを見つめたまま数秒。
ふ、と玲央が笑う。
「オッケ。本気で弾く」
「――――……」
玲央の綺麗な瞳が、キラキラして見える。
「……玲央」
「ん?」
すぐ隣に座ってて、ほんとにすぐ近くにある玲央に。
そうっと近づいて。
ちゅ、と。
キス。
してしまった。
「――――……」
ぼー、と見つめあってると、玲央が、ふ、と瞳を緩めた。
「珍し」
クスクス笑う玲央に、引き寄せられて、ちゅ、と唇が重なってくる。
オレの触れるだけですぐ離したキスとは違って、何だかゆっくりと重なる、ほんと優しいキス。
「……どした?」
少しして離れた玲央が、笑みを含んだ声で聞きながら、オレを軽く抱き締める。
「ううん。なんか。素敵だなーと思って」
むぎゅ、と抱きついてから、少し体を引く。
「曲、選ぼ?」
にっこり笑って見せると、玲央も、ん、と笑う。
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