平原圭伝説(レジェンド)

小鳥頼人

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3巻

4_誠心誠意とは金額ではなくプライスレスである ③

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 ――ピンポーン
「ハァイハェ~イィ」

 会計ボタンが押されたのでレジに行く。
 呼び出してきたのはさっき俺のオススメをガン無視した無礼なオッサンだった。この俺をパシリで呼び出すたぁいい度胸してんな。
「ヲ会計九百円ニナリマァアス」
 ……ちっ。千円分すら食べなかったのかよ。ケチ臭いな。
「これでお願いします」
 オッサンがコイントレーに乗せたのは千円札――むむっ、こいつは。
「オイオイヲ前ェ~! コノ俺ニ折レ曲ガッタ札ヲ渡スノハ無礼千万ヨ。ピン札持ッテコイヤ。秘技・受ケ取リ拒否ヲ発動スル!」
 俺は千円札を客の顔面に投げ返した。
「いやあの、受け取ってもらえないと支払いができないんですけど……」
 オッサンも負けじと再び折れ曲がった千円札をコイントレーに置いた。
「銀行行ッテピン札ニ変エテモラエヤ!」
「日曜だから銀行やってませんし……」
 俺は折れ曲がった札を中指でピンと弾いて無礼な客にコイントレーごと突き返した。小汚い札を俺に何度も触らせるとはバカモノが。今すぐダッシュでピン札と取り代えてこいや。
「……交通電子マネー払いでお願いします」
「ハッ!? ヲ前ソレデモ日本男児カ!? 男ハ黙ッテニコニコ現金ピン札払イ! コレ即チ日本男児ノ支払イ方法!」
 そんなスイカだかメロンだか分からん電子マネーなんぞ金銭とは認めん!
「ピン札ピン札って、結婚式のご祝儀しゅうぎじゃないんだから……」
「ソノ怠惰たいだガ今ノヲ前ノ人生ヲモノガタッテイルノダヨ!」
 休日の昼下がりに一人むなしく牛丼イーツ。自分の人生設計を再構築することをオススメする。

「――平原クゥ~ン??」

 いつの間にやら俺の背後に立っていた店長からガシッと肩を掴まれた。とてつもない圧を感じる。
「気配スラ感ジサセナイトカ、ヲ前忍ビノ者カヨ……」
「黙ってお客様が出してくださったお札で会計をしようか?」
「……ヘィ」
 声のトーンとぱっと見の表情は優しく作っても根底にある怒りが漏れ出ている店長だった。
 俺が渋々会計を済ませると店をあとにしたクソオヤジと入れ違いで次なる客が入ってきた。
「イラッシャイマ~セェ~~エッ!」
「………………」
 入店客――高岩は俺と目が合った瞬間にきびすを返して店から出た。
「――――ッテ待チヤガレッ!!」
 俺の脳内計算機では入店した段階で売り上げ金額を加算してるんだよ。冷やかされると収益が狂うだろうが!
「オラッ! 捕マエタゾ高岩ァ!」
「平原さん足速いですよ」
 陸上部をナメんなよ。長距離専攻だが短距離だって自信があるのよ。
「俺ガ働イテル店ニ金ヲ落トシヤガレ!」
「嫌です」
「ハナァアーーーーーーーーン!?」
 即答も即答。
 どうした? コイツは本格的に反抗期に突入したか?
「ナンデ俺ノ店デ客ニナラネーンダヨ! イイカラ黙ッテ牛丼食ットケヤ」
「そんなの僕の勝手じゃないですか。平原さんに指図されたくないです」
 高岩は俺の目も見ずに反論しおった。
「実ハ新山モ労働シテイル。三者豪華揃イ踏ミダゾ」
 俺たち三人はいつもつどう運命にあるようだな。
「新山さんはまたもや巻き込まれたんですね……」
 高岩はなぜかあわれみの表情を浮かべた。
「平原さんや新山さんが働いてるって余計に行きたくありませんよ。食べ物に何仕込まれてるか分かったもんじゃないです」
「ナンジャコラ失礼ダゾ!」
「だったら日頃の行いを是正ぜせいしてくださいよ。そもそも平原さんに礼儀なんているんですか? 平原さん自体が無礼の塊なのに」
 是正ぜせいだぁ? こちとら何一つ非難される行動など起こしちゃいないんだが?

「――あっ、空羽さん」
「ナニッ!? ドコダッ!? ドコダ葵イィィイーーーーーーーーッ!!」

 俺は身体を何回転もさせてガールフレンドの姿を探す――……が、どこにもいなかった。
「イネージャン……ッテ、コラーーーーーーーーッ!!」
 回転してる間に高岩は脱兎だっとのごとく逃げていた。アイツも足は結構速いんだよな。
「……獲物ヲ逃シテシマッタ」
 おのれ高岩め、人様をあざむいて逃走とは今度ファミレスで小二時間は説教かましてやる。俺はファミレスでは水一杯で六時間は粘れる男だからな! お代もかからないしコスパ最強!

 店内に戻った俺は、
「コレハ……夢カ……幻カ……ドリーム・ザ・ワールドゥ……」
 驚愕の光景をの当たりにした。
「千円のお預かりで百五十円のお返しになります。ありがとうございました!」
 なんと、「ウィッス」しか発しない邑園が、普通に日本語を発していたのだ。
「テチョーーーーーーッ!! 邑園ガ母国語ヲ喋ッテイル! ドウイウコトナノカ詳細ナル説明ヲ要求スル!」
 これは忌々ゆゆしき事態だぞ! 邑園のアイデンティティに関わる重大事案だ!
「はぁ? どういうもなにも日本人だし当然でしょ」
「日本人ガ全員日本語ヲ話セルト思ウナヨ」
「確かに君は日本語が怪しい……」
「ンナワッキャネーダロメェーーッ!」
 出た出た。俺のイントネーションが神がかってるから嫉妬で無理矢理けなす愚かな行為。
「邑園! ヲ前普通ニ喋レルノカヨ!?」
「ウィッス」
「……カラノ結局コウナルノカヨ」
「ウィッス」
 もうまともにこいつを相手にするだけアホらしく思えてきた。
 そんなこんなで接客を再開していると、

「――あれ? 圭じゃん」

 リアル葵が来客した。
「葵! 今度ハ虚像きょぞうジャナクテ現実ノ葵ナンダナ!?」
 驚きの表情を作ったのは葵だけじゃない。かくいう俺も同じだ。
「何言ってるのさ。当たり前じゃん」
 君の顔が見られるとは。地獄の労働空間も一瞬にして花園に様変わりしたよ。
「葵ッ! 恋ッテスゴイナ!」
「……え? あ、うん、そうだね」
 俺の言わんとするメッセージをみ取れず小首を傾げながらも同意してくれるあたり、葵だよな。
 葵を天敵と見なしてる新山は――キッチンにこもってるから今回はあいまみえる展開にはならないな。
「席ハ前モッテゴ用意シテオキマシタ、いとシノマイスィ~トプリンセス」
 俺は店内で最も奥の四人がけのテーブルをてのひらで指し示した。
「え? い、いいのかなあ……?」
 彼氏からVIP待遇を受ける葵は困惑したままその場を動こうとしない。
「特定のお客様を贔屓ひいきするのはやめなさい」
「ハッ!? 葵ハ彼女! 特別扱イスルノハ当然のことわりナリ!」
 特別扱いしなきゃ彼女の意味ねーじゃん。店長はマジで空気読めないな。
「それを公私混同と言うんだよ」
「何ガ悪イノダ?」
 好きな子のために尽くしたい喜ばせたい俺だけを見てほしい。何がダメなんだよ。
「許される所業しょぎょうと許されない所業しょぎょうの区別もつかない非常識さがこの上なく極悪だわ」
 極悪って。俺の行いが有罪とでも言いたげでウザいぞ。
「サービスデ飲食料金ハ当店デ全テ負担イタシマス。オ好キナ料理ヲゴ注文クダサイマセ」
「おい」
 店長の文句を涼しくスルーする俺だったが、奴は顔に熱を染めて俺の前で仁王におうちした。
「詐欺罪だけじゃあきたらず横領の罪まで背負いたいとは強欲じゃね?」
「俺ホド無欲ナ男ハオラヌゾ」
 欲張りなのは俺、新山と二馬力を無償でこき使ってるお前じゃね? タダより恐ろしいものはないんだぞ、覚悟しとけや。
「恋は盲目もうもくとは言ったものだが……」
「恋愛経験ナイテチョニハ分カランカ」
 どう見てもモテなそうだもんな、このオッサン。一方で俺は十代で彼女がいてわりーな。
「俺は既婚だよ」
「ダウト。結婚指輪ガッ、ナイッ」
 パートナーがいると口でほざくだけなら新山ですら可能だわ。
「食品を扱う仕事だから外してるだけだ」
「言イ逃レヲ……」
 見苦しい奴だ。店長の格が落ちるから自重せよ。
「今時は結婚指輪をつけない既婚者は多いよ」
「一瞬デモ指輪ヲ外シテル時点デ愛モ離レテイルコトニ気ヅケ?」
 指輪をつけない俺ら私らカッケーと思ってるんだとしたら既婚の風上にも置けんぞ。
「君が何を知ってる?」
 店長が俺を小馬鹿にしてきてウザってぇ。
「指輪ヲ常ニツケテオクコトデ心ガ合体サレルダロウガ!」
「物理的には幾度いくどとなく合体したがな」
「聞キトウナイィッ! 俺ノ鼓膜こまくヲ破壊スル気カアァッ!」
 中年夫婦の情事を連想させるでないわ! 飲食店でその発言ははなはだ不適切だぞ! 抜き打ち監査が来てたら一発アウトで営業停止処分は免れないぞ。
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