平坂アンダーグラウンド

小鳥頼人

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Chapter2:魚もおだてりゃ空を飛ぶ ①

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 前回のお話から早三年。
 俺は人生逆転して父親の会社の跡継ぎとして世界を駆け回っていた。毎日が大忙しだけど、やりがいもあって充実した人生を過ごしている。
 ……ま、全部嘘だけどな。
 本当は前回のお話の翌日。
 今日も今日とて暇な俺は例に漏れずに街を散歩していた。今日もいい青空だ。
 と、河川敷の橋を女の子が歩いていることに気がついた。
(あれ、あの人って――)
 遠目からだけど、人の顔を覚えるのが苦手な俺でも見覚えがあった。
(高校の時のお嬢様先輩だ)
 平坂高校でひときわ周囲の注目を集めてた女子生徒がいたっけな。
 目立つ理由は容姿端麗な外見と、いいとこのお嬢様だから、だっけ。
 俺は一度も喋ったことがないので彼女の素性すじょうはそれしか知らないし、そもそも住む世界が違うので関わろうとも思わなかった。
 今思うと名前すら思い出せない。
 つまり、そこまで興味が湧かなかったのだ。
 色々と考えている間にその人も俺の存在に気づいたようで、立ち止まってこちらを見つめている。うおお、なんか怖ぇ。
 薄ら怖いのでシカトして再び足を踏み出した。
 すると、あの人が走ってこちらに向かってくるではないか!
「話が切り替わっても鬼ごっこっフゥー!」
 俺は謎のテンションで感情を誤魔化し、自分は短距離陸上選手だと自己暗示して逃げ切った。この作品、ひたすら走ってばっかだな。
「上手く撒いたな」
 さすがに元野球部の男が全力疾走で女子に追いつかれたら情けなすぎる。友達から一生イジりのネタにされる失態だ。いやまぁ友達いないんだけどね。
「……ん? あの人何やってんだろ」
 平坂市の河川敷は結構面積がある。逃亡のためにそれなりに駆け抜けたが、それでもまだ河川敷の風景がどこまでも広がっている。
 そんな広い河川敷の一角で、五十代くらいの中年男性が双眼鏡で空を見ていた。もう片手には釣り竿が握られている。
(釣りをするなら空を眺める必要はないよな?)
 あのオッサンの奇天烈きてれつな行動が気になったので、近くまで行ってみる。
「………………」
 オッサンは俺の接近に気がつかない。それほどまでに集中しているのだろう。
 それにしても、釣り人の身なりで川ではなく空を見上げ続けているのはなんともシュールな絵面だ。
「ゴホン。あの、空に何かいるんですか?」
 話しかけると釣り人はようやく俺の存在に気がついた。
 集中していたところに横槍を入れられたせいか、不機嫌そうに空から視線を落として俺の顔を睨んでくる。
「お前、誰?」
「高校中退のしがないニートっす」
「そうか。切ないね」
 オッサンは俺の素性を知っても興味がないのか、薄口のリアクションだった。
「ちなみに俺はスーパーの品出しアルバイトだ」
 年齢的に正規の役員でもおかしくないけど、深い事情でもあるのか?
「リストラや倒産の影響ですか?」
「ちゃうちゃう。俺は五十数年の人生で一度も就職したことがないんよ。高校中退からのアルバイト生活一筋だ。当然独身貴族よ」
「左様でございますか」
 なんだろうね。親近感が湧いたし、バイトしてる分俺より全然立派なはずなのに、謎の優越感を抱いてしまう。というか貴族と呼べる生活ができてるのか気になる。
「俺はなぁ――空を飛ぶ魚を探してんだよ」
「…………は?」
 オッサンは遠い目をしてイカれた発言をさらりと口走りやがった。
 空を飛ぶ魚……? これまたすげぇ生物を追い求めてらっしゃるようで。
「それって、トビウオですか?」
 トビウオは空こそ飛べないが、水上であれば海面すれすれを滑空かっくうできる。
 しかし、トビウオは太平洋をはじめとした温帯の海に生息する海水魚であって、平坂河川敷の川――濁杉川にごりすぎがわ周辺を探しても見つかるはずがないんだが。
「トビウオは空飛べないだろ」
 オッサンは俺の返答を否定して、やれやれと溜息をいた。なんかムカつく。
「空を背景に飛んでる魚って意味じゃないんですか?」
 空こそ飛べなくても水上に飛んだ魚なら、見方によっては空をバックに飛んでいるように映らなくもない。
「違う。鳥のように空を羽ばたく魚だ」
「えぇ……」
 マジモンの空を飛ぶ魚のお話を大真面目に話しておられた模様。
 そんな生物存在するのかねぇ?
「奴は大空も舞うし、水面すいめんにも浮かぶ」
「それかもあたりカモ……かもだけに?」
「ウッゼェダジャレはいいんだよテメェぶち殺すぞ!!」
「あっすんません」
 軽くおちゃらけただけのつもりだったのにめっちゃくちゃキレられた。この人の地雷分からなすぎでしょ? こっわマジ恐怖なんすけど。
「俺はよぉ――魚だって自由に空を飛べると世界に証明したいんだよ」
「それを証明してどうなるんですか?」
「子供たちに夢を与えられるだろ。魚だって空を飛べるんだ。だったら僕も私もあちきもおいどんも拙者もまろもそれがしも、空を羽ばたけるかもしれない、と」
「は、はぁ~」
 マジでこの街にはマトモな住民はおらんのか?? 思考回路がブッ飛びすぎててとてもついていけんわ。釣りか? 釣り人だけに、俺をネタで釣ってよろこんでるのか?
「だが、しばらく探してもいっこうに見つからなくてな」
 そりゃあ見つかるわけがないでしょ。人の夢や趣味にケチつけたくはないけど、もっと人生を有意義に過ごす手立ては他にいくらでもあるでしょ。
「見つかるといいですね。頑張ってください」
 俺は笑顔で会釈をして右足を踏み出す。
「待て」
 が、腕をホールドされた。釣り糸に巻きつけられる形で。器用な技だな。
「一緒に探してくれないか?」
「いやぁ俺はそういうの向いてないんで。他を当たってくれませんかね」
 向いてる人間すらいないと思うけど。オカルトごとは完全に管轄かんかつ外なんでね。
 するとオッサンは、
「ニートだし、どうせ暇だろ?」
 無情な言葉を突きつけてきた。
 出たよ、魔法の呪文。それを言われた日にゃあ何も言い返せない。実際暇だから。
「分かりましたよ。で、俺は何をすれば?」
「俺と一緒に魚を探してくれりゃいい。簡単な仕事だろ?」
「はぁ」
 姿形も不明、特徴の情報もなし、なんなら名前すら分からぬ未知なる魚探しのどこが難易度イージーなんだよ。
 オッサンからしたら難しくないのかなとも思ったけど、コイツも一切収穫がないようだし、無謀な挑戦だよな。
「で、濁杉川にごりすぎがわ近辺を探せと言うんですか?」
「川だけじゃない。空を舞う以上、奴の行動範囲は当然川以外も視野に入る」
 オッサンはさも当然のように無茶な要求を口走ってきやがった。街中まちじゅうをくまなく探せと申しますか。俺は探偵じゃないんですけど。
「えぇ……それじゃ範囲は広大じゃないですか」
「俺には分かる! 奴は平坂市内にしか生息しない!! 断言しよう!」
「その根拠はどこから湧いて出たんですか?」
「そら俺の勘よ」
「ほ、ほぉ~……」
 なるほどね。これっぽっちもアテにならない。
「まだまだ日が落ちるまで時間はある! 元気に探そうじゃないか!」
「夜は探さないんですね」
「良い子は寝る時間だからな。したがって俺も毎日夜六時には帰宅している。観たいバラエティ番組もあるしな」
 それ関係ありますか? まさか、その年齢で良い子気取ってるの? さすがに五十代半ばで若作りはキッツイでしょ。あと、テレビ番組は録画すればいいのでは?
 俺の心の叫びなど聞こえるはずもなく、オッサンは俺の肩を叩いて歩き出した。
(別々に探す提案をして、そのまま帰ろっかなぁ……?)
 奇跡を追い求める謎チャレンジに、俺は捜索開始前から気が重くなった。

    ◎

 オッサンと二人並んで市内をブラブラと回って今は商店街にいる。変人中年と中卒ニートのツーショットってよくよく考えたら結構ヤバたんだよな。
「おい、奴は空を飛んでるのに足元を見てもしょうがないだろ」
「鳥ですら地上に舞い降りる時はあるでしょ」
「奴は鳥じゃねぇ。その考えは捨てろ」
「う、うーん?」
 理由が到底納得できる内容ではなかったので首を傾げてしまった。
 クッソダルい案件に巻き込まれた感が否めないけど、手伝いを引き受けた手前は従うしかない。ある程度探して見つからなければコイツも諦めて解放してくれるだろう。
 それはいいけど、俺の分の双眼鏡はないのかよ。自分だけ便利グッズを使いやがって。
「空飛ぶ魚さーん? どこですかー?」
「叫んだら驚いて逃げられちまうだろ!?」
「だったらとことん叫んで逃げられた方が姿は目撃できますよ」
 姿が見えたら追える範囲まで追えばよくね?
 しかしオッサンからしたらその考え方はタブーのようで、
「動物には優しく! 奴も人間と同じく心がある! そのような自己中心的な手段は俺が許さん! もし強行しやがったらお前を濁杉川にごりすぎがわに沈めてやる」
「突然バイオレンスキャラになるのやめてもらえます? 俺にだって心はありますよ?」
 般若はんにゃ形相ぎょうそうでたいそう物騒な発言をかましてきた。これは大変なことだと思うよ。
「それくらい俺は奴を愛しているんだ」
「見たこともないのに?」
「愛に形は関係ねぇよな?」
「お、おぅ」
 それはそうだが、未知なる生物への愛など単なる幻像げんぞうに過ぎないと思うんだよね。
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