平坂アンダーグラウンド

小鳥頼人

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Chapter4:裏社会だってリアリスト思考 ②

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 二人を見送って青柳さんに向き直ると、彼は呆れた顔で俺を見ていた。
「お前さぁ、ちょっと頭に血が上った程度でカタギに銃を突きつけるなよ。危ねぇだろ」
「アンタがそれ言いますか!?」
 さっき息を吸うような気軽さで電柱に銃弾ぶっぱなしてましたよね?
 あと、アイツらはある意味カタギとは正反対な生き様を地で行くドクズどもだぞ。
「おいおい、極道が人をちりのようにバンバン気軽にるとでも思ってんのか?」
 青柳さんは参ったなぁと嘆息たんそくした。
「少なくとも平坂市を拠点に構えてる組はると思ってます」
 根拠はある。だって、平坂市だからな!
「あながち間違っちゃいねえな」
「そこは否定してくださいよ!?」
 間違いであってほしかった。自業自得とはいえ、知りたくなかった情報を得てしまった。夜道は背中に気をつけとこう。
 それはそうと、青柳さんに聞いてみたいことがあるので質問してみよう。
「青柳さんはなぜヤーさんに?」
「ん? なぜ俺の名を知ってるんだ? さてはお前、ヨソの組のモンか!?」
 青柳さんは俺の頬に銃口をめりこませてきた。痛いんですけど。
「さっき市長がそう呼んでたでしょおがああ!!」
 この街の住民は忘れっぽい人が多くてアカンね。
「っと、そうだった。すまんすまん」
 俺の抗議に納得した青柳さんは銃を下ろした。
「俺はなぁ――元々は警察官志望だったんだよ。だが、顔が原因で面接試験で落とされてな。代わりにヤクザになったのよ!」
「警察官志望からなぜそうなった!? 発想の飛躍転換が著しい!!」
 警察がダメならヤクザになります! ……うん、普通はそうはならない。
 あと顔を理由に不採用にした警視庁の面接官エグくない? ルックスが売りの職業じゃないのだから、顔で足切りするのはいかがなものかと。ま、警察官顔ではないのは確かだが。
「それは置いといて。こうしてせっかく縁があったんだ。何か買ってってくれよ」
「持ってるだけで捕まるモノをですか?」
 無茶振りがすぎませんかね? いたいけな若者に牢獄に入るリスクを背負えと申しますか。
俺の貧相な背中では背負いきれませんよ。しかも金まで支払って。
「毎度あり! 助かるぜ。おまけで麻酔針もつけてやるよ」
「こんなんどこで使うんすか……」
 結局お情けでマグナムを一丁購入してしまった。ついでに麻酔針も数針ゲットした。
 情けは人の為ならずだし、巡り巡って俺にいいことが訪れると信じて。
 青柳さんに恩を売っとくのも今後のためになるかもだしな。
 だが、帰宅したら母さんから絶対にバレない場所に隠さないといけない。
 どこがいいかな。外に捨てても指紋から足がつく恐れがあるし――
「ついでだから一つ、身の上話を聞いちゃくれねぇか?」
「丁重にお断りします」
 面倒な展開が待ち構えてるとしか思えないし。
「俺には愛する女がいるんだが、ご両親はヤクザとは結婚させたくないと反対すんだよ」
 語っとるやん。俺に確認したのはポーズですか?
「そうでしょうね」
 普通の親なら娘をヤクザの元に嫁がせたくはない。
「俺はどうしても愛する彼女と結婚したい。そのためならご両親に手をかける覚悟もあらぁ」
「人でなしを極めた腐りきった覚悟!?」
 仁義だか義理だか人情はどうした。どこに置いてきたんだよ。
「なんならそのあと俺も逝く!」
「彼女さん一人この世に取り残されるんですか!? 誰も幸せにならない結末ですよ!?」
 なんつーこと考えるんだ。気軽に人を消しそうで怖すぎるんですけど。鉄砲玉すぎるだろ。さっき俺にカタギに~と説教したくだりは何だったのよマジでさ。
「今はまだ若衆わかしゅの身だが、階級を上げていけばご両親も認めてくれると信じている」
「親御さんはヤクザと結婚させたくないんですよね??」
 それでなぜ、階級が上がれば結婚を認めてもらえると考えてるの? 銃ぶっぱなしまくったせいで思考もぶっ飛んだのかな?
「っと、彼女からチャットだ。ふむ、今日は家族全員実家にいるそうだ」
「なんで相手はそんな報告してくるんですか?」
「俺は束縛が激しい男なんでな」
「怖い! 彼女を縛りつける男ヤクザ怖い! それに面倒臭い!」
 偏見なのは分かってるけど、将来DVかましそう。
「そうだ、せっかくの機会だ。今日ご両親を説得しに行くか」
 青柳さんは商品を回収してブルーシートを畳みはじめた。
「フットワーク軽いっすね……ご武運を」
 ご両親の考えを聞く感じだと限りなく厳しい戦いだけど、やってみなければ何もはじまらないからね。
「お前も来るに決まってんだろ。俺らはもうただの他人じゃねぇんだからよ」
 青柳さんは当然のように俺を巻き込んできた。もう解散でよくね? ダメなん?
「いやいや俺を連れていって何になるんですか!?」
 俺がついていったところで成功率にはこれっぽっちも影響しないし、彼女さん一家も唐突に謎の若造ニートが登場したら平常心ではいられないでしょ。
「善は急げだ。今すぐ彼女の実家に向かうぞ」
「オーウ、マイガァ」
 いやぁまさか、ただの日用品の買い物一つでこんな展開になるとは思いもよらなかった。
 ――ん? 日用品……?
 何かが引っかかったが青柳さんに連行されてすぐに忘れてしまった。

    ◎

 青柳さんの車で彼女さんの実家まで向かっている。
 商品として並べられた銃の数々はどこへ隠したのやらには触れないでおく。
「今日で人生を決めてやるぜ」
「あ、はぁ。頑張ってください……」
 彼女さんの実家は平坂市内にあるので、移動時間はさほどかからなかった。
 目的地に到着し、一軒家のインターホンを鳴らす。――俺が。
「はい」
 品のある女性の声が聞こえてきた。
「突然押しかけてすんません。高桐由梨たかぎりゆりさんと交際している青柳正道まさみちです」
「そのファーストネームで汲伍組くみくみぐみの構成員やってるとか……」
 思わず口に出してツッコんでしまった。
 いやまぁ何が正道せいどうかは人によって意見が割れるだろうから決めつけはしないけどさぁ。
「あぁ正道くん。どうぞ」
「うす! お邪魔しやす!」
 青柳さんと俺は高桐一家が住む一軒家へと入った。
「……そちらの方は?」
 由梨さんママが俺に怪訝けげんそうな表情を向けてきた。
 ひとまずご挨拶だな。
「あ、俺は――」
「こいつぁ俺の舎弟で、えーっと、名前、なんだっけ?」
 舎弟!? いつから!? 舎弟の名前知らない兄貴分とか恥ずくない?
「片倉巧祐です。お初にお目にかかります」
 面倒なのでもう舎弟でいいや。二度とこの場に登場することもないし。
「はじめまして、片倉くん。よろしくね」
 由梨さんママは若々しくて小奇麗な見た目に上品な物腰だ。気品を感じられる。
 なるほど、これは確かにヤクザとは波長が合わなそうだ。
 由梨さんママに居間へ通してもらうと、父親と由梨さん本人と思われる二十代くらいの女性がソファに座ってくつろいでいた。
 由梨さんパパはかなり厳格そうな身なりだ。七三分けがさまになっている。
 二人にも先ほどと同様に俺の舎弟挨拶を済ませると、青柳さんは床に正座して、
「今日は大切なお話があって来ました。――おやっさん、おふくろさん。由梨さんを、僕にください!」
 二人に向かって折り目正しく深々と頭を下げた。
「君におやっさんと呼ばれる筋合いはなぁあいっ!」
 由梨さんパパは叫んだ。現実でそのテンプレ台詞を吐き捨てる父親ははじめて見た。
「そこをなんとか! 必ず幸せにしますから!」
 覚悟を決めて訪問した青柳さんも簡単には引き下がらない。
汲伍組くみくみぐみ若衆わかしゅの君が娘を守れるのか? 君が絡んだ危害が娘におよぶ危険性も考えた上での結論かい?」
「もちろん、命を賭けて由梨さんをお守りいたしやすし、不幸にはさせやせん!」
 由梨さんと夫婦めおとになりたい青柳さんと、娘を想えばこそヤクザとの結婚は認められない由梨さんパパとの間で応戦が繰り広げられる。
「まーくんが死んじゃったらユリは不幸だよぉ」
 渦中かちゅうの由梨さんはなんというか、ゆるふわな雰囲気の女性だ。悪く言えばあざとい系?
 身にまとっているワンピースもひらひらしており、ふるふわ度を高めている。
 この人と青柳さんの馴れめが多少気にはなるものの、今はこのコントがさっさと終わってくれることを祈るばかりだ。
「あなた。正道さんも本気だし、認めてあげたら?」
 由梨さんママは青柳さんの熱意に打たれたのか、結婚に前向きな姿勢だ。
「カタギだったらそうしてたが、なにぶん裏社会の人間ではな」
 由梨さんパパは腕を組んで唸っている。迷っておられるようだ。
「俺は娘さんだけでなく、高桐一家を全力でお守りする所存です!」
 せっかくこの場にいるんだし、ここは俺も青柳さんに援護射撃するべきだな。
「あ、ちょっといいですか」
「関係ない人間は黙っててくれたまえ!!」
「おい片倉テメェ余計なこと口走るんじゃねぇぞ!?」
 おずおずと手を挙げて言葉を発しただけなのに大人二名から怒鳴られた。
「ご、ごめんなさぁい」
 なら俺いらなくね? 今すぐにでも開放していただきたいのですが。
「ならば――――」
 すると青柳さんはジャケットの内ポケットからチャカを取り出して、
「俺の覚悟を見てくだせぇ!!」
 自らのこめかみに銃口を突きつけた。
 生半可な覚悟で臨んだ挨拶ではないと証明するつもりだ。
「この青柳正道、娘さんと一つになれないならば、命を捨てる覚悟を決めておりやす!」
 チャカを握る青柳さんの手は震えている。決してフリではない、ガチなやつや。
 男気溢れる青柳さんの覚悟を見た由梨さんパパは、
「あっそ。じゃ、はよ打ち抜いて」
 真顔で非情な命令を言い渡した。そこは止める展開じゃないんかーい!
「――ぐっ! 俺は男だあぁっ!!」
 ヤケになった青柳さんはトリガーを引いた――
 ――が、空砲だった。
 たまたま弾が入っていなかったみたいで事なきを得た。
「銃弾、空だったのか。想定外だ……」
 漏らすように呟き項垂うなだれる青柳さんを尻目に、彼の覚悟を見届けた由梨さんパパは瞳を輝かせていた。
「いや、銃弾は空ではなかったさ。今打たれたのは私の心だ。見事に打ち抜かれたよ」
 由梨さんパパは青柳さんの肩に手を置いて、
「正道君の覚悟、しかと受け取った。娘を――由梨を、幸せにしてやってくれ」
 はっきりと由梨さんとの結婚を認めたのだった。
「それで結婚承諾するの? ヤクザ云々で散々溜めたボス感は一体なんだったの?」
 認めるなら銃口を自らに向けたタイミングでよくね? チャカ空打ちしちゃいましたーからの結婚承諾って中途半端な感じがするけど、俺の感性が終わってるのかね?
 ヤクザが心底惚れた女の家族も普通ではないようだ。
 もはや何が普通なのかそれすら分からなくなってきた。明確な数値で「普通」とかいう概念の基準をくれと叫びたいレベル。
「おやっさん――はい! 必ず幸せにします! 由梨、これからも末永くよろしくな!」
「はぁ~い、まーくん。私だって、まーくんを幸せにしてあげるからね~」
 由梨さんはふわふわとした足取りで青柳さんに抱き着いた。
 そしてお互い舌を出して顔を近づけると、由梨さんパパが険しい顔に変えて口を開いた。
「家族になるにあたり、正道君には伝えておかねばならないことがある」
「はい、なんなりと」
 由梨さんパパの真剣な雰囲気に気づいた青柳さんも姿勢を正した。

「実は――――私も妻も、元極道関係者なんだ」
「「えっ」」

 普通に驚いたので俺まで声を上げてしまった。
 二人は服の裾をまくって背中を露出する。
 すると、由梨さんのご両親の身体には刺青いれずみが派手に入っていた。
「自分たちがこんなだったから、娘には極道とは無縁の人生を歩んでもらいたかった」
「けれど、やはり運命の赤い糸ってあるのね。極道の子は極道に惹かれる――面白いわよね」
 由梨さんママがそう言うなり、俺以外の全員がその場で笑う。
(この場にいる人物、俺以外ヤクザ関係者しかいねぇじゃん……)
 俺は自分の場違い感に絶望し、口から言葉が出なくなった。
(なんで俺はこんな茶番劇を最前席で見せられてるの? レビューで星1つけていいよね?)
 お金をいただきたいレベルの出来なんだけど。苦行でしかない。
 結局、あとは家族水入らずで過ごしてもらうために、俺は先においとますることと相成あいなった。

 その後、疲労困憊こんぱいで帰宅した俺だったが、母さんから頼まれてたおつかいをすっかり忘れていたため、こってりと絞られてしまったのだった。
 マジ踏んだり蹴ったりィ!
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