ワーストレンジャー

小鳥頼人

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第二出動 月花プロデュース大作戦! ⑥

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 諦観ていかんして視線を二人に戻そうとすると、
「お前らっ! 何をしているんだっ!」
 立川が月花と二人の間に立った。
「俺らはただ、時雨さんが困ってたから手を貸そうとしただけだぞ」
「何か問題でも?」
 二人は善意を前面にアピールするが、月花にはその奥に隠れた下心が透けて見える。
 きゅっと握り締めた月花の両手が震えているのを見た立川は、
「そうか。わざわざありがとう。けどここは図書室だ。図書委員の俺が代わりに相談に乗るよ」
 月花を庇いながら二人をさとす。
「あ、あぁ。じゃあ、頼むよ」
「……俺らは教室帰るわ」
 二人組は肩をすくめて図書室から出ていった。
「ごめんね時雨さん。嫌な思いをさせちゃったね」
 立川は月花へと向き直ると、苦笑を浮かべて軽く頭を下げた。
「さっきの二人は知り合い?」
 月花は首をふるふると横に振る。
「……ううん、知らない人たちだった」
「そっか。知らない男子生徒から急に声をかけられたらビックリしちゃうよね」
 立川が月花の心情をおもんばかっていると、
「時雨さんは綺麗だし知名度が高いから男子たちから狙われちゃうよねー」
 小沢もその場へとやってきた。
 なんの悪意もない、ニコニコとした笑みをたたえて月花を捉えるが、逆にそれが月花の心にズキリと響く。
「私は小沢千穂。よろしくね」
「よ、よろしくね」
 うん、知ってる。立川と一番親しげな女の子だから。
「また困りごとがあったら私や立川君に遠慮なく相談してくれていいからね」
「ありがとう、小沢さん」
「じゃあ俺たちは仕事に戻るから」
「……うん」
 月花は微笑を作る。
 上手く笑えているだろうか。上手く笑顔で胸の奥にたぎる負の感情を誤魔化せているだろうか。
 立川に助けてもらえてすごく嬉しい。嬉しくて心臓が飛び跳ねている。
 小沢も優しくていい子だ。声をかけてもらえて救われた。
 それと同時に近しい距離感で並ぶ二人を眺めていると、心に絡みつくモヤモヤは大きくなってゆくばかりで。
 二人が仲良く話している光景を見るたびに、胸が締めつけられる感覚に陥る。
 そして頭の中を何度も何度も駆け巡る大平の言葉。
 いつまでも遠目から眺めて満足しているだけの昼休みを過ごしていていいのか?
 大平から半ば強引にさいが投げられた時点で、いずれは自分の気持ちが人づてで立川本人にも伝わってしまうかもしれない。
 そうなる前に、ちょっぴり、自分のかかとを上げて背伸びをしてみたいと思った。
 欲を張りたいと思ってしまった。
 小沢はとても魅力的で眩しい存在ではあるけれど、それでも――――

(やっぱり私、変わらなきゃ……!)

 もうすぐ昼休みが終わる。嫌でもあの教室に戻らねばならない。
 けれど、それも覚悟して、全てを飲み込んで。
 一人の少女は人知れず密かな思いを心に灯していた。

    ●●●

「銀ちゃん! 結局今日も午後出勤だったじゃん!」
 放課後。
 優を除いたワーストレンジャーの面々は恒例のように教室に残っていた。
 銀次は昼休み終了間際に教室へと到着した。
 その際に教室内がいつもとは違った雰囲気でざわついていたような気がした。
「体調が優れなかったんだよ。つーわけで悪ぃが村野、ノート貸してくれ」
「はいよ。ったく、ちゃんと朝から来いよなー」
 銀次の嘘を看破かんぱしているのだろうか、鉄平は心配の顔を作ることもなく銀次にノートを手渡した。
「留意する」
 銀次は鉄平からノートを受け取ると自席で写しはじめたが、すぐにシャーペンの走りを止めて、
「――で、時雨は何かあったのか?」
 様子がおかしい月花を見て疑問を口にする。
 月花は自席に座っているが、いつもにも増して身体は縮こまって猫背になっており、顔も俯いていた。
 だがそれは怯えだけではなく、決意に満ちた覚悟も秘められているように感じた。
「銀ちゃんはまだ来てなかったからね――時雨さん、どうする? 銀ちゃんにも話しちゃって大丈夫?」
「……うん、平気」
 月花は俯いたままこくりと頷いたので、鉄平は先の件を銀次に語る。

「――ってなわけだ」
 銀次は鉄平から昼休みの件について説明を受けた。
「大平め、デリカシーの欠片もねぇ女だな」
 銀次は拳を握り締めて怒りをあらわにする。
「銀ちゃん、女子に鉄拳制裁はさすがにNGだよ?」
「分かってるよ」
 銀次は血が集まりかけた拳を解放した。
「しっかし、俺がいない間に面倒な事態になったもんだ」
「俺がいない間にって、銀ちゃんがサボったからでしょ?」
「………………」
 銀次は鉄平の非難にぐうの音も出なかった。
「けどさぁ、立川って小沢さんと仲良いよね? 付き合ってるとは聞いたことないけど」
 二人の親密さを知っている鉄平は心がかりのようだ。
(時雨が立川のことをね――けど)
 銀次は知っていた。
 あの二人は付き合っている。
 以前、下校中に前を歩く二人はどちらからともなく手を繋いで寄り添っていた。
(時雨には悪ぃが、今のうちに伝えるか)
 いずれにしても傷つくのなら、軽症の方がまだマシだろう。
「しぐ――」
「それで、月花はどうしたいんだ?」
 銀次の告白と同時に真紀が口を開いたので、銀次は押し黙った。
「――私、立川君と恋人になりたい。この初恋を、成就させたい」
 月花はとつとつと想いを吐き出しはじめた。
(それは無理だ……その初恋は絶対に実らない)
 立川は簡単に恋人を乗り換えるほど軽薄な男ではない。
 銀次は唇を噛んでもどかしさを誤魔化した。
「私、立川君と同じ中学で。中一の頃から片想いしてるんだ……」
(三年以上片想いしてんのかよ……)
 月花の一途な想いに銀次は感嘆かんたんすると同時に、ますます声が出なくなってしまう。
 立川と小沢の件を知らなければよかったと、歯軋はぎしりして心の底から後悔した。
「中学の時は何もできずじまいのまま、この初恋も終わりだと思ってたんだけど、高校も同じですごく嬉しかったんだ」
 しかし高校では小沢が現れ、更には大平に恋心を暴露され。月花を取り巻く状況は目まぐるしく変化した。
「もしかしたら小沢さんと付き合ってるかもしれないけど、フラれるかもしれないけど、自分の気持ちをぶつけたい。何も言わずに後悔はしたくないから」
 月花はいつものように小声でも視線を泳がせることもなく、堂々と面々の顔を見て言葉をつむぐ。たどたどしくはあるが、銀次らにはとても神々こうごうしく見えた。
「そうすることで、私の中の何かが変わる気がするから……!」
 月花は今までにないくらい熱く語った。
 強い意志の前に、銀次はもう何も言えなくなった。
(ここで真実を話せば、前を向きはじめた時雨が再びネガティブの殻に閉じこもっちまうに違いねぇ)
 臆病な月花が一歩を踏み出す千載一遇せんざいいちぐうのチャンスは今だ。
「よく言った月花! わたしは応援するぞ!」
 真紀は月花の手を握ってニッと白い歯を見せて笑った。
「もちろんオレも! 小沢さんに打ち勝とうぜ!」
 鉄平も拳を作って月花のサポートを誓う。
「――あぁ。やれることをやってやろうぜ」
 そして銀次もまた、月花が立川に想いを伝えられるように手を貸す決意を固めた。
(時雨は大した奴だ。俺と違って、真正面から壁を乗り越えようとしてる)
 月花を見くびっていたようだ。彼女は芯の強さを持ち、成長しようとしている。対して自分は暴力で無理矢理思い通りに進めようとしていた。
(勇気を出して告白しようとしてる時点で成長してるのかもな)
 直接告白してもらって失恋から更なる成長を図ろうなど、外道がすぎると感じつつも、もう銀次も引き下がれなくなった。
(あとは告白後のフォローが問題だな……)
 ほぼ分かり切っている結末が銀次を鬱々うつうつとさせるが、今は深く考えないことにする。奇跡が起こる可能性もゼロではないから。
「よーし! じゃあ時雨さんプロデュースの内容をコミュニケーション向上から恋愛成就大作戦に変更する!」
 鉄平はリーダー(?)の銀次を差し置いて高らかに宣言した。
「前者を飛び越えていきなり難易度が跳ね上がったな」
 銀次の言う通り、月花はまだ相手の目を見て挙動不審にならずはきはきと話せるレベルに達していない。
 その状態で飛び級しようとしているのだから、無謀な挑戦と言わざるを得ない。
「そこは皆で結束するまでだ。わたしも魔法で支援するぞっ!」
「は、はあぁ~」
 真紀の魔法発言に、気を引き締めていた銀次は力を抜かれて眉間にしわを寄せ、溜息をいた。
「――みんな、ありがとう……!」
 月花は三人に大きく頭を下げる。
「こうなった以上は、私、頑張るから……!」
 頭を上げると、両手を握り締めて誓った。
 月花の決意を尻目に銀次には、
(俺も、もう少しちゃんとしなきゃな)
 自身も学院での生活態度を改めなければと自省じせいの念が芽生えつつあったのだった。
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