僕と美人巡査の8日間 ~鎖に繋がれた男女~

小鳥頼人

文字の大きさ
8 / 31

2日目 いづみお姉さんとの同棲生活 ③

しおりを挟む
 ひったくり犯を取り逃さないように。距離が縮まるように。
 左腕は右前に伸ばし、右手は中条さんの腰に回しているので、彼女を後ろから抱きしめるような構図になっている。あすなろ抱き未遂だ。
「ひったくり犯も粗暴な運転ね。窃盗だけではなく交通ルールについてもしこたま説教が必要ね」
 表情は見えないけど、中条さんが発する声からは怒の感情があらわになっていた。
 ひったくり犯は車の間をうようにすり抜けてゆく。信号も無視しているので非常に危険だ。第三者が巻き込まれないことを切に願う。
 奴を追いつつも自身が事故を起こさないよう細心の注意を払っての運転は心身への負担が大きいはず。しかも僕を後ろに乗せていることにより、安定感に欠く状況ではなおのことだ。
 二つもの命の責任を背負う中条さんの背中は頼りにはなるけれど、少しばかり華奢きゃしゃだった。
 ひったくり犯との追いかけっこはしばらく続いたが、
「げっ、渋滞か――チッ、邪魔な車どもめ!」
 道路前方は渋滞しており、しかも大型車がちらほら停車していることもあって無闇に間を走行できない。
 背後からもたくさんの車が迫ってるので逆走して逃げるのも分の悪い賭けとなる。
 バイクでの逃走は無理だと判断した男は歩道から逃げるべくバイクから降りようとするも、
「逃がさないわ!」
 中条さんが男のバイクの横に回り込む。
 その間に背後から車が来たことで、男の逃げ場はなくなった。
「観念しなさい!」
「ク、クソッ!」
「現行犯逮捕よ!」
 中条さんは男の両手に手錠をかけるとスマホを取り出して警察署に連絡を入れた。
 しばらく待つと、一台のパトカーがやってきた。
「さて。私たちはひったくり現場まで戻りましょう」
「はい」
 一息いた中条さんの合図で僕たちはバイクに乗り込んで被害女性たちが待つ現場へと戻る。
 急ぐ必要はあるけど、逃走者を追うプレッシャーと焦燥感しょうそうかんがないので肩の荷が下りた中条さんの運転は気楽そうだった。

「ありがとうございます!」
「待たせてごめんなさい。無事解決できてなによりよ」
 ぺこぺこと何度もお辞儀をする被害女性に、中条さんは陽だまりのような穏やかな微笑を浮かべている。
「あなた方も、ご協力ありがとうございました」
「僕のバイクで犯人を捕まえたんですね!」
 バイクを貸してくれたカップルも誇らしげだ。表情は晴れ晴れとしている。
 一般住民の力も借りての事件解決。
 被害女性も、バイクを提供してくれたカップルも、中条さんも、皆が笑顔になっている。
 これが、警察官という仕事の醍醐味だいごみなんだろうな。
「そろそろ交番に戻りましょうか」
「了解です」
 中条さんの一声で、僕たちは交番へと足を踏み出した。

「さすがは中条先輩、お手柄でしたねー!」
「大した話じゃないわよ」
 交番に戻ると、平木田さんが満面の笑みで出迎えてくれた。
「いや、よくやったよ。これも蓑田君効果かな?」
「僕、なんにもしてませんよ」
「ははは。とにかく中条。素晴らしい活躍だった」
 平林所長が賛美さんびの言葉を述べるものの、中条さんは複雑そうな表情を浮かべている。
「……犯人が明確に分かっている状況なら、あとは追うだけですから」
 小声で何か漏らしたけど、僕の耳はそれを拾えなかった。
「それにしても、ひったくりですか」
「この辺りは窃盗や軽犯罪が多いからね」
 平木田さんが嘆くと平林所長は後頭部を掻いた。
「けど蓑田君も活躍したわよ。先ほど訪ねてきたおばあちゃんをおぶって坂道を登ってくれたわ」
「わっ、蓑田さんやるぅ」
 平木田さんがキラキラした瞳で見つめてくるけど大した話ではない。
「人として当然のことをしたまでです。買い被らないでください」
 僕が堂々と言い切ると、平木田さんが不思議そうな、なんとも言えない表情で見つめてきた。
「……いきなりですけど、蓑田さんって本当に彼女さんはいないんですか?」
「いないと分かってて聞いてるよね?」
 もうこれ半分おちょくりだよね。あとマジでいきなりだな。
 昨日警察署の取り調べ室の中でいないと伝えたばかりですけれども? ついでに友達も。
「欲しくはないんですか?」
 平木田さんは僕の心の中を探るかのように尋ねてくる。
「アクティブに動いてまで欲しいと願ったことはありませんね」
 同性とすら深い関係を築けないのに、異性相手となればますます無理ゲーでしょう。
「人様の色恋沙汰に熱量を上げる暇があるのなら、仕事で成果を出してほしいわね」
「うぐぅっ……!」
 中条さんの容赦ない物言いに、平木田さんは胸を押さえ込んだ。
「中条も昨日は失態をかましたんだけどね」
「ぐっ……!」
 平林所長の容赦ない物言いに、中条さんは胸を押さえ込んだ。
「ハコ長は私の味方ですよね?」
 警察官の中には交番を『ハコ』と呼び、交番所長を『ハコ長』と呼ぶ人もいるんだって。
「さすがに仕事しないで喋ってる子の肩は持てないよね」
「……ヲシゴトシマス」
 平木田さんはトボトボと自席に着いてパソコンを操作しはじめた。
 この子、新卒なんだよね? 普通ならフレッシュでやる気に満ち溢れているであろう新人の段階で既にこの有様で大丈夫なのだろうか?
 結構厳しいと聞く警察学校にて警察官としての心構えは学んだのだとは思うけど。
 平木田さんは警察学校を卒業してまだ一ヶ月半で、今は先輩巡査の中条さんの指示のもとで業務に勤しんでいるとのこと。
 彼女の今後のキャリアは中条さんの教育にかかっているのかもしれない。
「当然、お仕事は真面目にやりますとも、えぇ。ただ、それ以上に蓑田さんの恋愛事情が気になります!」
「平木田はもはや一周回って蓑田君のファンでしょ」
「肯定も否定もしませーん」
 意味ありげな回答だけど、出会ってまだ一日しか経ってないんだよなぁ。
「そんなに気になるなら蓑田君とデートすれば? もれなく中条がついてくるけどね」
「それデートじゃないですよぉ。中条先輩から監視されてるだけになっちゃいます」
 平林所長の提案に平木田さんは中条さんを一瞥いちべつして唇を尖らせた。
「そもそも、男と手錠で繋がれた女性の隣に別の女性がいるのはどうかと思うよ」
 第三者から見たら僕は犯罪者以外の何者でもないだろう。
「何言ってるんですかぁ、私は蓑田さんの隣に並ぶに決まってるじゃないですか♪」
「もっと悪い絵面だ!?」
 僕は捕まった原始人男ですか?
「はいはい、お喋りはお開きにして二人とも仕事してねー」
「え~ハコ長がデートの話振ったのにぃ」
 パンパンと手を叩いた平林所長の合図で二人は仕事に戻る。
 平林所長は寛大な雰囲気があるけど、締めるところはちゃんと締めてくれる人なんだなぁ。

「中条先輩、よろしいでしょうか」
「はーい」
「これなんですけど……」
「うん、これはね――」
 椅子に座って事務作業をしていた中条さんが平木田さんの質問に答えている。
 彼女は面倒見がいいだけではなく、説明が丁寧かつ簡潔だ。後輩の平木田さんとしては大変ありがたい先輩だろう。
 一方で手持ち無沙汰な僕は中条さんが操作しているパソコンの画面を適当に眺めていた。個人情報が表示されることもあるので、まじまじとは見られない。
 中条さんに指示を仰いだものの、一般人の僕に手伝わせるわけにはいかないと一蹴いっしゅうされてしまった。
 しかしながら、暇を持て余すと時間が経つのが遅くて苦痛なんだよなぁ……。

 業務はつつがなく遂行されていき――定時になった。
 鶴見つるみ交番は僕がいる期間のみ限定で少々特殊な勤務体系となっており、毎日一名が当直――つまり朝から翌朝までの勤務。勤務後は明休と、翌日が非番で休み。当直は日勤組のローテーションで回している。
 当直担当以外のメンバーは日勤と夜勤に分かれており、日勤は八時から十七時までが定時となっている。
「定時だね。蓑田君と中条は帰っていいよ」
「はい、お先に失礼します」
 中条さんは僕と一緒にいる間は毎日定時帰宅してよいこととなった。
「失礼します」
 一応、僕も挨拶しておいた。
「悪いね、蓑田君。あと数日は耐えてくれ」
「いえいえ」
「私も、お疲れ様でーす」
「おい、平木田はまだ帰るな」
「わわっ」
 しれっと一緒に上がろうとした平木田さんの腕を岩船さんが掴んだ。
 ちなみに今日の当直担当は岩船さんだ。
「わ、わわ、私、新卒ぞ!?」
「そうか。残念だが、そんなに辞めたいなら俺から上層部に伝えよう」
「……残業がんばるぞ、おー」
 平木田さんはわざとらしく拳を振り上げてみせるけど、顔には生気がない。
 僕たちはそんな彼女に苦笑して交番をあとにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

中1でEカップって巨乳だから熱く甘く生きたいと思う真理(マリー)と小説家を目指す男子、光(みつ)のラブな日常物語

jun( ̄▽ ̄)ノ
大衆娯楽
 中1でバスト92cmのブラはEカップというマリーと小説家を目指す男子、光の日常ラブ  ★作品はマリーの語り、一人称で進行します。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

処理中です...