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8日目 鎖なんてなくたって、これからもずっと ④
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突如ビリッと電流の音が響いたと思った刹那、平木田さんの意識がなくなった。気を失ってしまったようだ。
「平木田!」
「平木田さん!」
「スタンガンか……!」
強盗犯の弟がスタンガンを平木田さんに当てて気絶させたのだ。
「――よくも、よくも! 俺らの計画をぶち壊しにしてくれたな! 忌々しいサツどもめ!」
強盗犯の弟は僕たちに吐き捨ててチノパンのポケットからナイフを取り出して平木田さんの喉元に突き付けた。
強盗犯から人質にされた被害者の弟だと思っていたけど――
「兄弟でグルだったのね……!」
いづみさんが苦々しい顔で下唇を噛んだ。
振り返ってみれば不審な点はあったじゃないか。
強盗犯兄が包丁の脅しから放火に切り替えた。その段階で弟の方はフリーだから逃げるなり水を使って兄の蛮行を阻むなりできたはずじゃないか。
でも奴は何もしなかった。できなかったのではなく、しなかった。なぜなら共犯だったから。
「そうさ! コンビニ強盗が主目的だったが、万が一サツに感づかれた際には兄貴が俺を脅して身代金を要求する算段も予めあったんだよ! 屋上から侵入されたのは予想外だったけどな」
強盗犯弟は敵意むき出しの表情で僕たちを睨みつけてくる。
「俺ら兄弟にゃ金が必要なんだ! 知人に押しつけられた借金を返済するためにな!」
相手はかなりの興奮状態にあり、ちょっとした対応のまずさでも平木田さんに手を出す可能性がある。
「刑事課は何をやってるんですか」
「道路が渋滞していて刑事たちの到着は大幅に遅れるとのことだ。僕たちで食い止めるしかない」
焦燥感を隠せないいづみさんを平林所長がなだめる。
「こっちは二人+一人。対して向こうは平木田さんを人質にしています。明らかにこちらが劣勢ですが、それでもなんとかしないといけませんね」
「これも便利屋地域課の悲しい性だね。あとで寸志がほしいところだ」
警察官二人は大きく溜息を吐いて強盗犯弟の方へと向き直る。
「これ以上余計な真似してみろ! この女警官の命はないぞ!」
奴は気を失っている平木田さんの首根っこを乱暴に掴み、ナイフを握る手に力を込める。
この状況下では下手に動くことすらままならない。
逼迫した状況だ。
「テメェら警察は腐ってる! 俺たち兄弟が詐欺で借金を押しつけられた時に相談しても警察では対応できないと突っぱねやがった! だったらどこに行けばいいかくらい教えてくれてもよかったじゃねーか! それなのに、面倒な若造をさっさと追い出すように邪険に扱いやがって! 今でも許してねーからな……!」
それは……対応者がいい加減すぎるな。
とはいえ逆恨みで罪を犯していい道理などない。あってはならない。
「まぁ警官は? 殉職が珍しくないから死なんざ怖かねーよな?」
奴はナイフで平木田さんの制服の袖部分を切る。脅しではなく本気だとアピールしている。
「――ってのは建前で、結局テメーらは身内が大事だもんな! 身内の評判に傷がつく出来事は揉み消しやがるもんなぁ! 住民の救いを求める手ははたくくせしてよ!」
警察という組織も清廉潔白ではない。いい加減な仕事をする警察官もいるし、警察官の不祥事も度々起こっている。決して絶対的な正義ではないのだ。
「もう俺ら兄弟に未来はねぇ。ここまでやっちまった以上、もう後戻りはできない。だから俺は――この女警官を道連れにして死んでやる!!」
「そんなことをしたって誰も救われないと分かっているだろう? 考え直してみてはどうだい?」
「テメェみたいなオッサンに何が分かる! 偉そうに説得なんかすんじゃねぇ!」
平林所長が優しく諭してみるも、強盗犯弟は聞きたくないとばかりに眉根を寄せて怒号を張り上げた。
「君の心に響くか分からないけど悪いようにはしない。約束しよう。だから僕の言葉に耳を傾けてほしい」
「……仕方ねーな」
平林所長の優しい声音のおかげか、強盗犯弟は少しトーンが落ちたみたいだ。
なんとか平林所長が奴と会話することで時間を稼いでくれているけど、どんなに説得しても奴には効果はなく、いずれはナイフで平木田さんを殺めるだろう。
緊急事態だ。
僕にできることはないのか……
――いや、待てよ。
一つだけ、僕でもこの状況を好転させられる武器があるじゃないか。
僕はこれまで人畜無害を自称してきたけれど、平木田さんを救うためならば、そんな肩書き捨ててやる!
人質を見殺しにしたらそれは人畜無害じゃない。ただの見て見ぬふりだ。
「――中条さん」
いづみさんに僕の提案を耳打ちすると、
「正気!? 蓑田君が危険な目に遭うかもしれないのよ!? そんな博打みたいな真似……」
当然ながらいづみさんは猛反対してきた。けど僕がここで動かないと、平木田さんの命が奪われてしまう。それだけは断固阻止しないと!
「悠長なことは言ってられません。奴の殺気は本物です。このまま睨み合ってても奴は刃物で平木田さんを襲うでしょう」
「……穏便な結末を望むのも限界、ってことね――――信じてるわ、蓑田君の力」
いづみさんは目を伏せて僕に全てを委ねてくれた。
「任せてください」
僕が男を見せる舞台がやってきた。
犯人の意識は平林所長に向いている。動くなら今だ!
僕はショルダーバッグから護身用に持ち歩いている硬球を取り出して、右手で握った。
そして、犯人の右手に向かって全力で投げた――――!
「ってぇーーっ!?」
よしっ、強盗犯弟のナイフを持つ手の甲に直撃!
奴は痛みで刃物を地面に落とした。僕が投げたレベルでも激痛なのが硬球の破壊力だ。日々肉体を鍛えているプロ野球選手ですらひとたび死球を受ければ骨折や肉離れなどになる危険性がある。
「マジでいってぇ――」
「――これで終わりよ!」
「ぐっ!」
いづみさんが痛みで手を押さえて悶える強盗犯弟に関節技をかけて地面に叩きつけた。そして危険なスタンガンもポケットから奪い取り、奴の両手に手錠をかけた。
これぞ、鶴見交番メンバー(ついでに僕も)たちのチームワークあってこその解決劇だ。
僕は余計だったかもだけど。
「蓑田君!」
平林所長が僕の元まで駆け寄ってきた。
「所長、僕も役に立つでしょう?」
「役に立つでしょう? じゃないよ! 下手したら一般人の君に危険が及ぶ恐れだってあったんだぞ? もっと自分の命を大切にしてくれ!」
「すみません」
平林所長は危険な行為に及んだ僕を叱ったのち、
「けど、本当に助かったよ。よくやってくれた。あとで感謝状を出そう」
優しい笑顔で僕の両肩に手を置いた。
感謝状かぁ、照れちゃうな。
「――なぁーんてな」
気を緩めていたその瞬間、爆発のようなけたたましい音が響き、
「くっ!?」
いづみさんが避けたはずみで床に転がった。
「中条さんっ!」
「大丈夫よ! 外れたから」
ほっ。いづみさんに何かあれば僕は正気を保てなかったよ。
にしても、奴はどこで入手したのか拳銃まで隠し持っていた。おまけに躊躇なくぶっ放してくるなんてクレイジーすぎる!
「俺らは覚悟を持って犯罪に手を染めてるんだよ。使える手段はなんだって使ってやる! そうだな――まずはボールをぶつけてくれたテメェから始末してやる!」
「蓑田君!!」
今度は僕に銃口を向けてトリガーを引いてくる。
僕の顔のすぐ横を銃弾が通過した。
うわ、あと数センチずれてたら当たってたよ。
「ははは、次は外さねぇ。皆殺しにしてやるよ!」
奴は高笑いを上げてもう一度僕に銃口を向けてきた。手錠で両手が繋がれてるのに器用なものだよ。
「お願い、彼は一般人なのよ! 手を出すのはやめて!」
いづみさんが強盗犯弟に悲痛な叫びで訴えかけるが、奴はほくそ笑むだけだ。
「野次馬男、女警官、オッサン、気絶女の順で殺してやる。みんなで一緒に逝けばあの世だって楽しいだろうよ……!」
次は仕留められるかもしれない。
絶体絶命だ。
あぁ、一般人が事件に首を突っ込むからこんな顛末を迎えるんだな。
……まだ死にたくないけどね!
「――やれやれ。若気の至りにも限度があるぞ、強盗犯の若造よ」
心の中で神に祈りを捧げていると、ダンディな声が響いてきた。
声に振り向くと、そこにいたのは――
「「「坂町警部!」」」
見事にみんなでハモった。
「悪かったな。別の事件で人がいなかったのと、道路が渋滞しててチャリで向かわざるを得なかったわ」
坂町警部の登場で、平林所長といづみさんの表情が少しだけ和らいだ。
「平木田!」
「平木田さん!」
「スタンガンか……!」
強盗犯の弟がスタンガンを平木田さんに当てて気絶させたのだ。
「――よくも、よくも! 俺らの計画をぶち壊しにしてくれたな! 忌々しいサツどもめ!」
強盗犯の弟は僕たちに吐き捨ててチノパンのポケットからナイフを取り出して平木田さんの喉元に突き付けた。
強盗犯から人質にされた被害者の弟だと思っていたけど――
「兄弟でグルだったのね……!」
いづみさんが苦々しい顔で下唇を噛んだ。
振り返ってみれば不審な点はあったじゃないか。
強盗犯兄が包丁の脅しから放火に切り替えた。その段階で弟の方はフリーだから逃げるなり水を使って兄の蛮行を阻むなりできたはずじゃないか。
でも奴は何もしなかった。できなかったのではなく、しなかった。なぜなら共犯だったから。
「そうさ! コンビニ強盗が主目的だったが、万が一サツに感づかれた際には兄貴が俺を脅して身代金を要求する算段も予めあったんだよ! 屋上から侵入されたのは予想外だったけどな」
強盗犯弟は敵意むき出しの表情で僕たちを睨みつけてくる。
「俺ら兄弟にゃ金が必要なんだ! 知人に押しつけられた借金を返済するためにな!」
相手はかなりの興奮状態にあり、ちょっとした対応のまずさでも平木田さんに手を出す可能性がある。
「刑事課は何をやってるんですか」
「道路が渋滞していて刑事たちの到着は大幅に遅れるとのことだ。僕たちで食い止めるしかない」
焦燥感を隠せないいづみさんを平林所長がなだめる。
「こっちは二人+一人。対して向こうは平木田さんを人質にしています。明らかにこちらが劣勢ですが、それでもなんとかしないといけませんね」
「これも便利屋地域課の悲しい性だね。あとで寸志がほしいところだ」
警察官二人は大きく溜息を吐いて強盗犯弟の方へと向き直る。
「これ以上余計な真似してみろ! この女警官の命はないぞ!」
奴は気を失っている平木田さんの首根っこを乱暴に掴み、ナイフを握る手に力を込める。
この状況下では下手に動くことすらままならない。
逼迫した状況だ。
「テメェら警察は腐ってる! 俺たち兄弟が詐欺で借金を押しつけられた時に相談しても警察では対応できないと突っぱねやがった! だったらどこに行けばいいかくらい教えてくれてもよかったじゃねーか! それなのに、面倒な若造をさっさと追い出すように邪険に扱いやがって! 今でも許してねーからな……!」
それは……対応者がいい加減すぎるな。
とはいえ逆恨みで罪を犯していい道理などない。あってはならない。
「まぁ警官は? 殉職が珍しくないから死なんざ怖かねーよな?」
奴はナイフで平木田さんの制服の袖部分を切る。脅しではなく本気だとアピールしている。
「――ってのは建前で、結局テメーらは身内が大事だもんな! 身内の評判に傷がつく出来事は揉み消しやがるもんなぁ! 住民の救いを求める手ははたくくせしてよ!」
警察という組織も清廉潔白ではない。いい加減な仕事をする警察官もいるし、警察官の不祥事も度々起こっている。決して絶対的な正義ではないのだ。
「もう俺ら兄弟に未来はねぇ。ここまでやっちまった以上、もう後戻りはできない。だから俺は――この女警官を道連れにして死んでやる!!」
「そんなことをしたって誰も救われないと分かっているだろう? 考え直してみてはどうだい?」
「テメェみたいなオッサンに何が分かる! 偉そうに説得なんかすんじゃねぇ!」
平林所長が優しく諭してみるも、強盗犯弟は聞きたくないとばかりに眉根を寄せて怒号を張り上げた。
「君の心に響くか分からないけど悪いようにはしない。約束しよう。だから僕の言葉に耳を傾けてほしい」
「……仕方ねーな」
平林所長の優しい声音のおかげか、強盗犯弟は少しトーンが落ちたみたいだ。
なんとか平林所長が奴と会話することで時間を稼いでくれているけど、どんなに説得しても奴には効果はなく、いずれはナイフで平木田さんを殺めるだろう。
緊急事態だ。
僕にできることはないのか……
――いや、待てよ。
一つだけ、僕でもこの状況を好転させられる武器があるじゃないか。
僕はこれまで人畜無害を自称してきたけれど、平木田さんを救うためならば、そんな肩書き捨ててやる!
人質を見殺しにしたらそれは人畜無害じゃない。ただの見て見ぬふりだ。
「――中条さん」
いづみさんに僕の提案を耳打ちすると、
「正気!? 蓑田君が危険な目に遭うかもしれないのよ!? そんな博打みたいな真似……」
当然ながらいづみさんは猛反対してきた。けど僕がここで動かないと、平木田さんの命が奪われてしまう。それだけは断固阻止しないと!
「悠長なことは言ってられません。奴の殺気は本物です。このまま睨み合ってても奴は刃物で平木田さんを襲うでしょう」
「……穏便な結末を望むのも限界、ってことね――――信じてるわ、蓑田君の力」
いづみさんは目を伏せて僕に全てを委ねてくれた。
「任せてください」
僕が男を見せる舞台がやってきた。
犯人の意識は平林所長に向いている。動くなら今だ!
僕はショルダーバッグから護身用に持ち歩いている硬球を取り出して、右手で握った。
そして、犯人の右手に向かって全力で投げた――――!
「ってぇーーっ!?」
よしっ、強盗犯弟のナイフを持つ手の甲に直撃!
奴は痛みで刃物を地面に落とした。僕が投げたレベルでも激痛なのが硬球の破壊力だ。日々肉体を鍛えているプロ野球選手ですらひとたび死球を受ければ骨折や肉離れなどになる危険性がある。
「マジでいってぇ――」
「――これで終わりよ!」
「ぐっ!」
いづみさんが痛みで手を押さえて悶える強盗犯弟に関節技をかけて地面に叩きつけた。そして危険なスタンガンもポケットから奪い取り、奴の両手に手錠をかけた。
これぞ、鶴見交番メンバー(ついでに僕も)たちのチームワークあってこその解決劇だ。
僕は余計だったかもだけど。
「蓑田君!」
平林所長が僕の元まで駆け寄ってきた。
「所長、僕も役に立つでしょう?」
「役に立つでしょう? じゃないよ! 下手したら一般人の君に危険が及ぶ恐れだってあったんだぞ? もっと自分の命を大切にしてくれ!」
「すみません」
平林所長は危険な行為に及んだ僕を叱ったのち、
「けど、本当に助かったよ。よくやってくれた。あとで感謝状を出そう」
優しい笑顔で僕の両肩に手を置いた。
感謝状かぁ、照れちゃうな。
「――なぁーんてな」
気を緩めていたその瞬間、爆発のようなけたたましい音が響き、
「くっ!?」
いづみさんが避けたはずみで床に転がった。
「中条さんっ!」
「大丈夫よ! 外れたから」
ほっ。いづみさんに何かあれば僕は正気を保てなかったよ。
にしても、奴はどこで入手したのか拳銃まで隠し持っていた。おまけに躊躇なくぶっ放してくるなんてクレイジーすぎる!
「俺らは覚悟を持って犯罪に手を染めてるんだよ。使える手段はなんだって使ってやる! そうだな――まずはボールをぶつけてくれたテメェから始末してやる!」
「蓑田君!!」
今度は僕に銃口を向けてトリガーを引いてくる。
僕の顔のすぐ横を銃弾が通過した。
うわ、あと数センチずれてたら当たってたよ。
「ははは、次は外さねぇ。皆殺しにしてやるよ!」
奴は高笑いを上げてもう一度僕に銃口を向けてきた。手錠で両手が繋がれてるのに器用なものだよ。
「お願い、彼は一般人なのよ! 手を出すのはやめて!」
いづみさんが強盗犯弟に悲痛な叫びで訴えかけるが、奴はほくそ笑むだけだ。
「野次馬男、女警官、オッサン、気絶女の順で殺してやる。みんなで一緒に逝けばあの世だって楽しいだろうよ……!」
次は仕留められるかもしれない。
絶体絶命だ。
あぁ、一般人が事件に首を突っ込むからこんな顛末を迎えるんだな。
……まだ死にたくないけどね!
「――やれやれ。若気の至りにも限度があるぞ、強盗犯の若造よ」
心の中で神に祈りを捧げていると、ダンディな声が響いてきた。
声に振り向くと、そこにいたのは――
「「「坂町警部!」」」
見事にみんなでハモった。
「悪かったな。別の事件で人がいなかったのと、道路が渋滞しててチャリで向かわざるを得なかったわ」
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