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雨の残響
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少し昔の話、愛していると言ったのは彼の方だった。
わたしは高校二年生の梅雨の季節、雨の音を聞きながら彼に恋をした。
「未来、未来」と、何回も魔法の言葉を唱えるように、彼はわたしの名前を呼んだ。
無意味に前髪を触る癖も、困った時にお腹を擦る癖も、あの時は全てわたしのものだった。
いつだったか、生れ変わったら銀の猫になるのだと無邪気に笑っていたことを思い出す。
彼はわたしに色々なことを教えてくれた。
夜の散歩が気持ちのいいものだということ。好きな人の隣で目が覚める安心感。
好きだという気持ちも、言葉にしないと伝わらないというもどかしさも、全部彼から教えてもらったものだった。
今も銀の猫になるという夢は変わっていないだろうか。
付き合い始めた頃に、彼は冗談っぽく教えてくれた。
しかしあの時、彼の眼が少しだけ本気だったことをわたしは知っている。
何もかも眩しかったあの頃。
わたしは彼を愛していた。
愛しているという言葉の意味は分からなかったけれど、わたしは彼を愛していた。
わたし達は絶対に別れないと思っていたし、そんな事はあり得ないと思っていた。
けれど、今、わたしの隣には彼はいない。
あの時の約束も誓いも、身を焦がすような想いさえも、三度目の梅雨を間近に、雨の音にかき消されて見えなくなってしまった。
今も何故、わたし達は別れてしまったのか分からない。
彼が悪かったのか、わたしの余裕がたりなかったのか、答えはいつまでも掴めないまま、時間だけが勝手に過ぎて行ってしまった。
あれから数年。
仕事のせいなのか、眠れない夜が続いて、わたしは彼を思い出すことが増えた。
何故、今さら彼の事を考えてしまうのか。
笑い合っている日々も、残してくれた言葉も、あの意地悪な眼差しも、もう擦れて見えなくなっていると思っていたのに。
何故、こんな気持ちになるのか。
「翔くん、結婚するらしいよ」
一昨日の夜に、地元の友人から電話があったからだ。
不意をつかれた。
わたしの記憶のままの彼は、来月結婚するらしい。
わたしではない、他の誰かと。
今朝、仕事に向かう為、新調したヒールはぎこちない音を奏でている。
足の甲は赤く擦れて、じんじんと痛む。
いや、わたしの心が痛いと悲鳴をあげているのだ。
好きだったし、愛していた彼。
わたしの全ては彼だった。
全身全霊で想っていた。
こんな思いをするのなら、あんな約束いらなかった。
何もいらなかったのに。
わたしはいつでも、彼を想っていたのに。
「ずっと一緒だよ」
彼はわたしにそう約束をくれた。
叶わない約束。
もうなんの意味もない約束に、わたしはがんじがらめになってしまったのだ。
楽しむ暇もなかった秋が、冬に変わりつつある季節。
少し冷たくなった指先で、鞄からやっとの思いでスマートフォンを取り出す。
削除しようか何回も迷った番号を押す。
心臓が焼けてしまいそうだった。
ひとつだけ、確認しようと思った。
「・・・もしもし」
聞き覚えのある声が聞こえた。わたしが愛した人。
「今、しあわせ?」
滲んで見える視界には、沢山の星たちが季節はずれの花火のように輝いていた。
わたしは高校二年生の梅雨の季節、雨の音を聞きながら彼に恋をした。
「未来、未来」と、何回も魔法の言葉を唱えるように、彼はわたしの名前を呼んだ。
無意味に前髪を触る癖も、困った時にお腹を擦る癖も、あの時は全てわたしのものだった。
いつだったか、生れ変わったら銀の猫になるのだと無邪気に笑っていたことを思い出す。
彼はわたしに色々なことを教えてくれた。
夜の散歩が気持ちのいいものだということ。好きな人の隣で目が覚める安心感。
好きだという気持ちも、言葉にしないと伝わらないというもどかしさも、全部彼から教えてもらったものだった。
今も銀の猫になるという夢は変わっていないだろうか。
付き合い始めた頃に、彼は冗談っぽく教えてくれた。
しかしあの時、彼の眼が少しだけ本気だったことをわたしは知っている。
何もかも眩しかったあの頃。
わたしは彼を愛していた。
愛しているという言葉の意味は分からなかったけれど、わたしは彼を愛していた。
わたし達は絶対に別れないと思っていたし、そんな事はあり得ないと思っていた。
けれど、今、わたしの隣には彼はいない。
あの時の約束も誓いも、身を焦がすような想いさえも、三度目の梅雨を間近に、雨の音にかき消されて見えなくなってしまった。
今も何故、わたし達は別れてしまったのか分からない。
彼が悪かったのか、わたしの余裕がたりなかったのか、答えはいつまでも掴めないまま、時間だけが勝手に過ぎて行ってしまった。
あれから数年。
仕事のせいなのか、眠れない夜が続いて、わたしは彼を思い出すことが増えた。
何故、今さら彼の事を考えてしまうのか。
笑い合っている日々も、残してくれた言葉も、あの意地悪な眼差しも、もう擦れて見えなくなっていると思っていたのに。
何故、こんな気持ちになるのか。
「翔くん、結婚するらしいよ」
一昨日の夜に、地元の友人から電話があったからだ。
不意をつかれた。
わたしの記憶のままの彼は、来月結婚するらしい。
わたしではない、他の誰かと。
今朝、仕事に向かう為、新調したヒールはぎこちない音を奏でている。
足の甲は赤く擦れて、じんじんと痛む。
いや、わたしの心が痛いと悲鳴をあげているのだ。
好きだったし、愛していた彼。
わたしの全ては彼だった。
全身全霊で想っていた。
こんな思いをするのなら、あんな約束いらなかった。
何もいらなかったのに。
わたしはいつでも、彼を想っていたのに。
「ずっと一緒だよ」
彼はわたしにそう約束をくれた。
叶わない約束。
もうなんの意味もない約束に、わたしはがんじがらめになってしまったのだ。
楽しむ暇もなかった秋が、冬に変わりつつある季節。
少し冷たくなった指先で、鞄からやっとの思いでスマートフォンを取り出す。
削除しようか何回も迷った番号を押す。
心臓が焼けてしまいそうだった。
ひとつだけ、確認しようと思った。
「・・・もしもし」
聞き覚えのある声が聞こえた。わたしが愛した人。
「今、しあわせ?」
滲んで見える視界には、沢山の星たちが季節はずれの花火のように輝いていた。
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