恋の芽を摘む女

柿村 呼波

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ヘタれ男の恋物語

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 星は工藤に話す前にこう、付け加えた。 
これは今から30年程前、まだ平成の時代のあるヘタれた男の恋の話だ、と。


 大学受験に失敗した星貴也は浪人するのを諦めて専門学校に通うことにした。海外旅行に行って英語で何不自由なくコミュニケーションが取れる彼はそれを生かしてツアーコンダクターになろうと思ったからだった。

 切り替えの早い彼は入学式で、華奢なのに何故か存在感のある不思議な女の子に一目惚れしてしまった。残念なことに1年生では同じクラスになれなかった。
クラス単位で動くこの学校では接点がなかったので、話しかけることさえできなかった。

この専門学校は2年制。惚れっぽい割に一途な星は駅や校舎で偶然見かける彼女のことを忘れることができなかった。

 しかし2年になり9クラスある中奇跡的に同じクラスになった。しかも出席番号も彼女の1つ前。
基本的に出席番号順に座ることの多いこの学校のシステムは星貴也にとっては神の恵みに思えるものだった。授業中には講師の目を盗んでは事あるごとに後ろを向いて、彼女の顔を覗き込んでいたくらいには。

 彼女の好きなバンドのボーカルが近くを歩いていたと聞くと彼女を捕まえてそのことを話したり。
とにかく彼女に積極的に話しかけた。他愛もない話ばかりで色恋に関することなど何ひとつ匂わせられなかったのは彼のヘタレさが為せる技。

 そんな地道な努力が功を奏し(?)1ヶ月もすると彼女がやっと彼に偽りじゃない笑顔を見せるようになった。だから彼は焦らずに関係を築いていこうとゆっくり構えていたのだ。

でもまさか彼の知らない場所であんなことが起こっていたなんて知る由もなかった。やっと芽生え始めた恋の芽を摘もうとする曲者クセモノがこんなにも近くにいたとは。




 それは卒業まであと3ヶ月を切った1月のことだった。

 川尻千春は夢見るような潤んだ瞳で平然と言葉を放った。

「彼のことが好きなの。上手く行くように協力してくれるでしょ。お願い」

お願いとは言っているけれど、まるで彼女に協力するのが至極当然だとでも言うように。
続けてこんな捨て台詞まで吐いた。

「だってキミちゃんは星君のこと好きじゃないんでしょ。さっきそう言ったよね」

キミちゃんこと星名公佳はつい、その言葉に頷いてしまった。

「うん、そうだけど……。どうして私が協力しなくちゃいけないのかしら? もっと彼と仲の良い人に頼んだ方が上手く行くと思うんだけど……」

「そうだけど、今みんな実習とかでいないこと多いじゃない。他に頼める人がいないのよ。だからお願い」


「…………」

「それにこの前私たち4人でスキーに行ってきたの。その時も彼とっても優しかったのよ。運動神経のいい彼はゲレンデでもとってもかっこよかったわ」

川尻千春はうっとりとした顔をして見せると星名公佳に告げた。まるで彼、星貴也は川尻に好意を寄せているとでも言いたいかのように。



 
 クリスマスも近づいて来た頃、ヘタれた星は星名公佳を誘うことも出来ずにいつもの仲間とスキーに行くことになっていた。

メンバーは星の他には悪友であり親友の村上圭吾ムラカミケイゴとその彼女、そしてその友人の川尻千春の4人。気を使わなくて済むメンバーで行くスキーに行くのは楽しい反面、心の片隅では星名公佳を誘いたい自分がいた。しかし断られることを恐れて誘うことすらしていない。

いつも馬鹿なことばかり言って笑わせているだけでは恋など進展するはずがないのは分かっている。しかし星は今の緩い関係を壊すのが怖くて一歩踏み出すことができなかった。

 スキーから帰ってきて新学期になってから星は星名公佳の態度がやけによそよそしい気がした。これまで通りに言葉を交わすのに何故かどこかある1点を見てからすぐに理由をつけてはその場を離れてしまうようになったのだ。

 そんなことが続いていたある日、星名の友人の霧崎舞香キリサキマイカから声を掛けられた。
彼女には星の日頃の行動から、彼が星名を好きな事がバレている。少しお節介な彼女は星と星名をくっ付けようと密かに企んでいた。

「もうすぐバレンタインでしょ。キミちゃんに星君がチョコ貰えるの楽しみにしてるって伝えておいたよー」

星は小声で呟いた。

「……嬉しいけど、嬉しくないな……」

「えっ何? 私に感謝しなさいよ」

彼女のお節介はこれまで星を何度も助けてくれた。
そう思っていたバレンタイン当日。
しかし星は彼女からチョコレートを貰うことは出来なかった。

 翌日、流石に星名本人に文句も言えるはずもなく、星は霧崎に文句を言いに行った。
星は教室にいる霧崎を見つけると空き教室に彼女を引っ張っていった。

「どういうことだよ、星キミからチョコ貰えなかったぞ」

星自身は何もしてないくせに大した言い掛かりである。

「……それなんだけど、問い詰めたらキミちゃんなんか変なこと言ってたんだよね」

「変なことってなんだよ」

「千春ちゃん、川尻千春さんと約束したとか何とかって……。それ以上は何も話してくれないんだけど、何か心当たりない?」

星はこの前スキーに行った時のことを思い出した。
スキー場以外でも何故か川尻はやたらと星と2人きりになりたがっていた。目が潤んでいたのはスキー場の光の照り返しが眩しいからだと思っていたが、そうではなかったのだと今分かった。
だからやたらとベタベタ触って来たのも彼女なりの必死の訴えだったのだろう、と。

「自惚れではなく、川尻は俺のこと好きなんだと思う。全く嬉しくないどな」

「やっぱり……。きっと川尻さんはキミちゃんにあまり近づかないように言ったんだと思うんだ。星君、いつまでもヘタれてるとキミちゃん他の男に取られちゃうよ。いいの!」

「いいわけ無いだろ。……そんなの分かってるよ」

「だったらいつまでも人に頼ってないで自分でモノにしなさいよ。キミちゃんだって満更でもなかったんだから。キミちゃんに近づく男を威嚇してる暇があったら彼女を落とすことに時間を割きなさいよ」

「はい、ごもっともです……」


 それからの星の行動は早かった。あの頃はまだスマホどころか携帯電話なんてものは存在していなかったので家に電話をかける以外、本人と連絡を取る手段がなかった。
だから何としても卒業するまでに彼女に自分を1人の男として意識してもらえるようにする必要があった。

 星はまず、今回の諸悪の根源である川尻千春に自分の気持ちを伝えることにした。
これ以上自分の知らないところで何か起こらないように。

学生があまり使わない方のファミレスに川尻を呼び出した星は単刀直入に彼女に伝えた。

「突然呼び出して悪い。俺、星キミのことが好きだから今後は村上や君達と一緒に出かけることはできない。もちろん川尻と2人で出かけることは今後一切できないから」

川尻は血相を変えて訴えてきた。

「どうして? 星君がキミちゃん好きなことと私と出かけられないことは関係ないでしょ」

星はどう言えば川尻が納得してくれるのか考えた。だが何を言った所で彼女は納得しないことも心のどかでは分かっていた。

「自分の心に嘘をつきたくないんだ。もう2年近く片思いしてるしね。悪いけどもう俺の邪魔はしないでくれ」

本音を告げたことで川尻が目を丸くして星を見ていた。
星も目を逸らさずに川尻を半分睨むような目で見ていた。

「もし振られたらどうするの?」

「それでも友達としてでも彼女の側にいるよ。後悔したくはないからね」

「私が星君のことを好きだと言っても?」

その言葉に星は迷うことなく断言した。

「悪いけど川尻の思いには応えられない」

「キミちゃんのどこがそんなにいいの?」

星は何を伝えたものかと考えた。

「沢山あるけど、可愛いのにそれを鼻にかけないところとか、自分のことより人のことを優先できるところとか、かな」

「…………」

「話はそれだけだから。じゃあ俺は先に帰るよ」

星は立ち上がると会計を済ませてファミレスを出て行った。


残された川尻が呆然としていると、今度は目の前に霧崎舞香がやって来た。
それに気づいた川尻は霧崎を睨みつけた。

「あなたね、星君に余計なことを言ったのは」

「さあどうかしら。そうだとしてもあなたと同じことをしただけでしょ。キミちゃんの優しさに漬け込むのはもうやめてね。それと嫌がらせしようとか思わない方がいいわよ。、ね」

「知ったようなこと言わないでよ」

「はいはい、これ以上邪魔されると困るから駅まで一緒に行くわよ」

そして2人は店を出た。それはまるで霧崎が川尻の行動を監視しているかのようだった。
川尻は渋々霧崎の後ろを連行されるように駅まで歩いて行ったのだった。




 その後、星は星名公佳に猛アタックを繰り返した。まるで人が変わったように。

「俺が好きなのは星キミだけだから。俺を信じてくれ。川尻に何か言われたみたいだけど俺のことだけ信じてくれ」

 星名公佳は憎からず思っていた星には、川尻との方がお似合いなのではないかと思っていた。
しかし本人から幾度となく熱烈な告白じみた言葉を聞かされ続けているうちに、とうとう彼の押しに負けてしまったのだった。



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