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側仕えの休暇
側仕え
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だいたい、年に一度か二度は、こういう話が出てきた。
「アラリーラ様の側仕えを増やすべきだ、という意見が魔法使いたちから出ている」
賢者テラスがいう。
場所は、筆頭魔法使いの屋敷の一室だ。私はいつもの見習い魔法使いの衣装に着替えていた。この後、大魔法使いアラリーラ様の側仕えのお仕事だ。
「毎年恒例ですね」
人員を増やすことに、私は抵抗がない。むしろ、臨時よりも、常時の側仕えは必要なんだ。
表向きは、私は見習い魔法使いをしている。まだ、一人前の魔法使いではないのだ。だから、勉強をしつつ、大魔法使いアラリーラ様の側仕えをしている。しかし、裏向きでは、隠された筆頭魔法使いである。
三つの仕事を掛け持ちしているから、時々、大魔法使いアラリーラ様のお世話が出来ない事があるのだ。アラリーラ様のご機嫌は、帝国の平和である。アラリーラ様にはいつも、機嫌よくしてもらわなければ、帝国が大変なこととなるのだ。
だけど、私じゃない臨時の側仕えをがアラリーラ様の世話をすると、途端、アラリーラ様は不機嫌になる。そうなると、帝国中が大変になるので、私が慌てて、事後処理である。結局、面倒なことは私がするのだ。
これは、私一人がアラリーラ様のお世話をしているから、どうしても穴が出るのだ。だったら、人を増やせばいい、と誰もが考える。
テラスから、候補者の一覧を受け取る。
「魔法使いから、見習い魔法使いまで、いますね。あ、子どもはちょっと」
「ハガルは五歳からやっているだろう」
「妖精憑きといえども、子どもは子どもですよ。アラリーラ様にお世話されちゃいます」
私はしっかりとアラリーラ様をお世話した自負があるから、猶更、子どもは候補から外した。
「試したらどうだ」
「数度、ありましたよ。私が戦争に行く前に、幼い妖精憑きにやらせてみては、なんて提案が出て、実際に、試しました。ですが、泣くは、叫ぶは、我儘いうは、ともかく、手がつけられなくて、アラリーラ様がお世話していましたよ。そのお世話も、うまく出来なくて、結局、私が行って、対処しました」
あれは大変だった。普通の子ども、というものを皆、わかっていないのだ。きっと、私を基準にしたんだな。
私はわかっている。弟妹を赤子の頃から世話していたのだ。だから、私が普通でない、という自覚を持っていたから、幼い子どもを使った結果は予想出来た。妖精憑きを神聖視しすぎだ。
最終的な判断は、やっぱり私だ。まだ、筆頭魔法使いとして表だっていないが、背中に皇族に絶対服従の契約紋を付けている以上、私が筆頭魔法使いだ。
「そういうのならば、魔法使いと見習い魔法使いを数名、選出させてください。魔法使いは成人した者を、見習い魔法使いは、私より若い者にしましょう。その条件にあう者に限定すれば、選出も楽でしょう。午前と午後に交代でやってください。例えば、一日目、午前をやったら、二日目は午後です。試しは三日間です。出来具合の最終判断は、アラリーラ様にしてもらいましょう」
「そのアラリーラ様が、拒否している。ハガルがいない時の代理ならいいが、常駐はイヤだと」
「わかりました。私が説得します。テラスは、選出してください」
私は候補者の名簿をテラスに返した。もう、着替えが終わっていた。
表向きは、大魔法使いアラリーラ様の一日の報告である。アラリーラ様の近くに、何か企みを持って近づいて来る貴族だっている。皇族も、その権威をかざして、アラリーラ様の予定に割り込もうとする。そういった者たちを報告することとなっている。そのために、わざわざ、筆頭魔法使いの屋敷に行くのだ。
だが、実際は、私が筆頭魔法使いの仕事をするためである。表向きは見習い魔法使いだが、実際は儀式が終わった筆頭魔法使いである。背中にはすでに、皇族に絶対服従の契約紋が施されている。毎日、行かなくてもいいのだ。ただ、筆頭魔法使いになる前、見習い魔法使いであった頃、皇帝ラインハルト様に会いたくて、毎日の報告にしたのだ。その惰性で、毎日、筆頭魔法使いの屋敷に来ている。
報告という任務が終われば、また、大魔法使いアラリーラ様の側仕えである。城の中を移動して、アラリーラ様の元に行く。この人は、どこに行ってもすぐわかる。妖精憑きであれば、この人の側についている莫大な数の妖精が見える。この、一目でわかるから、魔法使いたちも、アラリーラ様を敬うのだ。
それに対して、私の妖精は、格が高すぎて、魔法使いたちには見えない。妖精たちもそうだ。格の高い妖精は、あえて、姿を見せない。だが、感じるから、私に恐怖を抱いたりする。それが、妖精憑きにも伝わるという話だ。そのせいで、魔法使いたち、見習い魔法使いたちは、私を嫌った。恐怖を嫉妬と勘違いしたのだ。
アラリーラ様が不機嫌だ。アラリーラ様を慕う妖精たちが怒っている。一体、何があったんだ? と行けば、アラリーラ様を慕う妖精たちが私に告げ口である。ははーん、まだ、候補も絞っていないというのに、側仕えになりたい、と売り込みに来たのか。
私が歩けば、妖精たちはきちんと霧散してくれる。普段は、こんなに近くにいない。妖精たちが、私をアラリーラ様の側に置きたがるからだ。私が偽装していても、妖精たちには私の真の姿が見える。こういうのが好きなんだって。
私の姿を見て、アラリーラ様は笑顔を見せる。それを見て、私の妖精憑きの本能が喜ぶ。私だって、アラリーラ様のことが大好きだ。時間を許す限り、側にいて、お世話したい。
「ハガルが来ました。もう、お前たちはいりません。持ち場に戻りなさい」
私がアラリーラ様のお傍を離れていたから、お世話します、とか近づいてきたんだな。見れば、下手くそな給仕だ。食器を置く位置、飲み物の温度、菓子の盛り付け、全て、見苦しい。
私は手作業で、さっさと直した。茶の味もアラリーラ様の好みではないし、菓子ともあっていない。普段はやらないが、魔法で、ぱぱっと整える。魔法を使うと、違和感が残るのが、私は苦手だ。時魔法で進める、その程度はいいんだ。味を整える、温度を整えるは、時間をかけたうま味とは違う感じだ。
私個人のこだわりがこもったものに変えられたが、誰も、気にしない。置き方かんて、どうだっていいだろう、なんてふんぞり返っている魔法使いたち。貴族も、魔法使い相手だから、色々と我慢しているのだろうな。
私が整えた後に手をつけるアラリーラ様。整えられた後なので、とても満足している。
「やはり、ハガルとは違いますね。先ほどとは大違いです」
「な、何を」
「その見習いは、見た目を綺麗に整えただけですよ」
「見えなかったのですか? ハガルが魔法で味を整えてくれましたよ。先ほどは、茶と菓子があっていませんでした。だいたい、この菓子に、この茶はあっていません。それをハガルがあうように整えてくれたのです」
誉められたのが私だから、魔法使いたちは私を恨む。横取りした、と思ったんだな。仕方がない。このまま放置しておくと、不機嫌なアラリーラ様に感化された妖精たちが何かをする。魔法使いたちは、もう少し、アラリーラ様を慕う妖精たちの機微を見たほうがいい。
アラリーラ様は、まだ、魔法使いたちに不満の目を向ける。
「姿勢が悪いですよ。ここに貴族や皇族がいましたら、私の品位を疑われます。私は、見本にならなければなりません。それは、側仕えもです。ハガルを見なさい。姿勢よく、立っていますよ。あ、ハガル、疲れたでしょう。座ってください」
「いえ、俺はこのままで」
「これが、側仕えです。ハガルは席を勧めても、絶対に座りません」
「いやいや、疲れた時は座るから」
ちゃんと空気読んで休みます。今は、疲れていないから、立っているだけだ。
それに、私は体術と剣術を禁止された。体を鍛えるためには、こういう、ちょっとした事も我慢しなければならない。これも、体力作りだ。
顔を真っ赤にして、魔法使いたちは屈辱に震える。あー、これはもう、後で私は殴られるな。覚悟しよう。
「ハガルからも言ってください。私の側仕えを増やすというのです。ハガル一人で十分です」
「ありがとうございます」
ついつい、嬉しくて、笑ってしまう。アラリーラ様を独占出来るのは、嬉しい。だけど、そこをぐっと我慢して、説得しないと、賢者テラスに拳で殴られる。
「だけど、俺も、ほら、休む時があるから。家族には会いたい。そんな時、アラリーラ様が不便となるのは、ちょっとイヤかな」
「だったら、私がハガルの家についていきます。大丈夫ですよ、私は元は農家の子です。多少の不便は馴れています」
そういうよねー。毎回、こういうのだ、アラリーラ様は。
さすがに、許可なく大魔法使いアラリーラ様を外出させられないよ。許可は下りるけど、やっぱり私がテラスに拳で殴られる。
「まだ、我が家はしつけが出来ていません。それに、俺の親父は、そのー、あのー、アラリーラ様の側に行かせるには、色々と、まずいです」
私は視線を泳がせた。いや、私は父のことを愛している。しかし、一般的な父親像で、私の父はダメな人なんだ。私が良くても、世間は私の父とアラリーラ様を関わらせるのは許さない。場合によっては、私だけでなく、父まで賢者テラスに拳で殴られる。私は我慢するが、父が殴られるのはイヤだ。
「いつか、招待してくださいね」
「はい、必ず」
父がいない時にね!! 私は約束する。どうせ、いつかは招待しなきゃいけないのだ。アラリーラ様の願いは、必ず叶えなければならない。
そして、アラリーラ様は、少し考えこむ。
「ハガルを我慢させるのは、良くないですね。臨時で魔法使いたちや見習い魔法使いたちに側仕えをやってもらいましたが、満足がいく者はいませんでした」
「育ててみてはどうでしょうか。俺も、アラリーラ様に育ててもらいました。言葉遣いから、作法、給仕等、アラリーラ様が教えてくれました。俺もガキだったから、いっぱい、失敗しましたが、アラリーラ様がどこがダメか、俺に教えてくれたから、二度と、同じ失敗はしませんでした」
「私は、その、人を教えるのは、苦手で」
「今の俺があるのは、アラリーラ様のお陰です。今だって、何がダメなのか、アラリーラ様は口にしています。妖精憑きは才能があるから、きちんと教えれば、すぐに身に着けますよ」
「そうですね」
やっと、説得に応じてくれた。
私も、見習い魔法使いは難しくなってくるだろう。あまり長く見習い魔法使いをしていると、やっぱり、色々と言われる。
だいたい、五歳から見習い魔法使いなんだ。まだ見習いなの? と周囲は見ている。早いと、五年で魔法使いになれる。私は五年なんてはるか昔である。
ただ、筆頭魔法使いとして表立たせるとしても、異例だろう。史上最年少の筆頭魔法使いだ。過去を紐解いても、十歳未満で筆頭魔法使いになった記録はない。やっぱり、もうちょっと、見習い魔法使いしていよう。
将来のことも見越して、私は、アラリーラ様に売り込みに来た魔法使いたちに期待した。
「では、アラリーラ様、明日から三日間、お休みします」
「三日も!?」
「せっかくやる気のある方々が集まっているから、早いうちに始めましょう。テラス様には、俺から話します」
さっさとテラスのトコに逃げよう。こいつら、私を殴る気満々だ。そんな暇、与えてやるものか。
さっさと私は筆頭魔法使いの屋敷に逃げ込んだ。魔法使いたちが私をどうにかしたがったが、アラリーラ様が足止めしてくれた。今から、あの魔法使いたちは、アラリーラ様の優しい指導を受けるのだ。良かったね。
「テラスを呼んでくれ」
使用人に命じて、私はいつもの部屋のドアを開けるも、すぐに閉めた。
「こらこら、逃げるんじゃない」
何故か中でくつろいでいた皇帝ラインハルト様がドアをあけて、私を抱きしめる。途端、私は体の奥がかっと熱くなる。
「いちいち、抱きしめないでください。暑いです」
「こうしないと、逃げるだろう」
「逃げません。テラスに用があるから、来たんです。ラインハルト様は何か御用ですか?」
ラインハルト様、抱きしめるのはやめてくれたが、私の肩を抱いて、部屋へと押してくれる。逃げないけど、離れたい。
ラインハルト様と対面すると、だいたい、皇帝の儀式を命じられる。だから、反射で体が反応してしまう。
皇帝の儀式とは、皇帝が筆頭魔法使いをどこまで従えさせられるか、試すのだ。皇族の儀式では、跪くところから始まり、最後は靴を舐めるとこまでやらされる。だいたいの皇族は、筆頭魔法使いを跪かせるところがせいぜいだ。靴を舐めさせる、となると、かなり皇族としての血筋が強い。
しかし、皇帝というものは、もっと筆頭魔法使いを従わせなければならないのだ。筆頭魔法使いが絶対に出来ないことを命じる。皇帝の儀式では、筆頭魔法使いに閨事を命じるのだ。
男女ならいいだろう。しかし、魔法使いは男だけの職業だ。皇帝は、だいたい、男だ。となると、男同士の閨事である。もちろん、女側は筆頭魔法使いである。
私は、こうして、皇帝ラインハルト様と顔をあわせると、必ず、皇帝の儀式で、ラインハルト様に抱かれている。
「座っていなさい」
「いえ、ラインハルト様がいるのですから、私は立っています。私はあなたの最後の盾です」
どんな時も、私はラインハルト様への忠誠は強く持つ。それを言葉だけでなく、態度でも示した。
しかし、ラインハルト様は容赦ない。私を軽々と抱き上げ、膝に乗せて座るのだ。
「ふ、不敬になります!!」
「ここには、お前と私しかいないんだ。妖精を使え。不届きものは、消し炭にすればいい」
そう言って、私に深く口づけするラインハルト様。そうされると、私は反射で答えてしまう。まずい、このままでは、なし崩しだ!!
「私もいます!!」
そこに、使用人に呼ばれてやってきた賢者テラスが乱入してくれた。た、助かった。
テラスは私の首根っこをつかんで、ラインハルト様から離してくれた。
「た、助かりました」
「この男は、ちょっと目を離すと、すぐハガルに手を出して。私がいる間は、好き勝手させませんからね!!」
ギロリとラインハルト様を睨むテラス。そういうことを言って、実力行使が出来るのは、賢者テラスだけだ。あの、大魔法使いアラリーラ様でさえ、テラスには殴られるのだ。
皇族だってテラスには逆らえない。テラスは見た目は大人びた美男子だ。しかし、この男は物凄く短気だ。魔法よりも先に暴力なんだ。私でさえ、魔法を発動する前に、テラスに殴られる。その身体能力は、神がかっている。
皇帝ラインハルト様でさえ、賢者テラスには逆らえないのだ。帝国で一番の権力者はラインハルト様で、帝国最強の妖精憑きは私だが、帝国最凶はテラスだな。
テラスには逆らえないので、ラインハルト様も力づくで私を取り戻そうとはしない。ソファに姿勢よく座り直す。やっぱり、ラインハルト様もテラスが怖いんだな。
「ハガル、何か用ですか?」
テラスがラインハルト様を威嚇するように向かいに座るので、私は慌てて給仕する。
「アラリーラ様を説得しました。三日間、側仕えの研修を行わせてください。三日間は、アラリーラ様も耐えてくれます」
「アラリーラ様は耐えられるが、魔法使いと見習い魔法使いは耐えられるかどうか」
「ただ、側にいて、アラリーラ様を望むことをして、予定通りに事を運べばいいだけではないですか。アラリーラ様の望みは妖精たちが知っています。予定はほら、決まっていますから。余計な横槍が入っても、そこはうまく調整するか、排除すればいいだけですよ。魔法使いでも、見習い魔法使いでも、特権がありますから、簡単です」
私は何でもないことのようにいうのだが、皇帝ラインハルト様だけでなく、賢者テラスまで、私を呆れたように見た。何故、毎回、こうやって見られるのやら、理解出来ない。
私は、ラインハルト様の好みと、テラスの好みにあわせたものを出す。そして、私はラインハルト様の後ろに立つ。これが、普通だ。
「ラインハルト様、少し熱いですよ」
すぐに飲もうとするので、私はラインハルト様の手を後ろから止める。
「珍しいな」
「これは、少し時間を置いたほうが、ラインハルト様の好みだからですよ。そうすると、ちょうどいい味と温度になります」
「もういいか?」
「食事をされていないのですか?」
急ぐから、空腹かと思った。時々、ここで食事をとるのだ。しかも、私に作らせる。前もって言ってくれないから、あり合わせだ。
「ハガルがいいという、最高の瞬間がわからないからな。教えてくれ」
「もちろん、合図しますから、カップを置いてください。零れたら、火傷してしまいます」
「わかったわかった」
苦笑して、ラインハルト様はカップを置いてくれた。子ども相手みたいなことしているが、心配でならないのだ。
そんな私とラインハルト様のやり取りをなんともいえない顔で見ている賢者テラス。
「本当に、ハガルは甘いな。そんなに甘やかすから、皇帝陛下も、アラリーラ様も、お前から離れない」
「言いがかりです。これは、私がしたいからしているだけです。それが、ラインハルト様とアラリーラ様の望みを叶えることとなっているにすぎない」
私がラインハルト様とアラリーラ様に尽くしたいだけだ。それを責められたって、私は反省しない。
「その甘さで、とんでもないことが起こるぞ。あのどうしようもない父親には気をつけなさい。また、お前に金の無心をしている、と魔法使いたち、見習い魔法使いたちから、告げ口が出ているぞ」
「私が渡す金銭で、妖精金貨なんか出させません。そこら辺の妖精憑きと一緒にしないでください」
魔法使いたち、見習い魔法使いたちは、私がいつか、妖精金貨を出すと思っているのだ。
いつかは出すだろう。だが、私の父を通して、妖精金貨を出すことはない。私が妖精金貨を出すのは、帝国に仇名す者たちに対してだけである。
「ラインハルト様、飲み頃です」
いい瞬間になったので、私はラインハルト様に声かけをする。
ラインハルト様が口をつける瞬間まで、私は計算して声をかけている。ラインハルト様は私の計算通りに動き、最高の瞬間を口に含む。
見るからに喜んでいるラインハルト様。それを見て、感じて、私は歓喜に震える。今すぐ、後ろから抱きしめて、誉めてほしい。その衝動をぐっと耐えた。
「もう、人選は終わりましたか?」
私は衝動を反らすため、話を戻した。今は、アラリーラ様の側仕えの選出だ。
「ハガルの条件を満たす者たちには声をかけた」
「ありがとうございます。急ですが、明日からお願いします」
「明日!? また、急だな」
「今日も、我こそは、と売り込みの魔法使いたちが来ていました。私が離れる瞬間を狙ってです。そいつらも、候補に入れておきましょう」
テラスから新しい一覧を受け取って、そこに手書きで加えた。
「常に側に一人でついているのは、アラリーラ様も指導が大変でしょう。午前と午後にわけて、アラリーラ様につけさせます。明日、午前についた人たちは、明後日は午後です。三日目で、どこまで身に着けているか確認のため、テラスが同伴してください」
「アラリーラ様との面談の予定が入っているが」
「そのままでいいです。魔法使いでも、見習い魔法使いでも、最低限の礼儀は身に着けているでしょう。出来ていない場合は、補習ですよ」
「そうか。その時は、しっかりと教えてやろう」
怖い顔でいう賢者テラス。私は悪くない。最低限の礼儀が出来ない奴らが悪い。
「ハガルは、三日間、指導するのか? 大変だな」
「まさか、やりませんよ。私よりも年上ですよ。私が口出ししたら、影で殴られます」
「なんだと!?」
「また黙っていたのか!?」
やべ、滑った。私はすぐに貝のように口を閉ざした。だけど、ラインハルト様は私を抱き寄せて、また、膝に座らせるのだ。もう、テラスは止めない。それどころではないからだ。
「今日はどこを殴られたんだ!?」
「そうなる前に逃げました」
「ハガルは、本当は筆頭魔法使いなんだぞ。黙ってやられていい立場ではない」
「私の正体を知っている魔法使いたちが助けてくれます。表向きは見習いなんですから、魔法使いたちにとっては、教育的指導です」
「もう、筆頭魔法使いとして表に出なさい」
「まだ早いと言っているではないですか!!」
何かあると、すぐ、それだ。ラインハルト様は私を筆頭魔法使いにしようとする。
だけど、私はまだ、見習い魔法使いでいたかった。この立場ならば許されるものがたくさんある。筆頭魔法使いになると、それを全て手放さなければならないのだ。
まだ、私は手放す決心が出来なかった。
「アラリーラ様の側仕えを増やすべきだ、という意見が魔法使いたちから出ている」
賢者テラスがいう。
場所は、筆頭魔法使いの屋敷の一室だ。私はいつもの見習い魔法使いの衣装に着替えていた。この後、大魔法使いアラリーラ様の側仕えのお仕事だ。
「毎年恒例ですね」
人員を増やすことに、私は抵抗がない。むしろ、臨時よりも、常時の側仕えは必要なんだ。
表向きは、私は見習い魔法使いをしている。まだ、一人前の魔法使いではないのだ。だから、勉強をしつつ、大魔法使いアラリーラ様の側仕えをしている。しかし、裏向きでは、隠された筆頭魔法使いである。
三つの仕事を掛け持ちしているから、時々、大魔法使いアラリーラ様のお世話が出来ない事があるのだ。アラリーラ様のご機嫌は、帝国の平和である。アラリーラ様にはいつも、機嫌よくしてもらわなければ、帝国が大変なこととなるのだ。
だけど、私じゃない臨時の側仕えをがアラリーラ様の世話をすると、途端、アラリーラ様は不機嫌になる。そうなると、帝国中が大変になるので、私が慌てて、事後処理である。結局、面倒なことは私がするのだ。
これは、私一人がアラリーラ様のお世話をしているから、どうしても穴が出るのだ。だったら、人を増やせばいい、と誰もが考える。
テラスから、候補者の一覧を受け取る。
「魔法使いから、見習い魔法使いまで、いますね。あ、子どもはちょっと」
「ハガルは五歳からやっているだろう」
「妖精憑きといえども、子どもは子どもですよ。アラリーラ様にお世話されちゃいます」
私はしっかりとアラリーラ様をお世話した自負があるから、猶更、子どもは候補から外した。
「試したらどうだ」
「数度、ありましたよ。私が戦争に行く前に、幼い妖精憑きにやらせてみては、なんて提案が出て、実際に、試しました。ですが、泣くは、叫ぶは、我儘いうは、ともかく、手がつけられなくて、アラリーラ様がお世話していましたよ。そのお世話も、うまく出来なくて、結局、私が行って、対処しました」
あれは大変だった。普通の子ども、というものを皆、わかっていないのだ。きっと、私を基準にしたんだな。
私はわかっている。弟妹を赤子の頃から世話していたのだ。だから、私が普通でない、という自覚を持っていたから、幼い子どもを使った結果は予想出来た。妖精憑きを神聖視しすぎだ。
最終的な判断は、やっぱり私だ。まだ、筆頭魔法使いとして表だっていないが、背中に皇族に絶対服従の契約紋を付けている以上、私が筆頭魔法使いだ。
「そういうのならば、魔法使いと見習い魔法使いを数名、選出させてください。魔法使いは成人した者を、見習い魔法使いは、私より若い者にしましょう。その条件にあう者に限定すれば、選出も楽でしょう。午前と午後に交代でやってください。例えば、一日目、午前をやったら、二日目は午後です。試しは三日間です。出来具合の最終判断は、アラリーラ様にしてもらいましょう」
「そのアラリーラ様が、拒否している。ハガルがいない時の代理ならいいが、常駐はイヤだと」
「わかりました。私が説得します。テラスは、選出してください」
私は候補者の名簿をテラスに返した。もう、着替えが終わっていた。
表向きは、大魔法使いアラリーラ様の一日の報告である。アラリーラ様の近くに、何か企みを持って近づいて来る貴族だっている。皇族も、その権威をかざして、アラリーラ様の予定に割り込もうとする。そういった者たちを報告することとなっている。そのために、わざわざ、筆頭魔法使いの屋敷に行くのだ。
だが、実際は、私が筆頭魔法使いの仕事をするためである。表向きは見習い魔法使いだが、実際は儀式が終わった筆頭魔法使いである。背中にはすでに、皇族に絶対服従の契約紋が施されている。毎日、行かなくてもいいのだ。ただ、筆頭魔法使いになる前、見習い魔法使いであった頃、皇帝ラインハルト様に会いたくて、毎日の報告にしたのだ。その惰性で、毎日、筆頭魔法使いの屋敷に来ている。
報告という任務が終われば、また、大魔法使いアラリーラ様の側仕えである。城の中を移動して、アラリーラ様の元に行く。この人は、どこに行ってもすぐわかる。妖精憑きであれば、この人の側についている莫大な数の妖精が見える。この、一目でわかるから、魔法使いたちも、アラリーラ様を敬うのだ。
それに対して、私の妖精は、格が高すぎて、魔法使いたちには見えない。妖精たちもそうだ。格の高い妖精は、あえて、姿を見せない。だが、感じるから、私に恐怖を抱いたりする。それが、妖精憑きにも伝わるという話だ。そのせいで、魔法使いたち、見習い魔法使いたちは、私を嫌った。恐怖を嫉妬と勘違いしたのだ。
アラリーラ様が不機嫌だ。アラリーラ様を慕う妖精たちが怒っている。一体、何があったんだ? と行けば、アラリーラ様を慕う妖精たちが私に告げ口である。ははーん、まだ、候補も絞っていないというのに、側仕えになりたい、と売り込みに来たのか。
私が歩けば、妖精たちはきちんと霧散してくれる。普段は、こんなに近くにいない。妖精たちが、私をアラリーラ様の側に置きたがるからだ。私が偽装していても、妖精たちには私の真の姿が見える。こういうのが好きなんだって。
私の姿を見て、アラリーラ様は笑顔を見せる。それを見て、私の妖精憑きの本能が喜ぶ。私だって、アラリーラ様のことが大好きだ。時間を許す限り、側にいて、お世話したい。
「ハガルが来ました。もう、お前たちはいりません。持ち場に戻りなさい」
私がアラリーラ様のお傍を離れていたから、お世話します、とか近づいてきたんだな。見れば、下手くそな給仕だ。食器を置く位置、飲み物の温度、菓子の盛り付け、全て、見苦しい。
私は手作業で、さっさと直した。茶の味もアラリーラ様の好みではないし、菓子ともあっていない。普段はやらないが、魔法で、ぱぱっと整える。魔法を使うと、違和感が残るのが、私は苦手だ。時魔法で進める、その程度はいいんだ。味を整える、温度を整えるは、時間をかけたうま味とは違う感じだ。
私個人のこだわりがこもったものに変えられたが、誰も、気にしない。置き方かんて、どうだっていいだろう、なんてふんぞり返っている魔法使いたち。貴族も、魔法使い相手だから、色々と我慢しているのだろうな。
私が整えた後に手をつけるアラリーラ様。整えられた後なので、とても満足している。
「やはり、ハガルとは違いますね。先ほどとは大違いです」
「な、何を」
「その見習いは、見た目を綺麗に整えただけですよ」
「見えなかったのですか? ハガルが魔法で味を整えてくれましたよ。先ほどは、茶と菓子があっていませんでした。だいたい、この菓子に、この茶はあっていません。それをハガルがあうように整えてくれたのです」
誉められたのが私だから、魔法使いたちは私を恨む。横取りした、と思ったんだな。仕方がない。このまま放置しておくと、不機嫌なアラリーラ様に感化された妖精たちが何かをする。魔法使いたちは、もう少し、アラリーラ様を慕う妖精たちの機微を見たほうがいい。
アラリーラ様は、まだ、魔法使いたちに不満の目を向ける。
「姿勢が悪いですよ。ここに貴族や皇族がいましたら、私の品位を疑われます。私は、見本にならなければなりません。それは、側仕えもです。ハガルを見なさい。姿勢よく、立っていますよ。あ、ハガル、疲れたでしょう。座ってください」
「いえ、俺はこのままで」
「これが、側仕えです。ハガルは席を勧めても、絶対に座りません」
「いやいや、疲れた時は座るから」
ちゃんと空気読んで休みます。今は、疲れていないから、立っているだけだ。
それに、私は体術と剣術を禁止された。体を鍛えるためには、こういう、ちょっとした事も我慢しなければならない。これも、体力作りだ。
顔を真っ赤にして、魔法使いたちは屈辱に震える。あー、これはもう、後で私は殴られるな。覚悟しよう。
「ハガルからも言ってください。私の側仕えを増やすというのです。ハガル一人で十分です」
「ありがとうございます」
ついつい、嬉しくて、笑ってしまう。アラリーラ様を独占出来るのは、嬉しい。だけど、そこをぐっと我慢して、説得しないと、賢者テラスに拳で殴られる。
「だけど、俺も、ほら、休む時があるから。家族には会いたい。そんな時、アラリーラ様が不便となるのは、ちょっとイヤかな」
「だったら、私がハガルの家についていきます。大丈夫ですよ、私は元は農家の子です。多少の不便は馴れています」
そういうよねー。毎回、こういうのだ、アラリーラ様は。
さすがに、許可なく大魔法使いアラリーラ様を外出させられないよ。許可は下りるけど、やっぱり私がテラスに拳で殴られる。
「まだ、我が家はしつけが出来ていません。それに、俺の親父は、そのー、あのー、アラリーラ様の側に行かせるには、色々と、まずいです」
私は視線を泳がせた。いや、私は父のことを愛している。しかし、一般的な父親像で、私の父はダメな人なんだ。私が良くても、世間は私の父とアラリーラ様を関わらせるのは許さない。場合によっては、私だけでなく、父まで賢者テラスに拳で殴られる。私は我慢するが、父が殴られるのはイヤだ。
「いつか、招待してくださいね」
「はい、必ず」
父がいない時にね!! 私は約束する。どうせ、いつかは招待しなきゃいけないのだ。アラリーラ様の願いは、必ず叶えなければならない。
そして、アラリーラ様は、少し考えこむ。
「ハガルを我慢させるのは、良くないですね。臨時で魔法使いたちや見習い魔法使いたちに側仕えをやってもらいましたが、満足がいく者はいませんでした」
「育ててみてはどうでしょうか。俺も、アラリーラ様に育ててもらいました。言葉遣いから、作法、給仕等、アラリーラ様が教えてくれました。俺もガキだったから、いっぱい、失敗しましたが、アラリーラ様がどこがダメか、俺に教えてくれたから、二度と、同じ失敗はしませんでした」
「私は、その、人を教えるのは、苦手で」
「今の俺があるのは、アラリーラ様のお陰です。今だって、何がダメなのか、アラリーラ様は口にしています。妖精憑きは才能があるから、きちんと教えれば、すぐに身に着けますよ」
「そうですね」
やっと、説得に応じてくれた。
私も、見習い魔法使いは難しくなってくるだろう。あまり長く見習い魔法使いをしていると、やっぱり、色々と言われる。
だいたい、五歳から見習い魔法使いなんだ。まだ見習いなの? と周囲は見ている。早いと、五年で魔法使いになれる。私は五年なんてはるか昔である。
ただ、筆頭魔法使いとして表立たせるとしても、異例だろう。史上最年少の筆頭魔法使いだ。過去を紐解いても、十歳未満で筆頭魔法使いになった記録はない。やっぱり、もうちょっと、見習い魔法使いしていよう。
将来のことも見越して、私は、アラリーラ様に売り込みに来た魔法使いたちに期待した。
「では、アラリーラ様、明日から三日間、お休みします」
「三日も!?」
「せっかくやる気のある方々が集まっているから、早いうちに始めましょう。テラス様には、俺から話します」
さっさとテラスのトコに逃げよう。こいつら、私を殴る気満々だ。そんな暇、与えてやるものか。
さっさと私は筆頭魔法使いの屋敷に逃げ込んだ。魔法使いたちが私をどうにかしたがったが、アラリーラ様が足止めしてくれた。今から、あの魔法使いたちは、アラリーラ様の優しい指導を受けるのだ。良かったね。
「テラスを呼んでくれ」
使用人に命じて、私はいつもの部屋のドアを開けるも、すぐに閉めた。
「こらこら、逃げるんじゃない」
何故か中でくつろいでいた皇帝ラインハルト様がドアをあけて、私を抱きしめる。途端、私は体の奥がかっと熱くなる。
「いちいち、抱きしめないでください。暑いです」
「こうしないと、逃げるだろう」
「逃げません。テラスに用があるから、来たんです。ラインハルト様は何か御用ですか?」
ラインハルト様、抱きしめるのはやめてくれたが、私の肩を抱いて、部屋へと押してくれる。逃げないけど、離れたい。
ラインハルト様と対面すると、だいたい、皇帝の儀式を命じられる。だから、反射で体が反応してしまう。
皇帝の儀式とは、皇帝が筆頭魔法使いをどこまで従えさせられるか、試すのだ。皇族の儀式では、跪くところから始まり、最後は靴を舐めるとこまでやらされる。だいたいの皇族は、筆頭魔法使いを跪かせるところがせいぜいだ。靴を舐めさせる、となると、かなり皇族としての血筋が強い。
しかし、皇帝というものは、もっと筆頭魔法使いを従わせなければならないのだ。筆頭魔法使いが絶対に出来ないことを命じる。皇帝の儀式では、筆頭魔法使いに閨事を命じるのだ。
男女ならいいだろう。しかし、魔法使いは男だけの職業だ。皇帝は、だいたい、男だ。となると、男同士の閨事である。もちろん、女側は筆頭魔法使いである。
私は、こうして、皇帝ラインハルト様と顔をあわせると、必ず、皇帝の儀式で、ラインハルト様に抱かれている。
「座っていなさい」
「いえ、ラインハルト様がいるのですから、私は立っています。私はあなたの最後の盾です」
どんな時も、私はラインハルト様への忠誠は強く持つ。それを言葉だけでなく、態度でも示した。
しかし、ラインハルト様は容赦ない。私を軽々と抱き上げ、膝に乗せて座るのだ。
「ふ、不敬になります!!」
「ここには、お前と私しかいないんだ。妖精を使え。不届きものは、消し炭にすればいい」
そう言って、私に深く口づけするラインハルト様。そうされると、私は反射で答えてしまう。まずい、このままでは、なし崩しだ!!
「私もいます!!」
そこに、使用人に呼ばれてやってきた賢者テラスが乱入してくれた。た、助かった。
テラスは私の首根っこをつかんで、ラインハルト様から離してくれた。
「た、助かりました」
「この男は、ちょっと目を離すと、すぐハガルに手を出して。私がいる間は、好き勝手させませんからね!!」
ギロリとラインハルト様を睨むテラス。そういうことを言って、実力行使が出来るのは、賢者テラスだけだ。あの、大魔法使いアラリーラ様でさえ、テラスには殴られるのだ。
皇族だってテラスには逆らえない。テラスは見た目は大人びた美男子だ。しかし、この男は物凄く短気だ。魔法よりも先に暴力なんだ。私でさえ、魔法を発動する前に、テラスに殴られる。その身体能力は、神がかっている。
皇帝ラインハルト様でさえ、賢者テラスには逆らえないのだ。帝国で一番の権力者はラインハルト様で、帝国最強の妖精憑きは私だが、帝国最凶はテラスだな。
テラスには逆らえないので、ラインハルト様も力づくで私を取り戻そうとはしない。ソファに姿勢よく座り直す。やっぱり、ラインハルト様もテラスが怖いんだな。
「ハガル、何か用ですか?」
テラスがラインハルト様を威嚇するように向かいに座るので、私は慌てて給仕する。
「アラリーラ様を説得しました。三日間、側仕えの研修を行わせてください。三日間は、アラリーラ様も耐えてくれます」
「アラリーラ様は耐えられるが、魔法使いと見習い魔法使いは耐えられるかどうか」
「ただ、側にいて、アラリーラ様を望むことをして、予定通りに事を運べばいいだけではないですか。アラリーラ様の望みは妖精たちが知っています。予定はほら、決まっていますから。余計な横槍が入っても、そこはうまく調整するか、排除すればいいだけですよ。魔法使いでも、見習い魔法使いでも、特権がありますから、簡単です」
私は何でもないことのようにいうのだが、皇帝ラインハルト様だけでなく、賢者テラスまで、私を呆れたように見た。何故、毎回、こうやって見られるのやら、理解出来ない。
私は、ラインハルト様の好みと、テラスの好みにあわせたものを出す。そして、私はラインハルト様の後ろに立つ。これが、普通だ。
「ラインハルト様、少し熱いですよ」
すぐに飲もうとするので、私はラインハルト様の手を後ろから止める。
「珍しいな」
「これは、少し時間を置いたほうが、ラインハルト様の好みだからですよ。そうすると、ちょうどいい味と温度になります」
「もういいか?」
「食事をされていないのですか?」
急ぐから、空腹かと思った。時々、ここで食事をとるのだ。しかも、私に作らせる。前もって言ってくれないから、あり合わせだ。
「ハガルがいいという、最高の瞬間がわからないからな。教えてくれ」
「もちろん、合図しますから、カップを置いてください。零れたら、火傷してしまいます」
「わかったわかった」
苦笑して、ラインハルト様はカップを置いてくれた。子ども相手みたいなことしているが、心配でならないのだ。
そんな私とラインハルト様のやり取りをなんともいえない顔で見ている賢者テラス。
「本当に、ハガルは甘いな。そんなに甘やかすから、皇帝陛下も、アラリーラ様も、お前から離れない」
「言いがかりです。これは、私がしたいからしているだけです。それが、ラインハルト様とアラリーラ様の望みを叶えることとなっているにすぎない」
私がラインハルト様とアラリーラ様に尽くしたいだけだ。それを責められたって、私は反省しない。
「その甘さで、とんでもないことが起こるぞ。あのどうしようもない父親には気をつけなさい。また、お前に金の無心をしている、と魔法使いたち、見習い魔法使いたちから、告げ口が出ているぞ」
「私が渡す金銭で、妖精金貨なんか出させません。そこら辺の妖精憑きと一緒にしないでください」
魔法使いたち、見習い魔法使いたちは、私がいつか、妖精金貨を出すと思っているのだ。
いつかは出すだろう。だが、私の父を通して、妖精金貨を出すことはない。私が妖精金貨を出すのは、帝国に仇名す者たちに対してだけである。
「ラインハルト様、飲み頃です」
いい瞬間になったので、私はラインハルト様に声かけをする。
ラインハルト様が口をつける瞬間まで、私は計算して声をかけている。ラインハルト様は私の計算通りに動き、最高の瞬間を口に含む。
見るからに喜んでいるラインハルト様。それを見て、感じて、私は歓喜に震える。今すぐ、後ろから抱きしめて、誉めてほしい。その衝動をぐっと耐えた。
「もう、人選は終わりましたか?」
私は衝動を反らすため、話を戻した。今は、アラリーラ様の側仕えの選出だ。
「ハガルの条件を満たす者たちには声をかけた」
「ありがとうございます。急ですが、明日からお願いします」
「明日!? また、急だな」
「今日も、我こそは、と売り込みの魔法使いたちが来ていました。私が離れる瞬間を狙ってです。そいつらも、候補に入れておきましょう」
テラスから新しい一覧を受け取って、そこに手書きで加えた。
「常に側に一人でついているのは、アラリーラ様も指導が大変でしょう。午前と午後にわけて、アラリーラ様につけさせます。明日、午前についた人たちは、明後日は午後です。三日目で、どこまで身に着けているか確認のため、テラスが同伴してください」
「アラリーラ様との面談の予定が入っているが」
「そのままでいいです。魔法使いでも、見習い魔法使いでも、最低限の礼儀は身に着けているでしょう。出来ていない場合は、補習ですよ」
「そうか。その時は、しっかりと教えてやろう」
怖い顔でいう賢者テラス。私は悪くない。最低限の礼儀が出来ない奴らが悪い。
「ハガルは、三日間、指導するのか? 大変だな」
「まさか、やりませんよ。私よりも年上ですよ。私が口出ししたら、影で殴られます」
「なんだと!?」
「また黙っていたのか!?」
やべ、滑った。私はすぐに貝のように口を閉ざした。だけど、ラインハルト様は私を抱き寄せて、また、膝に座らせるのだ。もう、テラスは止めない。それどころではないからだ。
「今日はどこを殴られたんだ!?」
「そうなる前に逃げました」
「ハガルは、本当は筆頭魔法使いなんだぞ。黙ってやられていい立場ではない」
「私の正体を知っている魔法使いたちが助けてくれます。表向きは見習いなんですから、魔法使いたちにとっては、教育的指導です」
「もう、筆頭魔法使いとして表に出なさい」
「まだ早いと言っているではないですか!!」
何かあると、すぐ、それだ。ラインハルト様は私を筆頭魔法使いにしようとする。
だけど、私はまだ、見習い魔法使いでいたかった。この立場ならば許されるものがたくさんある。筆頭魔法使いになると、それを全て手放さなければならないのだ。
まだ、私は手放す決心が出来なかった。
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