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第四章

社長室にて

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 午後八時過ぎ、桜井不動産の社長室に携帯の着信音がなる。
 帰り支度を始めていた桜井は、携帯を手に取り眉を顰め、電話に出た。

「もしもし、どうした。上手く仕留めたのか?」

「まだだ。そんなことより、お前、何か企んでいるのか? 桐子とかいうお前の娘、例の高遠にくっ付いて回ってるぞ。しかも、同棲しているようだし」

「ああ!? なんだと? どういう事だ!」
「知らなかったのか、お前」

「当然だ! 俺は、桐子は友達の家に泊まりに行っていると聞かされてるんだぞ? 妻だって、そう思っているはずだ」

 桜井の表情がみるみる険しくなる。眉が吊り上がり、携帯を握る指先も力が入り過ぎているのか、白くなっている。

「なるほど。お前の娘は、俺らの過去を暴こうと画策する輩に入れあげているわけか。笑えるな」
「…………」
「で、どうするんだ? 娘がうろついているからと言って諦めるわけにはいかないだろう?」

「もちろんだ。過去がバレて、この会社が業績不振に陥ろうものなら、お前のところにも金なんて回せないからな。桐子に知られないように、上手くやれ。報酬は、仕留めた後だ」

「……分かったよ。……ったく、桜井は昔から変わらねえな」

「何言ってるんだ、浜川。あの時ちゃんと、二人で平等に分け合っただろう。それをうまく運用せずに使い果たしたお前が悪い」

「はい、はい。分かりましたよ。じゃあ、またな」

 浜川との電話を切った後、桜井はしばらく微動だにしなかった。渋い顔つきで何かを考え込んだ後、吹っ切ったように動き出した。そして車を回すよう手配して、桜井は社長室を後にした。
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