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王の遺言

とんでもない頼み事

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 キャベツの出荷がひと段落したので、ルウクは畑で草取りに従事していた。それぞれになすべく事があるので、ルウクは一人で作業中。黙々と草取りをしていると、頭上から影が落ちる。もしかしてセレンが来てくれたのかと嬉々として顔を上げると、以前セレンを呼びに来た従者が立っていた。

「こんにちは」

 ルウクは慌てて立ち上がり、「こんにちは」と返す。そんなルウクの様子に、彼は愛想よく笑いかけた。

「突然すみません。私は、……第二王子にあたるセレン様に仕えている、ハイドと申します」
「えっ!」

 ルウクは素っ頓狂な声を上げる。それもそのはず、ルウクは今の今までセレンが王子だとは夢にも思っていなかったのだ。身に着けているものや雰囲気から身分の高い人だとは思っていたが、まさか王族だったとは考えもしていなかったのである。

 だがハイドはそのルウクの真意に気づかず、自分が疑われているのかと勘違いした。

「いえ、本当です。覚えていませんか? 以前セレン様を此処まで迎えに来たのですが」
「あ、はい。覚えています。いや、そうでは無くて……。セレン様が王子って、本当ですか?」
「……正式には王子ではありません。シエイ王の庶子なので、継承権は無いので。ただ、公爵の称号は与えられております」
「…………」

 ルウクは絶句した。身分の高い変わり者だとは思っていたが、セレンがそんな境遇にあるとは思ってもいなかったのだ。

(でも、そうか……。セレン様が身分が高いにも関わらず庶民目線で物事を考える事が出来るのは、そういう環境だったからなんだ)

「今日あなたを訪ねたのは、セレン様の事で頼みがあったからなんです」
「僕に……ですか?」

 困惑するルウクに、ハイドはセレンの現在の環境を説明する。
 現在シエイ王が病床に伏しており、近いうちにセレンの兄、シザク王子が王位を継承する事。そしてその際セレンも、兄王の補佐として政治に介入するようシエイ王に頼まれている事などを軽く説明した。

「そう、なんですか」

 ルウクはセレンの事を案じた。セレンは王宮での仕事は望んでいないのではないかと思ったからだ。この村に遊びに来た時だって、畑仕事を手伝いたがっていた。たとえ不本意だとしても了承するしかないのだろうと思うと、気の毒だと思えた。

「ルウク」
「はい」

 ハイドに真面目な低い声で呼ばれて、少し緊張した。ルウクも真剣な表情で、ハイドの次の言葉を待った。

「セレン様に仕えてはくれませんか?」
「……え?」

 思いもよらない申し出にルウクは戸惑った。セレンに憧れのような気持ちを抱いているのは自覚しているので、彼のために仕える事が出来るのは嬉しい事だが、とてもじゃないが自分では身分不相応だ。

「先にも伝えた通り、セレン様の生い立ちは複雑で味方がほとんどいません。恐らくセレン様自身も、本当に心開ける相手はそうはいないでしょう。私が見た限りでは、王とシガ殿だけだと思われます」

「で、ですが。僕はただの農家の息子です。それこそセレン様の足手まといになるのではないですか? もっとちゃんと、教養のある方にお願いした方が……」

「失礼かとは思いましたが、ミツナ高校に行ってきました」
「え」

 ミツナ高校とは、ルウクが先日卒業した高校だ。ハイドの思いがけない言葉にルウクは目をぱちくりとさせた。

「あなたの担任に色々聞かせてもらいましたよ。とても優秀な生徒だとおっしゃってました。そして協調性に富み、心優しい生徒だと。大学進学も勧められたそうですね」

 担任に大学を勧められたのは本当だ。だけど、とても優秀だとか心優しいだとか、かなりオーバーに言っているような気がしてならない。実際担任がそこまで認めてくれていたとはルウクには思えなかったので、何だか居心地が悪い。

「はい。でも、その……。だいぶお世辞を言ってくれたのだと思います」

 ルウクが、ボソボソと自信なさ気に言うと、ハイドは困ったような顔をした。

「セレン様に仕えるのは嫌ですか?」
「とんでもない! そんな事は無いです」

 それには間、髪を容れずに否定した。反射的な必死な態度に今度はハイドが目を丸くする。そしてホッとしたように笑みを浮かべた。

「良かった。それではルウクは、セレン様に仕える事に異論はないのですね。ただ、身分の差を気になさっているだけだと」
「そうですけれど……。セレン様の迷惑にはなりたくないです」

「大丈夫です。彼はきっとお喜びになります。迷惑と言うことは決してないですよ。ただ、あなたが陰で色々言われたりとか、嫌な思いをすることがあるかもしれませんが」

「僕の事は別に構いません」

 顔を上げて、きっぱりとルウクは言う。その力強い態度にハイドも安堵したようだった。

「では、話を進めても良いですか? ご両親にもご挨拶に伺いたいのですが」

 ルウクはハイドの言葉に顎に手を置き逡巡する。自分が彼の役に立てるのなら、そんな嬉しい事は無く、やりがいもあるだろう。だけど単なる農家の息子が、庶子とはいえ王の息子の側近になるだなんて、それが本当にセレンのためになる事なのかどうかと考えると、やはりどうしても尻込みしてしまうのだ。

「ルウク」
「あ、はい」

 返事を待たせて長々と考え込んでしまった事に気づき、ルウクは慌てて顔を上げる。

「あなたの懸念している事は理解できます。ですがそんな事は杞憂ですよ。大切なのは本人の才覚とやる気です。いくら身分が高くてもそれがお飾りで何の役にも立たない者ならば、そちらの方がセレン様の足を引っ張る事になるのです」

「…………」
「それでも、固辞なさいますか?」

 ルウクは何故か追い詰められたような気分になる。本来なら考えるまでも無く断るべきだとも思うのに、この機会を逃すと二度とその誘いは無いのではないかと思い始め、自分がいかにセレンに仕える事を望んでいるのかと思い知らされた。

「何も考えずに返事をしていいのであれば、僕はセレン様の下で仕えたいと思います」
「そうですか! 良かった。では早速挨拶に参りましょう。案内して下さい」 
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