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◇第1章
【9】アグニスコルト家の訪問日 - 苦戦
しおりを挟む「……ねえ、もういいってばっ…………やっ……やめてって言ってるでしょ!?」
彼、リアム・アグニスコルトは今日一番の大きな声を出した。
それでもそれは他の人が多少声を荒げたものと同等程度だ。
私は「これぞ大声」というような音量で言い返す。
「うるさいわね! やめないって言ってるでしょ!? 文句ばっかり言うなら先に帰っててよ! この意気地なし!」
「なっ!」
彼は一瞬怯んだが、負けじと言い返してきた。
「こっちは君のことを心配して言ってるんだからね!? それに僕がもういいって言ってるんだ! だからもうやめてよ!?」
「だからよくないって言ってるでしょ! あんたがもういいとかそういうの関係ない! 私が諦めたくないの!」
ばしゃばしゃと冷たい水をかき分ける度にごくわずかに痛みが走る。
……これはきっと後でお父様にこっ酷く怒られてしまうだろうな…………ついでに使用人たちも怒られそうだ。
中には今までの人生で私に嫌がらせをしていない使用人もいるし、解雇されるようなことだけは何とか避けてあげないといけない。
まさかこんなことになるとは、少し前の私は思ってもいなかった――――――。
◇ ◇ ◇
――――時は遡り二時間ほど前。
リアムと遊ぶことになった私は思った以上に苦戦していた。
何を言おうとも彼はこちらと言葉を交わそうとせず、おまけにアグニスコルト家からついてきた彼の世話係であろうメイドの裾を両手で掴み、絶対にその場を動こうとしないのだ。
幾度も彼にあれこれ遊ぶものを提示してみたが、そのどれにも反応を示してくれなかった。
確か彼は私より二歳ほど年上だったはずと思い、その年代の男の子に好かれそうな遊びも選んではみたのだが……結果は同様だった。
その間、服の裾を掴まれているメイドが何度も私と遊んでみたらどうかと促してはくれたものの、梃子でも動かない。しまいにはそのメイドが半ば潤んだ瞳で非常に申し訳なさそうに私の方を見てくる始末だ。
かなり悩んだ末、大きくため息をついた後、私は自分のメイドを二人呼び、あることを耳打った。
そしてそのうちの一人を引き連れその部屋を後にし、自室に戻り着替えを行い、五分も経たないうちにもう一度その部屋へと向かう。
せっかく朝早くから長い時間辛抱して着飾られた姿だったが、背に腹は代えられない。
すらっとしたデザインのズボンに着替え、綺麗に整え下ろしていた髪も髪飾りを外し、素朴なポニーテールに変えてもらった。
バンッと今朝のお父様みたく開け放ったドアの音に彼はまたビクッと肩を揺らしていたが、私はもはやそんなことは気にしなかった。
チラリと彼がくっついているメイドに視線を送ると、ハッとした表情をして小さく頷いた。どうやら室内に残ったもう一人のメイドがうまく伝えてくれたようだ。
つかつかと歩みを進め、彼の目の前で止まる。
警戒しているからか、その体がより一層カチコチに固まっていた。
先ほどまでとは打って変わってじっと彼を睨み付けていると、しばらくして弱々しい声でこう言ってきた。
「……なっ…………何?」
……まだだ。まだそのときではない。
何も答えず、彼に変わらぬ視線を向け続ける。
「……何かって……聞いてるんだよっ…………」
何も答えない私に対し少し口調を強くしてみたようだが、引き続き何もせずじっと睨む。
…………それにしてもこのお子様は以前からこんな感じだっただろうか?
うーん……何度か意識的に交流を持とうと思って関わっていたはずなのに、思い出そうとしても影が薄すぎてあまり思い出せない。
どの人生でも弟のレオンは私と遊ぶことに積極的だったから何となく覚えているが、それでも原作のストーリーにそこまで関わっていないからか、かなり印象が薄い。
まあリアムはレオンから離れなかったみたいだから、一緒に遊んではいたのだろうけれど…………いやはや本当にびっくりするほど記憶にない。
じっと睨み付ける視線を変えずに思考を巡らせていると、彼は少しばかり私の方に体を開き、一度右手を大きく振って声を発した。
「こっ、答えてよ! 君、一体何がしたい」
今だ。
「えっ? ――――痛っ!」
私は彼に勢いよく体当たりした。
この年齢にしてはなかなかに美しい渾身のタックルだったと思う。
そのまま二人してゴロゴロと床に転がったが、素早く体制を整えそのままうつ伏せになっている彼の上に馬乗りになる。
(はっはっはー! このためにわざわざドレスから動きやすいズボンに着替えてきたのよ!)
こんなにうまくいくとは思っていなかったため、思わず心が躍った。
狐に負けないニヤリとした顔つきで体重をかけ、胴体を両手で押さえて引き続き動きを封じる。
「わっ! な、何!? ちょっ……離してよ!」
彼はわたわたと動いて抵抗するが、しっかりと押さえつけている私からは逃げられない。
その隙にメイドたちは一斉に部屋の外へ出て行く。
「えっ? ……み、みんな、待ってよ!」
「ごめんなさい、お坊ちゃま! でもっ……これもお坊ちゃまのためなんですぅう!」
「僕のためって…………ねっねえ! 置いていかないでよ!」
ジタバタと足掻きながらメイドたちが去っていくドアの方に手を伸ばすが、その先はあっけなくパタンと閉じられた。
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