オツキサマにはご注意を!~転生悪役令嬢はもうヒロインに期待しない~

祈莉ゆき

文字の大きさ
13 / 73
◇第1章

【12】アグニスコルト家の訪問日 - 鬼ごっこ②

しおりを挟む

「え?」


 まさか、と思い振り返ると、そこにはリアム・アグニスコルトがいた。


「えっと…………鬼交代、だね」


 これは……一体ナニゴト!?


(えっ? 距離は十分とっていたし、今からもうちょっと速度上げようかとは思ってたけど同年代の子なら絶対に追いつけない速さは出てた……よね?)


 自意識過剰ではなく本当にこの年頃でも私は足が速い方だ。以前何度か同年代の子たちと鬼ごっこしたときは最後まで一度も捕まらなかったくらいには速い。
 そんな私にこんな早い段階で追いつくのだ。思っていたよりも数段、彼の足は速いらしい。


「今度は僕が逃げる番、だけど…………えっと、このまま続ける?」


 チラチラとこちらを伺う彼に対し、力強く答える。


「もちろんですわ! 私もすぐに捕まえてみせますので全力で逃げてくださいませ!」


 面白い。
 回帰してきたとはいえ、今現在七歳の心身を持つ私は非常に燃えていた。

 今までのどの人生の幼少期時代でも、こんなに足の速い子はいなかった。
 幼いながらもライバルを見つけるとこういう高ぶりがあるのか。


「私はここで十秒待ってから追いかけますので、早く逃げてくださいな」
「あ、うん……じゃあ…………」


 そういうと彼はパッと振り返り、私の元から離れていく。

 ……ん?


「………………え? 何アレ」


 あっという間に視界の先で小さくなっていく彼を見て愕然とする。
 いやいや、あれはもう年齢的に速いかどうかという次元ではない。

 常軌を逸した速さだ。


(……ん? あれ? …………っていうかそもそも『アグニスコルト家は代々足がすごく速い』なんて、そんな特殊な設定あったっけ?)


 頭を抱えて原作を思い返してみるが、やっぱりそんな設定はなかったように思う。
 何回もの人生を経てきた私は、原作に書かれていないことも多数存在するということは心得ている。けれど、やはり大きな設定や特殊な設定は原作に書かれていることが多かった。
 思い出せる限りアグニスコルトが関係する原作の描写を掘り起こしてみるが、やはりそういう設定は微塵も出てこなかった気がする。

 もしかしたら今まで気づかなかっただけで原作とは異なる部分だったという可能性もあるし、単に原作では描かれなかっただけかもしれないが……こんな異常な一種の特殊能力みたいなのものが原作で全く触れられていないことに何だか少し違和感を感じた。


 ――――と、ここまで考えてハッとする。


「もう絶対に十秒以上経っているわ!」


 ぐっと足の裏に力を込め、地面を蹴る。
 さっきの反省を生かして始めから全速力で走った。

 しばらく考え込んでしまっていたため、彼が見えなくなったその先、どっちの方向に行ったのかもわからない。
 おまけに足が速いのだ、最悪メイドや騎士たちを集めて一緒に探してもらわなければならないかもしれない。

 とりあえず彼が最初に走っていった方向にひたすら真っすぐ走っていると、こちらの様子をちらちらと伺う小さな後ろ姿が見えた。
 あまりにも速すぎるとついてこれないと思ったのか、彼はその場で止まり、私の姿が見えるのを待っていたようだ。


 カチンという音が、実際に頭の中で響いたような気がした。


「本気でやってくださいませ! リアム様!」
「あ、え……いや……本気でやってるよ~」


 彼は追いかける私との間隔を約一メートルほど保ったまま逃げていく。


(くっ……屈辱だわっ!)


 頑張って走り続けるものの、その間隔は狭まることはなく、私たちは庭のあちこちをそのまま走り続けた。

 いくら身体能力が高いとはいえ、七歳の体力だ。そのうち私のペースが落ちてきた。
 彼はそれにも合わせてくれているようで、一メートルほど先で後方の私を確認しながら速度を緩めていた。

 一定の間隔が変わらないまま、私が肩で大きく息をするようになった頃、彼が話しかけてきた。


「え、っと…………そろそろ終わりに、しない?」
「……ほっ、本当にっ…………足……速いんですのねっ」


 それを待っていたかのように無意識のうちに足がその動きを止めた。
 こんなに走ったのは久しぶりだ。でもそんなことよりも一度も捕まえられなかったのが本当に、ものすごく悔しい。


「……君も十分速かったよ」
「ははっ……お世辞は、結構っ、ですわ……」


 こんなにも息切れしている私に対し、彼の息は少しも乱れていない。


「そんなことないよ……弟と同じくらい速くて、僕も……その、楽しかったよ」


 近くに来て私の背中を擦りながら、彼はほんのりと笑った。
 それを見て、口が勝手に言葉を紡いだ。


「……これでっ……少しはっ、仲良くなれたのでしょうか?」


 彼はほんの一瞬目を見開き、その後少し俯き私から視線を外して答えた。


「よくわからないけれど……そう、かもしれないね」


 その言葉を聞いて、自然と笑みがこぼれた。
 鬼ごっこの結果は悔しかったけれど、少しでも仲良くなれたのなら今日こうして頑張って彼と向かい合ってみたかいがあった。

 そのまましばし休憩し、呼吸が安定してから彼に再び声をかける。


「それじゃあ……そろそろ戻りましょうか? メイドたちにも早く戻ってるように言われていますしね」
「うん……そうだね」


 屋敷に帰るなら土地勘のある私が先を歩いた方がいいだろうと思い、すぐに歩き出す。
 ちらっと後ろを確認すると、つられるようにして彼も歩き出した。


 それからしばらく、会話はなかった。
 彼が私に話しかけることはもちろんなく、私もかなり体力を使っていたため喋りかける気力がもう残っていなかった。
 まあ、今回は交流を深める第一歩としては申し分ないだろう。彼と関わろうとしたどの人生よりも今日が一番会話できた気がするし、最悪関係が希薄になりそうな時期に積極的に彼と交流を図り、逃さなければ問題ない。


(戻ったら今日はもう彼と別れて、お風呂を済ませてゆっくりしよう……)


 そう思っていたときだった。


「あ……れ?」


 突然声を発した彼の方を振り返ると、ピタッと体の動きを止めていた。
 そしてその表情はみるみる内に青ざめていった。
 咄嗟に少しばかり引き返し、顔を覗くようにして尋ねる。


「どうしたんですの? すごく顔色が悪いですわ……」


 その声でなんとか我に返ったというような彼が、震える唇で答えた。


「…………すごく大切なもの……どこかに落としてしまったみたい……なんだ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。 でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。 それを証明すれば断罪回避できるはず。 幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。 チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。 処刑5秒前だから、今すぐに!

【長編版】悪役令嬢は乙女ゲームの強制力から逃れたい

椰子ふみの
恋愛
 ヴィオラは『聖女は愛に囚われる』という乙女ゲームの世界に転生した。よりによって悪役令嬢だ。断罪を避けるため、色々、頑張ってきたけど、とうとうゲームの舞台、ハーモニー学園に入学することになった。  ヒロインや攻略対象者には近づかないぞ!  そう思うヴィオラだったが、ヒロインは見当たらない。攻略対象者との距離はどんどん近くなる。  ゲームの強制力?  何だか、変な方向に進んでいる気がするんだけど。

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

処理中です...