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◇第1章
【19】アグニスコルト家の訪問日 - 真夜中の密会① /《リアム視点》
しおりを挟む「…………あ……もうこんな時間か……」
この部屋に入ってきて何度目かのゴーンと重く鳴り響いた時計の音に呼応するように、息交じりにぽつりと独り言が漏れた。
あれから一人でずっと窓の外を眺めていた。
メイドが運んできた夕食を断って、ただただぼうっと、暗くなっていく景色と降りしきる雨を見ていた。
気がつくと結構な時間が経っていて、いつもなら寝ているはずの時間をもうとっくに過ぎていた。
今の心境ではとても眠れそうにないが、明日の昼にはもうここを発つ予定だ。いくら馬車に乗ると言っても、その中でずっと寝ていたら父上が余計に気にしてしまうかもしれない。
(……少しでもいいから寝よう)
そう思って真新しいふかふかのベッドに潜り込んだ。
さっきまでは雨の音が心地よかったけれど寝るとなると別だ。毛布に深く潜り込み、目を閉じて深く息をした。
そのまましばらく深く呼吸を繰り返してみたものの、やはり寝つけない。できるだけ何も考えないようにしようと思うと余計に頭が活動的になって、むしろさっきより頭がはっきりしているようにも感じた。
まあ、こうしてベッドで横になっているだけでも体力は回復するだろうし、知らない間にそのうち寝ているかもしれないと思い、諦め半分でそのままの状態を保つことにした。
――――コンッ!
しばらく経った頃、微かに音が聞こえた気がして、深く被っていた毛布から顔を出し窓の方を見る。
(窓に何か当たったのか?)
毛布の中にいる僕に届くくらいだ、もしかしたら鳥が窓に当たってしまったのかもしれない。
心配になりベッドから出て窓際まで様子を見に行ってみるが、特に何も見つけられなかった。
コンコンッ――――――コンコンッ!
不思議に思っているとまた数度、音がした。
それでようやくその音がドアのノック音だということに気がつく。
(……夕食を断ったからメイドが夜食でも作ってきたのかな?)
一度そう思ったが、それだったら何かしら声をかけてくるはずだ。けれどノックの主は声を出そうとはしない。
そこまで考えて、一つの答えが頭に浮かんだ。
コンコンコンッ! …………ドンドンッ!
明らかに強さを増しているそれで浮かんだ解が確信に変わっていく。
足早にドアの前まで歩いていき、息を一つ吐き出してからゆっくりとドアを開けた。
「……やっぱり…………君、何でここにっ」
部屋の前には、寝間着に薄いショールを羽織ったリーシェ・クランシュタイン嬢が立っていた。
彼女は僕に対し、自らの口に人差し指を立て静かにするように示してきたため、とっさに途中で口を閉ざす。どうやら彼女は誰にも言わずにここまで来たようだ。
そして彼女は薄く微笑み、そのまま指で「中に入ってもいいか」というようなジェスチャーをしてきた。
少し迷ったが、僕は扉を大きく開けて彼女を迎え入れた。
彼女は昼間と比べたら非常に小さな歩幅で歩き、目の前を通り過ぎていく。
その様子を目で追いかけていてはっと気づいた僕は急いで部屋の明かりをつける。転んだりして彼女がまた怪我をしたら大変だ。
明るくなったことにより、彼女がハッキリと見えるようになった。ふらふらとどこか足取りがおぼつかない感じから、まだ彼女の体調はよくなさそうだ。こういう状態だということは、おそらく明日帰るまでに再び彼女と顔を合わせることはないだろう。
……もしかしたら彼女もそれがわかっていて、こうして夜にこっそり僕のところまで来たのかもしれない。
ふと、そんな期待が入り混じったような考えが浮かんで、数回首を振る。
ドアを閉めて、一歩一歩ゆっくりと歩いていた彼女を後ろから支え、そのまま近くの椅子に座らせる。
「……ありがとうございます、リアム様」
こちらを見上げながらお礼を言う彼女を数秒じっと見つめ、考える。
そしてその顔を覗き込みながら口にする。
「……ごめん、ちょっと触るね」
自らの手のひらを彼女の額に当てるとかなりの温度を感じた。
ぐっと胸の中に何かが込み上げて来て、そのまま言葉を紡ぐ。
「……君、まだかなり熱があるじゃないか……どうしてここまで来たの?」
「あ……ごめんなさい。風邪をうつしてしまう可能性も考えたのですけれど…………その、リアム様が……気にしていらっしゃるかと思いまして…………このままだと、私はリアム様に会えないまま今回の訪問日が終わってしまいそうだったので、内緒で会いに来ちゃいました」
そう言ってゆっくり微笑んだ。
高熱のせいかその口調もゆったりとしていて、そんな彼女を見ていると余計に胸が苦しくなった。
「……じゃあもう満足したよね? ほら。君の部屋まで運んでいくから背中に乗って?」
背中を彼女の方に向けてしゃがみながら、そう指示する。
思ったよりぶっきらぼうな言葉が口から出てきて自分でも少々驚いたが、今の彼女には安静が必要だ。これくらい強い口調でちょうどよかったのかもしれない。
「あ……あの、ひょっとして怒っていらっしゃいますの?」
こちらの様子を伺うようにして彼女がそう尋ねて来た。
横目で様子を伺うと、その姿は昼間の彼女からは想像もできないほど弱々しくおどおどしていた。
それを見て僕は彼女の方に向き直り、顔をしっかりと見て、今度はできるだけ優しい声音で言葉をかける。
「怒ってないよ。いや……そんな熱でここまで来たことに関してはちょっとどうかと思うけど……でも君がそういう状態なのも元はと言えば僕のせいだし…………僕が君に対して何か怒ったりするのは間違ってるよ」
そうだ。僕にそんな権利はない。
心配こそすれど、怒るなんてのはおこがましい。
彼女に対して怒る暇があるのなら、どうしようもない僕をまず戒めるべきだ。
「なっなら! 私とちょっとお話ししてくださいませ!」
彼女はずいっとこちらに身を寄せ、大きめの声でそう言った。
熱のせいで真っ赤な顔をしながらもその瞳は真っすぐにこちらを見つめていた。少し潤んでいるからか、部屋の明かりを受けてよりきらきらと輝いているように感じた。
「お医者様にもちゃんと見ていただきましたし、お薬もちゃんと飲みましたわ! あっ、あと、終わったらすぐ帰りますし、早めに寝ますわ! ……あの、だからっ、本当にちょっとだけでもいいので、私とお話ししてくださいませんこと?」
あれこれと口にして食い下がる彼女に対し、それを拒める立場にないと思った僕は少し考えてから返答する。
「……わかった。ただし、体調が悪化するといけないからあまりはしゃがないこと。あと、その椅子から絶対に立たないこと……それと本当に少しだけ話したら終わりだからね? その後は僕が背負って君の部屋まで送るから……それでもいいなら、いいよ」
僕の言葉を聞いて表情を輝かせながらこくこくと頷く彼女。
小さく息を吐いて立ち上がり、室内にあった薄手のひざ掛けを持ってきて彼女の膝にかける。それから彼女の向かい側の椅子に腰かけた。
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