30 / 73
◇第1章
【29】馬車は王城へ向かう
しおりを挟む「……はあ……憂鬱だわ…………」
定期的に強めな揺れを繰り返す籠の中で、私は頬杖をつきながら遠くの風景を眺めながらそう呟いた。
「はー、ほんまやなぁ。主様がしんどそうでわしもごっつ胸が苦しいわぁ」
向かい側の席で狐がニコニコと嬉々とした声を上げる。
それを見てより一層気分が悪くなり、思わず額に手を添える。
「……本当、あんたは私が嫌な思いしているときが一番楽しそうよね」
「えー? そないなことあらへんってー! ほんまのほんまに主様が可哀想で可哀想でっ…………くくっ」
大袈裟な抑揚で喋りながら袖口で顔を覆いながらおいおいと泣く仕草を見せ、その後肩を小刻みに揺らす狐。
こいつのこういうところは本当に腹立たしく思う。
イラつきと不快感を抑えるために特に彼に何も返さないまま目を瞑り、この揺れが止むまでただただ待つことにした。
先日アグニスコルト家を出迎えたときよりも一段と着飾った私は、とある理由から呼び出しを受け、王城へと向かっていた――――。
◇ ◇ ◇
――――時は遡ること、二日前。
お父様の執務室に呼び出された私は、訪ねるや否や唐突にそれを告げられた。
『……え? 婚約解消の申し出を断られた?』
私は驚きを隠せなかった。
かなりお忙しい様子のお父様は『書類に目を通しながらで悪いな』と先に謝られてから話を進めた。
『ああ。リーシェに憑かれた神様のそのお名前もきちんと書き記した上で婚約解消を申し出たんだが……『この件に関してはクランシュタイン家側の申し出だけで済ませられない』という内容が添えられていたよ』
『そんな……どうして…………確かに現状最も高貴な家柄の令嬢は私なのかもしれませんが、ノインのオツキサマになったとなれば話は変わってくるでしょうに』
『私もそう思っていたよ……リーシェがノイン様のオツキサマになった以上、我がクランシュタイン家より他の家門のご令嬢たちの中から再び婚約者を選んだ方が王家としても望ましいはずだ。だからオツキサマの件を出せば、そのまま承諾されるか、期限を決めての解消になるかのどちらかだと思っていたんだけれどね……』
お父様の話を聞きながらも、脳内はずっと困惑していた。
確かに今まで回帰直後のこんなに早い段階で婚約解消の申し出はしたことがなかったが、過去の人生でエルヴィス殿下に申し出を断られたことは一度たりともなかったのだ。
もちろんいつも二つ返事で婚約が解消されたわけではない。けれどお父様がおっしゃった通り、最初の人生を覗いた過去八回の人生のすべてで、タイミングは違えども「学園卒業前に解消する」という誓約を結べていたのだ。
理由は単純なもので、ノインに憑かれた私は王族側としてももう切り離したいものの、やはり「クランシュタイン」という家名と後ろ盾をそう簡単に手放すことはできないということに加え、現状では私以外に殿下にふさわしい候補者がいないからだ。
だから「学園を卒業する」、つまり成人を迎える前までに王家に見合う家柄のご令嬢を探し、私と比べられても引けを取らないほど所作や勉学を施し、育てあげた上で新しい婚約者として公表する――――そのための猶予期間なのだ。
(それなのに断られただなんて……時期が早すぎたっていうの? でもそれじゃあ今回はどうやって殿下と婚約を解消すれば…………)
思わず黙り込んで深く考えていると、お父様が再び口を開いた。
『……それと『婚約解消に当たっては当事者同士の話し合いが必要だと考えているため、そのための席を設けたいと思う。ついては二日後にリーシェ・クランシュタインを登城させるように』と書かれていてね…………』
『えーっと……それは当然お断りできないもの、ですよね?』
『そうだな。特に『エルヴィス殿下自身が非常にリーシェに会いたがっている』とも書かれていたから……もし体調が悪くて行けそうにないと返したとしても『それならこちらがそちらを訪ねよう』という返答がありそうだ』
ただでさえ忙しい最中だからか、お父様は顔色を悪くして頭を抱えた。
それを見て私は、『大丈夫です、お父様。私が直接お話しをつけてきますわ』とできるだけにこやかに答えた――――。
0
あなたにおすすめの小説
完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい
咲桜りおな
恋愛
オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。
見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!
殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。
※糖度甘め。イチャコラしております。
第一章は完結しております。只今第二章を更新中。
本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。
本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。
「小説家になろう」でも公開しています。
転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎
水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。
もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。
振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!!
え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!?
でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!?
と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう!
前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい!
だからこっちに熱い眼差しを送らないで!
答えられないんです!
これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。
または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。
小説家になろうでも投稿してます。
こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。
転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜
具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、
前世の記憶を取り戻す。
前世は日本の女子学生。
家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、
息苦しい毎日を過ごしていた。
ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。
転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。
女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。
だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、
横暴さを誇るのが「普通」だった。
けれどベアトリーチェは違う。
前世で身につけた「空気を読む力」と、
本を愛する静かな心を持っていた。
そんな彼女には二人の婚約者がいる。
――父違いの、血を分けた兄たち。
彼らは溺愛どころではなく、
「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。
ベアトリーチェは戸惑いながらも、
この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。
※表紙はAI画像です
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
【長編版】悪役令嬢は乙女ゲームの強制力から逃れたい
椰子ふみの
恋愛
ヴィオラは『聖女は愛に囚われる』という乙女ゲームの世界に転生した。よりによって悪役令嬢だ。断罪を避けるため、色々、頑張ってきたけど、とうとうゲームの舞台、ハーモニー学園に入学することになった。
ヒロインや攻略対象者には近づかないぞ!
そう思うヴィオラだったが、ヒロインは見当たらない。攻略対象者との距離はどんどん近くなる。
ゲームの強制力?
何だか、変な方向に進んでいる気がするんだけど。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる