オツキサマにはご注意を!~転生悪役令嬢はもうヒロインに期待しない~

祈莉ゆき

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◇第1章

【53】ルーク・クランシュタイン - 本性

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 黙々と歩みを進め、あっという間に彼らの部屋まで到着する。


「こっちがルークの部屋で、向かいの部屋がニアの部屋よ。今から屋敷全体を案内してもいいんだけど、お父様が帰ってこられるまでに回りきれないだろうし、長距離の移動で二人とも疲れているだろうからこのまま夕食まで休んでちょうだい。何かあれば室内の呼び鈴を鳴らせばすぐに使用人が来るわ」


(ま、最近は私が鳴らしても誰も来ないけれど……)


 そう説明するとニアは俯き加減のままこちらを見ることもなく、そそくさと自室に入って行った。
 幼少期の彼女はいつもこんな感じだ。少々事情がありルークを通さないとまともに会話さえできないが、今回も彼女は後回しだ。


「お気遣いありがとうございます、姉上」


(先に片付けておいた方がいいのはこっち……)


 そう思いながら笑顔を作って尋ねる。


「礼なんていいのよ。ところでルーク……話したいことがあるのだけれど、少し時間をもらってもいいかしら?」
「……はい。もちろんです」


 感じ取れるか否か程度の間の後に、ルークが微笑みを絶やさないまま承諾する。
 彼の部屋で話すことを提案し、そのまま部屋の中に入り、扉を閉める。

 玄関ホールでわざわざ大きめの声で「彼らを案内する」と口にしたのだ。
 私が双子の部屋付近にいる以上、屋敷の者はこの辺りにいないだろう。


「……さあ、ルーク。しばらくは誰の邪魔も入らないわ。だから……そろそろそんなに頑張って『いい子ちゃん』しなくてもよろしくてよ?」
「……へぇ。なんだ、気づいてたんだ」


 彼はぽつりとそう呟くとこちらに背を向け、窓際まで行きドサッと勢いよく椅子に座った。
 右足を左の腿の上に乗せ、テーブルに頬杖をつきながらこちらをじっと見て話し始める。


「世間知らずで高慢な公爵令嬢って聞いてたんだけど……噂ってやっぱアテになんないもんだね」


 これがこの子の本性だ。
 人目のあるところでは姉を慕うあどけない弟を装っているが、こちらが素である。


「あら。せっかく初めて顔を合わせるから張り切ってみたのだけれど、ご期待に沿えなかったみたいね」
「本当にそうだよ。あんた、もしかして貴族の間でその白い花が何に使われるのか、わかってないの?」
「いいえ。お葬式のときに献花するものだってことくらい当然知っているわよ」
「ハッ! じゃあ知ってて怒りを堪えながらも受け取ったんだ、偉いじゃん」


 適当に手を打つ彼を横目に、部屋にある花瓶の中にもらった花束を突っ込む。
 約束通り静かにしている隣の狐がニヤニヤしながら眺めてくるのをじとっとした目で見つめながら、ぱっぱっと手を払い、ついていた土をできるだけその場に落とす。


「あの場で私が花を無碍にする状況を作りたかったのでしょうけど、残念だったわね?」
「ホンット最悪だよ。ワンチャン投げ捨ててくれるかなーって思ったんだけどね。っていうかわかってたならやってくれてもよかったのに、気が利かないんだね? 姉上」


 お父様の本意を知った後、苦汁を嘗めたのはこれのせいだ。
 彼は初対面から私を非常に嫌っていて、回帰する度に苦戦を強いている。

 五回目の人生では彼への対応もかなり慣れてきて仲を深めることができたのだが、その結果が無理心中だった。
 どういう心境で私を道連れに命を絶とうと思ったのかはわからないが、それからはあまり仲を深めすぎず深めなさすぎずを目指している。
 けれど……これがなかなかどうして難しい。


 今回も変わらずこちらに敵意剝き出しの後継者を程よく手懐けなければならない。
 本当に面倒くさいが、これから彼がノインに関する私の周りの瑣末事を片付けてくれるようになるのは労力を抑えられて都合がいい。
 何よりお父様を悲しませるようなことはもうできればしたくない……そのためこのラストチャンスでも彼の敵対心を解き、ある程度仲良くなることが必須なのである。

 彼はこちらを睨みつけるようにして続ける。


「噂と違って大変ご優秀なようなので、あえて言っとくわ。俺はこのクランシュタインを継ぐ。で、今日クランシュタインの一員として認められた時点で俺の中であんたはもう用済みなわけ。公爵様は俺にノインに憑かれたあんたを守ってほしいと思っているようだけれど、俺はそんな気さらさらないから。俺とニアにとってあんたは邪魔な存在でしかない。本当は今すぐここから出て行ってほしいくらいだ。でもまあ現状そんなことは無理だし、仮にも公爵令嬢だから王都魔法学園に入学しなきゃならなくなる。だから学園卒業まではここにいることを許す。けど、卒業したらすぐに結婚して出てけ」


 何回やり直してもルークのこのときの態度にはやはり腹が立つ。
 何なんだ、こいつは?
 一方的に言いたいこと言ったあげく卒業したら出て行けなんて、今日初めてここにやってきた七歳の男児が吐いていい台詞ではない。


「あっ、でもそういやあんた、エルヴィス殿下との婚約、破断になったんだっけ? ノインのオツキサマになったんじゃしょーがないか……まあ、婚約者いなくてもテキトーな家門に売りつけるから心配しなくていいよ」


 エルヴィス殿下との婚約解消はまたたく間に広まったが、アレクセイ殿下との婚約はまだおおやけにはされていない。
 どこかしらから情報を仕入れただろうごく一部の貴族たちはもう知っているようだが、アレクセイ殿下の体調が少しでもよいときにパーティーを開き、そこで陛下が公表なさるそうだ。

 もちろん、私が治療を行っていなかった場合、アレクセイ殿下の体調がよいときなんて訪れなかっただろう。
 つまりは公表をできるだけ避けたいのだ。


 元々陛下はノインのオツキサマに対してかなりの偏見があるお方だ。どう言いくるめたのかはわからないがエルヴィス殿下の助言があったこと、そしてアレクセイ殿下の婚約者になりたがる令嬢がいないことを考慮して、渋々ではあるがご決断されたのだろう。

 しかし、基本的には忌まわしきオツキサマだ。そして陛下は第一王子を大変大事になされている。そのため、アレクセイ殿下にとってクランシュタインの名が必要になるとき以外は婚約関係にあることをひた隠しにしたいのだ。
 週に一度の頻度で殿下の元に通えばそういう関係なのではと疑い始める貴族もいるだろうが、「皆に忌み嫌われているオツキサマを哀れに思ったアレクセイ殿下が絵本を読む仕事を与えている」とでも言えばそれ以上言及できないだろう。


 王室にとって都合のいいタイミングでのみ、婚約者であることを公言したいのだ。
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