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◇第1章
【55】ルーク・クランシュタイン - 夕食
しおりを挟む「……ところで、リーシェ。何やらルークと揉めたそうだね?」
お父様は約束通り日が落ちる前に帰ってこられ、ルークと私を含めた三人で一緒に夕食を取っていた。
ルークが謝っていたが、お父様は元々ニアが来られないだろうことも想定していたようで、優しい声をかけられてから夕食は始まった。
しばらく食事を食べ進め、合間に何気ない会話を数回した後、お父様は先ほどの質問を投げかけられた。
「あら、お父様。使用人から何かお聞きになりまして?」
「ああ……あるメイドがオリバーに伝えてきたらしくてね。なんでも『ルークが送った花束をリーシェが投げ捨てた』と……それは本当かい?」
お父様の言葉を受け、ルークが食事の手を止め、あからさまにしょんぼりとした態度を取る。
それを一瞬確認された後、お父様はこちらをじっと見つめ、私の回答を待つ。
やはり、あのメイドは告げ口したか……口元をナプキンで軽く拭ってから言葉を紡ぐ。
「まあ……物事の結果だけみればそうですわね。けれどより正確にいうなれば『二人で投げ捨てた』ですわね」
「どういうことだい?」
淡々と答えているとルークがこちらを見つめてきたため、にこっと笑って軽やかに続きを話す。
「私、ルークがお花をくれたことが嬉しかったので、彼の部屋の花瓶にわけてあげようと思ったんですの。でもルークはすべて私にあげたかったようで……一度活けた花を私に押し返してきて揉み合いになった末に持っていた花束すべてが床に放り投げられてしまったんですの。だから花に水がついていたので、床も少々濡れてしまいました。それで片付けてもらうためにメイドを呼んだのですが……何か勘違いされてしまったようですわね」
「ルークが泣いていたと聞いたが、そういう経緯だったのか」
確認するようにお父様はルークの方を見やり、彼は少々言い淀むような態度をみせた。
どう返答しようか考えているのだろうが、おそらく彼は同意するだろう。
お父様は私とルークを同等に扱おうとしている。簡単に言ってしまえば、片方の意見だけを鵜吞みにして結論を出すことはないということだ。
もし彼が事実ではないと否定し、私たちの意見が食い違ったとしたらお父様は現場の状況や関わった人物を探られるだろう。
メイドが証言して彼の味方をしたとしても、物的証拠は揺るがない。あの場をまだ掃除していないのなら現場に水気が残っているだろうし、掃除したならばそれを拭き取るための道具を持ってきたはずだ。
クランシュタイン家では各備品の持ち出しの度に記録がつけられる。これは記録用マナ石によるもので、その装置を無効にして取り出すことなど一使用人には到底無理だ。
つまり、どちらにせよ私が投げ捨てたことを証明するのは不可能である。
今日ここに来た彼はまだ記録のことを知らないだろうが、堂々と嘘をつく私を見て、その嘘を本当に変える手段が何かあると思うに違いない。
だから彼は同意せざるを得ないのだ。
「……はい、父上。姉上のおっしゃる通りです。花がダメになってしまったことが悲しくて少し取り乱してしまって……誤解を招くようなことをしてしまって申し訳ありません」
「いや、いいんだ。お互いを思ってのいざこざなら仕方がない。代わりに私から二人の部屋に新たに花を贈らせてもらうよ。それなら二人とも問題ないだろう?」
「あら、嬉しいですわ。お父様」
「僕も嬉しいです、父上」
ルークは私に続き満面の笑みを浮かべた。
お父様はこの件に関してご納得されたのか、以降はまた他愛のない話をされた。
本当は彼への対策として録音用のマナ石でも持ち歩きたいのだけれど……その点はさすがクランシュタイン家の後継者に選ばれたというべきか、彼は魔法に長けていてマナへの感知能力が非常に高い。
過去の人生で試したことがあるのだが一瞬で所持していることを見抜かれたし、ある程度の距離を取れば大丈夫かと思い自室に配置したこともあったが、それも気づかれ排除された。
マナの感知能力や魔法に関しては私より何枚も上手であるため、それらに頼らず思考を巡らせて彼と対峙していかなければならないのだ。
(面倒くさいことだらけで嫌になってくるわね……)
そんな気持ちが顔に出ないように気をつけつつ、その日の夕食を終えた。
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