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追放宣言
「ケイオス、悪いが、君はもう我々には必要ない」
夜。
ギルドからの依頼を達成し、宿屋の一室に呼び出された俺に開口一番で告げられた言葉。
それは、パーティーからの追放宣告であった。
驚き、戸惑い、問いかける。
どうして今まで貢献してきた自分が追放対象なのだと。
すると同時に、5つの溜息が返って来た。
一つは当然、このパーティーのリーダーである勇者候補の一人アルフレド・リッヒー。
短い金髪を風に靡かせながら、いつもと変わらぬ落ち着いた表情で淡々と言う。
「自覚がないのかい、自身が不要だということを」
「不要? 確かに、俺の能力は前線向きではないが……でも──」
反論を返そうとした時、魔女カーラ・レンドルチが「やれやれ」といった様子で割って入った。
「でも? 男が前線に出ない言い訳を、今ここで聞く気にはなれないわね」
更に女拳士であるレック・マルコフと女剣士のカットル・ソーヤが言葉を続ける。
「ま、私達が前線に出ることに対して別に不満はないけどさ」
「あぁ、役割があるのはパーティーとして当然だ。だが、貴様の能力は最早我々には不要。いや、はっきり言えば足手まといにしかなっていない」
椅子に座り顎膝を立てるアルフレドを庇うように前に立つ三人の美女。
その後ろで、同じ後方職の女賢者ライロット・リンクランと聖女カタリナ・カルロッテが細く鋭い視線を俺に向けていた。
どうやら、俺の味方は誰一人としていないらしい。
だが、全員敵だとしても、俺にだって生活がある。
このパーティーから追放されるということは、食い扶持が無くなるということ。
正当な理由が無ければ、こっちだって引くわけにはいかない。
「そんな、俺だって戦力になっていた筈だ。魔物の能力を見破るスキルは、効率的に敵を倒す為にまだ必要だろ?」
「やはり君は自信過剰な節があるね。ライロット、説明を頼めるかい?」
「勿論、勇者様」
「ライ、どうしてだ。聡明な君なら分かるよな?」
「ケイオス、貴方とは共に皆を守った者としてはっきりとお伝えします。貴方のスキル『完全解明《ステータス・チェック》』は知識で補うことができる時代となりました」
「ち、知識だって……まさか」
「はい、想像している通りです」
彼女が言うには、長期的に続いた人間と魔族の戦いの中で殆ど敵の種類は出尽くしてしまったのだと。
その中で俺の力、相手の力や特性を解析するというのは既に書物として様々なパーティーに所属している賢者が情報共有しているのだと言う。
「世界中にいる完全解明の力を持っている者達から、我々は情報を集め記録し共有、最早『収集』の工程は終了しているのです」
「だからと言って、これから未知の脅威がいつ現れるか分からないだろ。奴らは常に進化している、その時に俺の能力が役に立つはずだ」
「そう、『はず』なのです。ただ、それがいつになるかは分からない」
「不確定要素を抱えるような余裕がない、ってことか……?」
「はぁ、貴方は本当にお手本のような人ですね。カタリナや、他のみんなの気持ちを考えて見なさいよ」
「え……?」
カタリナの方へ視線を向けると「ひゃ」っと驚いたように肩を跳ねらせ、勇者の後ろに隠れるとか細い声でこう言った。
「き、気持ちわるいんですよ、ケイオス様は……」
「は?」
気持ちが悪い。今までの話とは全く違うベクトルのシンプルな悪口に、思わず間抜けな声が出てしまう。
「だって、魔物だけじゃない、ケイオス様の力は人間にだって使えるじゃないですか……まるで『覗き見』されているみたいで……パーティーに必要だからと我慢できましたけど、いらないならもう……」
「ちょ、ちょっと待て! 人間への能力の使用はギルドより禁止されているだろ!」
「でも、能力を使ってるか分からないですし……し、視線が気持ち悪いので……いつも胸とか、足とか、いやらしい目で見てるじゃないですか……で、出て行って欲しいです……」
一回もいやらしい目でなんて見たことはない。
確かに、このパーティーは他のパーティーと比べ美男美女揃いだ。
カーラは長い紫色の髪をした艶めかしい女性、魔女帽子から覗く蠱惑的な眼差しに男は悩殺されることだろう。
ライロットとカタリナは逆に、鋭くはないが落ち着いた雰囲気のある美しい女性であり、黒髪の賢者と白髪の聖女、二人並ぶと神々しさすら感じる。
そして、前衛職のレックとカットルは元気いっぱいの女の子といった印象があり、パーティーの中でもムードメーカーともいえる太陽のような明るく、小さな背丈からは想像できない程パワフルだ。
が、俺が今までの述べたのはあくまでも客観的に見た時の場合。
カタリナが言うような「いやらしい目」で見たことは一度たりとも決してない。
侮辱されているような気分だった。
見えなくても分かる、カタリナはアルフレドの後ろで震えていると、声で。
「ちょっと待て、誤解──」
彼女達を掻き分けようと前進し、言葉を発した。
誤解だ、俺は決してそんな目でお前達を見たことはない。
最も勇者に近い者が所属するパーティーの一員として、誇りに思っていた。
尊敬の念こそあれど、色欲をぶつけたことは一度達ともないと。
だが、その虚しくも儚い無謀な挑戦はレックの硬い拳に砕かれることとなる。
「ほッ、ぐぉぉおぉぉっ!!」
「本性見せたな、変態キモ男」
物理攻撃力4320の一撃が、防御力93の腹にめり込み、俺はその場で膝を付き悶え、苦しむ。すると、すかさずつま先が眼前に額目掛けて飛んできた。
スコーンっと爽快な音と共に、強制的に直立させられた身体は吹き飛び扉に叩きつけられ、ズルズルと落ちて行く。
3560の攻撃によりHPは残り13……いや、普通に考えれば一発で0になってるはずだから、加減はしてくれているのか。
「ザッコ、やっぱりアンタは必要ないよ」
「勘違いするなよ、殺したら私達が犯罪者になるからだ」
「ッ……ぅ、ぐ、クソ……」
「自分より小さな女の子に跪くって、どんな気持ちなの? 教えてよ」
「情けないったらありゃしない。やっぱり、頼りになるのはアルフレド様だけだな」
「アルフレド……どうして、だ」
視線を上げ、リーダーの顔を見上げると奴はニヤリと口角を上げた。
そして、周囲の仲間達を両腕で抱き寄せる。
あぁ、そう言うことか……と、俺は理解した。
腕に収まった美女達は、ほんわりと頬を赤らめ体温が上昇。
俺と見ていたつり上がった瞳は、溶けたチーズのようにトロンと落ちる。
尊敬していた戦う女ではない。
彼女達は、アルフレドの前では『雌』になっていた。
「そういうことだ、ケイオス。元より、君を仲間だと思っていた者は誰一人としていない」
「……俺の力があったからこそ、ここまでパーティーを大きくできたのも事実だろう」
「感謝してるさ、いい武器になってくれてどうもありがとう。だが、もう必要ない。仮に未知の魔族が現れたとしても、その時その時で雇えばいいだけだ」
「不正なパーティーからの排除はギルドから禁止されているぞ」
「だからこそ、少しばかり挑発させてもらった」
「──ッ……それは……」
アルフレドは魔法石をテーブルの上に置くと、壁に映像が映し出された。
それは先ほどの皆に詰め寄る俺の姿が。
「俺を……犯罪者として追放するつもりか!?」
「ライロットの提案で、カーラが作ってくれた。カタリナが囮になり、レックとカットルが僕の護衛。完璧な連携だろう? これが、勇者の力だ」
「何が勇者の力だ!! ふざけるな!!」
「おっと」
震える足で立ち上がり、怒りを拳に込める。一発殴らなければ気が済まない。
けど、奴を守る様に女達が壁になる。
前衛の二人は当然だろうが、後衛の三人までも、身を挺して。
「勇者様に手出しはさせないわよ」
「雑魚が立ち上がったって無駄なの、身体も頭もスカスカじゃん」
「最後くらい男らしく覚悟を決めて見せろ」
「愚かな行いです。足掻けば足掻くほど自身を苦しめる結果になると言うのに」
「ぅぅ……神よ、救えない魂もあるのですね……」
「どうするケイオス。僕には5人の美女が味方、君はたった一人きり……更に言えば犯罪者」
嵌められた。完全に。
ギルドに報告するか?
……無駄だ、俺はあくまでも黒子であり主役ではない。
勇者候補であるのはアルフレドであり、俺ではない。
6対1という戦況に変わりはなく、説得力も段違いだ。
「いや、違うか。勇者として犯罪者をここで見逃すわけにはいかないな」
その言葉と同時に皆が構えた。
途端に空気が重くなったのを感じる。戦闘の張り詰めた冷たい空気。
アルフレドと目が合った。
能力を使わずとも分かる。
邪悪で、深い闇。
言葉にしなくても分かる。
俺を「殺そう」と思えば、いつでも殺せると。
呼吸が荒くなり、脈拍が早くなる。
汗が額を流れ落ち、ポツンと地面に落ちた。
「もう一度問うぞ、ケイオス……どうする?」
「ひッ!?」
──気が付くと、俺は逃げていた。
情けなくも地面に這いつくばりながら部屋を出る。
人目も気にせず宿屋を飛び出した。
はぁはぁと荒い息のまま、必死に逃げる。
案の定、後ろからは多数の人間の足音が聞こえた。
自分を追いかけて来ている。既にギルドには手配済みだったのだろう。
「いたぞ、あそこだ!! 逃がすな!!」
「くそッ、はぁ、くそッ!!」
相手はギルドお抱えの精鋭部隊。
アルフレド達ほどではないが、俺と比べれば基礎能力は当然高い。
追いつかれるのは時間の問題……だが、ここは国境に近い場所だ。
「逃げ切るには、一か八かやってみるしかないか……!」
「な!? おい、そっちは──」
物資運搬に使用される道から逸れ、森の中へと足を踏み入れていく。
声には動揺が混ざり、奥へと進むほど足音は小さくなっていった。
こいつらは実力はあるが冒険者や勇者候補とは違い、温室育ちのエリート。
いつ、どこで魔物が襲ってくるか分からない夜の森に入り犯罪者を追うような正義感は持っていない。
彼らは何よりもリスクを嫌うのだ。だから、こっちからリスクを背負えばいい。
この森は以前ギルドの依頼で探索をしたことがあるし、どこが危険かは把握して──
「ッ、うぉあ!?」
そう思っていると、いきなり足元が崩れ身体は急斜面を転がった。
疲れた身体では壁面にしがみ付くこともできない。
勢いがついたまま、ドンっと身体は木にぶつかり停止。背中に強い衝撃と激痛が走る。
「はぁ、はぁ、ちぇ、チェック……体力も、魔力も残りわずか、か……油断した」
自分のステータスを確認すると、もとより貧弱なHPは更に弱弱しい数値に。
意識が離れていきそうだ、もしかしたら頭も打ったかもしれない。
歪む視界、これじゃあ低級の魔物でも簡単に止めを刺すことができるな……ほら、来た。
ガサ……ゴソ。
すぐ隣の草むらが揺れる。
死の匂いを嗅ぎつけ、魔物が肉を喰らいに来たようだ。
「ここまでか」
なんと虚しい最後だろうか。
あんな男に利用されたまま、何の仕返しもできずに、最後は憎き魔物の養分になる。
養分……ずっと誰かの糧になる人生だった。
もし、もし仮に、もう一度最初からやり直せるのなら。
裏では俺のことを小馬鹿にしていた女達を、利用し続けた悪魔のような英雄を
──絶望に染めたい。
「……人間を、恨んでいるのですね?」
「え?」
不意に聞こえる女性、いや、女の声。
視線を横に向けると草陰から現れたのは魔物ではなく、真っ白な肌と髪をした少女だった。
こけた頬、肉の無い身体、ボロボロの服。遅い時間、魔物の出る森に一人っきり。
様々な疑問が冷めた頭に巡っていく。
そんな俺を見下しながら、少女は小さな声で問いかけて来た。
「復讐、しませんか?」
「復讐?」
「人間、魔物、魔族……全ての生物に復讐しませんか?」
「どうして、人間の君が……」
俺の問いに対し、彼女は背中を見せて来た。
半身には中途半端な大きさをした黒い翼、スカートの隙間からは短い尻尾が見えている。
……噂には聞いたことがあったが、まさか実在したとは。
「さぁ、どうしますか? 今、ここで魔物に食われて死ぬか、私と契約し共に復讐の道を進むか」
実際、今は彼女の助けが必要だ。
身体は動かないし、周囲には間違いなく魔物が潜んでいる。
初めて会った、しかも『半魔』と契約を結ぶのは危険だが、四の五の言ってられる状況ではないだろう。けど──
「今日は決断を迫られてばっかりだな。だけど、君の場合は俺に断られると困るんじゃないか?」
どうやら図星だったようで、分かりやすく動揺する。
見た目相応に狼狽え、感情的に声を荒げた。
「──ッ……そっちだって、ギリギリじゃないですか!」
「だったら、契約前に一つだけ約束してくれ」
「約束……?」
「あぁ、君と俺は対等、上も下もない同じ立場で協力関係を……契約を結ぶ。そうじゃなきゃ、死んでもお断りだ」
キョトンと大きな瞳を開き、呆気に取られている様子の少女。
そんなにも意外な言葉だっただろうか?
俺にとっては一番大事なことだ。誰かに利用されたりするのはまっぴらごめん。
「……わかりました、私と貴方は対等。同じ復讐者として協力関係を結ぶ……それでよろしいですか?」
「貴方じゃない、ケイオスだ、ケイオス・ヘルム」
「メメです、メメ・メントール」
「ならメメ、契約成立だな……ということで、後は頼む」
「はい、おやすみなさい、ケイオス」
僅かに繋がっていた意識の糸が、緊張が緩むと同時にプツンと切れる。
暗転していく視界、メメの温かな体温だけが、最後まで残った。
夜。
ギルドからの依頼を達成し、宿屋の一室に呼び出された俺に開口一番で告げられた言葉。
それは、パーティーからの追放宣告であった。
驚き、戸惑い、問いかける。
どうして今まで貢献してきた自分が追放対象なのだと。
すると同時に、5つの溜息が返って来た。
一つは当然、このパーティーのリーダーである勇者候補の一人アルフレド・リッヒー。
短い金髪を風に靡かせながら、いつもと変わらぬ落ち着いた表情で淡々と言う。
「自覚がないのかい、自身が不要だということを」
「不要? 確かに、俺の能力は前線向きではないが……でも──」
反論を返そうとした時、魔女カーラ・レンドルチが「やれやれ」といった様子で割って入った。
「でも? 男が前線に出ない言い訳を、今ここで聞く気にはなれないわね」
更に女拳士であるレック・マルコフと女剣士のカットル・ソーヤが言葉を続ける。
「ま、私達が前線に出ることに対して別に不満はないけどさ」
「あぁ、役割があるのはパーティーとして当然だ。だが、貴様の能力は最早我々には不要。いや、はっきり言えば足手まといにしかなっていない」
椅子に座り顎膝を立てるアルフレドを庇うように前に立つ三人の美女。
その後ろで、同じ後方職の女賢者ライロット・リンクランと聖女カタリナ・カルロッテが細く鋭い視線を俺に向けていた。
どうやら、俺の味方は誰一人としていないらしい。
だが、全員敵だとしても、俺にだって生活がある。
このパーティーから追放されるということは、食い扶持が無くなるということ。
正当な理由が無ければ、こっちだって引くわけにはいかない。
「そんな、俺だって戦力になっていた筈だ。魔物の能力を見破るスキルは、効率的に敵を倒す為にまだ必要だろ?」
「やはり君は自信過剰な節があるね。ライロット、説明を頼めるかい?」
「勿論、勇者様」
「ライ、どうしてだ。聡明な君なら分かるよな?」
「ケイオス、貴方とは共に皆を守った者としてはっきりとお伝えします。貴方のスキル『完全解明《ステータス・チェック》』は知識で補うことができる時代となりました」
「ち、知識だって……まさか」
「はい、想像している通りです」
彼女が言うには、長期的に続いた人間と魔族の戦いの中で殆ど敵の種類は出尽くしてしまったのだと。
その中で俺の力、相手の力や特性を解析するというのは既に書物として様々なパーティーに所属している賢者が情報共有しているのだと言う。
「世界中にいる完全解明の力を持っている者達から、我々は情報を集め記録し共有、最早『収集』の工程は終了しているのです」
「だからと言って、これから未知の脅威がいつ現れるか分からないだろ。奴らは常に進化している、その時に俺の能力が役に立つはずだ」
「そう、『はず』なのです。ただ、それがいつになるかは分からない」
「不確定要素を抱えるような余裕がない、ってことか……?」
「はぁ、貴方は本当にお手本のような人ですね。カタリナや、他のみんなの気持ちを考えて見なさいよ」
「え……?」
カタリナの方へ視線を向けると「ひゃ」っと驚いたように肩を跳ねらせ、勇者の後ろに隠れるとか細い声でこう言った。
「き、気持ちわるいんですよ、ケイオス様は……」
「は?」
気持ちが悪い。今までの話とは全く違うベクトルのシンプルな悪口に、思わず間抜けな声が出てしまう。
「だって、魔物だけじゃない、ケイオス様の力は人間にだって使えるじゃないですか……まるで『覗き見』されているみたいで……パーティーに必要だからと我慢できましたけど、いらないならもう……」
「ちょ、ちょっと待て! 人間への能力の使用はギルドより禁止されているだろ!」
「でも、能力を使ってるか分からないですし……し、視線が気持ち悪いので……いつも胸とか、足とか、いやらしい目で見てるじゃないですか……で、出て行って欲しいです……」
一回もいやらしい目でなんて見たことはない。
確かに、このパーティーは他のパーティーと比べ美男美女揃いだ。
カーラは長い紫色の髪をした艶めかしい女性、魔女帽子から覗く蠱惑的な眼差しに男は悩殺されることだろう。
ライロットとカタリナは逆に、鋭くはないが落ち着いた雰囲気のある美しい女性であり、黒髪の賢者と白髪の聖女、二人並ぶと神々しさすら感じる。
そして、前衛職のレックとカットルは元気いっぱいの女の子といった印象があり、パーティーの中でもムードメーカーともいえる太陽のような明るく、小さな背丈からは想像できない程パワフルだ。
が、俺が今までの述べたのはあくまでも客観的に見た時の場合。
カタリナが言うような「いやらしい目」で見たことは一度たりとも決してない。
侮辱されているような気分だった。
見えなくても分かる、カタリナはアルフレドの後ろで震えていると、声で。
「ちょっと待て、誤解──」
彼女達を掻き分けようと前進し、言葉を発した。
誤解だ、俺は決してそんな目でお前達を見たことはない。
最も勇者に近い者が所属するパーティーの一員として、誇りに思っていた。
尊敬の念こそあれど、色欲をぶつけたことは一度達ともないと。
だが、その虚しくも儚い無謀な挑戦はレックの硬い拳に砕かれることとなる。
「ほッ、ぐぉぉおぉぉっ!!」
「本性見せたな、変態キモ男」
物理攻撃力4320の一撃が、防御力93の腹にめり込み、俺はその場で膝を付き悶え、苦しむ。すると、すかさずつま先が眼前に額目掛けて飛んできた。
スコーンっと爽快な音と共に、強制的に直立させられた身体は吹き飛び扉に叩きつけられ、ズルズルと落ちて行く。
3560の攻撃によりHPは残り13……いや、普通に考えれば一発で0になってるはずだから、加減はしてくれているのか。
「ザッコ、やっぱりアンタは必要ないよ」
「勘違いするなよ、殺したら私達が犯罪者になるからだ」
「ッ……ぅ、ぐ、クソ……」
「自分より小さな女の子に跪くって、どんな気持ちなの? 教えてよ」
「情けないったらありゃしない。やっぱり、頼りになるのはアルフレド様だけだな」
「アルフレド……どうして、だ」
視線を上げ、リーダーの顔を見上げると奴はニヤリと口角を上げた。
そして、周囲の仲間達を両腕で抱き寄せる。
あぁ、そう言うことか……と、俺は理解した。
腕に収まった美女達は、ほんわりと頬を赤らめ体温が上昇。
俺と見ていたつり上がった瞳は、溶けたチーズのようにトロンと落ちる。
尊敬していた戦う女ではない。
彼女達は、アルフレドの前では『雌』になっていた。
「そういうことだ、ケイオス。元より、君を仲間だと思っていた者は誰一人としていない」
「……俺の力があったからこそ、ここまでパーティーを大きくできたのも事実だろう」
「感謝してるさ、いい武器になってくれてどうもありがとう。だが、もう必要ない。仮に未知の魔族が現れたとしても、その時その時で雇えばいいだけだ」
「不正なパーティーからの排除はギルドから禁止されているぞ」
「だからこそ、少しばかり挑発させてもらった」
「──ッ……それは……」
アルフレドは魔法石をテーブルの上に置くと、壁に映像が映し出された。
それは先ほどの皆に詰め寄る俺の姿が。
「俺を……犯罪者として追放するつもりか!?」
「ライロットの提案で、カーラが作ってくれた。カタリナが囮になり、レックとカットルが僕の護衛。完璧な連携だろう? これが、勇者の力だ」
「何が勇者の力だ!! ふざけるな!!」
「おっと」
震える足で立ち上がり、怒りを拳に込める。一発殴らなければ気が済まない。
けど、奴を守る様に女達が壁になる。
前衛の二人は当然だろうが、後衛の三人までも、身を挺して。
「勇者様に手出しはさせないわよ」
「雑魚が立ち上がったって無駄なの、身体も頭もスカスカじゃん」
「最後くらい男らしく覚悟を決めて見せろ」
「愚かな行いです。足掻けば足掻くほど自身を苦しめる結果になると言うのに」
「ぅぅ……神よ、救えない魂もあるのですね……」
「どうするケイオス。僕には5人の美女が味方、君はたった一人きり……更に言えば犯罪者」
嵌められた。完全に。
ギルドに報告するか?
……無駄だ、俺はあくまでも黒子であり主役ではない。
勇者候補であるのはアルフレドであり、俺ではない。
6対1という戦況に変わりはなく、説得力も段違いだ。
「いや、違うか。勇者として犯罪者をここで見逃すわけにはいかないな」
その言葉と同時に皆が構えた。
途端に空気が重くなったのを感じる。戦闘の張り詰めた冷たい空気。
アルフレドと目が合った。
能力を使わずとも分かる。
邪悪で、深い闇。
言葉にしなくても分かる。
俺を「殺そう」と思えば、いつでも殺せると。
呼吸が荒くなり、脈拍が早くなる。
汗が額を流れ落ち、ポツンと地面に落ちた。
「もう一度問うぞ、ケイオス……どうする?」
「ひッ!?」
──気が付くと、俺は逃げていた。
情けなくも地面に這いつくばりながら部屋を出る。
人目も気にせず宿屋を飛び出した。
はぁはぁと荒い息のまま、必死に逃げる。
案の定、後ろからは多数の人間の足音が聞こえた。
自分を追いかけて来ている。既にギルドには手配済みだったのだろう。
「いたぞ、あそこだ!! 逃がすな!!」
「くそッ、はぁ、くそッ!!」
相手はギルドお抱えの精鋭部隊。
アルフレド達ほどではないが、俺と比べれば基礎能力は当然高い。
追いつかれるのは時間の問題……だが、ここは国境に近い場所だ。
「逃げ切るには、一か八かやってみるしかないか……!」
「な!? おい、そっちは──」
物資運搬に使用される道から逸れ、森の中へと足を踏み入れていく。
声には動揺が混ざり、奥へと進むほど足音は小さくなっていった。
こいつらは実力はあるが冒険者や勇者候補とは違い、温室育ちのエリート。
いつ、どこで魔物が襲ってくるか分からない夜の森に入り犯罪者を追うような正義感は持っていない。
彼らは何よりもリスクを嫌うのだ。だから、こっちからリスクを背負えばいい。
この森は以前ギルドの依頼で探索をしたことがあるし、どこが危険かは把握して──
「ッ、うぉあ!?」
そう思っていると、いきなり足元が崩れ身体は急斜面を転がった。
疲れた身体では壁面にしがみ付くこともできない。
勢いがついたまま、ドンっと身体は木にぶつかり停止。背中に強い衝撃と激痛が走る。
「はぁ、はぁ、ちぇ、チェック……体力も、魔力も残りわずか、か……油断した」
自分のステータスを確認すると、もとより貧弱なHPは更に弱弱しい数値に。
意識が離れていきそうだ、もしかしたら頭も打ったかもしれない。
歪む視界、これじゃあ低級の魔物でも簡単に止めを刺すことができるな……ほら、来た。
ガサ……ゴソ。
すぐ隣の草むらが揺れる。
死の匂いを嗅ぎつけ、魔物が肉を喰らいに来たようだ。
「ここまでか」
なんと虚しい最後だろうか。
あんな男に利用されたまま、何の仕返しもできずに、最後は憎き魔物の養分になる。
養分……ずっと誰かの糧になる人生だった。
もし、もし仮に、もう一度最初からやり直せるのなら。
裏では俺のことを小馬鹿にしていた女達を、利用し続けた悪魔のような英雄を
──絶望に染めたい。
「……人間を、恨んでいるのですね?」
「え?」
不意に聞こえる女性、いや、女の声。
視線を横に向けると草陰から現れたのは魔物ではなく、真っ白な肌と髪をした少女だった。
こけた頬、肉の無い身体、ボロボロの服。遅い時間、魔物の出る森に一人っきり。
様々な疑問が冷めた頭に巡っていく。
そんな俺を見下しながら、少女は小さな声で問いかけて来た。
「復讐、しませんか?」
「復讐?」
「人間、魔物、魔族……全ての生物に復讐しませんか?」
「どうして、人間の君が……」
俺の問いに対し、彼女は背中を見せて来た。
半身には中途半端な大きさをした黒い翼、スカートの隙間からは短い尻尾が見えている。
……噂には聞いたことがあったが、まさか実在したとは。
「さぁ、どうしますか? 今、ここで魔物に食われて死ぬか、私と契約し共に復讐の道を進むか」
実際、今は彼女の助けが必要だ。
身体は動かないし、周囲には間違いなく魔物が潜んでいる。
初めて会った、しかも『半魔』と契約を結ぶのは危険だが、四の五の言ってられる状況ではないだろう。けど──
「今日は決断を迫られてばっかりだな。だけど、君の場合は俺に断られると困るんじゃないか?」
どうやら図星だったようで、分かりやすく動揺する。
見た目相応に狼狽え、感情的に声を荒げた。
「──ッ……そっちだって、ギリギリじゃないですか!」
「だったら、契約前に一つだけ約束してくれ」
「約束……?」
「あぁ、君と俺は対等、上も下もない同じ立場で協力関係を……契約を結ぶ。そうじゃなきゃ、死んでもお断りだ」
キョトンと大きな瞳を開き、呆気に取られている様子の少女。
そんなにも意外な言葉だっただろうか?
俺にとっては一番大事なことだ。誰かに利用されたりするのはまっぴらごめん。
「……わかりました、私と貴方は対等。同じ復讐者として協力関係を結ぶ……それでよろしいですか?」
「貴方じゃない、ケイオスだ、ケイオス・ヘルム」
「メメです、メメ・メントール」
「ならメメ、契約成立だな……ということで、後は頼む」
「はい、おやすみなさい、ケイオス」
僅かに繋がっていた意識の糸が、緊張が緩むと同時にプツンと切れる。
暗転していく視界、メメの温かな体温だけが、最後まで残った。
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