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始まりはいつもの酒場で

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 魔族は産まれた瞬間から、生き方が決まってしまう。
 デーモンに産まれた者は、最初から大軍の長であることが確定し、スケルトンに産まれた者は雑兵として消費される。
 当然、魔族の王である魔王の子供は魔王になり、全ての魔族の頂点に立つ運命にあるのだ。
 ごく自然で、誰も違和感を持つこともなく、皆そーやって生きて、人間と戦っていた。

 ──俺を除いては。

「納得いかーーーんッ!!」

 マンドラゴラで精製した真っ赤な酒を一気に飲み干し、ジョッキでテーブルを叩いた。
 ここは悪魔酒場、中級階級の魔族が仕事の疲れを癒す為、強くて安い酒を求めて集まる憩いの場。
 インプやゴブリン達が、俺の方を横目で見る。睨み返すと慌てて逸らした。

「んぎぃぃ……ダメだ、どーしてもダメだ」

 今日も失敗、昨日も失敗、前も、その前も!! 何一つ成長していない!!

「よぉ、リベル! またまたまた、荒れてんねぇ」
「……なんだ、アリシアか」

 ポンポンと軽快なリズムで肩を叩かれ振り向くと、宝石のような八つの瞳を輝かせる女性、アラクネのアリシアが立っていた。

「隣、いい?」
「あぁ、構わんよ」
「マスター、私も彼と同じ物を」

 スーツ姿のドラキュラに注文をすると、彼女は豪快に一気飲みをし「ふぅ」と息を吐いた。

「いいのかよ。上級魔族様が、こんな安酒飲んで」
「私は生き血よりこっちが好きだから。それに、ここじゃないとリベルに会えないしね」
「……嫌味か?」
「嫌味に聞こえるなら、幼馴染失格だよ?」
「……すまん、気遣ってくれて助かる」
「うむ、よいだろうよいだろう」

 アリシアは中級魔族の俺にも幼い時から仲良くしてくれる変わった魔族だ。
 アラクネーという身分に有りながら、インキュバスに話掛ける奴なんて、コイツくらいしかいない。
 俺だけに限らず、誰にでも笑顔で接する魔当たり(人当たり)のいい女だ。

「んで、今日もダメだったの?」
「全然ダメ。術式は間違ってない筈なんだが……」
「やっぱり魔力の質自体が拒絶するのかな」
「根本的に量が足りんのかも知れん。所詮は淫魔の魔力だからな」
「供給量は?」
「人間の女三人分注いだ」
「ひゃープレイボーイだね。でも、結構なリスクあったんじゃない?」
「淫魔の行動はあんま目立たないからな。人間も、討伐の依頼は出さなかったみたいだ」
「ぎりチョンセーフか」
「そんなとこ」

 彼女は俺が何を成し遂げようとしてるか知っている。
 俺の夢は将来、種族の垣根を超えて「魔王」の座に君臨すること。
 その為に、攻撃魔法を習得し、現魔王であるゴルドデーモンを力で捩じ伏せようとしているのだ。
 
 ……けれど、もとより淫魔はそのような魔法を使える構造になっていない。

「前回渡した魔導書は、上級魔族の内でも初級も初級なんだけど……」
「餓鬼でも使えるような魔法が、俺には使えない、か」
「リベルの努力は認めるし、無駄なんて思わないけどさ。別の方法考えた方がいいんじゃない?」
「別の方法……?」
「そ、例えば~上級魔族に婿入りするとか!!!」 
「誰が淫魔なんかと結魂《けっこん》したがるんだよ。恥晒しになるぞ」
「リベルさえ良ければ私が──」
「それに、アリシアの案を採用したとしても、なれるのは上級魔族まで。俺が変わらないと、魔王まで昇り詰めるのは到底不可能だろ」
「……ちぇー」 
 
 アリシアは口を窄めると、マスターに強めの酒を注文した。急に変な顔して、やっぱりコイツの考えていることはイマイチ掴めないな。変な奴。

「でも、お前の言う通り別の方法は考えないといけないかも知れないな」

 手段を選ぶつもりはない。
 何か違う方法があるのなら、飛びついてやろう。けれど、魔王になるには魔王を倒すしかない。

「力、だけじゃなく、知を……もっと戦略的に攻めるべき、か」
「淫魔なんだから、もっと人間を利用してみたらいいんじゃない?」
「ダメだダメだ。例え、淫紋を刻み雌を眷属にしたとしても、魔族の俺じゃあ派手な事する前に討伐されて終わりさ」

 使える魔法といえば、女を虜にする魔法くらい。もし、人間の戦士と対峙してしまえばタイマンでも完敗するだろう。
 魔王討伐までの軍隊を作る……なんて、馬鹿げた事をする為には、人間と魔族の目を盗みながらコソコソとするしかない。不可能だ。

「魔族に俺の魔法は通用しねーし、どーすればいいんだぁ……」

 テーブルに突っ伏して、悩む。悩む、悩む。決して目立たず、数という力を備える方法を。
 魔族の同士を集める? いやいや、魔族は魔王万世主義。この仕組みに疑問を抱く奴なんて、俺くらいだ。
 となると、暗殺? ダメ、あんな絶対的暴力を持つ相手に、小細工で通用するとは思えない。

「うぬぬぅ……!」
「はぁ、仕方ないなぁ」

 頭を抱える俺の肩を叩き、アリシアはこう言った。

「リベル、人間になってみない?」
「……は?」

 あまりにも突拍子の無い提案に、思わず間抜けな声で返してしまう。人間に……なる?

「知ってるでしょ? アラクネー一族《いちぞく》が転生術式を開発してるってこと」
「……あぁ、確かアリシアは、その第一人者だったな」

 存外と、彼女は頭がいい。巷では、歴代最高の魔術式開発者とも言われているほどに。
 生物の死後、魂が誘われる冥界という地に干渉し、輪廻転生に触れる禁術の開発を任されているらしい。

「元々は、人間を内側から壊滅させるよう魔王様の命令で作ってたんだけどさ、一昨日試作型が完成したんだよね」
「──ッ、ほ、本当なのか!? 凄いじゃないか……世紀の大発明だぞ!」

 冥界への入り口を少し開けれたとこまでは知っていたが、まさかあんな糸を垂らしたり引っ張ったりしている実験が実を結ぶとは……変人と天才は紙一重だな。

「だけども、問題は山積みでさ。魔族間の転生はできないし、人間になれたとしても魔力の継承はできないから、凶悪な魔族を人間として送り込んだとしても弱くなっちゃうだけやんだよねぇ」
「弱くなっても、意思や記憶は引き継げるんだろ? だったら、少しずつ増やして数で──」
「あのプライドの塊みたいな奴らが、弱体化に納得すると思う?」
「……確かに。なら、下級魔族を──」
「知性が足りなさすぎ。それに、一回発動させると、二年のクールタイムが必要になるの。数で、ていうのは難しいかな……ということで」
「俺が人間になるのが一番いい、と」

 人間になって、人間の女を従えて、魔王を討て。そう彼女は言いたいのだろう。

「イエス! 淫魔の魔法なら人間の魔力でも術式さえ理解していれば発動可能だし、なによりエッチの問題はテクニックでしょ?」
「ま、まぁそうだな。淫紋はあくまでも仕上げに過ぎない、要は過程が重要だから」
「だったら、それしか方法はないって!」
「お前、俺を実験台にしたいだけなんじゃないのか?」
「そんな事ないよ! けど、興味はあるかーなぁ!」

 さっきよりも数段目を輝かせ、彼女はズイッと体を寄せた。マッドサイエンティストの瞳だ。こわ。

「……しかし、こうなったらもう、転生するしかないのかもしれないな」
「でしょ!? ならば決断の時だよ、リベル・テンタローク!」
「わかった。アリシア、お前の魔法の実験台になってやる! そして、必ずや、人間共を従え魔王を打ち、俺こそが魔王となってみせよう!!」

 こうして、俺は人間に転生し、淫魔の力で魔王討伐を決意したのだ。
 魔族の垣根を超えた、叛逆の物語が今、始まろうとしている。
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