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怪奇・トイレの花子さん?
18 届いた想い
しおりを挟む十八話 届いた想い
茜を除いた他のオバケたちとは学校で別れ、オレたちは地図検索のルート案内通りに進んでいく。
「結構遠いね。」
石井さんがスマートフォンに表示される目的地までの推定距離を見ながら声を漏らす。
確かに。ここから目的地まで一キロあるらしい。
流石に家に帰るのが遅くなりそうので地図表示を石井さんのスマートフォンで表示して代わってもらい、オレは家に連絡する。
「もしもしー。」
この可愛い声は愛ちゃんか。
「もしもし愛ちゃん?」
「あ、お兄ちゃんー! なに?」
「ちょっと用事で遅くなるから、好きな出前頼んで食べてていいよ。」
「わかった。早く帰ってきてねー。」
「うん。バイバイ。」
はぁ……耳が幸せだ。
オレは電話を切り、再びスマートフォンに表示されるルート案内を石井さんと確認しながら目的地の花屋さんへと歩みを進めていった。
◆◇◆◇
「……加藤くん、ここかな。」
石井さんが一軒の建物を指差す。
「そうだね。」
目の前にはネットで見た写真よりかなり古びた外観の建物。
看板は経年劣化で汚れていてはっきりと文字が読めない。
ー…ここ人住んでるのか?
周囲をぐるっと見渡すと、小窓から中の明かりが漏れている…これは暗い時に来て正解だったな。
「準備はいい?」
オレは茜に確認をとる。
『うん。』
緊張した面持ちで茜がコクリと頷く。
花屋はシャッターで閉められていたので裏口に回り込むとインターホンを見つけた。
ちゃんと西園寺と書かれた表札を見て改めて目的地がここだと分かり安心する。
オレはインターホンを鳴らす。
「………はい。」
ガチャリと扉が開けられ、中から出てきたのは三十代くらいの女性。
「え。」
出てきた人が想像と違って一瞬パニックになる。
思ってた見た目よりもだいぶ若い。
「アナタたちはそこの高校の生徒さん?」
女性はオレたちの高校がある方角を指差す。
「はい。加藤です。」
「あ、石井です!」
女性に頭を下げる。
「それで、アナタたちはどうしてウチに?」
女性は不思議そうに首をかしげる。
これはもう茜の話題を振って反応を確かめるしかない。
「いや…その茜さんのことで、来たんです…けど。」
「!?」
茜という名前を聞いた途端、女性の表情が変わる。
「茜…今茜って名前を口にしたわよね!?」
興奮した様子で女性はオレの肩を掴み前後に揺らす。
「は…はい。」
ちょうどいい!これで茜の姿を見てもらえばもう説明しなくても…。
オレは茜のいた場所に視線を向ける。
ー………っていねえええええええええ!!
石井さんが小声でオレに何か伝えている。
「き・え・ちゃ・っ・た。」
はあああああああ!?
もしかして茜怖くなって逃げたとかないよな!
諦めて女性の方に視線を戻す。
「その、あなたが言ってた茜って…私のお姉ちゃんなの。」
女性はオレから手を離し、自らを落ち着かせるために胸に手を置いて深呼吸をする。
「どうぞ上がってちょうだい。」
オレたちは家に上げてもらい、居間に通された。
昔ながらの和式って感じだ。
「それで、こっちにお姉ちゃんの仏壇が…。」
女性は閉められていた襖を開ける。
「……………あ。」
そこには布団で仰向けに寝ているおばあさんと、それを正座して静かに見ている茜の後ろ姿。
「母です。」
女性がおばあさんを見ながら紹介する。
その奥には満面の笑みをした茜の写真が飾られた仏壇。
「よかった…茜いた。」
オレは胸をなで下ろして石井さんを見る。
「いたの?」
「うん…よかったー。」
石井さんはオレの手に触れて茜の存在を自分の目で確認する。
「よかったね、茜ちゃん。」
石井さんは涙目で茜に微笑みかける。
『うん。』
「あのー、すみません…一体何をされてるんですか?」
女性がオレたちを不思議そうに見ながら話しかけてくる。
確かに霊の視えない人からすれば謎の会話だろう。
「あの、お姉さん。加藤くん…彼に触れながらお母様の方を見てみてください。」
石井さんがオレの肩をポンポン叩く。
「え?」
「いいから、さぁ。」
石井さんが強引に女性の手を引き、オレの肩に触れさせる。
女性は疑いながら母親の方に視線を向けた。
「ー……あ。」
女性の目から涙が溢れ落ちる。
「お姉…ちゃん?」
女性の声を聞いた茜はゆっくり振り向いて声を掛ける。
『アンちゃん?』
「そうだよアンズだよ! お姉ちゃん!」
女性…アンズさんは足に力が抜けたのか崩れ落ち、膝立ちの状態で茜の方へと近づいていく。
『大きくなったねアンちゃん。』
茜は微笑みながらアンズさんの頭を撫でる。
アンズさんは涙をボロボロ流しながらオレの方を振り向いた。
「お姉ちゃ…茜が、どうして…今…。」
「学校の中で彷徨ってたんです。」
「…学校?」
オレはアンズさんにオバケたちから聞いた知りうる情報を教えた。
「そう…二十年近くも、寂しかったね、ごめんね気づいてあげられなくて。」
女性は再び茜に視線を戻して何度も頭を下げる。
『大丈夫だよ。学校のオバケさんたちに仲良くしてもらってたから。』
なんかアレだな…年を抜かされてるのに茜の方がお姉ちゃんっぽい。
兄弟姉妹ってすごいな。
茜の足元でアンズさんは大量の涙を畳に落としながら号泣している。
『ねぇアンちゃん、ママはいつ起きる?』
「もう…一日にちょっと、だけしか。」
アンズさんは嗚咽まじりに今の母親の状態を茜に説明した。
茜の母親は病で体が衰えてるのもあり、ここ数年寝たきりになっていることを。
そして病院からは入院を勧められているのにも関わらず、本人が茜の側に居たいからという希望でそれを拒否しているということを。
なんか母の子を想う愛ってやっぱすげーな。
『そう…ありがとうアンちゃん。』
茜はそれを聞いて優しく微笑み、母親の顔の真横に移動して耳に手を当てる。
『ママー、茜だよー。ただいまー。』
何度も何度も繰り返し母親に呼びかける。
「その…起きますかね。」
オレはアンズさんに尋ねる。
「最近は一日寝たままなこともあるから…。」
止まらない涙を拭いながらアンズさんは母親に呼びかけている姉の姿を静かに見守る。
『ママー。起きてー。』
何度目だろう…茜が耳元で母親を呼んでいると、閉じられた瞼がピクリと動いた。
やがてゆっくりと目を開いてあたりを見渡す。
「ーー……夢かい。」
そう小さく呟くと少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「母さん、どうしたの?」
アンズさんが母親のもとへ寄っていく。
「夢を見たんだよ…学校から帰ってきた茜が居間で居眠りしている私の体をこう揺らすんだ。ただいま、起きてーって。」
力のない震える手を上げながら茜が体を揺らしてくる素ぶりを真似する。
「母さん…それ、夢じゃないんだよ!」
アンズさんは声を震わせながらオレに目を向ける。
「わかりました…では失礼します。」
オレはおばあさんの肩にそっと手を添えた。
「………………っ!」
虚ろだった目が一瞬大きく開いたかと思うとすぐに優しい目つきに変わる。
「私はまだ…夢を見ているのかね。」
茜を見ながらおばあさんの目から涙が溢れる。
『ママ。夢じゃないよ。茜だよ、ただいま。』
茜はニコリと笑って母親のあげたままの手を握ろうとする。
「ほらね、アンズ。茜はちゃんとウチに帰ってくるって言っただろ?」
おばあさんはアンズさんに嬉しそうに話しかける。
「うん、うん。母さんの言った通りだった。」
アンズさんは何度も母親の言葉に頷く。
「茜、お店の名前、なんでアイリスっていう名前にしたか教えたっけ。」
おばあさんは優しい笑顔で茜に問いかける。
『うん。茜と同じ名前の花の名前なんだよね。』
「そう。それでね、茜いなくなっちゃってからママ、お店の名前変えちゃったんだけど…よくそれでお家の場所わかったね。」
『うん。優しい人たちに連れてきてもらった。』
「そう…ありがとう。」
おばあさんはオレたちの顔を見る。
「いえ。」
『ママ、看板もう読めなかったけど、なんて名前に変えたの?』
「あー、それはね……。」
おばあさんは何かを言いたそうにしながら静かに目を閉じる。
「ー…母さん?寝ちゃったの?」
アンズさんは涙声で笑いながら母親に尋ねる。
「………。」
おばあさんはピクリとも動かない。
「…母さん?」
アンズさんは急いで母親の脈を図る。
すると何かに気づいたのかアンズさんは立ち上がり、どこかに電話をかけに行った。
「え、大丈夫なのかな。」
石井さんは心配そうにアンズさんの電話姿を見守る。
『………ママ。』
茜は母親に優しく声をかけ、静かにその顔を見つめる。
「…そういうことか。」
茜はオレの声を聞くとこちらを振り向いてニコリと笑った。
「ねぇ、どういうこと?」
石井さんはオレの腕を少し揺らす。
「うん…見てて。」
オレはおばあさんをじっと見つめる。
石井さんもオレにつられておばあさんに注目する。
「…あ。」
おばあさんの体から半透明の女性がゆっくりと体を起こす。
それは、おばあさんよりもずいぶん若い見た目の女性。
「亡くなったらね、その人が一番元気だった姿で霊体になることがあるんだ。」
オレは石井さんに簡単に説明する。
「…そうなんだ。じゃああの人は。」
「うん。」
オレたちは再び霊体になったおばあさん…茜の母親に目を向ける。
『ママ。』
茜は霊体になった母親に抱きつく。
『茜。やっと会えたね。』
母親も茜を強く抱きしめた。
「ごめんなさい、母さん今亡くなったみたい。」
アンズさんが電話を終わらせて戻ってきた。
「えぇ。知ってます。」
「え?」
オレはアンズさんの手に触れる。
「……………あ。」
茜と若い姿の母親が優しい表情でアンズさんを見ている。
『アンズ、今まで看病とか色々ごめんね。迷惑かけちゃって。』
母親は優しくアンズさんを包み込むように抱きしめる。
「ううん、…もう母さんの体、苦しくない?」
アンズさんは再び涙を流して母親に問いかける。
『うん。もうどこも苦しくない、体がとっても軽いわ。』
体を大きく動かして元気なことをアンズさんにアピールする。
「そう、ならよかった。…母さん、お疲れ様。」
『ありがとうアンズ。』
「お姉ちゃん…母さんをよろしくね。」
『うん。アンちゃんも頑張ってね。』
茜は横からアンズさんを抱きしめる。
『じゃあ行こうか、茜。』
『うん、ママ。』
二人のもとに光のシャワーが注がれ、母親が茜の手を引いて空へ上がっていく。
『アンズ、いつでも近くであなたを見守っているから…一人じゃないからね。』
『茜も見てるから、アンちゃん。安心して。』
「二人も天国で仲良くね!」
アンズさんは手を大きく振りながら二人に大声で叫ぶ。
二人はアンズさんに微笑みながら仲良く手を繋いで天へと昇って行った。
◆◇◆◇
「…ありがとうございました。」
アンズさんはオレに深く頭を下げる。
「あ、いえ。オレたちは茜ちゃんを連れてきただけですから。」
「最後にいい親孝行ができました。」
アンズさんは亡くなった母親を見ながら優しく微笑む。
亡くなったおばあさんの顔はとても安らかな顔をしていた。
オレたちは茜ちゃんの仏壇に手を合わせ、茜の家を出る。
アンズさんは清々しい顔でオレたちを外まで見送ってくれた。
「あ、そういえば…。」
オレはアンズさんを見て看板を指差す。
「あの看板にはなんて書いてたんですか?」
「あぁ…お花の名前なんだけど…。」
アンズさんはもう読めなくなった看板を指でなぞるように読んでいく。
「アングレカム。」
「…アングレカム?」
「そう。花言葉は……。」
アンズさんは茜とその母親…二人が旅立っていった夜空を見上げ、そしてー…。
「いつまでもあなたと一緒。」
オレたちは暗い夜道を二人で歩く。
「よかったね。茜ちゃんお母さんと一緒に成仏できて。」
「うん。」
スマートフォンを取り出して時間をみる。
表示された時刻は夜九時を回っていた。
「あー…また寝れない。」
わかりやすく落ち込む。
「家に帰ってやることあるの?」
石井さんがオレの顔を覗き込む。
「うん…お風呂掃除して片付けして…はぁ。」
考えるだけでため息が出る。
「ご両親は?」
「今二人とも海外に出かけてるんだよ…だから今は、…。」
ー…………あ、しまった。
「今は?」
「そ、その…親戚の子たちと暮らしてるんだ。」
やってしまった。
疲労で頭がぼーっとしててついつい口が勝手に。
「そうなんだ…。」
石井さんは少し上を向いて考え込む。
「じゃあさ、今日は私が家事手伝ってあげるよ。」
「………へ?」
石井さんはニコニコしながらこちらを見ている。
てか今なんて言った?
家事を手伝う? いやいやいやまさかね。
「それってウチに泊まるー…とかそんなんじゃ…。」
「うん。そうなるけど加藤くんがいいなら私はいいよ、神社のお礼もしたいし。」
石井さんは胸のあたりで小さくファイティングポーズをとってやる気を見せる。
「ほら…石井さんの両親は大丈夫なの?」
「うん。じゃあ連絡してみるね。」
「え。」
石井さんは慣れた手つきで親にメールを送る。
するとそんな時間が経たずにメール受信の音が鳴り、石井さんは内容を確認。
「ほら。」
石井さんは親から送信された内容をオレに見せつけてくる。
そこにはこう書かれていた。
【受信・母】男の子じゃないんだよね。なら大丈夫だよー。
いやいやいや! オレは声に出さずにメールの文章を指差す。
すると石井さんは悪戯に微笑んで唇に人差し指を当てた。
「いやでもそんな両親を騙すなんて。」
「もう言っちゃったもんねー。」
石井さんはスマートフォンをヒラヒラさせながらオレの方を向いた。
「……だめ?」
だから上目遣い反則だっつーの!!
「いいよ。」
こういうのにチョロいオレは即答する。
「じゃあ…石井さん、今日はよろしく。」
小さく頭を下げる。
「うん!」
石井さんは少し前に駆けてクルリと振り返って敬礼ポーズをとる。
その時だ。
スカートがひらりと…石井さんが振り返ったのと同じタイミングで少し強めの風が吹く。
いつもより大きくスカートが舞い上がる。
「ーー………あ。」
スカートの中に目が行くと、そこには何も履いていない石井さんの聖域が…。
それは一秒もなかったがオレの目には完全にそれが焼き付いている。
「………みた?」
徐々に顔を赤らめていく石井さんがオレに詰め寄ってくる。
「見た…というか見えた、というか…。」
オレの鼻の穴から一筋の血。
「やっぱり見たんじゃない!加藤くんのえっち!!」
石井さんは両手でスカートを押さえながらオレに体当たりする。
「と、トイレで漏らしちゃったんだから仕方ないじゃない!」
あの時か! ……てことはアレか?そこからずっと石井さんはノーパンだったってことか!?
もう片方の穴からも血が流れ出す。
オレは家に帰るまでに大量の血を失い、マリアに冷たい目で見られながらソファーの上で眠りに落ちた。
応援ありがとうございます!
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