巫女とシスター2人の天使

よすぃ

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うろついていた黒い影

113 理由

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 百十三話 理由


 『あれ……。』


少年の霊が自分の手を眺めながら大きく目を開き、龍姫へと視線を移す。

『それがお前の本来の姿か。』

龍姫は彼への拘束を解いて見下ろす。

『これは…あなたがしたんですか?』

『そうだ。このままだと悪霊に成り果てるところだったからな。』

『…ありがとう。』

少年は龍姫に頭を下げる。

「お前、ずっとこの家の周りをうろついてたよな。」

オレの問いに少年は小さく頷く。

『…気づいてたんだ。』

「まぁ、オレ視えるんで。」

『そっか。姉ちゃんと一緒だな。』

「そうなのか?」

『うん、俺の姉ちゃんも君と一緒で視える人なんだ。』

少年はゆっくりと高槻家を見上げる。
まぁ視える人って少なからずいるから驚くことでもないが…。

「…で、なんでここなの。」

『だってここ、俺の家だから。』

少年の霊は家を指差しながら答える。


………………ん?


「はあああああああああ!?」


思わず初対面の霊に突っ込む。

『俺の名前は高槻輝明。生きてる時はここに住んでたんだ。』

少年の霊…輝明さんは笑みを浮かべながら一階の窓から溢れる光を懐かしそうに眺める。

「ま、待って待って!」

オレは輝明さんの視界に割って入る。

『なに?』

「なんでじゃあ家に入ってこないんすか!?」

そんなストーカーみたいなことしなくても堂々と入ってこればいいじゃないか。
それに輝明さんが言ってた霊が視える姉ちゃん…高槻さんだってその方が喜ぶに決まってる。
なんてったって高槻さんも視えるんだからな。

『その…色々あってさ。』

輝明さんは頬を掻きながら話しづらそうに視線を逸らす。

「いやいや色々あったとしても、そんなことしてるからさっきみたいに悪霊化しそうになるのでは。」

オレは正論を叩きつける。

『そうだ輝明。もう悪霊化を早める元凶の地はなくなったからいいものの、そのままではいずれまたあぁなる。』

龍姫も刀を鞘に収めて静かに語りかける。

『分かってはいるんです、でも…。』

かなり訳ありのようだが、こればっかりは早く解決させた方がいいだろう。
オレは輝明さんの前にしゃがみこむ。

「輝明さん、オレは手遅れになった霊を今まで見てきてる。力になれるかはわからないけど話だけでもしてくれませんか?」

輝明さんは少し考えるように目をつぶって黙り込み、小さく頷いてオレを見た。

『…分かった。悪霊化から助けてもらったし…話すよ。』

こうして輝明さんは家に入らない理由を話し出す。


 悲惨な事故の後、家族が心配だった輝明は自分の家に帰ってみることに。

玄関をすり抜けて中に入ると奥から母親のすすり泣く声。
リビングを覗くと母親が自分の写真を抱きしめながらうずくまって泣いていた。
父親はインターネットで自分が被害に合った事故の詳細・情報を延々と調べている。
もはや自分の知っている家庭内の空気は微塵も残っていなかった。

しかし輝明に一つの案が思い浮かぶ。
…そうだ、姉ちゃんに会って自分の気持ちを伝えてもらおう。

輝明の姉・舞は当時高校三年生。
受験勉強の邪魔をしてしまうので申し訳ないなとは思いながらも、輝明は二階にある舞の部屋へ向かった。


『……え。』


輝明はその光景を見て絶句する。

舞は弟である自分から言ってもそこまで頭がいい人間ではなかった。
だから高校三年生になってからは親や先生から必死で勉強しろとまで言われて深夜まで勉強を頑張っていた…のだが、、。

電気はつけられておらずカーテンで閉め切られた暗い部屋。
床にはビリビリに破られた参考書。
携帯電話も壁に投げつけられて壊れたのだろう…画面にはヒビが入っていてその壁に貼られていたであろうポスターも全てぐちゃぐちゃに丸められて散乱していた。

…まさか、あの明るい姉ちゃんが?

輝明の脳内に今までの舞の姿が映し出される。
舞は頭こそ良くなかったものの、その明るい性格から周囲の人を元気にして友達も多かった…いわば自慢の姉だった。
その姉はどこに行ったんだ?

部屋の中を見渡すとベッドの上で布団に丸くくるまった状態の舞を見つける。

…ここは自分から近寄って元気付けてあげよう。
輝明は舞を驚かせるためにそっとベッドへと近づいていく。

舞のところまで後一歩…ゆっくり顔を近づけると布団の中から舞の声が聞こえてきた。


「…輝くん……、輝くん……。輝くん……。」


声は小さく力もない。
自分の名前がずっと繰り返し繰り返し呼ばれていた。

どうすればいいかわからなくなった輝明はその場で立ち尽くす。
すると部屋の外から誰かが階段を上ってくる音。

「舞、美咲ちゃんから電話よ。」

数回ノックされた後ゆっくりと部屋の扉が開かれ母親が入ってきた。
母親の目や鼻が赤い…先ほどまで泣いていたことがバレバレだ。

「舞、あなた携帯に繋がらないって美咲ちゃん心配してたよ。」

母親は子機を差し出しながら舞に優しく話しかける。

「…うん。」

布団の中から舞が少しだけ顔を出し手を伸ばす。
今自分の姿を見られてはいけないと思った輝明は咄嗟に舞からは死角になるベッドの後方に身を隠した。

母親は舞に子機を渡すと部屋を出て行く。

出て行くタイミングを逃した輝明はそこで舞が布団の中に戻るのを待つことにした。


「…うん、うん。…ごめんね、あれから携帯触ってなくて…。」

部屋の中に舞の声だけが静かに響く。

出るタイミングは逃したが会話の内容が輝明は気になった。
今舞が電話している相手・美咲は少し前に告白して承諾してもらった輝明にとっての初めて恋人で、かつ舞の同級生だ。

しかしいくら耳に集中しても美咲の声は聞こえない。
舞も電話に気を取られているようなので出て行くなら今かな…と輝明が動こうとした時だった。


「…ごめんね美咲。輝くんじゃなくて私が代わりに事故に遭ってたらよかったのにね。私進学するのやめる。やりたいことないのに大学行ったりしたら…輝くんに申し訳ない…!!」


……………!!!


輝明は急いで高槻家から出る。

そして輝明は当てもなく走る。
自分ではどうしようもできない感情が輝明の中をぐるぐると駆け回る。

それは自分のせいで家族内の空気を壊してしまったこと。

それは自分のせいで自慢の姉の長所を消してしまったこと。

それは自分のせいで姉の大切な将来を奪ってしまったこと。

いろんなものを自分は家族から奪ってしまった。
もうあの家に戻ることは許されない。

それ以来輝明は高槻家の中に入らないことを心に誓う。
しかしそうは言っても自分の大切な家族だ、それは変わらない…なので輝明は家にこそ入らないが少し遠くから家族を見守っていた。


やがて事故現場に池が作られて石碑が建てられ、輝明やそこで亡くなった仲間たちにとっての心休まる場所ができる。
輝明たちはそこで雑談をしたりしながら日々を過ごしていった。
しかしいつものように家族の様子を見た後そこに戻ってくると、そこにいた仲間たちが悪霊となってその周囲を彷徨っている。
何があったかはわからないが不用意に近づいてはダメだ…と輝明の本能がそう叫ぶ。
とは言え離れたくとも自分にはそこしかもう居場所がない…なので輝明は池から少し離れたところで夜はひっそりと身を潜めるようになった。
そして今に至る…ということだ。


『だから俺にはあの家に戻る資格がないんだ。』

輝明さんは苦笑いでオレを見上げる。

「…輝明さん、お姉さんに…舞さんに会いたくないんですか?」

話を聞く限り輝明さんが成仏しないのは舞さんへの心残りが大半を占めている。
これを解決しない限りは前に進めない。

『でも言っただろ、俺には資格が…。』

「明日オレはお姉さんと一緒にここを出ます。」

オレは輝明さんの言葉を遮る。

『…そうなんだ。』

「これ逃したら次いつになるか分からないですよ。」

輝明さんのためというよりオレからしたら高槻さんのためだ。
せっかく地元に帰ってきたんだ…心に引っかかるものは無くしてあげたい。

しかし輝明さんは動こうとしない。

これでは流石にオレもどうしようも…。
そうオレが諦めモードに入ろうとした時だった。

『まどろっこしいな輝明!』

龍姫が再び刀を抜き輝明さんに突きつける。

『…!な、なんですか!?』

輝明さんも驚いたようで尻餅をつく。

『輝明。今ここで一歩を踏み出すか、ここで誰にも見られずに消滅するか…選べ。』

「ちょ、ちょっと龍姫、それはあまりにも…!」

『うるさい。私はこうのようなハッキリしない性格が大嫌いなのだ!このままではまたこいつは悪霊化して、今度こそ誰かに迷惑をかけるぞ!』

龍姫の言葉に輝明さんは目を大きく開く。

『そうなのか?悪霊化したら迷惑かけちゃうのか?』

『当たり前だ。だから悪霊と言うんだろう!もしお前がそうなったらお前は…お前の家族を襲うことだってあることを覚えておけ。』

自分の家族を襲う…その言葉が輝明さんに響いたのだろう。
輝明さんは小さく首を横にふる。

『嫌だ…自分の家族を自分で襲うなんて。そんなの嫌だ!』

『だったら、もう答えは決まったな。』

龍姫の声を聞いて、輝明さんは小さく口を開く。


『…わかりました。』


そう言った輝明さんは頬を叩き気合いを入れた顔で高槻家を見上げた。

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