一冬の糸

倉木 由東

文字の大きさ
14 / 60

#14.okinawa 打切

しおりを挟む
 河村杏奈の尾行失敗の夜、佐倉は愛子に言って『リラン』に河村修一を呼び出した。自分の存在が本人に知られた以上、これまで同様に調査を行っていても依頼に応えることは出来そうにない。一度、現時点での調査報告と今後についての話し合いを持つべきだと思った。
 それに河村修一は何かを隠しているかもしれない。腹を割って話したい。
「何飲む?」
 愛子がカウンター越しに聞いてくる。午後10時半。今日は木曜日。平日だが週も終わりに近づくと客足は延びてくる。店内は徐々に来客が見え始めていた。
「ジンジャエールで」
「はい、どうぞ」
 その瞬間、何を注文するのかまるで最初からわかっていたかのように、愛子は佐倉の前へジンジャエールを置いた。グラスを置く音が心なしか強く響く。
 愛子はおそらく佐倉に対して怒っているのだ。理由は他でもない、常連客である河村の期待に応えることが出来なかったからだ。それはつまり愛子自身の期待にも応えることが出来なかったことを意味する。
「怒っているのか」
「うるさいわね」
 その刺々しい口調に周りの従業員ホステスも明らかに引いていた。こういう風に愛子のスイッチが入った場合、だいたい他の従業員から送迎時に理由を聞かれるのが常だ。しかし原因が弟だと知ると、それはたちまちクレームへと変わる。あんたのせいでママが怒って働きにくいだとか、店の雰囲気が悪くなって客が早く帰るだとか。まぁ、だいたいは黙って聞き流しているのだが。
 カランカランと、鈴の音が響く。
 約束より5分ほど遅れて、河村修一がやって来た。
「いらっしゃい、河村さん。奥のほうへどうぞ」
 愛子が店の入り口で河村を迎え奥の席まで促すと、佐倉もその後へ続いた。
「忙しい中、お呼びだてして申し訳ありません」
 席へ着くなり、まず佐倉は自らの無礼を詫びた。
「いえいえ、私も調査内容が気になっていたところです。さ、まずは1杯」
 河村は愛子に佐倉の分の酒も注ぐよう促したが、愛子の手は動かない。
「ん?どうしたんだねママ」
「河村さん。申し訳ないけれど今日は良いお酒にはならないわ」
「どういうことだね」
 河村は少し驚いた顔をしている。
「河村さん、今日はこれまでの流れについて報告致します」
「あ、あぁ。もちろん私もその報告を受けるつもりでここに来ているよ」
「結論から申し上げます。私が身辺調査をしていることが本人、つまり娘の杏奈さんに気づかれました」
「気づかれた?」
「ええ。正確に言えば依頼に気づかれたということではなく、尾行に気づかれ振り切られました」
「どういうことでしょうか?」
 まだ解せないという顔をしている。佐倉はポケットから1枚の紙切れを取り出し、テーブルの上へ置いた。
「『カカワルナ、テヲヒケ』だと」
「ええ。娘さんは変装まで行い、私の尾行を振り切りました。そしてこれが私の車のフロントガラスに挟まれていたんです」
「そんな・・・」
「もう一つ、あなたに伺いたいことがある」
「何ですか?」
「具志堅功」
 その名を口にした瞬間、河村の目が大きく開かれた。
「具志堅功が何か?」
 動揺と怒りが入り交じっているような、歪んだ口調だった。
「現在の沖縄県知事です。と言っても私のような身分の者が、あなたのような方に改めて説明するのもおかしな話ですが・・・。娘さんは具志堅知事の家にほぼ毎日、出入りしています」
「何ですって!」
 河村が立ち上がり急に声を荒げた。佐倉や愛子のみならず、店中の人間が驚いて河村へ視線を集中させている。
「失礼」
 周囲の視線に気づき、河村は再び腰を降ろした。しかし、その顔にはまだ怒気が溢れている。
「河村さん、率直に聞きます。私は恥ずかしながらこの歳になっても政治だとか経済というものを把握しておりません。しかしあなたが県内の経済界において影響力のある人間だというのは姉から伺っております。あなたと具志堅知事はどういったご関係ですか?」
「ちょっと、ゆうちゃん」
「いや、いいんだママ」
 愛子を制すと、河村は改めて真っ直ぐに佐倉の目を正視した。
「具志堅功は過去に私が代表を務める河村工業の顧問をして頂いたことがあります。そのご縁で彼の政治活動において私は金銭的援助を行っています」
「つまり政治献金ということですね」
「そうです。もちろん政治家個人への献金は原則として禁止されていますので、具志堅の後援会へ寄付しているものです」
「大きなお金が動いているのですか?」
「いえいえ、日本の法律で政治献金として提供出来る金額は決まっています。そこまで問題になるほどのものではありませんし、もちろん献金に関しては弊社の役員の同意のもとで行っております」
「そうですか。しかしいくら顧問を務めていたとはいえ、後援会に政治献金されるということは、よほど具志県知事とは親しい仲なんですね」
「ええ、まぁ。個人的にも社としてもだいぶお世話になりましたし。政治家志向が昔から強かったのですが、まさか知事にまでなるなんて正直驚きですよ」
「そしてあなたの娘さんが、その知事の家へ家庭教師として出入りをしている」
「家庭教師?いったい何の為に・・・」
「これは調べてわかったことですが、娘さんはいわゆる家庭教師センターといった類いに派遣されてはいません。あくまで個人的に家庭教師としてあの家へ出入りしているようです」
 佐倉は太田から受けた報告をもとに伝えた。
「なるほど。わかりました」
 そう言うと河村はいきなり席を立った。
「色々と動いてくださり、本当にありがとうございました。もうこれ以上の調査は結構です。お金は後日、指定された口座に振り込みますので」
「ちょっと待って下さい。これではあまりにも全てが中途半端なままです。彼女があなたと旧知の仲である具志県知事の家へ何の目的で出入りしているのか。それとこの紙切れが何を意味するのか。まだはっきりしていないままです」
「中途半端ではありません。私はあなたに娘の身辺調査を行ってほしいと依頼した。そしてこうやってきちんと娘の日々の行動を聞くことが出来た。あなたは十分に依頼内容に応えてくれました」
「このままでは納得できません」
「あなたが納得するかどうかは関係ないのでは?依頼人の私が依頼を終えると言っているのです。それでいいでしょう」
 河村修一は優しく微笑み、愛子に勘定を頼んだ。
「今度はゆっくりと飲みましょう。さようなら」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

秘書と社長の秘密

廣瀬純七
大衆娯楽
社内の調査のため、社長・高橋健一はこっそり秘書・木村由紀と不思議なアプリで入れ替わることに。 突然“社長役”を任された由紀と、自由に動ける立場を手に入れた高橋。 ふたりの秘密の入れ替わり作戦は、どの様な結末になるのか?

17歳男子高生と32歳主婦の境界線

MisakiNonagase
恋愛
32歳の主婦・加恋。冷え切った家庭で孤独に苛まれる彼女を救い出したのは、ネットの向こう側にいた二十歳(はたち)と偽っていた17歳の少年・晴人だった。 「未成年との不倫」という、社会から断罪されるべき背徳。それでも二人は、震える手で未来への約束を交わす。少年が大学生になり、社会人となり、守られる存在から「守る男」へと成長していく中で、加恋は自らの手で「妻」という仮面を脱ぎ捨てていく… なお、スピンオフもございます。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

処理中です...