一冬の糸

倉木 由東

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#46.paris 明快

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 吉村が佐倉の目の前にいくつかのファイルを置いた。
「これは?」
「私たちが独自にまとめた捜査資料よ。実はこの事件、パリ警視庁内でも現場の捜査員は捜査から外され上層部のみでの対応となったの。それで私もインターポールのあるリヨンに帰されたというわけ」
「なんで現場が外された?」
「急な決定よ。殺された警視の体内からコカインが検出された。隠蔽という見方も出来るわ」
 具志堅といいパリ警視庁といい、どこの国においても権力による隠蔽というのは万国共通らしい。佐倉は呆れながら手元に置かれたファイルを手に取り、資料をパラパラとめくる。
「それはほとんどフランス語で書かれているからわからないと思うけど、こっちはどうかしら」
 吉村が「Une photo」と書かれたファイルを差し出す。中身は事件に関する何枚かの写真が綴られているという。
「ちょっとキツイのも入っているわよ」
 吉村の言葉を横に佐倉は表紙をめくった。
「おっと」
 いきなり強烈な写真が入ってきた。杏奈の実父、桐谷浩の遺体発見時のものだ。何ヶ所か角度をとって撮影されたものが数枚ある。表情のアップを撮影したものは顔の左側の皮膚がほぼ抉り取られているのがはっきりと確認できる。
「C'est le travail du témoin (目撃者がやったことだよ)」
 吉村を介してマルセルが説明する。説明によると目撃者は、殺しはしていないが遺体を運んだ張本人。そして人が人の肉を食べる行為に執着している人間ということだった。驚きながら通訳している様子をみると、その習性については吉村も初耳のようだ。
「狂ってるな・・・」思わず1人呟き、さらにページをめくる。次は日用品の写真が並べられている。
「それは桐谷浩の自宅から押収したもの。特段目を引くものは無いわ。その次のページは目撃者の自宅捜索で押収したものよ」
 吉村の説明でさらにページを進める。そこには前のページと同じく日用雑貨が撮られた写真が並べられている。桐谷宅と違ったのは、黒いゴミ袋の中に、葉がついた木の枝が入れられている写真が何枚もあり目立つ。
「それがさっき公園で話したコカの葉の写真よ」
「これがその目撃者が発信したメッセージだという可能性があると?」
「多分ね」
「他に何かわかったことは?」
 そこでマルセル警部が手をあげた。
「J'ai un rapport. C'est ce que j'ai compris plus tôt.(私から話そう。さっき、わかったことだ)」
 マルセルが吉村に何かを伝え、ゆっくりと話し始めた。そのあとを吉村が日本語で追いかける。
「目撃者、ナスリと交際していたという女性に会ってきた。そこでわかったことだ。ナスリと殺されたモーリス警視のメールでのやりとりが確認できた。キリタニ殺しに計画性があったことも同じく確認できた。あと過去の現金強奪事件においてナスリはモーリスを強請っていたこともわかった」
「何を強請っていた?金か?」
「違う。・・・警察が押収した麻薬の横流しだよ」
「麻薬の横流しか。また警察相手に天才的な発想だな」佐倉は大きくため息をついた。
「これから私は警視庁に戻り、押収物保管庫から薬物が持ち出されていないか調べるところだ。あと先ほどの発砲事件。鑑識に連絡を入れて弾丸が警視庁から持ち出されたものによって発砲されたものか確認を取る」
「拳銃まで盗まれたのかよ」
「あぁ。恥ずかしい話だが」
 佐倉の言葉に少し気まずい空気が流れた。フランスで起きた案件は全てパリ警視庁の失態や不祥事が絡んでいるという結論に行き着く。そして彼らもそれを自覚している。
「あ、これは殺された桐谷浩の遺留品の写真ね」
 吉村が場を取り繕うかのように話し始めた。仕方なく佐倉も写真に目を落とす。ユーロ紙幣に加えて日本紙幣も混じっている。そこで佐倉は違和感を覚えた。
「なぁ吉村さん、このお札って聖徳太子だよな?」
 明らかに現代では使われていないデザインのお札が1枚混じっているのを確認できる。
「ええ。日本では1984年ごろまで使われていた1万円札」
「つまり3億円事件の時も使われていたお金?」
「そういうこと。よく気づいたわね。私もそのお金を見たときに3億円事件との関連性により確信を持ったわ。あまり偶然とは思えない」
「なるほどね」佐倉は次々と写真を確認する。
「ん?」
「どうしたの?」
「この御守り・・・」
 手にしたのは紫色の御守りの写真。紫を主色に、金色の曲線がいびつに引かれている御守りだった。
「もう、フランス人ならともかく、あなたまでそんな御守りが気になるの?日本人の私たちからすれば珍しいものじゃないでしょう」
「いや、それはそうなんだけれど・・・。どこかで見たことあるような・・・」
「御守りなんてどこのお寺も似たようなものでしょ」
 吉村の言うことはもっともだ。しかしごくごく最近、どこかで見たような気がする。
「これ、御守りの裏側の写真ですよね?寺名が書かれた表側の写真は無いんですか?」
「鑑識が撮影した現場絡みの写真は焼き増ししているんだけれど、押収した証拠品は内密に慌てて撮ったからそれしかないの」
「そうですか・・・」
「でも、なんか凄く珍しい名前だった気がするわ。お・・おおま・い・でら、だったかな」
「大舞寺!」
「あ、そうそう!あれ『おおぶでら』って読むのね」
 ずっと引っかかっていたものが取れた。そうだ。参拝の時に寺で販売していた御守りと同じだ。そして同時にもう1つわかったことがある。
 そこで携帯が鳴った。愛子だ。
「もしもし」
「もしもし、ゆうちゃん。あれ!さっきの写真!思い出した!あれどこかで見たことある背景かと思ったら大舞寺じゃないの!?」
「あぁ。俺も気づいたところ」
「え!?いつ?」
「たった今」
「やっぱり私たち片親が違えど姉弟ね!それともテレパシーで繋がったのかな?」
 複雑な台詞だ。違和感の正体がわかったというのに、なぜか素直に喜べないのは間違いなくこの姉の一言のせいだ。やはり俺の人生はこの女にかかっていると佐倉は場違いなことを考えた。
「わかったから買い物が終わったらさっさと帰れよ」
 電話の向こうで明るく笑う姉に言い放ち、佐倉は電話を切った。
「ねぇねぇ弟くん!」
 愛子が絡むと吉村は決まって佐倉のことを「弟くん」と呼ぶ。
「私、思ったんだけれど~」
 その口調の変わりぶりに、日本語がわからないマルセル警部も不思議そうな顔をしている。
「この大舞寺って、こうも読めるんじゃない?」
「なに?」素っ気なく佐倉が聞き返す。
「た・い・ま・で・ら。大麻よ大麻!なんちゃって!」
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