深夜零時

立樹

文字の大きさ
1 / 2

前編

 短針と長針が重なった夜遅く、同居人の小野田万里ばんりは帰ってきた。

「おかえり」

 共同で使っているリビングに入ってきた万里に、ソファーに座っていたオレは声をかけた。

じゅん、起きてたのか?」
 オレに気づいた万里が、ふわっと笑って言った。
 浅黒い彼の顔が、少し赤い。

「また、飲んできた」

 万里の問いに答えずに指摘する。別の飲むこと自体悪いと思っていない。
 でも、このところ、ずっとだ。
 この二月に入り、毎日のように飲んで帰ってきている。

「明日も仕事なのに」
 大丈夫かと問うと、じっと見てきた。
「それだけか?」
 万里が他の答えを求めるように言う。
「なにが?」
「俺を待っていたんだろ?」
「ま、まさか。クライアントからの依頼があったデザインが決まらなくて終わんないから、休憩してただけさ」
「ほんとに? 言いたいことがあって待ってたんだろ? ずっと、遅くて、飲んできて、なにも思わけないよな?」
「……? な、なにが言いたいんだよ。母親みたいに、酒はやめろ。とか、彼女できたのかって聞いてほしいってわけ?」

「そうだなー」

 少し考える様子を見せたあと、言葉を継いだ。

「俺もさ、そろそろ三十だろ。身を固めろってうるさいんだ」

 と万里が言いつつ、意味ありげにちらっとオレを見てくる。

 その視線が、あまりに妖艶でごくりとつばを飲み込んだ。
 コートとジャケットを脱ぎ、カッターシャツの喉元のボタンを外し、隣に座った。
 かすかに居酒屋のにおいがする。くすんだ煙たい匂いの中に、アルコールのにおいが混じっている。
 万里は手を太ももの上で組むと、窺うようにオレに視線をよこした。

「なにが言いたいんだよ」

 と言いつつも、このとき、オレは密かにびくついていた。
 もしかしたら、彼女ができて、結婚を考えているから同居を解消しようと言われそうで。
 万里に憧れて、恋焦がれて、オレが大学を卒業すると半ば強引に、万里のところに同居を申しこんでから、五年が経つ。

 この同居がずっと、続くわけがないと思っていた。

 オレが恋焦がれるほどに、万里はいい奴で、立ち姿や顔立ち。どれをとっても、秀でていた。学生時代から人気があった先輩でもあり、お隣さんだった。
 万里は卒業と同時に家を出たときは、日常の景色から色が消えた。
 お兄ちゃん的存在で、高校になっても暇さえあれば、お互いの家で転がり込んで遊んでいた。

 そんな彼を追いかけて、やっと同居できたのに……。

「そろそろけじめをつけないといけないと思ってさ」

 さびしそうにぼそりと万里が言った。優し気でやわらかい声。
 いつもよりセンチメンタルな声は、艶やかだった。

 もっと聞いていたい――。

 が、とうとう、潮時か……。

「解消する?」

 本当は言いたくない言葉を口にした。ざらついていて、万里の声と違ってかさついている。

「その前にもう一度だけ聞きたい」と万里が言った。
「う、うん」
 優し気な目でオレを見る。

 その目が好きだった。彼の目に誰も映したくはなかった。
 今の万里は、その瞳に誰を映しているのだろう。
 そう考えるだけで、胸の奥が焼け付くように痛い。

 けれど、万里は万里で、オレのものじゃない。

 彼は、彼のままで動くから、その姿や瞳が好きなのだ。
 その彼を無理意地してまで手に入れようとは思わなかった。

「准、俺が遅く帰ってきてもなにも思わない?」

 優し気に聞かれ、本当のことを言いたくてたまらなくなった。
 それでも、のどまで出かかった思いは、のどの奥で止まった。

「俺がいなくても、平気?」
 と聞いてくる万里の手が、オレの頭に乗った。

 子どもの頃から変わらない、頭をなでる手つき。

 これも、もう、味わえなくなるのか。

「結婚するんだな……。解消する」

 オレの口から出たのは、気持ちとは反対の言葉だった。

「しない」と言ってほしかった。

 一縷の望みをこめて、万里に顔を向ける。
 さっきと変わらず、優し気な笑みを浮かべた万里がいた。

「わかった。じゃあ、そうしよう」

 と言った万里は、オレが上げた顔を、ぐしゃっと撫でてきた。その重みで、また顔が下がった。

 ああ、オレの恋も終わった、なんて思うと涙がこぼれそうで、考えることをやめた。
 いっそのこと、抱きついていかないでくれ、と言えたらすっきりするだろうか。

 顔を上げるのと同時に、万里がソファーから立った。

 そのまま、部屋に戻るのかと思っていると、万里が振り返った。

「俺さ、結婚しないよ。するのは、准、お前だ」

「……は?」
感想 0

あなたにおすすめの小説

ラベンダーに想いを乗せて

光海 流星
BL
付き合っていた彼氏から突然の別れを告げられ ショックなうえにいじめられて精神的に追い詰められる 数年後まさかの再会をし、そしていじめられた真相を知った時

別れたはずの元彼に口説かれています

水無月にいち
BL
 高三の佐倉天は一歳下の松橋和馬に一目惚れをして告白をする。お世話をするという条件の元、付き合えることになった。  なにかと世話を焼いていたが、和馬と距離が縮まらないことに焦っている。  キスを強請った以降和馬とギクシャクしてしまい、別れを告げる。  だが別れたのに和馬は何度も会いに来てーー?  「やっぱりアレがだめだった?」    アレってなに?  別れてから始まる二人の物語。

君のコーヒーが飲めない

Lillyx48
BL
すれ違いすぎな2人のお話。

happy dead end

瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」 シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。

姉の男友達に恋をした僕(番外編更新)

turarin
BL
侯爵家嫡男のポールは姉のユリアが大好き。身体が弱くて小さかったポールは、文武両道で、美しくて優しい一つ年上の姉に、ずっと憧れている。 徐々に体も丈夫になり、少しずつ自分に自信を持てるようになった頃、姉が同級生を家に連れて来た。公爵家の次男マークである。 彼も姉同様、何でも出来て、その上性格までいい、美しい男だ。 一目彼を見た時からポールは彼に惹かれた。初恋だった。 ただマークの傍にいたくて、勉強も頑張り、生徒会に入った。一緒にいる時間が増える。マークもまんざらでもない様子で、ポールを構い倒す。ポールは嬉しくてしかたない。 その様子を苛立たし気に見ているのがポールと同級の親友アンドルー。学力でも剣でも実力が拮抗する2人は一緒に行動することが多い。 そんなある日、転入して来た男爵令嬢にアンドルーがしつこくつきまとわれる。その姿がポールの心に激しい怒りを巻き起こす。自分の心に沸き上がる激しい気持に驚くポール。 時が経ち、マークは遂にユリアにプロポーズをする。ユリアの答えは? ポールが気になって仕方ないアンドルー。実は、ユリアにもポールにも両方に気持が向いているマーク。初恋のマークと、いつも傍にいてくれるアンドルー。ポールが本当に幸せになるにはどちらを選ぶ? 読んでくださった方ありがとうございます😊 ♥もすごく嬉しいです。 不定期ですが番外編更新していきます!

その部屋に残るのは、甘い香りだけ。

ロウバイ
BL
愛を思い出した攻めと愛を諦めた受けです。 同じ大学に通う、ひょんなことから言葉を交わすようになったハジメとシュウ。 仲はどんどん深まり、シュウからの告白を皮切りに同棲するほどにまで関係は進展するが、男女の恋愛とは違い明確な「ゴール」のない二人の関係は、失速していく。 一人家で二人の関係を見つめ悩み続けるシュウとは対照的に、ハジメは毎晩夜の街に出かけ二人の関係から目を背けてしまう…。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?