きみを愛するために生きたい

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第二部 ねがいの楽園

第2話 現世

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私たちが暮らす『ここ』には相反する二つの世界が存在する。
魂を生み出す生の世界『現世うつつよ』と、器を生み出す死の世界『冥世あのよ』だ。
魂と器が重なり、一つになることで『命』が生まれる。

私たち『御使みつかい』は現世と冥世の狭間にある『狭界きょうかい』へと渡り、魂と器を繋げる。そして現世に暮らす人々に命をもたらす。

冥世は現世に干渉することがある。
これは重なるべき魂を喪った器…つまり狭界を彷徨う『冥霧めいむ』たちが現世に暮らす人々の命から魂の部分を奪おうとすることから生じる現象である。
冥霧たちはまず現世に存在する人間の命から器を局所的に奪い、次にその中に在る魂との融合を図ることで『冥核体めいかくたい』を形成する。

私たち御使いは冥核体と戦い、冥霧たちを消し去ることで狭界に渡った人々の魂と器を本来あるべき現世へと返すことが使命である。

私たちは『世界の意思』から生み出され、人々と共生しながら『ここ』に在り続ける。




「疲れたね」
「そうだね…って、私なんにもしてないけど」
「ロロはトドメを刺してくれたよ。何もしてないことはない」
「でもそれだけだったし…早くみんなの役に立てるようがんばるね」

今回の依頼人…ライルさんの器の奪還および冥核体の討伐任務は無事に終わった。

「そういえばさっき、ロロが『ごめんね』って言ってたの、聞こえた」
「あ…うん。冥霧たちも、本当は生きたかったよねって思って…それで」
「あれはただの命の成り損ないだ。生きてなんかいない」
「けど…確かにあの場にいて、私たちがその存在を消したから」
「あんまり深く考えすぎない方がいい」
「…うん」

現世に戻った私たちはライルさんの待つ部屋へと向かっていた…のだけれど。
「じゃ、お疲れさん」
そう言うとアルマは別方向へと歩いていく。
「あれ、アルマ?どこ行くの?」
「疲れたから眠りに行く。あとはミゼッタに任しとけばいいよ」

「…ということがあって」
「またですか。まったく…彼には御使いとしての自覚が足りてませんね。ロロは彼みたいになっちゃダメですよ」

広大な草原の端っこにある白くて少し古びた建物。
そこは大聖堂と呼ばれ、私たち御使いが暮らす神聖な場所として遥か昔からこの現世の地に在り続けた。
"大"聖堂という名前の割には、ちょっと狭い気もするけど。



「大体ですね、任務に赴いた御使い本人が依頼者へ直接報告するのが通例であり最低限の常識というもので…それなのにアルマもレオも面倒なことは全部僕に押し付けて!僕だって忙しいんですから!」
「ミゼッタも大変だね…」
依頼人の待つ部屋へと向かう間、何かと気苦労の絶えないミゼッタの愚痴を延々と聞かされていた。
私にも何か手伝えることがあればいいのだけれど、今は御使いとしての仕事を覚えるので精一杯だ。

「失礼します」
ミゼッタが扉をコンコンと叩き、中に入る。
「あ、御使い様!」
私とあまり背丈の変わらない少年がベッドから起き上がり、目を輝かせてこちらを見つめてきた。

「どうですか?腕の具合は」
「はい!全然平気です!」
依頼人の少年、ライルさんは大きな声で返事をする。元気な男の子だ。

「よかったです。ですが器が身体へ還ったばかりでまだ思うように動かせないと思います。ひとまず今日は安静にしててくださいね」
先ほど私に愚痴を言っていた口調とは打って変わって、ミゼッタは彼に優しく話しかける。

任務に向かう前にライルさんと話した時は、彼の右手の部分は透明になっていた。今はそれがきれいに元通りになっている。

「分かりました!…あの、今回僕の器を取り返してくださったのってもしかして」
「ええ。彼女、ロロが奪還を担当しました」
「いやいや、私は何も…」
私はただアルマが戦うのを見ていただけだったのに。

「一週間前に冥世から干渉を受けて、腕が『空白』になっている間…すごく怖かったんです。自分が自分じゃなくなって、別の『何か』に変わっていってしまうようで」
ライルさんが自身の右手を見つめながら、ぽつぽつと言葉を紡ぐ。
「だから、本当にありがとうございます。ロロさんが僕の腕を救い出してくれたの、ちゃんと感じてました」
「ど、どういたしまして…?」
お礼を言われるのはアルマの方なのになぁ。

「それでこの後のことなんですが、腕の調子がこのまま良さそうであれば明日にはお帰りいただけます。それから…」
「ミゼー!ちょっと来てー!」
扉の向こうからイノンの声がした。
ミゼッタは早歩きで扉の方へ向かい、返事をする。
「イノン!今忙しいので静かにしててください!」
「はやくー!ハクロさんが呼んでる!」
「ああもう…今行きますよ!ロロ、この後のことを説明しといてください」
「あ、え、わ…私?」
「頼みましたよ」
そう言うとミゼッタは部屋からパタパタと出て行ってしまった。

………。

「ええと、あの、このあとはですね、えっとー…」
「ロロさん、僕の腕を救い出す時に謝ってましたよね。『ごめんね』って」
「あっすみません!あれはその……冥霧が、あの…彼らも本当はただ生きたいと思ってこうしてるんだって思っちゃって、つい」
ライルさんにも聞こえてしまっていたようだ。
『ちゃんと感じてました』ってさっき言ってたもんなぁ。

「いやいや、謝ることじゃないです。…ロロさんは優しいんですね」
「ですかねぇ~…アルマは冥霧を命の成り損ないって言ってて、でも私はそうは思えなくて…かわいそうというか…」
「でも、ロロさんは僕のために任務を完遂した。こんなこと御使い様に言ったら失礼かもですけど…すごいことです。
冥霧たちの犠牲の上に僕は生きてるんだって、ロロさんのあの一言で実感できました。だから、そのこともありがとうございます」
「あ、いや、どういたしまして…!」

相手が冥霧であっても、武器を振りかざす瞬間はやっぱり怖い。
本当は、誰も犠牲にならない世界ならよかったのにな。
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