中途半端な恋をする

桧山奏

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たとえ私が忘れても

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カラカラカラ…
「ごめんなさいねえ、ええと…」
車椅子に乗った白髪の女性を男性が押している。

「大丈夫ですよ、僕、菊池です」
そう言った男性はニコッと笑う。

「菊池さん、ありがとうねえ」
「いえいえ」

明るい板のフローリング、
大きな窓から差し込む光。

「介護施設 あおぞら
    菊池きくち 晃希こうき

男性の首にかけてある名札にはそう、書かれてあった。




始まりはなんと言っていいのか、俺には分からない
実際はただの偶然で俺がいたからなったとかおれがいなかったらならなかったとか
またその逆もありえない。

そう、ありえないことなのだ。本来ならば。


そんなありえない経験を、俺はした。
ちょうど中学三年生の夏だった。



「もうすぐ夏休みだなー」
「だなー早くなれ!」
クラスの男子がそう、話していた。
俺は1時間目の数学の宿題が終わっていなかったため1人机に向かっていた。

中学最後の夏休みまであと1週間。
それぞれが色々な思いを抱えている。部活だとか勉強だとか受験だとか。
俺は行きたい高校なんてない。ただ普通に生きられたら、なんて甘いことを考えている。

「はあ…はあ…
あー、間に合った…」

息を切らしながら教室に入ってきた。ガタッと音を鳴らして椅子を引き、肩を上下に揺らしながら座る。

「今日はまたぎりぎりだったな、深山」
「あはは、寝坊して」

後ろの席の深山みやま音羽おとはは笑いながら答える。
深山とは小学校のときから一緒だったが同じクラスになったのは今回が初めてで、
だからと言ってすごい話すというわけではなくただクラスメイトとしてそれなりに話していた。

「今日1時間目なんだっけ?」
教科書を引き出しにしまいながら深山は聞く。

「数学だよ、宿題やったか?」

深山が咄嗟に顔をあげた。
「え、宿題あった…?」
俺は頷く。深山は頭を抱え、数学のワークを開いた。




「終わった?」

チャイムがなると同時に深山の方を振り向いた。休み時間せいげんじかんはあと10分だ。

「うーーーん……」

最初と同様、頭を抱えたままの深山。

「こんなん習ったっけ?」
ある問題を指さす。これは…

「昨日習ったけど?」
「え!習った?!」
表情豊かに驚く。深山は、こんなの絶対習ってないなどとブツブツ言いながらワークを見つめている。
ワークの問題は1つも解けていなかった。



このとき、すでに深山の様子はおかしかったのだ。だが、俺だってど忘れしてしまえばワークなんて解けない。
だから、この時の俺はなんの気もとめていなかった。




4日後。
俺はいつもよりも来るのが遅くなった。下駄箱で靴を履き替えていると深山が廊下を見つめながら立ち尽くしているのが見えた。

『深山?なにしてんだ?』
俺は不思議に思い、声をかけた。どうしたんだと。


「あ…菊池」

深山の顔は真っ青だった。廊下からは騒ぐ男子の声が聞こえる。

「ねえ…私たちってまだ2年生だよね?」

「……は?
…いや、3年だけど…」



しばらく沈黙が続いた。しばらくと言っても3秒くらい。
深山の目が泳いだ。下へ、左へ、そして。

「でも、昨日まで2年だったじゃん」

少し声を荒らげて深山は言った。


「なんで…下駄箱も、クラスも…なんで…」

小さな声で呟く。俺は、どうしていいか分からなかった。



「…………」




その日、深山は早退した。夏休みまであと3日、深山は最後まで学校には来なかった。
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