「崩壊の街」ボクは不倫に落ちた。

ポンポコポーン

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「泣く時間を与えなかった」そして、やっと(笑)。



目覚めれば窓から外が見えた。

曇り空だ。

毛布を跳ねのけソファーから起き上がる。
壁の時計は6時を少し回っている。・・・いつもの時間だ。


目覚ましがいらなくなったのはいつからだろう・・・・

アラームをかけなくても6時前後には目が覚めた。



ゴミを出して、新聞を取ってくる。


珈琲を飲みながら新聞に目を通す。

・・・・音を消したテレビが点いている。

東京の天気予報は曇りから雨。降水確率は40%・・・

今日は、午前中が勝負だな・・・

宮城県の天気は晴れだ。洗濯日和らしい。


シャワーを浴びてマンションを出た。



朝の喧騒の中、プリウスを走らせる。

震災から半年。ガソリンの供給は未だ不安定だ。
行きつけのスタンドからは「ガソリン入荷しました」のメッセージが送られてくる仕組みになっていた。

交通量も・・・・・朝の渋滞・・・とはいえ、「大東京の渋滞」といったほどの交通量じゃない。

時折、フロントガラスに雨粒が落ちる。



ビル内の階段。
脚立を肩に担いで男3人で上がって行く。

ドアを開けた。

垂れこめた雲の空が飛び込んできた。
ビルの屋上だ。

ポツリポツリと雨が落ちている。
ヘルメットに当たる。ジャンパーに滲み込んでいく。


高さ4m程度のポール。上に大きなテレビアンテナが付いている。
作業服の男が2人、脚立に乗って交換作業にとりかかる。
テレビアンテナといってもビル用だ。家庭用とは違ってかなり大きい。
腰には、ペンチ、ドライバーといった道具のついたベルトが巻かれている。


「もうちょい右・・・・」

ボクが測定器の数値を見ながら言う。脚立に乗った2人がアンテナを右に向けていく・・・


7月に、日本全国で一斉にテレビが「地上デジタル放送」に切り変わった。
アナログ放送が終了してデジタル放送のみになった。

それまでに急ピッチで、「地上デジタル放送」アンテナ工事が進められていた。
一般家庭はほぼ終了していたが、ビルなどは7月が過ぎた今も工事が続いていた。

「地デジ」と、それまでのアナログ放送ではアンテナ自体が違う。
アナログ放送用から地デジ用のアンテナに交換しなければならない。

既存顧客、ほぼ全てからアンテナ工事を請け負っていた。


「OK」

数値が最大になったところでアンテナを固定する。

ここからは東京タワーが見える。・・・・・距離としては、ここから10kmってとこか。


東京タワーが完成したのは戦後10年ってな時期だ。
戦後復興の象徴としたタワーだったんだろう。

「高さ333m」

戦後の焼け野原の中では、とんでもない高さだったんだろうと思う。東京のどこからでも見えたに違いない。
戦後復興のシンボルってだけじゃない。東京の「電波塔」としての役割が大きい。それが一番の役割だった。
戦後復興のラジオ・・・テレビの電波・・・それらを東京中に届けるために建てられたタワーだ。

それから50年。
東京は高層ビルの群れだ。

ボクが東京に来てからでも・・・・どんどん東京タワーは見られなくなっていった。
今まで見えていた場所から、ある日、突然見えなくなる。・・・高層ビルに遮られる。
高層ビルの中に東京タワーが埋もれていくようになっていた。

ここから見える東京タワーも、ビルの谷間に1/4程度が見えるだけだ。


・・・そして、最頂部のアンテナ部分が曲がっていた。


東日本大震災の、あまりの揺れのために曲がってしまっていた。
震災の巨大なエネルギーを物語ると同時に・・・どこか、もの悲しさを感じる。
先端が曲がっただけで、どこか「満身創痍」といった感があった。

東京タワーは東京の象徴だ。

その先端が痛んでいることが・・・・なんだろう・・・「震災」・・・なおさら気分を滅入らせた。

今でも余震は続いている。
その余震の中に、先端が曲がった東京タワーがあった。


地デジアンテナ工事だけでも、かなりの受注残を抱えていた。
なるべく早く施工したいけれど、絶対的に「外作業」となってしまう。お天気仕事にもなってしまう。
多少の雨ならまだしも・・・風が吹けばできない。
雨でも・・・・本格的に降ってしまえば、足場が悪くなるためにできなくなる。

今日の・・・この程度の雨なら作業は行う。
3人で濡れながら作業を行う。

午後からはさらに降りが強くなるらしい。
なるべく急いで・・・しかし、安全に作業を進めていく。


午前中には「外作業」が終わった。


3人で、近くの中華屋で昼を食べる。
濡れたジャンパー。濡れた作業服。濡れた作業ズボン。

こんな雨の日はラーメンが一番だ。
そしてチャーハン。
ガッツリと食べ、エネルギーを蓄え、熱を蓄える。


2人とは長い付き合いだ。・・・・なんのことはない会社をやっていた時からの外注先だった。
仕事は1人でできるものばかりじゃない。高所作業や、人数が必要な時には以前と同じように仕事をしてもらった。
ここのところは地デジ工事が立て込んでいて、一緒に仕事をすることが多い。

笑いながら、世間話をしながら飯を食う。


棚の上のテレビからは震災関連のニュースが流れていた。
湾岸エリアの液状化。
傾いたビル、マンション・・・計画停電・・・・エレベーターに閉じこめられた人・・・


午後からは、建物内の作業にとりかかる。
雨に濡れずにすむのはありがたい。

ケーブルやコネクター・・・テレビの差し込み口といったものもデジタル放送と、それまでのアナログ放送では違う。交換が必要になるものもある。


忙しい。

震災からの復旧工事・・・それに加えての地デジアンテナ工事だった。

ひっきりなしに携帯が鳴った。
実作業は、ほとんど2人に任せて電話の応対に追われる。



・・・・・亜貴とはピグの手紙だけでしか繋がらなかった・・・それも1日1通と決めていた。

1日1通。

だからこそ、長文となった。
気持ちが込もった文章となっていった。



「今日はいい天気だったの・・・洗濯して・・・草むしりもしたの・・・

カズくんからのメッセージ読んで・・・少し落ち着いた。

・・・このままカズくんがいなくなったらどうしようって・・・つながりが消えたらって・・・不安で苦しかったから・・・

これからも絶対つながっていくって言ってくれて安心した。


・・・・夜ね・・・眠れないの。

カズくんのこと考えたら眠れないの。

でも、頑張って普通に過ごそうとしてる。
カズくんとのつながりが消えないようにガマンしてるよ。

いっぱいガマンするから・・・
ずっとつながっててね・・・

またカズくんに会えるって信じてるからね・・・

今でもカズくんのこと想ってるからね・・・・


・・・すごく寂しい・・・

毎日当たり前のようにカズくんとつながってたでしょ・・・

今はこのメッセージでつながってるけど・・・違うもん。

カズくんの存在がどんどん大きくなっていってたから、今はポッカリと大きな穴が開いてしまったみたい・・・

私もあらためてどれだけ愛してるか思い知らされた・・・

でも・・・カズくんがこの連絡用つくってくれたから・・・

これだけはなくしたくない。
わがまま言わないから、ここだけはなくさないで・・・

カズくん・・・カズくんも今・・・私と同じ気持ちだよね・・・

すごく寂しいって思ってくれてるよね・・・

毎日カズくんのこと考えないようにしようって思っても、いつも頭の中にはカズくんがいるの・・・

いろんなこと思い出しちゃう・・・」



夕方。
暗くなった街。プリウスを走らせる。
ビルのネオンサインは消えている。
フロントガラスに雨。ワイパーが弾く。

交差点に差しかかる・・・
警察官が交通整理をしていた。

信号機が消えていた。
あたり一面が停電してるようだ・・・・計画停電なのかどうかはわからない。

まだ、震災の爪痕は生々しい・・・その最中だ。
顧客の中にも、天井が落ちた・・・壁が倒れた工場・・・未だ被害が復旧していない場所は多い。


助手席に携帯電話が転がっている。
常に目がいった・・・メールを待ってしまう・・・
そういう癖が身体に染み込んでしまっていた。


毎日毎日毎日・・・・1日に何通ものメールをやり取りしていた。

朝一番からの「おはよーメール」から始まり・・・・昼食・・・そして仕事終わり・・・
そして時間があれば声を聞いていた・・・・



「すごく寂しい・・・
今はただそれだけ・・・

何も考えないようにしてる・・・

考えると寂しくて・・・・悲しくて・・・泣かないようにガマンしてるよ。

・・・・今、ピグ入ったら、
当たり前だけど・・・データがぜんぶ消えてて・・・カズくんの部屋なくなってた・・・・
私が行く部屋・・・もうなくなっちゃた・・・

カズくんのブログも、もう読めない・・・

でも、今はこの手紙でつながってるから・・・・

わかってる。

電話もメールも・・・わかってる・・・
自分が自分でなくなってしまうもんね・・・・」



亜貴とメールで繋がれば・・・
声を聞けば我を忘れた。・・・すぐにスイッチが入ってしまう。・・・それはお互いのことだった。

だから、やりとりは、1日にピグの手紙1通と決めた。



「カズくんにまで迷惑かけてしまったこと・・・
嫌な思いさせて・・・携帯も廃棄させてしまって・・・

本当にごめんね・・・

旦那さんはカズくんのこと何も知らないよ。

電話とメールしてたことしか知らないよ・・・メールも見られた1通だけ。

興信所まで使う人じゃないし・・・カズくんが携帯を廃棄したなら、もう何もわからないと思う。

カズくんとのつながり・・・ここだけだね。

ピグで知り合ったことも知らないし、PASSも大丈夫。

旦那さんが家にいるときはPCも開かないから。

私も・・・いつか会って謝れる日を夢見てるね。


・・・・もう・・・

本当に声聞けなくなっちゃったね・・・

カズくん・・・ごめんね・・・

いっぱい迷惑かけちゃった。

本当にごめんなさい・・・・」



亜貴・・・
いや・・・旦那は興信所を使ってるよ・・・・
そうでなければ、亜貴から携帯を取り上げた即日にあれだけの動きはできない。


それは言わなかった。それを言ったところで何になる。

・・・しかし・・・旦那は亜貴が思ってるより怖い人だよ・・・

地元名士。
その当主であることは伊達じゃないんだよ。



プリウスをマンションの駐車場に停めた。
電源を切る。


エレベーターを降りる。

マンションのドアを開ければ真っ暗だ。・・・・いつも通りだ。

暗闇の中をリビングに入って行く。
・・・・寝室からは鼾が聞こえてきた。

キッチンだけに電気を点けて珈琲を入れる。

カップを持って仕事部屋に入った。

椅子に座って珈琲を飲む。


窓から見える公園は真っ暗だ。
誰ひとりいない。


PCを立ち上げる。

図面を描いていく。
配線図。設備図面・・・

「地デジ化工事」には国の補助金が出た。

その申請書面用の図面だ。・・・・図面以外にも何枚もの申請書面がある。

これを今日中に描きあげなきゃならない・・・・・


忙しい。
・・・・いや、忙しくしていた。

仕事に逃げていた。
・・・・何かをしていなければ苦しくなるだけだ。


頭の中。堂々巡りを繰り返す。
答えのない堂々巡りを繰り返す・・・いや、答えはある。
それでも、その答えが亜貴と同じかどうかはわからない。・・・ボクだけの答えで動いていいわけじゃない。

・・・・正解のない問題だ。

そんな堂々巡りを繰り返す。


震災から半年。
それでも地面は揺れる。
テレビからは震災の爪痕ばかりが流し続けられる。

堂々巡りの思考・・・・東京タワーの傷跡・・・計画停電・・・・閉塞感・・・押し潰されそうになる。

叫び声を上げたくなる。

仕事を詰込まなければ狂ってしまいそうになる。



「亜貴・・・亜貴・・・亜貴・・・・」



声に出さずに名前を呼ぶ。呟く。俯く。


・・・・声を聞きたい。

・・・・声を聞きたい・・・・声を聞きたい・・・

もっと・・・

もっと・・・もっと・・・繋がりたい。



禁断症状だ。

亜貴不足だ。

亜貴は水であって空気なんだ。

なければ生きていけない。

・・・・だから禁断症状が苦しい・・・・

泣きたいくらいに苦しい・・・・

ふとすれば、自分の意識ではない涙が溜まってくる。

意味もなく泣きだしたい衝動にかられる。



上書き保存を押して図面を閉じた。
描き終わった。
全ての申請書面が出来上がった。

時間は深夜1時を回っていた。


机の上にカップ麺の残骸。・・・・今日のわびしい夕食だ。


真っ暗な公園を見ながら珈琲をすする。


無理に笑って・・・心ここにあらずの身体を引きづり仕事に逃げた。
徹夜を重ねるように仕事を詰め込んだ。
仕事をしていれば考えなくてよかった。


泣く時間を自分に与えずにすんだ。


動きを止めてしまえば涙が流れる。
・・・・そして、眠るのが怖かった。
必ず亜貴の夢を見た。

亜貴が泣いていた。
ボクを見つめて・・・あの日と同じようにピグの姿で泣いていた。


・・・どうか・・・旦那が、これ以上、亜貴を責めないようにと祈った・・・


椅子にもたれて目を閉じた・・・・・



「不安だったよ・・・

本当はね、今でも不安なの・・・

会えなくなることがって意味もあるけど、カズくんとのつながりが消えてしまいそうで不安なの。

カズくんの「愛してる」は私も充分わかってるよ。

・・・カズくんの気持ちは全然疑ってない。

ちゃんと信じてるもん。

カズくんは優しいから、こうして手紙くれるし・・・

私が不安にならないようにしてくれてるのもわかるから、寂しくても我慢する。

・・・・今は辛いけど・・・我慢するしかないもんね」



プリウスのフロントガラス。
陽射しが明るかった。


海を見ていた。

キラキラと光る水面をカモメが飛んでいる。
仕事の合間、逃げるように、この場所に来た。

・・・・そうだ。

ボクが考え事をするのに使う場所。
首都高速湾岸線が見える。

ここから、何度も亜貴に電話をした。
誰も来ない秘密の場所だ。
誰からも邪魔されずに亜貴と電話ができた。


この場所にくれば落ち着いた。

街の・・・震災の喧騒から逃げ出すことができた。

何より・・・ここには、亜貴との「思い出」があった。

ここに亜貴と一緒に来たわけじゃない。
それでも、亜貴と一番電話をしたのが、この場所だ。
・・・だから、亜貴との「思い出」がここにはある。

亜貴を感じることができた。



「カズくんからの手紙でね・・・
不安でいっぱいだった気持ちが、少しずつ落ち着いてきてるよ・・・

カズくんが電話で・・・愛してるって・・・
これからもずっとって・・・
私だけを愛してるって言ってくれてうれしかったよ・・・
もう言われないと思ってたから・・・

私も一度だけちゃんと言うね。

カズくん愛してるよ。

カズくんだけを愛してるからね。

この気持ちはずっと、ずっと変わらないよ。

これからもずっとカズくんの傍にいたい・・・」



・・・・そう、少しづつ・・・少しづつ・・・少しづつだけど、落ち着いてきた。
1日1通とはいえ、毎日確実に繋がった。
毎日、心を込めた手紙を書いた。・・・・そして貰った。

それが、お互いの心を落ち着かせていった。



カモメの飛ぶ海岸から視線を外し、街の方に目を向ける。


「東京スカイツリー」が建っていた。


東京タワーは333mだ。
高層ビルは50階・・・250mといった高さだ。
だから、東京タワーは高層ビルの中に埋もれてしまった。


「東京スカイツリー  634m」


東京の高層ビル群の中でも一際高かった。

東京の街の中。車で走っていていきなりスカイツリーが顔を出すということがよくあった。
どこということはない。西・・・東・・・どこからでも、いきなり出現する。
634m は、それほどに巨大なタワーだった。

見慣れない・・・異様な光景だ。
昔観た怪獣映画・・・・いきなり街中にゴジラが出現するように・・・いきなり場違いなタワーが現れる。スカイツリーが現れた。

悪い意味じゃない。
その巨大さが力強さを感じた。


東京でも・・・関東でも、液状化によって傾くビルがあった。
東京タワーは震災で最頂部のアンテナが曲がってしまった・・・あれが東京の「震災」の象徴のように感じた。

しかし、スカイツリーには、全く震災の爪痕がつかなかった。
震災でまったく傷つかなかったスカイツリーに、どこか希望のようなものを感じていた。

・・・・もちろん、個人的な繋がりがあるわけじゃない。
単なるこじつけだ。

それでも・・・ただ・・・ただひたすら暗いニュースに包まれた時代。
こうして巨大なスカイツリーが出来上がるのを見ていると・・・・何か力が湧いた。力をもらった。


年明けには竣工する。
竣工した後には、電波塔としての役目が東京タワーから移行されることが決まっている。
・・・・そのために建てられたタワーだ。

震災で傷ついた東京タワーから、無傷で震災を乗り越えたスカイツリーにバトンタッチがなされる。

これからの時代、あの巨大なタワーが、東京の新しいシンボルになっていくんだろう。



「カズくんからの手紙・・・読むといつも泣いちゃうんだけど・・・読んだ後は必ず安心するんだよ。

昨日はね・・・ちゃんと眠れたの。

・・・でもね・・・でもね・・・


「愛してる」は、「私の方が上だよ」(笑)


・・・メッセージでやりとりしてから、初めて(笑)使った。

カズくんのメッセージにも(笑)があったから・・・

それ見て、なんかうれしかった。

カズくんが大好きって言ってくれる・・・元気なニコニコした私に戻るからね・・・ 」



1ヶ月が経っていた。
1日1通の手紙だけでのやりとり・・・そう決めてから1ヶ月が経った。

やっと(笑)とお互いが書けるようになった。



愛してる・・・愛してる・・・亜貴を愛してる・・・


もう気持ちは変えられない・・・

・・・・亜貴の笑顔が大好きだった。

亜貴の笑顔が欲しい。

何もいらない・・・・

ボクの人生には亜貴だけがいてくれればいい・・・


誰に何を言われたっていい。

何が起こったっていい。

亜貴さえ一緒にいてくれればそれでいい。

ボクは、亜貴さえいてくれれば、どこでだって生きていける。


愛してるよ。亜貴。


感想 10

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