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「3・11」運命が決まった日。
いつもと変わりのない1日だった。
真っ暗な中で目を覚ます。
横で寝ているお嫁さんを起こさないように、そっと布団を抜け出す。
仕事部屋に入ってPCを立ち上げる。
ゆい の部屋に行き「きたよ」のベルを鳴らす。
今日も ゆい とは会えなかった。
今では3日に1度くらいしか会えない。以前のようには朝に会えなくなった。
もちろん「会わない」というわけじゃない。
避けられてるわけじゃない。
昼間、夕方には普通に会えた。話せた。・・・変わらず・・・変わらず「ピグとも」として話せた。楽しかった。
・・・前は、朝ですら・・・忙しい朝ですら ゆい はボクを待っていた。ボクも ゆい を待っていた。
時間の許す限り・・・5分・・・10分待っていた。
お互いに待たなくなっていた。
珈琲を飲みながら日経新聞に目を通す。
気になった記事は、頭の中でジグソーパズルのピースとして残されていく。
いくつかの記事を読み、ピースが盤を埋め・・・ある時、ハタとパズルが完成する時がある。
記事と記事とが物語として繋がる時がある。
知人の動向を知ることもある。
・・・・意味のない行為だった。今のボクには意味のないことだった。
長年の習慣でしかない。
お嫁さんのパートは11時からだ。駅前なので10分もあれば行けた。
朝のこの時間、お嫁さんが起きていることはない。
プリウスを運転して常磐道を北上する。目的地はつくば。
仕事は気に入っていた。
自営業。車移動。
朝夕の通勤ラッシュとは無縁だった。
顧客は日本全国。
もちろん、関東が主要だ。東京が主戦場だ。
それでも、栃木、茨城、千葉、埼玉・・・そして神奈川。
適度に距離のあることがボクにとってはありがたかった。
こうしてドライブ気分で仕事ができた。
顧客への移動・・・そのドライブが煮詰まってしまうことが多い日常からの気分転換になった。
・・・・もちろん、高速料金という費用は痛かったけど・・・
フロントガラスから入る日差しが暖かかった。
もう3月も中盤に入る。今年も冬が終わった。
正月が明け、また1年が始まる・・・2月になり落ち着いて仕事モードになり、3月は卒業シーズンだ。・・・そして春になり、桜が咲いて、梅雨・・・夏が来て、収穫の秋を迎えて冬が来る・・・
人生は、この繰り返しだ。
日々に多少の変化はあったとて、大きな流れは変わらない。
日々を過ごし、年をやり過ごし・・・歳を重ねていく。
それだけのことだ。
午前中に1件の顧客を回る。
昼食。コンビニに車を入れる。
おにぎりを食べる。
駐車場から、遠くに山々が見えた。・・・微かに積雪が見えた。
長閑な風景が広がっていた。
PCを立ち上げメールのチェックをした。
・・・・ピグには入らなかった。
PCと携帯電話を繋げていたケーブルを抜いた。
PCをカバンに入れた。
・・・携帯電話の料金が気になっていた。
携帯電話を繋いでインターネット接続するには結構な金額がかかった。
・・・ボクにとっては大きな金額だった。
ゆい と話したい一心で、外出先でも携帯電話を繋いでピグに入った。
今は、昼休みに ゆい が入ってくることも・・・・ボクに時間を合わせて入ってくることもほとんどなかった。
ゆい が入ってくるのは午後3時からといったところだ。
だから、昼休みのこの時間はピグに入らなかった。
コンビニを後にした。
午後からの客先に向かう。
3月11日・午後2時46分。
午後のミーティングも問題なく終了した。
客先を出て幹線道路を走っていた。もう少しで常磐道のインターに差しかかる・・・
目の前。次々と光る赤いストップランプ・・・・何だ?どうした?何が起こった?
地震だ!
地震だと気づいた。・・・船に乗っているのかと思うほど車が揺れてきた。
ハンドルが効かない。パニックに近かった。
道路に面していたファミレスに車を入れた。
ドアを開け外に出る。
立っていられない。
その場にへたり込んだ。四つん這いになった。
目の前の道路が波打っていた。
電柱がメトロノームのように振れていた。
「パシン!パシン!」
音が聞こえる。
何の音だ?・・・電柱に張られた電線が波打っていた。そこからの音だと気づく。
恐怖を感じた。
地震で初めて恐怖を感じた。
日本に住んでいる。
これまでにも何百回も地震にはあった。
それとは違った。
桁違いのエネルギーだった。
長い時間に感じた。
・・・・・それでも、やがて揺れは治まった・・・・
・・・・・何が起きている?
・・・・大きな地震だった・・・・
車に乗り込みテレビをつけた。
巨大地震・・・・・震源は東北だった。
東北!!!! ゆい !!
PCに携帯電話を繋ぐ。急いで立ち上げる。
ピグの部屋に入った。・・・ボクの部屋。
ゆい がいた。
「大丈夫?」
「大丈夫・・・・」
凄く大きな地震だったこと。
家の中の家具や冷蔵庫が倒れたことを話していた。
「カズ君、行かなきゃ」
「わかった、また後でねー」
ゆい が消えた。
・・・・・ボクは、車の中でテレビを見ていた。
海上が映し出されていた。海上保安庁のヘリだかからの映像。
東北の海岸線だった。
横一列になった白波。
・・・・・津波の映像だという。
比較の対象がない。大きさはわからない。
それでも現実離れした映像であることはわかった。
映画のような津波の映像。
海岸線に向かっているという津波の映像。
・・・・・現実感がなかった。
この後どうなるかという現実感がなかった。想像力が働かなかった。
ただ呆然と見ていた。
何も考えられない。情報を処理できないでいた。
あまりのことに・・・PCですら、あまりにも膨大なデータ処理を行わせれば暴走してダウンしていまう。人間はダウンする前に、自己防衛のために思考停止を起こすらしい。
何も考えられなくなっていた。すでにキャパオーバーを起こしていた。
ただただ圧倒されていた。
・・・・・やがて津波は海岸線に到着した。
海岸線の道路が津波に飲まれていく。
そこで初めて津波の大きさがわかった。
巨大だった。
映画のようだった。
映画と違っていたのは、そこに写る車両からは・・・道路を走る車両からは緊迫感を感じないことだった。
車両は日常生活の中にいた。
いつもと変わらぬ、昨日と同じ日常生活の中にいた。永遠に続く日常生活の中にいた。
その日常生活を食い破り、巨大津波が道路を乗り越え襲い掛かっていた。
文字通り襲い掛かっていた。
・・・・瞬きすらできなかった。
まだ、頭が追いついていかない。まだ思考停止が続いていた。
「現実」なんだと、これが今起こっている「現実」なんだと飲み込めなかった。
津波が河を遡っていく。
土手を食い破って決壊させた。
流れ出た津波が、あっという間に田畑を侵食していく。
土色や緑色の地面を、黒色が侵食していった。
農道を走る軽トラックが、津波に襲われていた。
肉食動物が草食動物を追い詰める映像だった。
津波という肉食動物・・・・その群れの中に軽トラックという草食動物が孤立していた。
右に、左に首を振り逃げ場を探す・・・・止まれない。止まれば瞬時に襲われる。走りながら逃げ道を探していた。
狭まっていく群れからの包囲網・・・
軽トラックは群れに飲みこまれてしまった・・・・
・・・・・何を見ているんだろう・・・・
呆然としていた。
ただ呆然としていた。
何もできない。
ただ、襲われる人たちをボクは呆然と見ていた。
道路を、河を、鉄道を津波の群れが襲っていた。
街を、住宅地を群れが襲いかかった。
・・・・鼻先に、街の焦げる匂いがした。
我に返った。
プリウスの電源スイッチを押した。起動させる。
今は急ぐべきだ。
車を出した。
すでに暗くなっていた。夜だ。
マンションの駐車場。倒れた自転車が通路を塞いでいた。
片付けてプリウスを駐車させた。
案の定で、常磐道は渋滞になった。
それでも、20時前には帰ってこられた。
エレベーターで上がり、玄関を開けた。
「旦那さまぁーーー!!」
玄関に、お嫁さんが駆けつけてきた。
パート先の弁当屋は4時には全て売り切れとなってしまい、早く帰ってきたという。
大きな地震が続いていた。頻発していた。
地面は絶えず揺れていた。
お嫁さんは、不安な中をひとりで過ごしていたんだろう。
着替えるボクの側を片時も離れない。
リビングでテレビを見ていた。
隣にお嫁さんがいる。
ボクの手を握り、腕を抱えて離さない。
画面には津波の映像。街が飲みこまれていく映像が流れていた。
夜になっていた。
・・・・真っ暗な中、街が炎に包まれていた。
電気の光がなかった。あるのは燃え続ける炎の赤色だけだった。
救急車、消防隊すら駆けつけられないという。
東北全土が津波と火災に飲みこまれていた。
道路が、鉄道が、そのまま津波に飲みこまれ破壊されていた。
・・・・寝息が聞こえた。
いつの間にか、お嫁さんは寝入っていた。・・・ボクを掴んだままだ。
常に床が揺れた。
画面には日本地図が表され、白いテロップで津波警報が出ていた。
そして、次から次に起こる地震の震度が流れては消えた。
東北各地の被害映像が流れていた。
津波。破壊された道路。崩れた崖。
・・・そして燃える街。
・・・・この中に ゆい がいる。
このどこかに ゆい がいる。
お嫁さんに毛布を掛けた。
仕事部屋に入る。
PCを立ち上げ、ピグの部屋に入る。
ゆい が入った形跡はない。
・・・もう一回、行っとくか・・・
深夜1時。
運転席から見る東京の街に変化はない。
「阪神淡路大震災」を経験していた。
・・・16年前、まだ駆け出しの現場監督だったボクは、社命として震災直後の街に向かった。
ハイエースに5人が分乗して向かった。
明け方についた街は燃えていた。
街が燃える。その匂いは今でも消えない。
・・・・そこから2ヶ月間、ボクは復旧作業の指揮をとった。
あの経験が、ボクを一人前の現場監督に育てたといっていい。
泊まっていたのはラブホテルだった。
宿泊施設はどこも満室だった。
浴室がガラス張りだった。・・・そんな部屋で、男5人が共同生活をして復旧作業に当たった。
・・・・一番困ったのがガソリンだった。
「震災」その後のガソリン不足の結果をイヤというほど味わった。
車はガソリンがなければ、単なる鉄の塊だ。
邪魔物にしかならない。
行きつけのガソリンスタンドにプリウスを入れる。
まだ、行列はなかった。
震災を経験していない東京の人間にはピンとこないんだろう。
「揺れが収まれば、まずガソリン」
ボクが学んだ教訓だった。
昼間、ファミレスを出たボクが真っ先に向かったのはガソリンスタンドだった。
そして、時間があればピグに入った。
ゆい が入った形跡はなかった。
満タンにした。
3リッター程度しか入らなかった。
つくばから帰ってきただけの消費だ。当然だろう。
・・・それでも、上手くすれば100km弱の行動範囲を確保したことになる。
ガソリンスタンドを出た。
車はプリウスだった。
納車3ヶ月待ちと言われていたのが納車されたばかりだった。
驚くのは、その航続距離だった。
ガソリンタンク40リッターそこそこ。なのに、街乗りでも900km、高速なら1,000kmをノン給油で走ることができた。
これでも甘めの計算だ。30km/1リッターを走ることができた。
上手くいけば、1,200kmをノン給油で走れた。
よく行く名古屋の客先なら、楽勝でノン給油で往復ができた。
マンションの駐車場にプリウスを入れる。
仕事部屋に入りPCを立ち上げる。
ゆい の部屋に行く。
・・・ゆい が入った形跡はない。
突然、突き上げるような地震。揺れる足元。
・・・・治まった。
ゆい に手紙を書いた。
大変な地震・・・大丈夫かな・・・
・・・心配してることを書いた。
鼻先に、街が燃える匂いがある。
ゆい の住む街が燃えていないことを祈った。
貴女が悲しい目にあっていないことを祈った。
ゆい・・・
・・・・貴女の住む宮城県なら、ノン給油で往復することができる・・・
もし・・・もし・・・、ゆい が望むなら、貴女が望むのなら、月までだって行ってやる。
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