「崩壊の街」ボクは不倫に落ちた。

ポンポコポーン

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「・・・行こう・・・彼女へ」ブログに逃げた。



プリウスの運転席から見える東京は灰色だ。
震災の影響からか・・・粉塵が舞っているためか空がどんよりとしていた。常に霞がかかったようだった。
・・・もうすぐ陽が暮れようとしている。

首都高を走っていた。
神奈川の客先からの帰り道。

前に走る車はいない。
ルームミラーに写る車もいなかった。
・・・・前後に車が1台もいない。
見渡す限り車が1台も走っていなかった。
まるでSF映画のシーンのような景色だ。


世界が一変していた。


「震災」から1週間。
地震は治まる気配がない。
震度3は常に起こり、震度5ですら珍しくもなかった。
絶えず地面は揺れていた。
足元が絶えず揺れることは、かなりのストレスだ。
さらには放射能の影響も未知数だった。
天気だけでなく、気持ちもどんよりとしていた。滅入ってた。

湾岸地区が壊滅。
ガソリンの備蓄基地にも甚大な被害を生んでいた。
ガソリンスタンドからガソリンが無くなった。
1週間という期間で、ほとんどの車のガソリンが底をついたんだろう。
道路から車が消えた。

プリウスの本領発揮だった。

夕方の・・・普段であれば、ラッシュ時を迎えようというこの時間、首都高は貸し切りのサーキットになっていた。

・・・・もちろん、タイムトライアルをする気にもなれない。
今度、いつ給油できるかのメドも立たない。
燃費走行に徹した。


震災後3日。電話が繋がるようになってから顧客からの「レスキューコール」が次々と入ってきた。

漏電の心配のあるもの・・・火災の原因になる。
壁などの倒壊の恐れのあるもの・・・人災を引き起こす。

緊急性の高い案件から手当てをしていった。


・・・・ゆい の姿が、常に頭にあった。
真っ暗な中・・・泣いてる ゆい を見た。
ゆい はピグの姿だった。
・・・そう リアルの ゆい を知らない・・・


プリウスをマンションの駐車場に停めた。

エレベーターに乗る。・・・エレベーターに閉じこめられての119番が頻発していた。
このエレベーターが緊急停止しているのも何度か見ていた。
自宅でエレベーターに乗るのさえ緊張感を強いられる。

真っ暗な玄関を開ける。
・・・・お嫁さんのスニーカーがキチンと揃えられていた。
震災によってパート先のお弁当屋さんは無期限の休業になっていた。

真っ暗な通路を進んで、寝室を開けた。
お嫁さんが寝ている。
起こさないように扉を閉めてリビングで電気をつけた。

寝かしておいてあげればいい・・・・

テレビを点ける。音は消してある。

珈琲を入れる。

音を消したテレビを見るには映画がいい。・・・・海外ドラマ・・・要するに字幕ものがいい。
録り溜めた海外ドラマを1本観た。

時間は夜、20時を過ぎた。

お嫁さんを放っておいてご飯を食べるわけにもいかず、かといって起こすのも可愛そうな気がして・・・

テレビをニュースに変えた。
PCを開いてブログを書き始める。

・・・・ブログに逃げていた。

ボクがブログに逃げたのは、これが原因だった。



お嫁さんは、新卒で普通に就職していた。
・・・・ところが、就職先の経営母体が変わってしまいリストラにあった。
しかし運良く、転職していた元上司からの引きがあって再就職。
それも束の間、さらに上司は転職してしまい、またリストラにあってしまった。

・・・・その後は、何度も就職試験に落ちる。何度も何度も何度も・・・

バブル崩壊から10年が過ぎた。右肩下がり。大不況の波に飲みこまれていた。

人生は生まれた時代に翻弄される。
その人間、個人の力では、どうにもならないことがある。
好景気に卒業が当たれば簡単に就職できる。しかし、不景気に卒業を迎えれば、就職するだけでも大変な能力を必要とされる。

個々の努力や、個々の能力では、どうにもならないものが人生を左右する。
人間の世は理不尽に満ちている。

・・・その時代の理不尽に、お嫁さんは飲みこまれてしまっていた。

お嫁さんに何も責任はない。
ただ、生まれた・・・就職、転職に差しかかった時代が悪かっただけだ。

お嫁さんから笑顔が消えた。

とりあえずのバイト生活を始めるも、そこでもリストラ・・・要はクビ・・・

・・・お嫁さんの第一印象・・・それは笑顔でしかなかった。
これほど天真爛漫な笑顔を見せる女の子を見たことがなかった。

それが、すっかり自信を無くし、笑顔が消えた。
能面のように表情を無くした顔になっていた。


ただ事ではないと、付き添って心療内科の門をくぐった・・・・

診察室は、温かみのある小さな応接室のようだった。

温厚そうな、ボクより少し年上だと思える医師の質問に、お嫁さんは能面のまま答えていた。

自分の情けなさ・・・自分が社会から必要とされていない・・・仕事ができず、リストラされた情景を訴えていた。

・・・・その時、スッと・・・お嫁さんの頬に涙が一筋流れた。
泣くのではなく・・・本人の意思ではないように涙だけが一筋流れた。

約1時間の問診のあと、お嫁さんは退出。
医師と二人きりになった。

夫として医師から言われたのは、

「頑張れはNGワードです。本人は頑張っていますから・・・励ましも本人には苦痛になります。
なので意見も言ってはダメです。ディスカッションといったもの・・・指示や指摘・・・そういったものも本人の苦痛になります」

「・・・・どうすればいいですか・・・・?」

「ただ、優しく話を聞いてあげてください」


プリウスに乗って診療所を後にした。
助手席のお嫁さんには表情が戻っていた。

医師に話を聞いてもらい、気持ちが楽になったようだ。

本人にも、わからなかったんだろう・・・病気であるということが。

内科的な病には発熱、下痢といったいかにも病気といった症状がある。外科的なものであれば目に見える。・・・しかし、精神的な病は心の傷だ。目には見えない。
病的なものなのか、ただ気分が落ち込んでいるだけなのか、その判断もつきにくい。

だから本人は訴えにくい。また周りの人間にとっては気づきにくい。

夫婦で「病気」だと認めたことで、前に進める気がしていた。改善・・・治癒するんだと思った。


もともと家事は・・・・ご飯はボクが作ることが多かった。洗濯もボクがすることが多かった。
・・・ボクは一人暮らしが長かった。
・・・ひとり暮らしが長かったために家事は一通り全部できる。そして、苦にもならない。
それに、家で仕事をすることが多かった。だから家事もやる。それだけの理由だ。


医師から言われたこと。

励ましも意見もダメ。

本人は苦しんでいる。

その通りだと思い、なるべく負担をかけないようにした。

・・・・寝ていれば・・・・眠っているのが本人にとって一番幸せのように思えた。
・・・それに、薬には、そういう成分も入っているんだろう。とにかくよく寝ていた。

やはり気が乗らないんだろう。
外出は極端になくなった。

以前は、ふたりでよく買い物に行った。
・・・イオンに買い物に行くだけで幸せだった。

ご飯も食べに行った。
・・・ファミレスに行くだけで楽しかった。

旅行にも行った。
・・・ボクの出張によくついてきた。
それでも、ボクたち夫婦にとっては充分に素敵な旅行だった。


決して恵まれた人生とは言えなかったボクにとっての、とても・・・・とても楽しかった日々だった・・・

そんな日々がなくなった。
・・・・当然、SEXもなくなってしまった・・・

買い物は、ボクが仕事帰りにするようになり、ボクが帰ってくれば寝ている。
・・・・だからと言って、起こすわけにもいかず、起きるまで手持無沙汰になる。


・・・・それは・・・それは・・・寂しい日々だった。


・・・そんな寂しさを紛らわすために、埋めるためにブログをやり始めた。
・・・そして ゆい に出会ってしまった・・・



マンションの床は常に揺れていた。

テレビには被災地の映像。
避難所の人々・・・・

・・・・この中に ゆい がいる。
・・・・・この中に ゆい はいるに違いない・・・・


ピグに入る。
ゆい の部屋に入る。

・・・・ゆい が入った形跡はない。

ゆい ・・・・心配してるからね。
でも、生きてることは信じてる。・・・・夢を見たよ。ゆい の。
だから生きてるってわかってる。

・・・ゆい が好きだ。
世界で一番好きだ。

貴女の無事だけを祈ってる。
もう会えなくてもいい。
貴女が無事だったら、それだけでいい。



毎日手紙を書いた。
毎日、何回も手紙を書いた。
ただひたすら ゆい の無事を祈った。
ゆい を大好きだと綴った。

ゆい からの返事はない。

ゆい が入った形跡すらなかった。


泣いてる ゆい が頭から離れない。

ゆい は泣いていた。真暗な中で泣いていた。
クリッとした大きな目。ピグの笑顔そのまま・・・なのに涙を流してボクの名前を呼んで泣いていた。

・・・それでも・・・だからこそ ゆい は生きている。そう確信した。根拠はない。ただ、そう思った。


心に大きな焦燥感があった。後悔があった。

・・・・・助けに行こうと思った。

東北まで、宮城県まで、ゆい を助けに行こうと思った。


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