「崩壊の街」ボクは不倫に落ちた。

ポンポコポーン

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「ボクはストーカーになった」彼女の住所は。



漆黒の中で目を覚ます。
・・・隣で、お嫁さんが眠っている。

そっと寝室を出る。

暗い仕事部屋に入る。
PCを立ち上げ、ピグの部屋に入る。ゆい の部屋に。
「きたよ」のボタンを押した。
ゆい が入った形跡はない。

・・・・今日も1日が始まる。


陽が昇っていた。

リビングで日経新聞を飲みながら珈琲を飲む。
・・・毎朝のルーティーンだ。
震災の最中であっても、それは変わらない。
毎朝6時半までには起きて1日が始まった。

テレビ画面の時計は8時過ぎ。

こうしている今も床が揺れる。
地震は絶えず起こっている。
ニュースでデータが示されていた。身体に感じなくとも絶えず地震が起こっていた。
「不気味な地鳴りが聞こえる」そんな声も上がっていた。
・・・ボクも感じていた。
街中。一定の場所で地鳴りを感じたことがある。地面は揺れていない・・・地震は感じない。なのに地鳴りだけが聞こえた。


テレビ画面に原発が映し出されている・・・沈静化のメドは立たない・・・
被災地各地・・・自衛隊、米軍が、重機、ヘリを飛ばして救助活動を行っている・・・・


ゆい は姿を消した。


「震災」から2週間が経った。・・・未だ、ピグに入った形跡はない。

毎日毎日毎日手紙を書いた。

避難所の映像がテレビで流れる・・・・

この中に ゆい がいるに違いない・・・・
絶対に生きている。


仕事部屋に入る。

窓から見える公園に人影はない。
どんよりとした天気だ。

震災以降、晴天だったという記憶がない。
・・・もちろん、晴天だった日もあったんだろう。
しかし、記憶の空はいつもどんよりとしていた。

霞がかかったような・・・埃が舞ったような・・・黄土色の空だった。青空というのを見たことがない。

雨になれば放射能が降った。

都内の雨樋で異常なガイガーカウンターの数値が出る。そんな動画がネット上に流れていた。

公園に人影はない。
少なくとも、のんびりと散歩している姿はない。

生きるのに必死だった。
食料品を求め、水を求め、ガソリンを求め、避難場所を求め、そして放射能を避け・・・東北はもとより、東京を脱出する人々も多かった。疎開していく人々がいた。
旦那だけが残り・・・逆単身赴任の家庭も多く見られた。
つい2週間前まで、こんな世界がやってくると誰が想像しただろうか。
人間の想像力など高が知れていると、改めて思った。
当たり前の日常は、当たり前ではないと思い知らされた。

2週間で世界が変わってしまった。

・・・痛切に思い知らされた。
人生は、運命は、命は儚いものだと、脆いものだと痛切に思い知らされた。・・・後悔をもって思い知らされた。

人生に、運命に、当たり前の日常が続くという保証はない。
今日の延長線上に明日があるという保証はない。
人生は、運命は、キレイさっぱりと、ある日突然、大ナタで寸断されることがある。

・・・だから、大事なのは「今」だ。
人間が自ら動かすことができるのは・・・手にすることができるのは「今」だけだ。

昨日を悔やんでも昨日は変えられない。動かせない。
明日を夢見ても・・・どれだけ確かな明日でも、明日の事は明日にならなければわからない。
・・・しかし、こうも言える。
明日の心配は、明日には消えていることもある。

人生は理不尽だ。・・・思いもよらぬ悪戯に出会う。
人生は不確定だ。・・・しかし、だからこそ変えることもできるんだ。

大事なのは「今」だ。
「今」は自分の手の中にある。動かせる。
・・・そして、人間は、どれだけ考え、悩んでも「今」にしか生きられない。


PCを立ち上げる。

夢を見た。
ゆい が暗闇の中でボクの名前を呼んで泣いていた。

もう居ても立ってもいられない。
仕事中も、頭の中には常に ゆい がいた。

・・・・ここまで愛してる・・・・
もちろん「震災」で会えなくなったという状況が火に油を注いだのはある。それはわかる。
・・・それでも、それを除いても「震災」以前から、人生で初めてという気持ちの大きさを自覚していた。

・・・ゆい を愛している。

・・・・会いたい・・・いや、無事を確かめたい・・・・とにかく ゆい の無事が知りたかった。
とにかく安否が知りたかった。
この中途半端な欝々とした気持ちがやりきれなかった。

・・・何も手につかない・・・・仕事もできない。
・・・・気がつけば ゆい のことを考えていた。・・・否、常に ゆい の事だけを考えていた。
ゆい のことだけを考えながら・・・ゆい だけを想いながら仕事をした。ご飯を食べた。眠った。
全ては ゆい を想いながらだった。


・・・もう、待っていても安否はわからない。

自分から動くしかない。
東北へ、宮城県へ行こうと決めた。

・・・・・しかし、どこへ行けばいい・・・・?

闇雲に行ったとて、一生見つからない。

・・・ゆい はどこに住んでいる?・・・?

宮城県の地図をA3で印刷する。
仕事道具のコンパスを用意した。

・・・・・ゆい はどこにいる・・・?


ゆい との会話を思い出していく・・・
これまでの ゆい との会話から住所を突き詰めていく。それしかない。

「仙台から車で1時間弱」

旦那さんを会社に送っていった時に言っていた。
ボクの仕事は車移動だ。おおよその見当はつく。車の移動距離は街中で1時間20km程度。郊外なら30kmといったところだ。
・・・・ということは、仙台から15km~30kmの範囲だと考えられる。
コンパスで地図上にその範囲の円を描く。

「海が近くはない」

ラブリンさんが言っていた。
・・・確かにそうだった。宮城は海に面した県だ。しかし、ゆい と話していて海の話題が出たことがない。
海の近くに住んでいるなら、多かれ少なかれ話題にはなるはずだ。

・・・・思い出した・・・川だ。川が近い。

川が近くて、毎年、土手の桜を見に行くと言っていた。
有名な桜の名所があると言っていたんだ・・・

地図上の「円」の中で川を探す。仙台より北で、それらしい場所は見つからない・・・南へ・・・あった。大きな川がある。阿武隈川だ。
・・・・確かに仙台から15km~30kmの範囲に入る。
海が近くない・・・阿武隈川沿いに内陸に入ったところということか・・・

ゆい は中学生の娘さんの塾の送迎をやっていた。駅前の塾。車ですぐの距離・・・・1km~3kmといったところか。
「円」の中に入る駅は「槻木」「船岡」「大河原」

「近所にコンビニがミニストップしかない」

近所のコンビニはミニストップしかない。ハロハロが好きだ。・・・ミニストップの店舗情報を地図に追加する。ミニストップは歩いて行ける距離・・・
・・・・そしてイオンが近い。車で5分といった距離・・・イオンの店舗情報を地図に追加していく・・・・


全ての条件を合わせて場所を特定した。
何度も地図を見て検討を重ねる。
やはり、同じ位置を指し示す。
・・・ここか、ここなのか・・・・?
今ひとつ確信がもてない。

そもそも雲を掴むような話だ。
不確定要素に不確定要素をかけていったような答えだ。
確信がもてるはずがない。
藁をも掴むように始めたことだ。

・・・・しかし、見つけた。・・・見つけた・・・あった。阿武隈川の上流にあった。


「白石川堤一目千本桜」


桜の名所の土手だ。

・・・・ここだ。間違いない。

このあたりの避難所に向かえば ゆい がいるはずだ・・・・

我ながら気持ち悪いことをしている・・・ひとつ間違えば犯罪者だ。ストーカー行為と一緒だ。自覚はあった。
しかし、ゆい を助けにいかなければならない。真面目に、真剣に思った。使命感に動かされていた。

ピグの ゆい はボクに助けを求めていた。
ボクの名前を呼んで泣いていた。

・・・・だから、行かなきゃならない。


毎日毎日毎日手紙を書いた。
お百度参り。
手紙を書くことが ゆい の無事を祈ることだった。
・・・こうして ゆい の居場所を探すことも同じだ。片時だって ゆい のことを忘れない。 ゆい の無事を祈る人間がここにいる。それを神様に知らせることで、少しでも神様が ゆい を贔屓してくれればいい・・・


・・・・行こう。
ゆい の元へ、東北へ。宮城県に行こう。


・・・・しかし、場所がわかったとして、どうやって ゆい を捜す・・・?
ボクは ゆい と会ったことがない。
声も聞いたことがない。
写真すら見たことがない。

・・・・そして名前すら知らない・・・
透明人間を捜すのと同じことだ・・・・

ボクは本名を名乗った。

しかし ゆい は本名なのか?
・・・常識で考えればハンドルネームだろう・・・

・・・・それに苗字は・・・?

ボクがボランティアとして ゆい を見つける。
・・・もし、 ゆい にとって迷惑なことなら・・・家族と一緒にいるんだから、常識で考えれば迷惑なことだ。
それならボクは名乗らず東京へ戻ればいい。

一番の目的は ゆい の安否だ。
ゆい の無事を確かめることだ。
ゆい が生きていてくれたら、それでいい。

・・・・しかし、そのためには ゆい の名前がわからなければ・・・・せめて写真が・・・

・・・・どうすればいいんだ・・・



ゆい の部屋に入った。
手紙を書いていた。

ボクの書いた、2週間分の手紙が並んでいる。
毎日毎日毎日手紙を書いた。1日に何通も手紙を書いた。
「おはよー」とともに手紙を書き、休憩時間に手紙を書き、お昼ご飯を食べて手紙を書いた。夕方に書き、そして寝る前に書いた。
優に50通を超えた未開封の手紙が並んでいた。

・・・・貴女の無事を願っている・・・ゆい が大好きなんだ・・・
いつものように綴る。

・・・・そうなんだ・・・無事を祈っていた。毎日祈っていた。
「生きている」と確信していた。
ピグの ゆい を夢で見たからだ。だから「生きている」

・・・・しかし、ピグの ゆい は泣きながらボクの名前を呼んでいた。助けを求めていた。・・・・それが「生きている」という証だといえるのか・・・それは、そのまま逆を意味することもあるんじゃないのか。


今日、ゆい の住所を探した。
そして阿武隈川沿いだと結論を出した。

・・・・津波から、河川の堤防が決壊して街を壊滅させた映像を痛いほどに見てきた。

・・・・ゆい は無事なのか。
2週間の音信不通は何を意味するのか。
胃が収縮していた。
とんでもない現実と対峙しているように思えた。

ゆい の無事をひたすら願う手紙を書いていた・・・・



・・・・不意に画面上に ゆい が現れた。



幽霊を見たような気分だった。

夢で見たピグそのままに ゆい が現れた。

言葉が出なかった。画面の中。二人ともに固まった・・・・


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